金持ってれば必ず強くなるわけじゃねーぞ!
続 八八艦隊を嗤う

by 人間魚雷回天



1.はじめに

 などと、今回は最初から喧嘩売ってるような台詞から入りましたが、別に私が年収の少ない木っ端役人だから僻んでるわけでもなければ、某プロ野球球団が毎年金にあかせて他球団の四番打者を獲得しているのに一向に黄金時代を迎えられないことを嗤っているわけでもありません(いや、実際別の場所では嗤っているんだけどね)。
 さて、本題に戻りますが、ここでは大西洋を舞台に戦艦が殴り合う大艦巨砲ゲーム『大艦巨砲伝説』の発表にちなんで、以前この誌上(EEGホ号)でお送りした「八八艦隊を嗤う」の続編としてこのゲームに登場する米・英の各種戦艦を俎上にあげて嗤ってやろうという、愛国心溢れる(?)企画となっています。それでは、暫しの間お付き合い下さい。



2.アメリカ合衆国の戦艦
 障害物競走「ハンバーガーばっかり食ってんじゃねえ!」

えーと、まず見出しでお分かりのとおりまず最初に槍玉に挙げられるのは太平洋の向こうで続々出現してくるヤンキー姉ちゃんたちです。
 連中の戦艦は、ご存知の通りパナマ運河が通れるかどうか、という運用上の制限を抱えていることが特徴です。いくら世界一の金持ち海軍でも、日・英海軍に対してそれぞれの正面において圧倒できる(そう、圧倒です。連中が「侵さず侵されず」などという生易しい程度で我慢できるわけないでしょ?)海軍を建設することは、軍需産業の経営者以外誰も(あ、あと海軍マニアの某大統領一族もいたな)喜ばないことでしょう。
 特にアメリカが幾ら金持ち国で工業力に勝っていたとしても一応建前として民主主義国である以上国民を必要なだけ圧迫して戦艦を幾らでも建造する、というわけにはいかないでしょう。
従って、安全保障上の状況に応じて艦隊を両洋間でスイング可能であることは、国家の財政を防衛する上で必要な要素であり、パナマ運河が通れるか否かは、純軍事的にも海軍の持つ長所の一つである機動性を高める上でもまた必要な要素なのです。
 史実においても、未成に終わった「モンタナ」級では遂にパナマ運河の通行を断念しましたが、一つ前の「アイオワ」級ではまだ通行を諦めきれなかったため非常に痩せた船体となり、高速の追求という面では効果があるものの、軍艦として運用する場合にはいくつかの不可避な問題を抱えることになりました。
 造船学上に起因するこれらの問題は、戦艦のみならずそれ以下の艦艇にも内在していたようで、現に1944年レイテ沖海戦後の台風下において軽空母(CL「クリーブランド」級と共通船体)や駆逐艦を中心に大損害を受けています。
 波の荒い日本近海をホームグラウンドとする日本海軍や、七つの海に覇を唱え、あらゆる海域でも航洋性を確保する必要のあった英海軍では、許容し難い設計思想と言えるでしょう。
 また「アイオワ」級は、ライバルとしてよく比較されることが多い「大和」級に比べると近年とみに評価を上げていますが、以上の点から実際に戦場に臨んだ場合こんなことが起きないとは誰が言えるでしょうか。

