このサイトを開設してからすでに1年余りが経ちました。発足当初から微妙な軌道修正を続けつつ今に至るわけですが、この期に及んでこんな話題です。あまりに遅きに失した感はあります。しかしあえて今、『都市伝説とは何か』について論じてみたく思います。今回の話は、さしずめ閑話休題といったところです。
■実は困りました
このサイトを開設した当初の目的は、卒論のネタ集めのためでした。極論すればこのサイトで扱っている情報は、論文書きのために集めた情報の二次使用+その情報に毛が生えた程度に発展したものです。このへんの説明は蛇足ですが、しかし、かつて私は、都市伝説をテーマに論文を書くに当たって、予想だにしなかった問題に突き当たりました。
「都市伝説の定義って?」
レポートなり、論文なりを書くに当たって100%避けて通れないであろう作業が、研究テーマの設定です。そして、設定されたテーマに関する記述には、それ相応の紙面を割かなければなりません。テーマの説明、研究の進め方などについてですね。私の書いた論文は当初、このあたりの内容、研究テーマの定義がごっそり抜け落ちておりました。都市伝説とは、あえて詳細に記述するまでも無い、一般的な概念のように思い込んでいたせいです。そこで、もう一度研究テーマについて詰めておかなければならなくなったわけですが、ここで『都市伝説とは何か』という問題に頭を悩ませる羽目になりました。
■実体は怪しいのに多くの人から『真実』であると信じられている話
最初に採用した定義がこれです。このあたりのことは、ブルンヴァンの『チョーキングドーベルマン』や、『消えるヒッチハイカー』あたりに書いてあると思います。教官の話では、そもそもこの『都市伝説』という言葉は、ブルンヴァンらが使い出したあたりが始まりなのではないかということでした。研究室のメンバーの中に都市伝説を専門に研究している人はいませんでしたが、一般の人よりも文化風俗といった民俗学分野の内容に明るい人の認識なのですから、かなり信用できる情報なのではないかと思います。また、ブルンヴァンが使うようになった"Urban Legend"という言葉に『都市伝説』という訳語をあて、日本に持ち込んだのは大月隆寛氏なのではないか、という話もあわせて聞きました。
そういう経緯で生まれたと思われる『都市伝説』という概念ですから、生みの親であるブルンヴァンの定義をそのまま借用したわけです。しかし、この定義もよくよく考えると何か違っているような気がします。確かに、『都市伝説』という概念が確立された時期には、これであっていたのかもしれません。というより、この定義に当てはまらないものは都市伝説ではなかったのでしょう。
ミミズバーガー、レンジ猫、死体洗いに白い糸・・・・・・。確かにこのあたりは私自身も本当の話だと信じていた時期がありました。けれど、首なしライダーや口裂け女の話となるとちょっと。というか、これらをを紛れもない真実と考えている人はどのくらいいるのでしょうか。また、この定義を厳格に当てはめていくと、逆に世の中に広まっている(都市伝説とは呼ばれていない)うわさ話の多くは、信じるに値しない作り話に過ぎないような気さえしてしまいます。
■面白い話
そのあたりに疑問を感じたので、また色々な本を探し、「しっくりと来る定義」を探しました。そして出会ったのが、『都市伝説=面白い話』という考え方です。この書き方はかなり途中をはしょっており、少しばかり語弊のある表現なのできちっとした説明をしておきます。
都市伝説は、言ってみれば噂の一種ということになるのですが、普通の噂の伝播に強く影響するものが『情報の重要度』であるのに対し、都市伝説の場合は『いかに面白い話であるか』という部分が重視されます。
噂研究ではよく引き合いに出される話に、関東大震災直後の『朝鮮人による井戸水への毒混入』話があります。かつて、未曾有の大地震が東京を襲った直後の恐慌状態の最中、『朝鮮人が井戸水へ毒を投げ入れている』という根も葉もないうわさが広まり、住民達が独自に結成した自警団によって、多くの在日朝鮮人が疑心暗鬼ゆえのリンチにあうという事態に発展したことがありました。情報の重要性が噂の伝播に関係するというのなら、生命の危険すら孕んでいるこの話が瞬く間に広まり、積極的な攻撃を行わせるほどの信憑性を持つに至ったのも当然のことでしょう。
翻って都市伝説ですが、ほとんど全ての話にはこの毒水の話ほどの重要性が無いにもかかわらず、かなり広範に、しかも長期間にわたって存在しています。それは都市伝説が、噂話の中でも、情報の重要性よりも話のネタとしての面白さを重視するものであるためだという理論が、『都市伝説=面白い話』説の骨子です。面白い話であるという部分が重要ということになると、『真実であると信じられている』という、先の定義の立場が頼りないものになってきそうですが、それでもむしろこの定義の方が一般的な感覚にはなじみやすいでしょう。
■都市伝説=恐い話?
