羽角正人: 湿原のキタサンショウウオ. 青白い蛍光色を発するキタサンショウウオの卵嚢. 温根内通信(釧路湿原国立公園温根内ビジターセンターニュースレター) 46: 3, 1996年4月.
湿原のキタサンショウウオ

青白い蛍光色を発するキタサンショウウオの卵嚢

 釧路湿原では、4月も半ばを過ぎると、キタサンショウウオの繁殖期が始まります。本種は体外受精で、雌雄が夜の真っ暗闇の中で生殖行動をおこないます。このとき、一匹の雌は左右の輸卵管の子宮部から一個ずつ二個、つまり、一対の卵嚢を池に産出します。卵嚢とは、たくさんの卵が詰まった寒天質の透明な袋のことです。実は、キタサンショウウオの産出直後の卵嚢は、青白い蛍光色を発して光ります(この蛍光色は間もなく消えてしまいます。代わりに池の水が卵嚢を染め、卵嚢は次第に透明な薄茶色に変色していきます)。卵嚢が青白く光るという現象は、他のサンショウウオでは一般的ではないように思われます。私の知る範囲では、本州の渓流で繁殖するヒダサンショウウオの卵嚢が青白く光っていた記憶があります。また、エゾサンショウウオでも光るようです。
 それでは、なぜキタサンショウウオの卵嚢が青白く光るのでしょうか。この疑問には、光の信号が同種、または異種間の情報伝達に役立っていると考えるのが妥当でしょう。光の信号が同種の異性を認識するのに使われていることで有名なのが、ホタルという生き物です。雌はお尻を光らせて、私はここよと雄を誘います。でも、キタサンショウウオの卵嚢は、一匹の雌と複数の雄による生殖行動の結果として産み出され、その直後に単独で光るわけですから、これが異性の認識に使われているとは思えません。サンショウウオの異性の認識には、匂いの信号としてのフェロモンが役立っています。但し、キタサンショウウオのフェロモンが信号として充分でなかったとしたら、青白く光る卵嚢には、産出直後に受精にあずかる雄を数多く確保する役割があるのかもしれません。
 一方、卵嚢が青白く光ることで「短い産卵期間の中でより早く他の個体に産卵場所を知らせる」という仮説があります。なるほど、そこには雌を待って多数の雄が集合していますから、産卵前の雌などはそこを目指せばよいわけです。その結果、雌は未受精卵の不安から解消され、自分の遺伝子を持つ子孫を数多く残すことが可能になります。でも、青白く光る卵嚢を産出した当の雌には、一体どんなメリットがあるというのでしょう。この雌にとって他の雌は、自分の遺伝子を持つ子孫を数多く残すための競争相手ですから、このような光の信号は敵に塩を送る結果になります。また、上に述べた仮説では、繁殖期が始まって最初に産卵する雌には、目指すべき目標物としての卵嚢が存在しないことになります。
 キタサンショウウオにとって、産出直後の卵嚢が発する光の信号は、どのような意味を持つのでしょうか。さあ、皆さんも考えてみて下さい。

羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)


Copyright 2002 Masato Hasumi, Dr. Sci. All rights reserved.
| Top Page |