ネットロア考1


 幸福のメール
 2003.02.22


 民俗学の分野以外ではあまりなじみのない言葉かもしれませんが、「フォークロア」という言葉があります。ズバリ民俗学そのものをさしたりすることもあるこの言葉は、民間口承と言うような意味も持っています。「ミンカンコーショー」というとなにやら堅苦しいですが、平たく言えば民話です。それを受けて都市伝説を特に現代のフォークロアと呼んだりすることもありますが、最近では都市伝説とインターネットの関連性が、看過できないほど強まってきているようで、ネットロアだとかサイバーロアだとかいう言葉もちらほら聞かれるようになってきました。詳しく調べたわけではないですが、手元の辞書で見る限り、フォークロア【folklore】という単語をフォークとロアにちぎることは出来ないようなので、”ネット上のフォークロア”と言う意味の造語なのかもしれません。

 あちこちで書いてますが、もともとこのサイトは卒論を書くためのネタ作りのために始めたもので、書きあがった卒論は、今にして思えばこのネットロアに関する考察・・・・・・のようなものでした。最終的には卒業するための論文になり、とにかく「可」さえ貰えれば良いという風情のいい加減なレポートと成り果ててしまいましたが、そういう逼迫した事情から解放された今、半ばやっつけ仕事化していた問題の論文を再考し、ネットロア考シリーズという形でコラム何本か分けてみようと思った次第です。もともと相当冗長な論文でしたし、小分けにしてちょうど良いくらいだと思います。なお、シリーズの展開次第では全体のバランスをとるために、すでに書き上げた文章を改訂する可能性もあります。

 そんなこんなで話の面白みそのものには直接関係のない考察が多くなりそうなシリーズですが、ネットロア考・第一回目は、卒論では触れていなかった「幸福のメール」に関する話です。

