かくして日本人が書く英語の論文の内容を、欧米の研究者は理解することができず、その論文に重要な発見があっても安易に見過ごされ、日本人の論文が余り引用されないという結果を招くことになる(4)。幸いなことに欧米の研究者の何名もが、これまで私が書いてきた論文の幾つかに高い評価を与え、肯定的に引用してくれている(5)。また和文英文にかかわらず、日本人が書く論文には曖昧模糊としたもの、ぼんやりとしたものが多いというのが、私の印象である。何を言っているのか分からない論文は、日本人の私でも引用したいとは思わないだろう。そのような事態を避けるため、それ相当の時間が掛かるのは覚悟で、敢えて欧米の国際誌に論文を載せることに、私は決めている。
厳しい審査が待っている。徹底的に批評され、論駁され、時には研究そのものを否定され、自分が情けなくなることも、しばしばである。「本当に世の中は自分の思い通りにならないものだ」と思い知らされ、打ちのめされて、もう二度とは立ち直れない(6)。欧米の研究者に、納得ずくで引用されるような論文を生産するための、これは試練であるのかもしれない。私は現在まで、このような試練を何度もくぐり抜けることで、研究者としての揺るぎない自信を積み重ねてきたと言える。だから投稿原稿がリジェクトされることに恐れをなし、欧米の国際誌に論文を載せる努力を続けてこなかった日本の研究者には、絶対に負けたくないし、負ける気もしない(7)。
[脚注]
[脚注の脚注]
(1) 特に有尾両生類研究の本場である米国の専門誌のレベルは相当に高いのだが(1)、専門外の日本の研究者には感情的に認めたがらない人が多く、日本では不当に低い評価を受けている。
(2) 初めの頃はお客様扱いで「日本人は英語が苦手なはずなのに頑張って国際誌に投稿しているから少し直してあげよう」だったのが、最近では、どうも欧米の研究者を本気にさせてしまったようで、なかには私を潰しにかかっている人も見受けられる。これは研究者として認められた証拠だから、むしろ喜ぶべきことなのかもしれない。他にも「こんなのがリジェクトの理由になるのか!?」というものが多い。例えば、英国の雑誌で「軽い麻酔をかけて動物に苦痛を与えた」というレフェリーコメントだけを理由に、リジェクトされたことがある。麻酔が深いと心臓採血が上手くできないことを、このレフェリーは分かっているはずである。もう一人のレフェリーが「acceptable with minor revision」の評価だっただけに「雑誌が混んでいるから再審査なしでリジェクト」というエディター判断には、誠意のなさを感じた。
(3) 私が未だに理解できないのは「without "A"」と「in the absence of "A"」の違いである。指示代名詞の使い方も難しい。また「a」と「the」の使い方も英文法の教科書通りにはいかないようである。例えば、3人の英米の研究者に論文原稿の草稿を直してもらうと、そこには三者三様の直しが見られる。そこから最も良さそうな表現を選んで直し、雑誌に投稿しても、またレフェリーから別の表現に直されてしまうことが多い(しかも「awkward」とか書かれて......)。こうなると英語の微妙な使い回しは、各人の好みの問題にしか思えなくなってくる。この文脈で「英語が得意だ」という日本人に「あなたは本当に英語の微妙な使い回しが理解できているのか」と私は問いたい。
(4) 「日本人が嫌いだから引用しない」という欧米人がいることも確かだが......。
(5) 行動学関係のテキストが多いようである。また皮肉なことに、日本の研究者が引用している例をほとんど知らない。
(6) その度に「七転び八起き」の不屈の精神で、自らを奮い立たせている。
(7) 「リジェクト恐い恐い病」というのがあるらしく、日本国内で発行されている雑誌にしか投稿しない人がいる。そのような人は、一度でいいから欧米の国際誌に投稿して、手痛い洗礼を受けてみるとよい。自分が「いかに論文が書けないか」が分かるだろう。それでも「リジェクトされたことがない」という人は、よほどの天才か、そのようなレベルの雑誌にしか投稿したことがない人であろう。
(1) 爬虫類と両生類の専門の国際誌では、世界のベスト3が米国に集中している。難易度の高い順に「Herpetologica, Copeia, Journal of Herpetology, Amphibia-Reptilia, ......」となるようである。