満点の星空の下


釧路湿原では、満点の星空を、幾度となく堪能した。人工の光が全くなく、闇の中に星明かりだけが散らばっている。視界を遮ることのない、360度のパノラマの世界である(1)。

1995年から1997年に掛けて、4月から10月までの毎月、釧路湿原でキタサンショウウオの調査・研究をおこなっていた。釧路湿原国立公園「温根内ビジターセンター」は、遠路はるばる来釧する釧路湿原の研究者のために、一回の利用につき、最大で一週間の簡易宿泊設備を提供していた(2)。

ビジターセンターでは、夜中、館内から外に(湿原方向へ)光が漏れることを禁止していた。これは、湿原に生息する野生動物への影響を排除するためである。館内で明かりを点けたいときは、窓のブラインドを全て降ろす配慮が必要であった。

ビジターセンターには、部屋数の関係で2グループまでしか宿泊できず、他の大学のグループと重なることも度々であった。北海道大学の研究者が、多かったようである。あるときは、明日(みょうにち)が調査の最終日で午前3時半起床のため、その日の午後9時には遅くとも眠らなければならず、あるグループが酒を飲んで騒いでいるなか、なかなか寝付けずに大変な思いをしたこともある。

そのような状況ではあったが、私ひとりだけで気兼ねなく宿泊できるときの秘かな楽しみが、館内の明かりを全て消してから、湯冷まし代わりに外に出て仰ぎみる、満点の星空であった。特に月のない夜は、まさに星だけの、光のシャワーであった。

「人間は、なんて、ちっぽけなんだろう」と感じる瞬間である。

[脚注]
(1) 正確に述べると、離れたところにあるビジターセンターの駐車場から漏れてくる外灯の明かり、及び地平線にみられる釧路市街地の茫洋とした薄明かりが、僅かに邪魔をしている。
(2) 当時は、リネン代(枕カバー、ふとんカバー、シーツの洗濯代)として、一回の利用につき500円を支払うだけでよかった(途中で800円に値上がりしたような記憶がある)。風呂はないが、簡易シャワーが利用できた。但し、このシャワー室は、昔の電話ボックスくらいの大きさしかなかったと思う。生活排水が間接的に釧路湿原に流れ込むので、そこには石鹸やシャンプーの使用を自粛する旨、注意書きが貼ってあった。


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