@ 主砲が当たらない!
主砲の命中率を高めるために必要なことは何でしょうか?
高品質な光学兵器、高い精度で加工された砲身、優秀な射撃指揮装置、加うるに射撃用レーダーの有無? 何れも重要な要素であるかもしれません。しかし、軍艦にのみ特有な条件としては、何よりも基本的な要素として「船体が常に安定したプラットホーム足り得る」ということが挙げられるでしょう。
 特に「アイオワ」級では対艦射撃用に強装薬を使用した場合、「大和」級のそれに匹敵するエネルギーが発生します。しかし、船型が『大和』級に比べるとはるかに痩せているために、例えば一方の舷側への斉射を行った場合に発生する船体の動揺・捩れはより大きくなるはずです。
 結果として弾着散布界は大となり、有効な次弾を送るためにはその動揺・捩れの鎮静を待たねばならず(命中できなくても構わない、という制圧を目的として射撃するなら別ですが、いくら米軍が金持ちでもそんなに潤沢に撃てるほど弾を積めないでしょう)、あたら砲自体の発射速度が高くとも宝の持ち腐れになりかねません。
 パソコン雑誌で良く性能を評価する時に使われる「全体の性能は、システムのうち最も性能の低い部分に左右される」という法則に従うならば、「アイオワ」優位論者が高く評価しているほどには実戦力に差がつかないのではないでしょうか。「大和」級の船体が、某士官が評して曰く「盥のように幅広い」ものとなったのは、全く正当な理由のないことではなかったことがお分かりになるのではないでしょうか。

A 自重で沈む!あんたはKONISHIKIかい?
 これまた船型に由来する問題です。艦体がそれまでの戦艦と比べると異様に細長いため、被害が集中した場合構造的に耐えられない可能性があります。ましてや仮想敵の日本海軍は一発で巡洋艦の艦首を吹き飛ばす恐怖の酸素魚雷や水線下へ打撃を与えることを重視した91式徹甲弾という物騒な代物を持っています。戦略的にはともかく、ごく限定された戦場では有効に使用し得るこれらの危険な玩具がその長大な側面を、しかもヴァイタルパートではなく比較的軽装甲な部分へのラッキーヒットとなっていたら…。
 一見スマートでナイスバディなヤンキー娘たちは自分の体重が仇となって溺死してしまうかもしれません。

Bもっと速く走れよ、このタコ!
今度は個艦の問題ではなく艦隊として運用する場合における問題点を挙げてみたいと思います。
 隻数的に主力となる36〜40cm砲戦艦は21ノット、さらにこれらを受けて建造されつつあった「サウス・ダコタ」級が23ノット、そして史実では6隻計画されたうちの2隻が、空母として完成することになった「レキシントン」級巡洋戦艦が33ノットという両極端な速度性能を持っています。
 従って、両者を同じ艦隊に編入して使用することは困難です。必然的に主力艦隊と前進艦隊に(日本海軍における第1・第2艦隊のように)分割することになります。しかし、ライバルほど両者の速度性能の差が少なくないため連携がより難しくなっています。ですから各個撃破を防ぐためには前進艦隊がある程度速力を調整しながら動くか、よほど巧妙な機動を行わなければなりません。

 ところで、この「レキシントン」級ですが、当時の列強戦艦・巡戦中最も快足を誇るはずだった彼女たちが身に纏っていたのは、驚くなかれ人間に例えるならスケスケのネグリジェかキャミソール並みの代物でした。こんな装甲で敵艦隊の誘致を担うのでは、当たり所が悪かった場合目的の達成前に全艦「水漬く屍」となりかねません。
 しかもこの話はあくまでも実際に起工された最終案を対象としたもので、初期案では一層恐ろしいことになっているのです。
 なんと、当時のアメリカ戦艦特有のターボ電動機方式(後述)で30ノット以上を出すために夥しいボイラーを必要としましたが、半数が防御された主要区画に収まりきらなかったために缶室を2階建てとして(この時点で2階分の上部は上甲板より高い位置になっています)、上面へ装甲板を申し訳程度に張ってお茶を濁すという防御力無視(一発でも食ったら、たちまち最大の特徴である速力が失われ、40cm砲搭載の大型砲艦に成り下がってしまう)の設計をしていました(結局、ボイラー自体の性能向上によりこの素人が考えただけでも恐ろしくなるような機関配置はしなくて済むことになりました)。

 まさに、「走るために生まれた戦艦」と呼ぶに相応しく、兵器としては目的と手段を完全に取り違えているとしか私には思えません。
 とにかく、平時ならいざ知らず戦時にこんな艦に乗り組まされた日には、戦場で魚雷艇とすら遭遇したくないと思うのは私一人ではないはずです。まさに、このクラスの艦への乗り組み辞令は地獄への優待切符が保証されたに等しい怪挙(?)と言えるでしょう。

