波田須は山の斜面の中腹に造られた片面ホームのみの駅で、民家は駅よりも高い所に存在して見えないため、かなり秘境感が漂う駅である。また駅前の道路は車での通行が不可で近くに道路があったとしても車1台分の幅しかなくおまけに坂があまりにも急なため、車での訪問が困難と言うよりかは避けたい駅でもある。
この駅から約1キロ離れた所には徐福の宮という名所があり、初めて来た人でも行先の表示板があるので分かりやすいが道のアップダウンが激しく、行きはどのような物か分からないので到達するまでは少し体力を消耗してしまう。
徐福の宮は神社風の小さな建物で、豪勢な建物を想像していた人にとっては少しがっかりしてしまうかも知れないが、実はこの徐福という人物こそこの波田須の地名の由来になった人なのである。
徐福は元々秦の始皇帝の下臣だった。みなさんもご存知かもしれないが秦の始皇帝は不老不死を求めており、徐福も秦の始皇帝の命により不老不死の薬を求め航海に出たが途中で嵐に遭い、偶然にこの地にたどり着く。徐福は地元の人の手厚い世話を受けて回復をする。秦に戻る事が不可能と感じ徐福はこの地に永住する事を決意し、地元の人に土木や農耕などの秦の技術を教えていった。やがてこの地に秦の人が住んだ事から「秦住(はたす)」と命名されそれがなまって波田須になったと言う。
紀勢本線の普通列車は本数が少ない路線なので、1キロの距離だったら軽装で歩いて行け、いい散歩ができる。また徐福の宮にあるガイド板を見てみると波田須の人にとって最重要人物である事がきっと分かると思う。
(2003.8.2)