エゾアカガエルの越冬場所に関しては、データ数が少ないので論文にしておりませんが、釧路市大楽毛地区では秋(9〜10月)になると産卵水域の近くまで移動して来ることが分かっています。しかし、その後の行動(どこで越冬するのか)は不明ですので、調査する価値はあると思います。カエル類のテレメトリ調査の場合、発信器を腰バンド装着する方法が一般的ですが、小さいサイズの発信器であれば体内(腹腔内、またはリンパ腔内)に埋め込んでも大丈夫だと思います。発信器を装着するタイミングは、○○さんが予定している調査期間と発信器のバッテリ容量との兼ね合いで決まりますから、そこら辺りを上手く計算して実行してみて下さい。また、テレメトリ調査以外に有効なものとしては、PITタグを体内に埋め込んだ個体を「radio frequency identification (RFID)アンテナ・システム」で探索する方法が開発されています。この方法の利点は、何と言っても「バッテリを使用しないので、個体への負担が軽い」ということと「個体が生存している限り、半永久的に調査が出来る」ということです。こちらの方法も是非、検討してみて下さい。
それと、エゾアカガエルの越冬場所は、おそらく陸上ではなく水中であると推察されます。湧水池や渓流、或いは川底あたりが越冬の候補地です。湧水池の場所は、一度、冬季の調査をしてみれば一目瞭然です。冬でも凍結することはありませんから、すぐに分かるはずです。○○川は厳冬期には凍結すると思いますが、その川底は凍結ぜずに、エゾアカガエルの適切な越冬環境になっている可能性はあります。彼らの越冬場所が厳冬期でも凍結しない工夫を施すことが出来れば、越冬場所の創出は充分に可能かと思われます。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2010年7月13日付の回答である。
私も参考にしている文献がありますので、お知らせします(Hamed et al., 2008)。
RFIDそのものは、スーパーマーケットに陳列されている様々な種類の商品の管理や、図書館が所蔵する膨大な量の書籍の管理、等々に導入されている画期的な技術で、工学系の雑誌に詳しく紹介されています。RFIDアンテナ・システムは、PITタグを体内に埋め込んだ個体の位置を、地下穴や陸上のカバーの下に隠れている状態で、捕獲することなく正確に特定する技術として開発されたものです(地雷を探索する要領です)。また、電波発信器のバッテリ容量が大きい割りに軽い製品を選択できれば、長期間の調査が可能な上に個体への負担も少なくなりますので、倫理的な側面からも推奨されます。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2010年7月14日付の回答である。
・Hamed, M. K., D. P. Ledford & T. F. Laughlin. 2008. Monitoring non-breeding habitat activity by subterranean detection of ambystomatid salamanders with implanted passive integrated transponder (PIT) tags and a radio frequency identification (RFID) antenna system. Herpetological Review 39: 303-306.
これは、これは、失礼しました。ちゃんと、やってるんですね。氷の下で湧水している場所を特定するのは容易でないと思いますが、頑張って見つけて下さい。エゾアカガエルは、寒冷地適応型のキタサンショウウオとは異なり、水中越冬の可能性が高いと思います。ちなみに、キタサンショウウオの越冬生理は特殊で、マイナス40度の外気温でも生存できることが確かめられています(Storey & Storey, 1992)。陸上の腐葉土の下や谷地坊主の中などで、凍った状態で越冬するようです。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2010年7月14日付の回答である。
・Storey, K. B. & J. M. Storey. 1992. Natural freeze tolerance in ectothermic vertebrates. Annual Review of Physiology 54: 619-637.
佐渡のツチガエル類似種の新種記載のことは余り良く知りませんでしたので、ちょっと調べてみました。記事を読む限りでは、新種記載論文をまとめている段階で、まだ投稿もしていないようですね。どの雑誌に投稿するのか知りませんが、欧米の爬虫両生類学専門誌をねらうのであれば、投稿からアクセプト(掲載許可)まで約1〜2年、更に掲載されるまで6〜9ケ月ほど必要です。これから論文の原稿を投稿するのであれば、掲載されるのは、早くとも1年半ほど後の2010年の後半あたりです(日本の雑誌に投稿するのであれば、すぐに掲載されるかもしれませんが......)。ちなみに国内の両生類では、昨年(2008年)にコガタブチサンショウウオが新種記載されたばかりで、5年ほど前(2004年)にもアカイシサンショウウオが新種として記載されています。まあ、誰かさんが言うように「国内で両生類の新種が見つかるのは珍しい」ということは、まったくありません。プレスリリースに、惑わされないことですね。
(追記): その後、このツチガエル類似種は、2012年12月7日発行の論文で、ようやく新種記載されている(Sekiya et al., 2012)。ちなみに、和名は「サドガエル(Rugosa susurra)」で、責任著者は尾形光昭博士。
・Sekiya, K., I. Miura & M. Ogata. 2012. A new species of the genus Rugosa from Sado Island, Japan (Anura, Ranidae). Zootaxa 3575: 49-62.
