紅葉する針葉樹!?


大学の建物(新潟大学大学院自然科学研究科)の5階に部屋がある。窓から外を眺めると、眼下には日本海の荒波が見え、その手前には砂防の役割をする松林が広がっている。松食い虫の影響なのか、はたまた酸性雨の影響なのか、数年前から松枯れが目立ち始め、最近では松林全体の3割くらいまでが、茶色く変色してしまっている。これに雪が降れば、背景色の白で、茶色と緑の対比がより鮮やかになると思いきや、ただ墨絵のような世界が広がっているばかりであった。

こういう風景をなんとはなしに眺めていると、この部屋に昔いた博士課程の女性のことを思い出してしまう。彼女は人妻で、旦那が医者だと聞いている。生化学(農学系)を専攻し、クリーンベンチで細胞の継代培養を繰り返していた姿が印象に残っている。同じグループにいた大学院生との人間関係が上手く行かず、いつも悩んでいて、それが理由かどうかは分からないが、ある時期から急に大学に来なくなり、とうとう大学院を中退してしまった。

その彼女は、たぶん植物のことは詳しくないと思われるのだが、秋の紅葉シーズンが始まり掛けた頃に、松林の方向を指して「紅葉が綺麗ね」と、いたく感動していたのである。その言葉を否定するのが、一瞬ためらわれるほど、見事に彼女は信じ切っていた(1)。

針葉樹が紅葉しないことを知らなくても、生き物の野外での暮らし方を知らなくても、動植物の基本的な知識がなくても、生化学や分子生物学を初めとする、実験室内での研究は出来るのかもしれない。ただ、なんとなく心に引っかかるものはある(2)。

[脚注]
(1) 大学の生物学科の同級生に、実験室でオスのハムスターの陰嚢をみて「可愛いお尻!!」と感動していた女性がいた。そのとき周りにいた男性陣3人の、気まずさといったら他になかった。20年も前の話である。
(2) 重箱の隅を突っついてほじくり出したものを、更に細かく分けて調べるような研究が、ちまたには溢れている。そのような研究は、どうしても「木をみて森をみず」という感が否めない。問題となる事象の細部を突き詰めていく前に、その背景や全体像を、個人の力量で、いったいどれだけの人が的確に把握できているのか、かなり疑問の残るところではある。


*「針葉樹が紅葉しない」と書いたことに対して、友人の藤塚治義さんから「針葉樹で紅葉して葉を落とすのは、日本では少なくとも4種あるぞ」というお叱りを受けた。持つべきは友達である。私もカラマツなどの落葉針葉樹があることは知っていたが、海岸の松枯れに関する話の流れから、そのことには敢えて触れなかった。でも、その考えは甘かったようだ。以下に、教えていただいた落葉針葉樹の話を若干、追加することにする。

日本にある針葉樹で紅葉して落葉するのは、カラマツ、メタセコイア、ラクウショウ、スイショウなど。身の回りには、いずれも植栽されたものしかないが、カラマツは日本に自生する唯一の落葉性の針葉樹である。
・カラマツ(唐松・落葉松)は、マツ科カラマツ属で、秋に黄色から茶色に燃え上がるような紅葉が楽しめる。本来は高山の植物だが、新潟県では公園によく植えられているので、あちこちで見ることが出来る。自然分布は、宮城県から石川県にかけての高山と富士山。日本特産種。
・メタセコイア(曙杉)は、スギ科メタセコイア属で、秋には全体的に茶色くなり、ほぼ黄色に紅葉した葉が小枝ごと落ちる。中国原産種。
・ラクウショウ(落羽松・沼杉)は、スギ科ヌマスギ属で、秋になると葉が黄色くなる。これは、沼杉の別名から分かるように、本来は湿地に生える植物である。成長すると大きな木になるので、神社やお寺によく植えられている。新潟県の弥彦神社の境内には、大きなラクウショウがある。北米東南部〜メキシコ原産種。
・スイショウ(水松)は、スギ科スイショウ属で、秋になると葉は赤褐色に紅葉する。公園に植えられる。中国原産種。


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