〔幸福のメール〕
この文章は、東芝、NEC、富士通、松下等を回ってきたメールだそうです。
だれしもこのメールを仕事中に読んで、大笑いをして、周りの人に変に思われたとのことです。
このメールを受け取った女性は、このメールを知人に出して、また、自分のところに戻ってくると、めでたくお嫁にいけるということで、幸福のメールと呼ばれているそうです。(ほんまかいな。)
 では、はじまり、はじまり・・・・・・・・・・・・。
●先日、ぼくが友達とファミコンをしていると通りかかった母が、「お前たちはいいねぇ、毎日がエブリデイで」と言った。母はいったい何が言いたかったのだろう・・・・・。
●家族揃って夕食をとっているとき、何かの拍子に怒った父が、「誰のおかげでメシが食えると思ってるんだ」と言おうとして、「誰のためにメシ食ってんだ!」と怒鳴った。私と姉は「自分のためだよ」と答えた。
●夫婦ゲンカの時、父が母に「バカモノ!」というのを、間違って、「バケモノ!」と怒鳴ってしまった。ケンカはさらにひどくなった。
●うちの母は、頭が痛くなると氷でおでこを冷やします。先日も夜中にかなり痛みがひどくなり、暗闇の中をフラフラしながら台所へ。冷凍庫から、あらかじめビニール袋に入れてある氷を取り出して、おでこの上にのせて眠りました・・・・・・。翌朝、目が覚めてみると、母の枕元には解凍されたイカが転がっていました。
●甘味屋さんで、母は田舎汁粉を、私は御膳汁粉を頼みました。店員さんが「田舎はどちらですか?」と聞いたら、母はとっさに、「はい、新潟です」と答えてしまいました。
●先日、父は男にフラれて落ち込んでいた姉をなぐさめようとして、「おまえ、人間は顔じゃないぞ」と言うところを、「おまえの顔は人間じゃないぞ」と言ってしまった。
●妹が夕食にスパゲティを作ってくれることになりました。妹は、「今日はカルボナーラを作るね」と母に言っていました。夕方、私が外から帰ると母が、「もうすぐボラギノールができるってよ」と言いました。ソレって痔の薬じゃ・・・・・・?
●エアロビクスを習いに外出していた私に、友達から電話がありました。横文字に弱い母は何を思ったのか、「娘はアクロバットに行っています」と答えたそうだ。
●弟は誰に似たのかとても勉強ができる。それで高校一年生のとき、アメリカに留学することになった。そのとき、母は親戚や近所の人に、「うちの息子をアメリカにホームレスにやるんですよ」と言って、自慢して歩いていた。ホームステイとホームレスを間違えていたのである。
●先日、プロ野球ニュースを見ていたときのこと。「ヤクルトのルーキー、伊東」と聞いて、母は、「日本人ぽい人ネ」と言った。
●私の母は62歳。記憶力が悪いからと、キャッシュカードの裏に黒のマジックで大きく、その暗証番号を書いている。
●先日、父はメガネを作りにいった際、「無色ですか?」と、店員にレンズの色を聞かれると、何を勘違いしたのか、「いえ、銀行員です」と、自分の職業を答えていた。
●うちの父は、沖縄に向かう飛行機の中でエラソ〜に、「沖縄は島全体が『さんしょううお』なんだぞ!」と言った。それを言うなら、サンゴ礁だろ!!
(追加)
●私の高校時代にS健という体育の教師がいた。皆からバカ健と呼ばれていた。それはなぜかというと?
・ある日の体育の授業中のこと、バカ健が言った、「それでは出席番号で列をつくるぞ。偶数は左、奇数は右、他は真ん中まわれ〜右!」真ん中に並ぶ者は誰もいなかった。
・修学旅行中、金沢の兼六園を訪れたとき、看板に「鯉の餌10円」。彼は10円玉を投げていた。
・課外研修でバスで移動した時、バスの入り口に「後乗り」とあった。彼は後ろ向きでバスの階段を登っていった。
ちゃんちゃん お粗末さまでした。
以上
〈第2話〉(長編)
●私の家はクリーニング屋です。ある日お客さんが「今セール中ですか?」と聞いたのを母は、「いま、生理中ですか?」と聞き間違え、「もう3年前に終わりました」と言ってしまった。
●母は、まだ40台前半の若き頃、私の受験用航空券を買いに行き、旅行代理店のお姉さんに「スカイメイトでお願いします」と言うところを、「スクールメイツでお願いします」といって、店内の時を止めてしまった。
●夕食後、テーブルの横でうたた寝をしていた父がうなされていたので、私は母と、「悪い夢でも見ているのかな?」と話していると、突然、「ライダー、助けてっ!」と父が叫んだ。ちなみに父は56歳です。
●うちの母がテレビを見ていると、美人のアナウンサーが出てきた。母は「こんな人が嫁にきてくれるといいわ」と言ってニコニコしていたが、ウチの家族で男はお父さんしかいない。母はいったい誰の嫁がほしいのだろうか・・・・・・。
●お風呂に入っていた父が突然、大声でわめきだしました。「大変、大変!どっかから鼻血が出てる!」いったい父のどこから「鼻血」が出たのでしょうか・・・・・・?
●私の母方のおばあちゃんの話です。お医者さんに行き、「お尻に入れなさい」と渡された座薬を、おばあちゃんはお汁に入れて飲んでしまいました。
●うちの父は、強風が吹いたり雨が振ったりすると、空に向かって「バカヤロー!ろくなもんじゃねえな〜」と必ず叫びます。台風がきたときなど、そりゃあもう
 以上

 
これは、当サイトで”チェーンメール4”として掲載しているメールです。都市伝説とチェーンメールの関連について調べていた頃、何人に送らないと呪われるとか不幸になるとか脚を取られるとか多額のパケ代を請求されるとか撲殺されるとかいう不幸の手紙型のチェーンメールの情報が多く集まる中、そう言った不吉なにおいのしないチェーンメールがあるという話を聞き、探し出したのが上の『幸福のメール』です。当サイトで紹介しているバージョンは【ネット上の都市伝説・チェーンメール】の項でも触れている通り、白水社刊の『幸福のEメール 日本の現代伝説』から引用してきたものですが、チェーンメールサイトなどで完全な形のこのメールを掴まえることが出来なかったためです。”実際にメールで送られた文面”という形でなければ見つけられたのですが。

