キタサンショウウオは日本では釧路湿原にのみ生息する
北海道には2種類のサンショウウオが生息しています。エゾサンショウウオとキタサンショウウオです。前者は広い北海道のほぼ全域で、その姿を見ることができます。これに対し、後者は釧路湿原でしか見ることができません。ところが世界的な分布を示すと、前者は北海道という島に特有で、後者はウラル山脈の西側からカムチャツカまでシベリア一帯に広範に生息することが分かります。つまり、釧路湿原にはキタサンショウウオが飛び地的に分布することになります。それでは、彼らの生息が日本では釧路湿原に限られるのは、なぜでしょう。この疑問には、まず日本列島のおいたちを調べる必要がありそうです。
日本列島は、約15〜30万年前まで朝鮮半島と陸続きでした。アジア大陸のサンショウウオは朝鮮半島から九州を経由して本州の青森まで北上し、各地で新しい種へと分化していきました。約2万年前のウルム氷期には現在の大陸棚が陸地になり、本州と北海道が陸橋でつながりました。そのとき、津軽海峡(ブラキストン線)を越えて新しい種に分化したのがエゾサンショウウオです。この氷期に、北海道はサハリンを介してシベリアとも陸続きでした。日本列島が氷河に覆われていた寒い寒い時代にキタサンショウウオはシベリアから南下し、北海道に渡来したと考えられています(氷河時代の遺存種で、国後島にもいます)。
これで、キタサンショウウオが北海道に生息する理由が説明できました。しかし、日本での生息が釧路湿原に限られる理由には何も答えていません。実は、これは難しすぎて推測の域を出ないので、本欄で採り上げるのがためらわれたテーマでした。それにもかかわらず採り上げたのは、ある学校選定図書の図鑑で「気温の上昇で冷涼な釧路湿原に遺存した」とする説明があったからなのです。この説明は一見もっともらしく聞こえますが、大きな矛盾をはらんでいます(両生類研究者として新聞記事などの誤りを指摘すると必ずと言っていいほど「権威ある図鑑を参考にしている(から問題はない)」という非難が返ってきます)。
氷期の最後には、確かに気温が上昇しました。と同時に、氷が解けて陸地に海が進入する「縄文海進」と呼ばれる現象が起き、釧路湿原は内湾の海になりました。つまり、現在の釧路湿原が誕生したとされる約3千年前までは、湿原一帯は海だったのです。両生類は海には棲めません。それでは、釧路湿原が誕生するまでキタサンショウウオはどこにいたのでしょう。その辺の疑問を解明できれば、日本での生息が釧路湿原に限られる理由の説明も容易になるに違いありません。さあ、皆さんも考えてみて下さい。
羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)