 結局、史実においては日米(または英)の戦艦部隊が隊伍を整えて行う決戦(第三次ソロモン海戦は局地的咄嗟遭遇戦だし、スリガオ海峡海戦は海戦と言うよりリンチに近い)を行うことがなかったため、これらの問題が表面化することはありませんでしたが、このゲーム世界のように「戦艦の、戦艦による、戦艦のための戦い」が行われた場合、アメリカ戦艦部隊が戦闘開始前には思いもしなかったような意外な形で足を掬われないと誰が断言できるでしょうか。



3.大英帝国の戦艦
  「この艦では奴等に勝てない」もしくはファンタジー世界における鼻血ブーな女性剣士のいでたち「もしかして君、露出狂?」

 今度はまた、異様に長い見出しがつきましたが、次はイギリス艦を中心にネタにしてみましょう。彼女たちの多くに対して言うべき言葉は1つです。
「そんな薄着で大丈夫なんかい?」
 某同人誌で酷評されていたように、フィッシャー海軍卿プランの流れを汲む英巡洋戦艦は、攻撃力・機動力重視、防御力軽視のまるで日本軍用機のような連中です。八八艦隊の「13号型」級も、45,000tなのに46cm砲8門艦という自艦の砲撃力に防御力が対応できてなさそうなくせに速力30ノットという不思議艦ですが、その師匠筋の計画した「インコンパラブル」級は、さらにその上を行く51cm砲6門でほぼ「13号型」級と同大同速度、という手品のような素晴らしい芸の冴えを示しています(あくまでも実際に戦わなければ、という条件付きですが)。
 おまけに「13号型」級同様このクラスの主砲を積むには艦幅が不足しているというところも同じです。
 とにかく、第一次大戦時のドイツ帝国が巡洋戦艦を表す言葉として使っていた「大巡洋艦」という言葉は、むしろ英巡洋戦艦を的確に表現する言葉ではないでしょうか(もっとも、 世紀末覇者によると英戦艦は設計当時の仮想敵であった帝政ドイツ海軍の比較的軽武装な戦艦との戦闘を想定しているので、その限りにおいては充分な防御力を確保しているのだそうです。でもそれじゃ1940年代においては戦艦というよりは「大型高速の航洋砲艦」だよな)。

 しかも、その出力を絞り出すための18万馬力という出力は、完成した艦としては米の「アイオワ」級以外に越えた者がなく、日英ではついに届くことのなかった世界でした。これが果たして1915年の技術水準で実用的な形で実現可能であったか? と言われると私には自信がありません。



4.無敵の騎士は失血死?