 先日、このメールの元になったものを作ったと言う方からメールをいただきました。ご本人の希望により個人情報に関する部分を除き、転載させていただきます。

さて標題の件,つまり「小話」系のチェーンメールについてなのですが,このメールは,実は私がかつて某社勤務だった頃に,東芝にて開発業務を行っていた友人に宛てて,当時(もう5,6年程前になるかと思います)発行されていた「ウィークリーまぐまぐ」の読者投稿欄から,私が面白いと思ったものを,勝手に抜粋して送り付けたものです.
もちろん,私が友人に送った当時は,「戻ってくると結婚できる」などと言う「出任せ」はつけておらず,チェーンメール化した過程においていつの間にか付加された文言であろうと思われますし,「ウィークリーまぐまぐから抜粋した」と明記した出自も省略されていたり,「第2話」(私がまとめた時点では,「その3」としていました.どこかで「その2」は散逸したようです)が途中で切れていたりと,伝播過程の中で形を変えているようですが,大元になるものをまとめたのは,私です.
読者投稿欄自体,どこかから聞いてきた話をさぞ自分の体験のようにして「ネタ」として投稿する読者もいることは想像に難くないので,管理人様がご指摘のように「どこかで見聞きした話」が多く含まれるのはそのせいであろうかと思います.
私自身にこのメールが巡り巡って回って来たことはなく,まさかチェーンメール化しているなどとは全く思っておらず,全くの別件(「都市伝説」関係の話を漁っていて,そちら様のサイトにたどり付きました)からよもやの「再会」をするとは,全く思ってもみませんでした.一体,どこまでこのメールが出回ったのかと思うと,ぞっとする次第です.
「不幸の手紙」的なイタズラ目的で出したものでもなかったので,かつて出回った「ハイジのブランコ」や「新単位『ハナゲ』」,「ドラえもんの最終回」のような感覚で,人伝てに出回ったものかと想像しますが,たった1人の友人に宛てたメールがチェーンメール化して伝播していたとは,正直驚きでした.

 
※適宜改行を入れさせていただきました

 
【都市伝説とは?】のコラムなどで書いたように、都市伝説はまず面白い話であることが重要になってきます。その話を持ち出すことで会話が盛り上がり、その話を聞いた人がまた他の誰かに話したくなるような話であることが、都市伝説の成立には必要です。もちろん厳密には”本当にあった話”とされるなど、いくつかのハードルを越えなければ正しく都市伝説とは呼べないかもしれませんが、広く一般に知られた話であることも、それと同じくらい重要になります。誰にも知られていないようでは、文字通り、”話”になりません。

 幸福のメールは多くの人にとって、都市伝説と同じように誰かに教えたくなるような話だったのでしょう。ただ、それを口伝えで話すのではなく、たまたまメールによって話が伝えられたために、チェーンメールになったのです。極論すれば情報の伝播経路・形態が違うだけで、このメールは普通の都市伝説と同じなのかもしれません。情報伝播の軌跡が、はっきりと目に見える形で残った都市伝説です。

 そもそも、幸福のメールで紹介されている内容自体、非常に都市伝説的なものばかりです。大筋で『ウイークリーまぐまぐ』の読者投稿からの抜粋だそうで、すでに情報を提供してくださった方がメールの中で指摘されていますが、私も読者投稿の中には、自分が聞いた他人の見聞をいかにも自分のことのように語ったものが少なくないと思います。たま〜にラジオや雑誌で、純然たる都市伝説ネタを自分の体験とした投稿が紹介されるのを見聞きすることもあります。情報提供のメールの中で触れられている「ハイジのブランコ」、「新単位『ハナゲ』」、「ドラえもんの最終回」といったおもしろ系(?)チェーンメールもいずれも元ネタのあるもので、完全なオリジナルではありません。独力でチェーンメール化するような面白いメールを書けるような才能は、なかなかいないようです。なお、「ハイジのブランコ」の話は、空想科学読本の中にも収録されている柳田理科雄氏のコラム、「新単位『ハナゲ』」はウェブサイト『やゆよ記念財団』、「ドラえもんの最終回」はドラえもんファンのとある大学生が、自身のHPの中で公開していた自作ストーリーが元ネタとなっているようです。

 都市伝説用語(?)に”FOAF”というものがあります。
friend of a friend(友達の友達)の頭文字で、一見近しいようでいてさほど親密ではない人という意味で使われることの多い言葉です。どこの誰が体験したのか分からない話を、さも身近な人が体験した事実であるかのように錯覚させる、ある種の”魔法の言葉”でもあります。現実には、友達の交友範囲くらいならばある程度把握している人も少なくないかもしれませんが、友達の友達の友達まで範囲が広まると、ほとんど赤の他人と同然でしょう。友人あての何気ないメールがチェーンメール化した背景には、このAFOFといういまいちつかみ所のないあいまいな存在が影響したような気がしてなりません。例えば、友人の一人から「友達からもらったメールなんだけど」という断りつきで、上の幸福のメールのような”ネタメール”が届いたとします。実際にその友人はそのまた友人が興したメールを受け取り、それを転送しただけなのですが、そのメールを受け取った側は、直前の友人よりもさらに前、そのメールが何人の人手を渡ってきたのかは分かりません。律儀に「友達の友達が書いたもの」、などと克明にメールの履歴を記述する人ばかりではないでしょうし、友達が「友達からもらったメールなんだけど」と断って送ってきたメールだからといって、友達の友達以前が存在していた可能性も多分にあるためです。最初に文章を興した人を親とすると、孫かひ孫の代には、すでにそのメールがどれだけの人を経由してきたかはっきりしない”チェーンメールのようなもの”に変わり始める可能性があるわけです。正真正銘の「友達の友達」が書き起こしたメールに、勝手な改変を加えて転送するのは多少気が差すかもしれませんが、「友達の友達」という言葉は本来の意味以上に深い奥行きを持っているために、個人対個人の距離感を麻痺させるような働きがあるように思えます。友達の友達とは言うものの、実際には友達の友達以前にさらにその友達がいて、その先にもその友達の友達がいるようにも解釈できます。仮に友達の友達という言葉をそのように受け取った場合、最初に文章を書き上げたのは赤の他人になるわけで、一面識もない赤の他人が書いた文章なら、勝手にネタを添削したり、「このメールは幸福のメール」という無責任な一文を付け加えたとしても、心理的な負担は随分軽くなるでしょう。

