横浜市建築局による木造住宅の改修促進事業を利用した耐震改修工事の例です。
この住宅(A住宅とする)は改修時に築23年で、床面積約90m2の木造2階建、瓦葺の専用住宅です。
【注】市による現在の木造住宅の改修促進事業は、A住宅の耐震改修時とは条件や補助内容が異なります。実施を検討される場合は市からの最新の情報を利用してください。
横浜市の行っている木造住宅の耐震改修工事の概要を示します。先ずは、横浜市の行っている「木造住宅耐震診断」(以下、概略的な耐震診断)を受けます。この診断を受けていないと「横浜市木造住宅耐震改修促進事業」(以下、耐震改修事業)の対象にならず、補助金を受けられません。
耐震診断が受けられる建築物は、木造の個人住宅であること、2階建て以下で延べ面積が200m2以内であること、昭和56年5月31日以前に建築確認を得て着工したものであることなどが条件になります。昭和56年(1981)には建築基準法の改正により耐震基準の強化が行われていますので、それ以前に建てられた住宅が対象となります。
表1は耐震改修工事の流れです。図中②と③の総合評点とは、A)基礎の形状、B)建物の形、C)壁の偏在、D)筋かいの有無、E)壁の割合、F)老朽度の6項目を判定して耐震性能を評価する数字であり、総合評点「1.0」は現在の建築基準法が要求する耐震性能に相当するとされています。
現在の建築基準法が要求する耐震性能とは,中規模の地震(震度5強程度)に対しては,ほとんど損傷を生じず,極めて稀にしか発生しない大規模の地震(震度6強から震度7程度)に対しては,人命に危害を及ぼすような倒壊等の被害を生じないことを目安とされています。
表1 耐震改修工事の流れ(木造住宅横浜市の場合) | |
① 耐震診断の申し込み | 無料ですがいくつかの条件があります。 横浜市建築事務所協会「木造耐震診断」事務局に申し込みます。 |
② 概略耐震診断 | 概略的な耐震診断*を受け、総合評点が0.7未満と判定されると、市が補助する制度の対象となり耐震改修工事の一部が補助されます。 |
③ 耐震改修計画その他 | 工事に着工までに、耐震改修計画書、事前協議書および補助金交付申請書を提出します。建設局で改修業者の斡旋や相談ができますが、実際には先ず改修業者を決めます。業者が行なうより精密耐震診断**に基づいて、改修後の総合評点が1.0以上になるよう業者と相談しながら改修工事を計画します。 事前協議書(改修計画)や補助金交付申請書の作成や提出は、業者が代理人となることができるので、申請書等の内容を確認して印鑑を捺印するだけで役所へ何度も足を運ぶ必要はありません。 工事内容は資金と関係しますので、改修工事には個人的な資金計画が必要です。無利子の融資が横浜市建築助成公社より受けられますが、条件がありますので注意してください。 |
④ 改修工事の着工 | 上記③で提出した書類は審査を経て「事業計画事前協議済通知書」および「補助金交付決定通知書」が交付されます。この段階で改修工事に入ります。工事は床をはがしたり壁を壊し柱をむき出しにするようなことがありますので、窓の位置、壁の種類や床材など細かな点まで業者と相談して決めてください。特に天井裏や壁の中の配線・配管などは変更のチャンスですので、アンペア数の契約(電力会社)を含めて検討してください。耐震とは関係ないりホームも一緒に済ませることは可能ですが補助金の対象になるものとならないものがあります。リホームも一緒に計画する場合は、上記③の書類提出前に業者と相談してください。一部の工事が耐震改修工事に含まれ、補助の対象になる可能性があります。 工事が始まると計画時点で気が付かないようなことがでてくることがあります。遠慮なく業者と相談してください。 |
⑤ 改修工事の完了と工事代金の支払い | 工事中に中間検査があります。工事が完了したら完了報告に基づき補助金の確定通知が交付されます。補助金請求に従って補助金が支払われます。業者への支払いは着工前の契約に従って支払います。無利子の融資制度を利用する場合は工事の完了と時間差が生じますので契約時点で支払方法などを確認しておくことが必要です。 |
概略的な耐震診断*および精密耐震診断**については、次項の耐震診断を参照してください。
横浜市における耐震診断は、A)地盤と基礎、B)建物の形、C)壁の偏在、D)筋カイの有無、E)壁の割合、F)老朽度の6項目について判定し、6項目の判定結果(評点)を全て掛けることによって得られる総合評点で評価することになっています。耐震診断は一級建築士および施工管理技師である横浜市木造住宅耐震診断士が担当します。
上記A)の評点をA、B)の評点をB、・・・とすれば、総合評点=A・B・C・D・E・F となります。
木造住宅の耐震診断で総合評点が1.0であるなら、現在の建築基準法が要求している耐震性能と同一レベルにあることを示しています。建築基準法の要求する耐震性能とは、震度4~5弱の地震動に対しては損傷がなく、震度6強~7の地震動に対しては損傷しても崩壊しないような性能としています。この性能は大地震に遭遇しても圧死を免れる空間が残ることを意味します。
概略的な耐震診断は、いわゆる簡便法であり、即日診断で「横浜市木造住宅耐震改修促進事業」の対象となるかならないかを判定するものです。一方、精密耐震診断は建物の形状、基礎形式、壁の位置と種類などがから理論的な考え方を中心にして評価する方法であり、表2の項目<B・C>を偏心率で、<D・E>は壁量を基準に計算式で評価します。概略的な耐震診断では診断者の主観が入ることがありますが、精密耐震診断ではより客観的な評価になり、原則的には誰が診断してもほぼ同じ結果が得られるようになっています。