 まあ、「インコンパラブル」級はとにかく「魔法の少女巡戦」なのでこれ以上真面目に考えても時間の無駄なので、もう少しまともに見える(相対的に、だけど)巡戦「インヴィンシブル」級、戦艦「セント・アンドリュー」級について見てみましょう。
 巷間伝わる配置図では、ほぼ同大(前者が速力重視のため若干全長が長く、後者が砲力重視なので主砲が大きく排水量が多い)で、塔型艦橋を挟んで三連装砲塔を艦橋前に2基、艦橋直後に1基(前者は40cm砲、後者は51cm砲)を配したデザインに共通性があります。
 さて、これからこの2タイプの艦の実現性について云々していくわけですが、架空艦同士を比較しても仕方がない話しなので、一つの指標としてこのタイプをワシントン条約の範囲内でアレンジしたと思われる(主砲の集中配置によるヴァイタルパートの短縮など共通点が多い)「ネルソン」級を物差しに、日米の「ビッグ・セヴン」仲間である「長門」級、「コロラド」級と比較していくことにしましょう。
 まず、我らが「長門」級との比較ですが、「長門」は連装砲塔を前後に2基づつ振り分けるというごく常識的な配置に代表される全体的に無理のない設計でまとめられ、速力も当時としては高速の26.5ノットを発揮します。ただし、当時の日本海軍の戦略思想(小笠原諸島沖で敵艦隊を邀撃する)の関係上航続力にやや難があります。
 次に、「コロラド」級との比較ですが、この型は主砲配置が「長門」と同様のため一見常識的な設計に見えますが、大規模渡洋作戦(「プラン・オレンジ」)に対応した航続力を確保するため、と言われますがボイラー→ターボ発電機→電動機という他国に例を見ない方式をとっていることが最大の特徴です。類似のものとしてはポルシェ博士の一連の試作戦車シリーズが挙げられますが、いずれにせよ一般的な方式ではありません。
 しかし、アメリカでは「ニューメキシコ」(但し姉妹艦はタービン)、「テネシー」級、「コロラド」級と使用され、未成に終わった「サウス・ダコタ」級でも使用される予定でした。
 この方式は出力を一定して得ることができ、前後進の切り替えも容易である反面、艦内の容積に占める機関関係の比率が大きくなるとともに通常のタービン機関に比べて高速力を得るのが困難であるという特徴があります。そのためにこの時期のアメリカ戦艦は押し並べて低速戦艦(日本で低速戦艦として扱われた「扶桑」級よりもまだ遅い)です。
 翻って、「ネルソン」級はと言えば、主砲を3連装砲塔に納めて9門を全て前部に集中することでヴァイタルパートを短縮し、「同程度の排水量で重防御」という特色を持っています。これだけなら良いことづくめなのですが、反面防御部分の容積を小さくまとめたことで機関区画の容積が狭小となったため大出力を発揮できる缶や機関を与えることができず、同時代の新型艦の中では突出した低速艦となってしまいました。
 さらに、この防御方式をとった艦(「大和」も含む)に見られる短所として、非防御区画には極めて低レベルの直接防御力(注排水能力などの間接防御力に依存する)しか与えられていません。
 この点から見ると、「インヴィンシブル」級は「フッド」と全長こそ同程度ですが、ヴァイタルパートが短く(EEG編集部付記有り)、その狭いスペースに英戦艦史上最大を誇る「フッド」(14万4000馬力)以上の馬力(16万馬力)を発揮する機関を詰め、最低限「フッド」並みの防御力を与えられるかどうかに、実現の可否はあるといえましょう(これ以上防御力薄弱では本当に「大巡洋艦」になってしまう)。ただし、「フッド」程度の防御力で「ビスマルク」と撃ち合うならば乗り組みたくないと思うのは私一人ではないはずです。

 また、「セント・アンドリュー」級は「ネルソン」級を一回り大きくした感じでフネ自体としての(「戦艦」として、ではないことに留意)実現性は高いのですが、ただ乗っかってる主砲が…。例の「インコンパラブル」や超「大和」級と同じく驚異の51cm砲連装3基なのです(別に40p砲三連装3基の案もあった)。
 後に、日本が超「大和」級を設計した時にも、軍令部は戦艦の主砲の射法から「大和」と同様の主砲9門艦を要求しましたが、その要求を呑んだ場合排水量9万トン級の巨艦となることが予想され、止む無く6門搭載で我慢してほぼ「大和」程度の大きさに納めました。しかし、46cm砲戦艦より小さな艦体に51cm砲が載せられるのか? また、「大和」の2/3程度の排水量で戦艦の目標防御力である「自分の主砲弾に耐えられる」という条件を満たせる防御力を持たせることが出来るのか? しかも「ネルソン」同様低速力しか出せないような艦では艦隊として運用した場合に戦力としては如何なものか?(現に、低速の「ネルソン」級は低速旧式の戦艦としか隊伍を組むことが出来ず、終戦後は早々に退役させられた) とりあえず、主砲でアウトレンジすることが出来るかもしれない「ビスマルク」と撃ち合うのは許容できても、同大の主砲を載せている超「大和」と撃ち合うのだけは勘弁してもらいたいです。

