非繁殖期の陸上の生態


季節的な移動を繰り返すサンショウウオでは、早春の水域での繁殖が終わると、陸域に上がった成体は広範囲に移動分散し、小動物が掘った地下穴などに隠れてしまう。そのため、繁殖期を除いて、彼らが発見される機会は滅多にない。陸上で成体を見つけるのが困難という理由で、これらのサンショウウオの非繁殖期の生態には、ほとんど注意が払われて来なかった(1)。

モンゴル国セレンゲ県シャーマルでは、2005年7月17日〜24日の8日間を本調査に充てることになった。標高600m前後で最高気温が連日30℃を越える猛暑の中、常時5〜6人のメンバーでキタサンショウウオの個体を探していた。方法としては単純で「区画毎に時間を決めて、水たまり周辺の斜面に開いた、小動物が掘った無数の地下穴に手を突っ込んで、指先の感覚で個体を見つける」というものである。

結論から先に言うと、8日間の調査で捕獲できた個体は全部で27匹で、そのうち再捕獲個体は4匹であった。また、1日あたりの最大捕獲数は5、最小捕獲数は1であった。この数字は、サンショウウオの野外調査に長年、従事している私のような研究者から見れば、かなり上出来の部類に入るものである。「地下穴を探して、よくこれだけの数が見つかったなあ」というのが、正直な感想であった。

ところが、余りの見つけ難さに辟易したのか、突拍子もないことを考える輩が出て来た。モンゴル国立大学の学生、ラウガであった。ある日の調査で、突然、手にしたスコップで地面に穴を掘り始めたのである。「人工的に穴を幾つか掘って、そこにサンショウウオを誘き寄せよう」というのが、彼の構想であった。慌てて止めたことは、言うまでもない。以下は、ラウガへの説明である(ズラさんの通訳による)

いいかい? もし穴を掘ってサンショウウオを誘き寄せるんだったら、調査の途中からではなく、最初からやらなければならないよ。そういうのは実験でやるものであって、調査ではない。やるんだったら、また別の機会にしてくれないか? 今回は、サンショウウオをたくさん捕るのが目的ではなく、あいつらが隠れている穴の大きさとか、位置とか、穴の中の温度とか、湿度とか、照度とか、そういったデータを採ろうとしているんだよね。それに、サンショウウオをたくさん捕りたかったら、何も今の時期ではなく、春先にでも来てやれば良い。池の中には、サンショウウオがゴロゴロしているよ。

ラウガは、さすがモンゴルでトップレベルの大学の学生だけあって、物わかりが良い。それに、よくよく話を聞けば、彼の突拍子もない行動は「何とかして、サンショウウオをたくさん捕ろう」という、責任感の為せる業であった。

[脚注]
(1) 春先に山あいを散策すると、雪融け水をたたえた池に、サンショウウオの卵嚢を見つける機会が多い。この季節はサンショウウオの繁殖の時期で、池の中には雌雄の成体も数多く見られる。このような生活環の一部の相だけを見て「サンショウウオって、ずっと水の中で暮らしてるんだねえ」という、大いなる勘違いが生まれることもある。


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