蝦夷を征伐した飛鳥時代の将軍、阿倍比羅夫からその名が付けられた比羅夫は国内で唯一駅舎が宿になっている駅だ。
「駅の宿 ひらふ」というこの宿は、1階がキッチンと談話室、2階がベッドルームと和室の相部屋形式になっている。元々は駅が無人化されたときに駅舎の取り壊しを危惧した前のオーナーが、宿という形で三角屋根が特徴の頑丈な駅舎を守り抜いたというエピソードが残っている。
「駅の宿 ひらふ」の醍醐味といえば、ホームの上で楽しむバーベキューであろう。列車が来ない時間帯はニセコアンヌプリを眺め、列車の到着時には帰宅途中の学生を横目にお酒を飲みながら食べる夕食はどこか優越感を感じてしまう。宿は一人でも予約は可能だが、食事に関してはできれば数人で楽しむ方が望ましい。
駅舎の横には真新しい木造の民家が何軒も建っているが、これは今のオーナーの自宅と離れのコテージで、駅周辺の建物の大半が「駅の宿 ひらふ」関連のものとなっている。しかしながら宿関連以外の民家は2軒ほどしか見当たらず、宿がなければ比羅夫も秘境駅の一つに位置付けられてしまう駅ではある。
私が比羅夫に下車して宿泊した時、偶然にも客は私一人だけだったが、関西弁が混じるオーナーがやさしく歓迎してくれた。食事等の準備や片づけ以外はオーナーは自宅にいたため、宿の中は私一人という時間帯がほとんどだった。
1階の談話室にある本棚を探っていたら、ドラマの台本が何冊か見つかった。台本はいずれもこの宿を撮影地として利用した作品でスタッフがプレゼントしてくれたようだ。
一晩泊まったら必ず別れの朝が来る。前日にオーナーが作ってくれた早出用のおにぎりを持参して長万部行の始発列車に乗った時はオーナーが見送りに来てくれて、とても心が和む素敵な駅だった。
列車に乗って少しひと段落した所で、オーナー手作りのおにぎりを食べる。それは駅弁とは明らかに違う、素朴で優しい味がした。
(2015.6.16)