 そのため、「ネルソン」級の原形とも言うことが出来る(と言うより「ネルソン」級がこれらのスペックダウン版だとも言えるが)である両級について考えられる最悪のシナリオは、前者は「フッド」同様「ビスマルク」と撃ち合ってやや善戦するものの(主要部の装甲は上回っているだろうから)やっぱり轟沈、後者は草原で敏捷な肉食獣(より高速な敵戦艦や巡洋艦)の群れに襲われる巨象のように次々と非防御区画を食い破られ、主砲を始めとした主要防御区画は最後まで健在なのに浸水による傾斜のために有効な反撃ができぬまま浮力を失ってゆくことで迎える緩慢な死、というものでしょうか。
 これらの推測については私と、『大艦巨砲伝説』デザイナーの世紀末覇者氏とは若干意見を異にする(彼はむしろ「インヴィンシブル」の方が実現性が高いと見ている:EEG編集部付記有り)のですが、いずれにせよ両者とも軍縮条約の成立を見越した政治的ブラフの要素が強い習作的なデザインなので、実際に建造した場合には実戦参加時に思わぬトラブルによって戦力を喪失することも容易に有り得たことでしょう。



5.人はパンのみにて生くる者に非ずや?

 そして、駄目押しは前回の八八艦隊の抱える問題と同様に「カネ」の問題です。既に20世紀初頭から帝政ドイツと激しい建艦競争を繰り広げたイギリス、一次大戦中はUボートによって国家の生命線である海上交通を窒息寸前まで締め上げられたイギリスに、戦後は日米と再び建艦競争を続けて行く力がまだ残っているのでしょうか? ここにもまた、「血を吐きながら悲しいマラソンを走り続ける孤独なランナー」がいました。
 そもそも、史実において海軍軍縮の必要性を最も痛感していたのが、イギリスではなかったでしょうか。海外に広がる植民地と海上交通を保護するだけなら、巡洋艦があれば十分なのです。
 植民地をほとんど持たず、海軍を単なる高価な玩具にしてしまった我々の祖先と異なり、海軍の存在意義を熟知していた彼らにとって国家経済上における戦艦とは、本来「相手が持っているから抑止のために持っておこう」程度の存在に過ぎなかったはずです。従って、口にこそ出さなかったけれど、史実におけるワシントン軍縮条約で最も恩恵を受け、その恩恵の意味を自覚していたのはイギリスではなかったでしょうか。
ただし、そのためにイギリスは世界の実質的支配者の座を徐々にアメリカに奪われることになったのですが、それ自体は何も生み出さず国家財政に寄与することもない戦艦を必要数以上抱えたまま国が破産するよりはマシ、と考えたのでしょう。
アメリカは、まだ国力上は競争を戦い続けられたにもかかわらず、国民生活の過度の圧迫を防ぐとともに大戦後における大国としての国際的名誉を欲するが故に軍縮を叫んだに過ぎず、一方日本は既に競争を続ける余力がなかったにもかかわらず、軍縮を主導した加藤大将とその衣鉢を継ぐ一部の者たち(ロンドン条約後海軍を逐われた堀中将に代表される)を除いてはその限界を自覚できず、不平不満を心に溜め続け、その結果として海軍は政治的方向性を統一できなくなり、遂には大日本帝国自体がその身を焼き尽くしてしまったのですから。



6. 遅れてきた自称王者
         (遅かりし、由良之助)