マイクロチップ(PITタグ)をカエル類の「背中側の皮膚の下(リンパ腔)」に挿入するケースでは、背中に直接、針をさせば、そこからマイクロチップが抜け落ちてしまうのは当たり前のことです(幾らアロンアルファで孔を塞いでも......)。ここでは、カエル類に薬品を注射するとき「どうやったら液もれを防ぐことが出来るのか?」を考えてみると良いでしょう。この場合、背中に直接、針をさすのではなく、肢の付け根に針をさし、そのまま皮膚と平行にリンパ腔まで針先を入れて行きます。リンパ腔に針先が入ったら、そこで薬品を注射し、後は針を引き抜くだけです。そうすることで、肢の付け根の筋膜がストッパーになり、液もれが生じることはありません。マイクロチップを挿入する手法も、それと同じ原理です。
実験圃場の件ですが、ちょっと思い付くだけでも以下のような問題点があります。
(1) 水田は開放系の空間で、動植物の出入りが自由だから、それぞれのプロットを完全に囲い込む必要がある(いわゆるenclosure)
(2) トノサマガエルは肢が長く、跳躍能力が高いから、彼らがジャンプしてプロットから外に出ないように囲いを高くする必要がある
(3) トノサマガエルが元々生息していないところに移入するわけだから、彼らが逃げ出して自然繁殖してしまった場合のことを想定して、自己の責任を明確にする必要がある(管理者責任?)
(4) アマガエルには吸盤があり、登坂能力が高いから、彼らがプロット内に入り込まないような囲いを造る必要がある(返しは余り効果がないらしい)
(5) トノサマガエルを捕食しようとして、シマヘビやアオダイショウがプロット内に入り込み(ヘビは木登り名人!!)、空からはサギなどの鳥類が狙っている。これらの捕食者によってプロット内のトノサマガエルの生息密度は変化するから、捕食者対策を考える必要がある
(6) トノサマガエルの幼生は変態すると、圃場の畦に上陸する。幼体を移入するとき水田内に水があれば、彼らは溺れてしまうだろう
(7) トノサマガエルには吸盤がなく、水稲の上部に付いた害虫を捕食することができない。水田内の害虫捕食による水稲収量の比較実験に、彼らは向いていないのではないのか?
(8) 水稲収量の比較はトノサマガエルの有無だけで、農薬は使わないのか? もし使わないのであれば、隣接した他の水田から、農薬がプロット内に流入する恐れはないのか?
>(3)の自己責任についてですが、これは重々承知しております。移入後の定期的な調査による個体数の把握、および実験終了後の処置(採取地へ戻してやる)などを考えております。
>(6)についてですが、実際にトノサマガエルが生息している水田周辺環境を参考にしながら、水田内にエコトーンを取り入れた水路(もしくは畦のような陸地)なんかを施工する予定です。
>(7)についてですが、ご指摘の通り、水稲上部の害虫は捕食することができないと考えられます。今回調査対象とする害虫は、主な水稲害虫のウンカ・ヨコバイ類を考えていまして、このウンカ・ヨコバイ類の仲間は、同じ稲株の中で棲んでいる場所が違い「水面から水稲の草丈40cmの時期において、ツマグロヨコバイは約18〜40cmの辺りに、セジロウンカが5〜18cm、ヒメトビウンカが8cm以下に生息する」という記述があります。そこで逆にお聞きしたいのですが、どの程度の高さにいる害虫ならば、捕食してくれる可能性があるのでしょうか?
>(8)についてですが、私が頂いた水田は今年、水田転作された畑のちょうど真中に位置しており(畑と畑の間に挟まれています)、周辺の水田からはいくらか離れており、農薬の影響はおそらく大丈夫(?)と考えています。今回、無農薬としているのですが、いもち病などの病原菌による被害を避けるため殺菌剤を施用する可能性があります。それ以外の除草剤および殺虫剤などの使用は考えておりません。
(1)-(5)に関しては、ネットでプロット全体を隙間なく覆えるのであれば、問題はないでしょう。
(6)に関しては「変態後、幼体が実際に水田内に留まるのかどうか?」といったデータが必要です。水田内に水があれば、幼体は水を避けるでしょう。「どの程度、実際の水田の状況を実験に反映させるのか?」といった問題ですね。
(7)に関しては、水稲上部の害虫を捕食することができなくても、実験区と対照区の条件設定が同じであれば、問題はないでしょう。しかしながら「トノサマガエルの幼体が、どの程度の高さの害虫を捕食できるのか?」といったデータがありません。基礎データがないわけですから、こればかりは実際にやってみるしかないと思います。
(8)に関しては、無農薬で栽培すると対照区の水稲を枯らしてしまう懸念があるのですが、もし農薬(殺菌剤?)を使用するのであれば「他の場所からの流入を含めて、実験区と対照区で均等にできるのか?」といった話になります。
トノサマガエルの卵塊はバラバラにではなく、ひとかたまりになって産出される傾向があります。卵塊には粘性がなく、ひしゃげた球形をしています。またトノサマガエルのオスは、繁殖期に1.6平方メートルほどの縄張りを持つことが知られていますから、その範囲内に一卵塊と考えて、プロット内の生息密度を計算するとよいでしょう。但し、どれくらいの幼生が生き残って変態し、幼体になるのかは分かりません。
「エゾアカガエルの生息に関わる環境条件」などのデータは、下記文献に掲載されています。本文中で私は「別寒辺牛湿原の中でエゾアカガエルの産卵場所に選ばれた水域は幼生の生育環境が多様性に富んでおり、彼らは様々な環境に適応できる種であることが示唆された」と書きました。これは、とりもなおさず「どんな環境でもエゾアカガエルなら生息できる」ということを述べたものです。従って、エゾアカガエルを釧路湿原の自然再生事業の評価対象とするのは、難しいのではないでしょうか?