なお、概略的な耐震診断も精密耐震診断も基本的な考え方は同じであり、概略的な耐震診断は精密耐震診断の簡便法と考えることができます。
表2 A住宅の評点の内容 |
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項 目 | 補修前の評点 (概略的耐震診断) |
補修後後の評点 (精密耐震診断) |
A. 地盤・基礎 | 0.7 | 1.000 |
B. 建物の形状 | 1.0 | 1.000 |
C. 壁の配置 | 0.9 | |
D. 筋カイ | 1.5 | 1.600 |
E. 壁の割合 | 0.7 | |
F. 老朽度 | 0.8 | 0.9 |
総合評点 | 0.53 | 1.440 |
A住宅の概略的な耐震診断結果は表2に示すように総合評点で0.53であり、所見として、
と記載されています。総合評点の目安として、0.7未満は倒壊または大破壊の危険があるに該当します。
概略的な診断結果を受けて、耐震補修を行うかどうかを判断することになります。耐震補修を行う場合は、どの程度の補強をするか費用と関係してきまので、精密耐震診断を受けこれを基にして耐震改修計画を立てます。
耐震改修の考え方は、昭和56年(1981)の建築基準法が適用される以前に建てられた住宅を耐震改修によって、現在の建築基準法が要求している耐震性能と同一レベルまで引き上げようとするものです。
改修は住宅の最も弱点となる箇所に重点を置く(評点の低い項目をなくす)ことにより、住宅全体としての耐震性能を上げるようにします。表2のA住宅の評点の内容(概略診断)によれば、Aの地盤・基礎およびEの壁の割合に重点を置いた耐震改修計画が必要になります。素人では耐震改修計画を立案することは困難であるので、専門家(一級建築士)および資金と相談しながら決めることになります。A住宅の耐震補修は、「基礎を打ち増し鉄筋コンクリートおよび補強パネルで補強する。耐力壁の不足および壁のバランスを整えるため、耐力壁を新設・補強する。浮き上がり防止金物や構造材接合金具を取り付ける。」ことを基本方針とします。 改修前および改修案について精密耐震診断を行い補強の効果を検討します。この際、「耐震改修によってどの程度の補強結果がえられるか」と「どの程度の金がだせるか」との兼ね合いが重要になります。いずれにしても耐震補修は個人にとっては大工事になりますので、将来的家族構成を考慮したリホームなどを含め、住宅の維持・管理の一環として位置付けるべきものと思います。
表2にA住宅の耐震補修前と耐震補修後の耐震診断結果を示します。この表によると、耐震補修の効果は壁の割合によるところが大きく、壁の割合が全体の評価を押し上げていることが分かります。また、建物の形状や老朽度の評価が小さい場合は、大きな工事になり工事費も高くなることが予想できます。
表2では概略的診断と精密診断では老朽度が異なっていますが、老朽度に関わるような工事は計画案に含まれていません。基本的には精密診断の結果が優先されるものですが、診断する人の立場の違いによる主観が入っている可能性があります。実際には評点の有効数字は小数点一桁と考え、補修前の総合評点0.5が補修によって1.4になると考えるのが適当と思われます。
表3にA住宅の耐震改修工事費を、写真1~8に工事写真を示します。
瓦屋根葺替工事は重量のある瓦を軽量の鋼板ルーフに葺替えたもので、雨漏りの前歴があったことおよび漆喰が劣化して補修が必要になっていたことから耐震補修に付け加えました。屋根の重量は精密耐震診断では<D・E>に関係します。屋根の軽量化によって<D・E>が0.14だけ増加し、総合評点では約0.13増加することになります。
表3 A住宅の耐震改修工事費 | ||
工事項目 | 金額 | 工 事 内 容 |
1. 耐力壁増設工事 | 769,000 | ① 筋かい、構造用合板を取り付ける。(床・壁・天井の解体撤去含む。) |
2. 構造材接合補強工事 | 1,423,000 | ②-1 筋かいを挿入し、剛性を高める。 ②-2 接合金物によって柱と梁および梁と梁を接合し、剛性を高める。 ②-3 ホールダウン金物によって柱の基礎からの浮き上がりを防止する。 |
3. 基礎補強工事 | 820,000 | ③無筋コンクリート布基礎の一部に鉄筋コンクリートを併設して基礎を一体化する。 |
4. 屋根葺替工事 | 1,686,000 | ④瓦葺から綱板ルーフに葺き替え、屋根の軽量化をはかる。 |
5. 内装工事 | 82,000 | 工事に伴って発生する内装。 |
6. 外壁仕上工事 | 81,000 | 工事に伴って発生する外壁仕上げ。 |
7. 設備工事費 | 334,000 | 工事に伴って発生する給水・給湯管、ガス管の移設。 |
8. 設計申請手数料 | 200,000 | 耐震改修計画書、事前協議書の作成や代理申請など。 |
工事費計 | 5,395,000 | 消費税込金額の2/3の3,776,000円が自己負担で、1/3の1,888,000円が補助金です。 (補助金の補助率や補助限度額は、世帯の所得税額によって異なります。) |
消費税込工事費計 | 約5,664,000 |
工事写真集
写真1 筋かい
二つ割り
写真2 筋かい端部の接続
ガゼットプレート
写真3 柱と土台の接合
ホールダウン金物
写真4 耐力壁
構造用合板
写真5 梁の接合
火打ち金具
写真6 小屋組みの接合
束止金物(屋根裏)
写真7 基礎の配筋
コンクリート打設前
写真8 外壁用
ホールダウン金物
参考資料
木造住宅の<耐震診断のしくみ> 横浜市建設局 監修、横浜建築事務所協会 編集(平成8年)
横浜市木造住宅耐震改修促進事業のご案内(パンフレット) 横浜市建設局
耐震診断報告書その他申請書類