さて、この稿においてイギリス戦艦陣のトリを務めるのは、「遅れてきた自称王者」こと「ライオン」級です。
 どう考えても総合的な戦力としては外交的ブラフとしか思えない「ネルソン」級と異なり、攻防さらには速力まで含めたバランスを考えられた40cm砲艦として設計された「ライオン」級は、英海軍が仮想敵ドイツ海軍の「ビスマルク」級に対して持っていたコンプレックスを払拭することが期待されていました。
 何しろこの時点で英海軍で最も有力艦であった「KGX」級は、高初速を誇るとは言え所詮は1クラス格下の36p砲戦艦で(しかも新機軸の4連装砲塔は初期故障続出だった)垂直装甲こそ上回ったもののドイツ戦艦が伝統的に防御力では英戦艦を上回っていることを考えるならば総合的な防御力においても多いに遜色を感じていたはずだったのですから。
 こうして最終的にまとめられた「ライオン」級は、「KGX」級によく似た近代的かつスマートな艦容となり、まさにイギリス戦艦の集大成と呼ぶに相応しい姿でした。ただし、同時期に設計されていたアメリカの「アイオワ」級と比較すると、主砲が45口径であったこと、機関出力が計画速力を発揮するためにはやや不足気味であったことでやや劣る位置付けがされています。
 しかし、結局は対独開戦による工廠の繁忙や資材の不足により1隻も完成することはなく、後に1隻だけが緊急建造された「ヴァンガード」が史上最後のイギリス戦艦となりました。
 この型も、「KGX」級や「ライオン」級の流れを汲む簡潔にして力強いデザインで、実際に機関については「ライオン」級用に用意されたものが流用されており、実際に完成した英戦艦の内では最大・最高速を誇りました。
 ただし、肝心の主砲が「グロリアス」「カレジアス」を空母に改造する際に陸揚げした旧式の38p砲を改良して流用した物だったため、お世辞にも最強の名を冠することはできないのは少々残念なことかもしれません。
 本来最大・最高速・最強たるべき最後の戦艦が、主要部に有り物を流用したセコハン戦艦となってしまったところにこの時期のイギリスの凋落ぶりを見ることが出来るかも知れません。



7.八八艦隊に付いての補足と本稿のまとめ
    日本の不思議艦について

前回の「八八艦隊を嗤う」では、「13号艦級」について触れてないぞ、とA氏から指摘を受けたのでその件についても一応ここで補足しておきましょう(今回を逃すと次は何時どこで釈明の機会を与えてもらえるかわからないので)。
 前回も、一応「そもそも前提条件として国家財政が耐えられないので実現不可能だ」と結論をはっきり書いておいたのですが、巷では、仮想戦記小説なるお伽話が氾濫し、「軍事は政治の延長である」ということが理解できない向きもおられるので、技術的にも非現実的だということを一応触れておくように、という指示でした。
 こんな所に受験のための道具でしかない、学校における日本史教育の弊害と、「なったらいいな」を具現化した欲望肥大症的仮想戦記本の粗製濫造の一因を見ることができます。
 まあ、現代の日本の歴史教育の状況に対する愚痴はこれくらいにしておきますが、とりあえず物理的な問題としては前の章でも書いていますが、
 46cm砲8門艦としてはその衝撃を受け止める艦体の幅が不足していること、この時期に設計された戦艦は、後の「大和」級ほどの集中防御方式を取っていない(一応この辺は八八艦隊計画の既起工艦を参考にしました)のに自艦の主砲に耐える防御力を持たせるには排水量がえらく過少であることが実際にこの型を建造する場合の謎となってきます。
 まあ、主砲に無反動砲を載せて装甲は超合金Zだというのなら話は理解できないこともないのですが、それでは粗製濫造の仮想戦記のような実現可能性が皆無なお話になってしまいますから、ここではそういう小渕ィミズムな(チョー楽天的、という意味の新語だと思ってください。)空想はとりあえず頭の中から追い出した上で続きを聞いてください。
 まず国家運営上の問題としては、前回に引き続いて先に再掲したように「どこからそんな金持ってくるんじゃい!」ということになります。冷静に考えると、国民が、一日3度の食事を2度にして、米を食わずに雑穀を食って、軍需産業の役に立たないような民生品にしか使えないような輸入品は輸入を止めて、外貨を節約してまでも実際に戦争が起きなければ「高価な床の間の掛け軸」や「暴漢に襲われないための木刀」として一生を終えるようなものをせっせと作る意味と必要性がどのくらいあるのか、と言えば費用対効果の面から言っても甚だ意義も意味も少ないのではないでしょうか。しかも、維持費の問題や(作ってしまえば予算上は終了です、では現代日本の箱物行政と大差ないぞ)乗員の確保の問題(「八八艦隊」+「金剛」〜「日向」までの8隻同時保有、さらに状況が許せば新型戦艦を更に8隻建造って、いくらなんでも無理でしょ)もあります。だから、「40cm砲戦艦としてなら物理的に建造可能では」という愛国心溢れる(「諦めが悪い」とも言う)方たちも、よく考えてみてください。当時の日本の国力では百歩譲っても10〜16隻保有が限度でしょ。しかも日本の当時の国力では例え「13号型」級まで起工できたとしても最終艦が引き渡される頃には「長門」級が退役寸前というペースだったりして(笑)。
 ま、もちろん小説のように陸軍の持つ発言権や予算への影響力が低下していて、イギリス式に海軍に対して「ヒト・モノ・カネ」を集中できればもう少し状況が緩和されない事もないけど、史実のままでは、条約が締結されない程度の歴史改変位でははっきり言って「無理! どんなに泣いたって怒ったって無理なものは無理なの!」としか言いようがありません。例え技術的には大きなブレイクスルーが見つかったとしても、当時の日本が財政的に急に「打ち出の小槌」を手に入れる事はできないはずです(第一、民需を等閑視してたら輸出で外貨を稼げないでしょうが)。