最近では、都市伝説といえばすなわち恐い話である、という考え方が広まっているようです。USOあたりの影響力が大きかったような気がしますが、そのあたりを差し引いてみても、確かに今日『都市伝説』と呼ばれる物は圧倒的に怪談めいた恐い話が多いです。もともと都市伝説との差別化が判然としていなかった『学校の怪談』などは、映画化までされてしまっているのですし、そういう認識が広まっているのも仕方が無いことなのかもしれません。下手な笑い話よりも、恐い話のほうが面白い話である、というのは確かにそうでしょう。そういう意味では、恐い話は都市伝説の中でも王道中の王道なのかもしれません。
■噂話との境界線
ここまで、『都市伝説は噂話の一種』というスタンスで書き進めてきましたが、数ある噂話の中で都市伝説が特に、都市伝説として区別されるに至った理由を書いておきます。ここから先は、都市伝説の部屋の【都市伝説の定義】の項に書いてある内容とほとんど同じです。すでにそちらをお読みの方は、ここから先を読む意味はほとんどないと思います。
都市伝説の内容というのは、たとえ最近の出来事のように話されたとしても、同様の話はずっと以前からすでに存在している事が多いです。しかもそうした話は、潜伏期間をおいて何度も復活するとされています。そのたびに少しずつその時々の時代背景にあわせて、装いを変えはするものの、基本となるプロット・モチーフは変わらないのです。このあたりが単なる一過性の噂と都市伝説の大きな違いです。ただ、このあたりも、このコラムの冒頭の、ブルンヴァンが言うところの『都市伝説』の定義なので、現状には必ずしもそぐわなくなって来ているのが事実です。
なお、デマ(Demagogie)も、噂との区別がつきにくい言葉ですが、こちらは厳密には、政治的な意図をもって広められる扇動的・謀略的な噂のことのようです。でも実際にそこまで意識して使っている人ばかりではないでしょう。一般的に使われる言葉になったことで、都市伝説という言葉の実体が見えにくくなったのと同じ理屈でしょうね。
■名前がおかしくないですか?
最後に都市伝説という名前についてです。この名前だと、実際に『都市』部で広まっている話でなければ都市伝説ではないような印象を受けます。実は、この『都市』という単語が曲者なのです。
これはもともと、都市伝説という言葉を使い始めた人たち(おそらく研究者)の間に、「『伝説』というものは例外なく村落共同体(ごく近しい社会的属性をもった人間の集団)の中に伝わる話である」といった感じの暗黙の了解が存在していたため、『都市化が進んだ現代に生まれる伝説』と言う意味合いで使われるようになったもののようです。ですから、ごく日常的な感覚でいうならば『現代伝説』のほうがよりふさわしいのかもしれません。希に『都市型伝説』という呼び方もされるようですが、日本でいう都市伝説が"urban
legend"から発生した訳語であるならば、むしろこちらの呼称の方が適切に原語のニュアンスを伝えていると言えるでしょう。このあたりを踏まえて都市伝説という言葉の説明をするのなら、『都市型伝説、略して都市伝説』といったところでしょうか。
ただし、すでに『都市伝説』と言う表現はある学問分野で用いられる専門用語のレベルを脱却して一般化し、ともすれば言葉ばかりが一人歩きをし、本来持っていた性格が変質してきています。このような状況下でなお、『厳密な定義に基づく学術的な呼称』というものにこだわるのもナンセンスなので、当サイトでは基本的に『都市伝説』という呼び方を採用している次第です。
おそらく現在、『伝説』、『昔話』、『民話』などと呼ばれている話も、もともとは今日の『都市伝説』のように、『こういう話があったらしい』というような広まり方をし、伝聞を繰り返していくうちに、直感的・直接的な表現がぼやけていき、象徴的な寓話の形に変化していったのでしょう。そう考えると都市伝説とは、数世代、あるいは数十世代後に本当の伝説に変化しうる話なのかもしれません。もちろん全部が全部というわけではありませんが。
都市伝説とは・・・・・・
事実だというふれこみで広まる噂。 しかし重要なのは事の真偽ではない。 面白い話であること。
それが肝心。
※2003.12.23 追記
心霊談でありながら都市伝説と呼ばれるものがあります。クラシックな例ではタクシー怪談の類がそうです。はっきり言ってしまえば到底事実であるとは思えませんが、それでも都市伝説とされるこれらの話には、「何が都市伝説なのか」というある意味では当然で非常に悩ましい疑問がついて回ります。なかなかうまい説明は難しいですが、現実離れしてはいるものの、今さら「それって作り話なんじゃないの?」という突っ込みがはいらないほどスタンダードになっている話、といったところが最もこなれた解釈の仕方になるのではないかな、と思います。
※2004.09.26 さらに追記
ネットを徘徊していると、「○○市でショッピングセンター伝説が流行している」なんて言う話に出くわす事があります。多くの場合、誰かしらによって「それは都市伝説だよ」という言及がされますが、「○○市」が大都市ではない場合などに「田舎伝説だろ」と言うような茶々が入る事も間間あります。これも「都市伝説」と言う呼称が生んだ誤解の一つでしょう。例えば、現在では「クジラ」と言えば無条件に海の生き物です。ところが陸上でクジラそっくりの新種生物が見つかり、これが「リククジラ」などと命名されたとします。その後、今度は海で「リククジラ」そっくりの生き物が見つかったら、それを「ウミクジラ」と呼ぶようになることはあるのでしょうか?「田舎伝説」という言葉は、「ウミクジラ」、あるいは「頭痛が痛い」式の表現なのです。学術的には、伝説といえば無条件に「田舎」で発生するものと考えられるものです。 |
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