・羽角正人・神田房行. 1998. 別寒辺牛湿原の両生類相. 環境教育研究 1(1): 165-169.
・羽角正人・神田房行・藤塚治義. 1998. 別寒辺牛湿原に生息するエゾアカガエル幼生の生育環境. 環境教育研究 1(1): 171-174.
エゾアカガエルの繁殖水域が増えるのは喜ばしいことですが、雌雄の成体にとって繁殖は、一年でほんの一時期に過ぎません(4〜5月)。繁殖期が終了すると、エゾアカガエルは繁殖水域から移動分散しますので、彼らの非繁殖期の生息場所が確保されることのほうが重要かと思います。また私がキタサンショウウオの調査をしていた釧路市の大楽毛地区では、秋(10月頃)になると、繁殖水域の近くに設置したキタサンショウウオ捕獲用のピットフォールトラップで、エゾアカガエルの雌雄の成体や幼体も同時に捕獲されるようになります。おそらく冬眠のために繁殖水域の近くに戻ってきているのだろうと思います。ですから冬眠場所の確保ということも、彼らが生息するには重要なファクターになると思います。
釧路湿原大楽毛地区では、どの年も池底は5月中旬頃まで凍結しています(Hasumi and Kanda, 1998)。ですから釧路湿原の内奥は、もっと池底の凍結深度が深いと思います(もしかしたら土壌凍結よりも深いかもしれません)。一方、エゾアカガエルの繁殖シーズンは、だいたい4月中旬頃から始まります。もし池底が彼らの越冬場所だとすると、彼らは氷に閉じ込められて出られず(エゾアカガエルが幾らかは凍結にも耐えるか、という問題ではないと思います)、繁殖シーズンには間に合わないでしょう(川底の凍結に関しては調べたことがありませんが「川の流速が緩い必要があることを条件に加えること」で評価できるかもしれません)。実は、この問題には、ある種の明快な回答が用意されています。厳冬期に、釧路湿原全体を見渡してみて下さい。氷が融けている場所が、あちこちにあるはずです。冬になっても凍結しない場所、それが「湧水池」です。釧路湿原の場合、池の水深を考慮することは、余り意味がありません。エゾアカガエルの越冬場所の環境条件を、釧路湿原で抽出するのなら、最も重要な「湧水池」を忘れずに加えて下さい。
「どのような植生カバーがエゾアカガエルに好まれるのか(microhabitat preferences)」を、まず調べる必要があると思います。また、湿性環境が生息地として好まれるのは、両生類一般に当てはまることです。例えば、下記文献を参考にして下さい。
・Grover, M. C. 1998. Influence of cover and moisture on abundances of the terrestrial salamanders Plethodon cinereus and Plethodon glutinosus. J. Herpetol. 32: 489-497.
・Grover, M. C. 2000. Determinants of salamander distributions along moisture gradients. Copeia 2000: 156-168.
・Mazerolle, M. J. 2001. Amphibian activity, movement patterns, and body size in fragmented peat bogs. J. Herpetol. 35: 13-20.
一般に両生類では、変態上陸直後の幼体は、繁殖水域の近辺で暮らし、その後、水辺から遠くへ移動分散します。繁殖後の成体は、すぐに水辺から遠くへ移動分散するものが多いようですが、アズマヒキガエルなどでは、繁殖後に上陸したその場で春眠に入るようです。
○○に勤務していらっしゃるのでしたら、下記文献を手に入れることは難しくないかもしれません。ある程度スケールの大きいハビタットを取り扱うのであれば、きっと役に立つでしょう。
比較的、手に入れ易い文献としては、下記のものがお勧めです。
・Richter, K. O. 1997. Criteria for the restoration and creation of wetland habitats of lentic-breeding amphibians of the Pacific Northwest. In K. B. Macdonald and F. Weinmann (eds.), Wetland and Riparian Restoration: Taking a Broader View, pp. 72-95. Contributed Papers and Selected Abstracts, Society for Ecological Restoration, 1995. International Conference, September 14-16, 1995, University of Washington, Seattle, Washington, USA. Publication EPA910-R-97-007, USEPA, Region 10, Seattle, Washington.
・Richter, K. O., and A. L. Azous. 1995. Amphibian occurrence and wetland characteristics in the Puget Sound Basin. Wetlands 15: 305-312.