8.終わりに
 〜相も変わらず学ばないボクラ〜

 というような生きた歴史教材が、たかだか100年以内に転がっているにも関わらず、ボクラは一向に歴史からは何も学んではいなかったようです。
 今や、19世紀的な帝国主義戦争(資源・労働力・領土の獲得を目的とした)はすっかり流行遅れなものとなってしまったようですし、既に戦争自体が戦勝者側の軍需産業関係者を除いてはそうそう儲かる物ではなくなっていることも実証されつつあります。
しかし、人類がこのまま何も学ばないままならば、地球人の自滅を描いたドラマがどこかの星の軍産複合体の圧力により放送禁止となり、「第○話は欠番とする(by「商売する気があるのか」朝日ソノラマ)」で片付けられてしまう日が、来ないとは断言できないのではないでしょうか。



9.EEG編集部付記 by世紀末覇者
 EEG誌へ同時期に掲載されていた記事等がネット上で公開されていないため、若干の付記や補足を加えさせていただきます。

バイタルパートに付いて
 フッド級とインヴィンシブル級のバイタルパート部容積には大きな差はありません。
 しかも、インヴィンシブル級はジェトランド海戦等で得た教訓を基にバイタルパート部内でも最大の致命部となる主砲塔弾火薬庫の防御力を向上させるため3連装主砲塔や主砲塔集中配備方式を採用しています。つまり主砲を集中配置する事で被弾面積を縮小し、また同じ重量で厚い装甲が使用できるのです。
 加えて主砲に必要とされる容積が縮小されるため、代わりにバイタルパート内で機関部が使用できる容積が拡大しており、大馬力機関の搭載を可能としています。また、機関部がフッド級に比べ船体後部にあるためスクリュウ・シャフト等が短縮され一段と使用可能な容積が拡大しています。
 また、インヴィンシブル級の16万馬力で最高速度33ノットの設計計画はフッド級が14万4千馬力で31ノット弱を発揮できたことから想定したと考えられますが、これは無理がある設計計画と思われます。

インヴィンシブル級の実現性
 カタログの排水量やサイズを大きく変更しないと考えた場合、当時の技術レベルでも極めて無理が多いが高圧高温缶の使用等で全く実現が不可能ではないインヴィンシブル級の最高速力33ノットと、物理的に不可能と言う根本的な問題が立ちふさがるSt・アンドリュー級の20インチ主砲搭載ではインヴィンシブル級の方がまだましと考えただけです・・・もちろん双方ともそのままでは実現の可能性が無い事では五十歩百歩の存在で政治的ブラフとするのが妥当なのですが、技術論的には理論上可能だが実行できない事と物理的に不可能な事の間には天と地程の大きな開きがあるのです。(了)


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