 口伝えの場合、故意にということがないとは言えませんが、認識の微妙なずれや言葉のあやから話が変質したり、”尾ひれがつく”という現象が発生したりします。しかし、基本的にコピーペーストの余地すらないチェーンメールにおいて、内容の変化が起こるのは、自分以前も自分以後もメールがどのように流れていくのかわからないという、責任転嫁をしやすい環境があるために、おもしろ半分で文章を書き加えたりしやすいからなのかもしれません。

 興味深いのは、幸福のメールの冒頭部分にある、『戻ってくると結婚できる』という部分です。メールを送ってくださった方の話では、一番最初のバージョンにはそのような文言はなかったようです。『この文章は、東芝、NEC、富士通、松下等を回ってきたメールだそうです』という一文が最初にありますが、このメールが辿ってきた道のりについてここまで具体的に書ける以上、最初の送信からそれなりの時期が経ってから付け加えられた一文でしょう。PCのメールは何も考えずに転送すると、自分とその前の送信者のメールアドレス等が文章の中に残ります。会社で割り当てられたアドレスであれば、企業名などの情報も表示されることもあるでしょうし、そこからこのメールが転送されてきた具体的な会社名を拾い上げることは可能です。もしかすると、何の気なしにこのメールを転送した誰かが、本文以外の部分に残された様々な情報から色々なところを渡り歩いてきた事がわかるこのメールと再会し、ちょっとした運命的なものを感じ、何か突き動かされるものを感じて、遊び心から『幸福のメール』として再度送り出した・・・・・・そんなこともあったのかもしれません。完全に憶測ですが。

 余談ですが、PCのチェーンメールでは、このように名前とメールアドレスなどの個人情報が不特定多数の目にさらされる危険性があります。わかる人が見れば、さらに色々な情報を読み取られてしまいます。顔も名前も知らない赤の他人の中には、当然よからぬことを考える人もいるでしょうし、このことを軽く見ないほうが良いかもしれません。多くの人はメールの転送時にそのあたりのことに気を配ると思いますが、特に女性の場合は色々厄介な問題を引き起こしかねないので、チェーンメールを送る場合は、細かい配慮のできる、信用できそうな人に送ることを強くお勧めします。というより、チェーンメールに参加するのは色々な意味で止めたほうが賢明です。

 チェーンメールそのものはとても推奨できるようなものではないですが、この幸福のメールに関しては結構難しい問題をはらんでいるように思います。PCのメールではまた事情が違ってきますが、ことケータイのメールに関しては、ふと思いついたことを唐突に誰かに送ったりもするでしょう。それが幸福のメールのような面白ネタであったとして、そしてそれが図らずもチェーンメール化してしまったとしても、そのことを非難することは出来るのでしょうか。幸福のメールはチェーンメール化しましたが、『何人に送れ』とか、ねずみ算式の自己増殖を発生させるためのはっきりした指示は含まれていません。『このメールは幸福のメールこのメール〜』以下の文章がチェーンメール化を誘発する要因になっているのもまた事実でしょうが、このメールがチェーンメール化した根底にある物は、ふとしたことから仕入れた面白い話を誰かに話したいという、都市伝説が広まる時にも欠かせない、人間のきわめてありふれた欲求だと思います。そして、本来的にそういう欲求に応える役割を負わされているメールというコミュニケーションツールを、これまたごくありふれた使い方をした結果、発生した現象が幸福のメールなのですから。幸福のメールがけしからん、ということになると、極論すればメールを送信するたびに、その内容がチェーンメール化しないよう、内容を慎重に検討しなければならなくなるかも知れません。

関連サイト
新単位「ハナゲ」について → やゆよ記念財団
幸福のメールについては  → HAPPY HOME