■2025年9月号

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バイオジャーナル

iPS細胞の研究開発に民間企業の参入が活発化

 

これまでiPS細胞の研究開発は、京都大学iPS細胞研究所や各大学の医学部を中心に進められてきたが、現在は実用化の段階に入り、大学発のスタートアップ企業など民間企業の参入が相次いでいる。しかし、正式に厚労省に承認されたものはいまだなく、大学と民間企業の協力で開発が進められている段階である。
山中伸弥が理事長を務める京都大学iPS細胞研究財団は4月1日、再生医療の拠点である大阪市内の中之島クロスに個々人の細胞から作成したiPS細胞を保存する施設「Yanai my iPS製作所」を設立、稼働を開始した。これはファーストリテイリング会長兼社長の柳井正による毎年5億円、9年間の提供を受けて作られた施設である。それを用いれば拒絶反応がほとんど起きないとされる、多くの人と免疫が適合するヒトの細胞から作成したiPS細胞や、自分の細胞から作成したiPS細胞の保存を目的に設立された。
民間企業で目立った動きをしているのがパソナグループで、大阪・関西万博のパビリオン・パソナネイチャーバース内にiPS細胞から作成した心筋シートで親指大の「動くiPS心臓」を展示している。同グループ以外でも心筋シートの実用化は進んでいる。

大阪大学発のスタートアップ企業クオリプスは2025年4月8日、やはりiPS細胞から作成した心筋シートについて、厚労省に製造販売の申請を行なったと発表した。重い心不全の患者向けで、iPS細胞由来の製品としては初の申請である。データが少ないことから仮承認になる可能性が大きいとみられる。
京都大学発のスタートアップ企業のアイハートジャパンは、iPS細胞から作成した細胞製品で、拡張型心筋症の治療ができるかどうかの臨床試験を開始したと7月28日に発表した。iPS細胞を用いて心筋細胞や血管内皮細胞を作りシート状にし、ゼラチンでできたゲルを挟み、5枚重ねて患者の心臓に張り付け、心臓機能の回復を狙ったもの。東京女子医大が5月に1人目の患者に移植しており、今後、東京大学医学部付属病院などで移植を進め、来年3月までには10人に移植する予定である。このように心筋シートはiPS細胞の応用技術として最も先行している分野の1つである。
京都大学iPS細胞研究所教授の高橋淳らのチームはiPS細胞から作成した神経細胞を用い、パーキンソン病の7人の患者に移植し、安全性と有効性を確認したことを4月16日付「ネイチャー」誌に発表したが(バイオジャーナル5月号参照)、これを受けて、このiPS細胞由来のパーキンソン病治療薬の企業化を進めてきた住友ファーマは8月5日、厚労省に承認申請を行なった。承認されればiPS細胞を用いた最初の製品となる。iPS細胞は株価の世界でも注目されており、4月の成果発表の報道を受けて住友ファーマの株価が急上昇した。

その他、伊藤園が京都大学iPS細胞研究所と、動物実験に代わる細胞をiPS細胞から作成するために共同研究を開始したと3月19日に発表した。伊藤園はお茶の有効成分の効果などを調べるための動物実験をiPS細胞で代替できないか研究する。同社は2023年に動物実験に代わる代替技術の研究や、動物実験を最小限に抑える新技術の研究方針を立てており、すでに2024年には北里大学と共同で加齢性難聴への効果を見るためiPS細胞での実験を開始している。
京都大学発のスタートアップ企業シノビ・セラピューティクスは、iPS細胞から作成した免疫細胞(キラーT細胞)を用い、肺がんや肝臓がん治療の臨床試験を2026年末から始めると4月11日に発表した。この治療法は京都大学iPS細胞研究所の金子新教授が開発したものである。

東和薬品は京都大学iPS細胞研究所と組み、iPS細胞を用いた家族性アルツハイマー病の治療薬を開発している。6月3日、同社は患者に対して治験を開始したと発表した。すでに安全性を評価する治験の第一段階は終了しており、今回は三重大学や京都大学などの医療機関で有効性を評価する治験を行なうことになっている。 慶應大学教授の岡野栄之らは、iPS細胞から作成した細胞を重い脊椎損傷の患者に移植する臨床研究を行ない、全4例の経過観察を終え、安全性を確認し、2人に症状の改善がみられ、そのうち1人に大きな改善がみられたと3月21日に発表した。今後、治験効果を厳密に確認する臨床試験の実施を目指すという。治験は、慶應大学発のスタートアップ企業ケイファーマが実施する予定である。
また、味の素は米国のiPS関連のスタートアップ企業ソマイト・セラピューティックスへの出資を6月13日に報告した。この米国の企業は、細胞分裂の最適化をもたらすAI技術の開発を進めている。
このようにまだ試験段階ではあるが、iPS細胞は医薬品として使用され始めている。当初問題とされていた発がん性などの副作用については解決しておらず、急速な実用化は深刻な副作用につながる危険性をはらんでいる。〔日経新聞オンライン版 2025/8/5ほか〕