なぜ博士号は括弧付きになったのか?


旧帝大系の大学院博士後期課程は、大学や研究所で働く研究者の育成を主たる目的として、理学部、農学部、工学部、等々の各学部ごとに設置されている。

これとは異なり、新制大学の大学院博士後期課程は、主に企業の研究者を育成する機関として、複数の学部をひとまとめにして設置されたものである。そのため、これらの大学院博士後期課程では、表向きには「学際的であるから」という理由で『学術博士号』を授与することが大前提となっていた。これまでの自然科学系の博士号である、理学博士、農学博士、工学博士、等々は「相当の研究業績がなければ(と言うより、指導教官の後押しがなければ)取得することは不可能」と言っても過言ではなかった。

1991年(平成3年)8月から、旧帝大系や新制大学にかかわらず、博士号は全て括弧付きになった(1)。それ以降に博士号を取得した研究者は、これまでの理学博士、農学博士、工学博士、等々の名称を使用できなくなったわけである。では、なぜ「括弧付き博士」になったのだろうか?

それには「1980年代後半あたりから、日本の大学院で博士号取得を希望する、東南アジアからの留学生が急増した」という背景を、考慮しなければならない。当時、社会科学系の大学院では博士号、特に文学博士を、なかなか出さないという風潮があった。それこそ、国際問題に発展しかけていたのである。この問題解決を目指して(留学生が博士号を取りやすいように)、当時の文部省は全ての博士号を括弧付きにし、例えば博士(文学)、博士(理学)、博士(学術)というように表記することにした(2)。

ところが実に嘆かわしいことに、この文部省(当時)の配慮を逆手にとって「括弧付きの博士なら我々とは違うから、理学でも農学でも工学でも、ばんばん出しましょう」というのが、本来なら博士号を学術で出すべき新制大学(大学院博士後期課程)の、その後の風潮となってしまったのである(3)。

かくして学術博士、または博士(学術)は、現在では貴重な存在となりつつある。

[脚注]
(1) 「括弧付き博士」の正確な施行日が定かではない。1991年6月付けで博士号の学位を授与された者までは「括弧なし博士」であった。その後、8月付けで「括弧付き博士」になっていることは確認したが、7月がどうであったのか?但し、1992年にも「括弧なし博士」の存在が確認されていることから、学位の種類(たとえば、学術博士)によっても、施行日が異なる可能性が排除できない。
(2) 私は「博士(理学)」だが、英語表記は「Doctor of Science」または「DSc」である。私が博士号を取得した1993年3月の翌年度からは、この英語表記も改められ、それ以降に「博士(理学)」を取得した場合は「Doctor of Philosophy (Science)」または「PhD (Science)」と表記することになった、と記憶している(1)。しかし、この決まりに従わない人が多いようである。
(3) 私が「学術ではなく、理学で博士号を取りたい」と言ったとき、私の博士論文の副査を務めていた某教官は「この大学の博士号なんて、理学でも学術でも同じだ」という暴言(本音)を吐いている。

[脚注の脚注]
(1) この表記法だと「博士(学術)」の英語表記は「Doctor of Philosophy (Philosophy)」または「PhD (Philosophy)」とでも、なるのだろうか?


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