朝日新聞ホームページ2003年4月4日「社説」より
■謎の肺炎――日本上陸に備えよう
謎の肺炎が世界に広がり始めた。正式名称は重症急性呼吸器症候群(SARS)。政府は最初に発生した中国広東省と香港への渡航を見合わせるよう勧告した。
感染者はアジアだけでなく北米、欧州にも広がり、WHO(世界保健機関)によれば2200人以上、死者は約80人にのぼる。いつ日本に上陸しても不思議ではない状況だ。
SARSの症状は、38度以上の高熱、せき、呼吸困難など風邪やインフルエンザに似ている。多くはそのまま治るが、急激に悪化して死亡することもある。
悪質なインフルエンザと比べると、被害の規模はいまのところ大きくなく、パニックに陥る必要はない。不気味なのは、その正体や感染経路が分からないことだ。
病原体として風邪ウイルスの一つであるコロナウイルスの変種が疑われているが、はっきりしない。感染者のせきで飛び散る細かい唾液(だえき)などで、そばにいる人にうつると考えられているが、空気感染の可能性も否定できない。今のところ根治療法は見つかっておらず、対症療法しかない。
一つの朗報は、米国の疾病対策センター(CDC)が検査法を開発したと発表したことだ。確実な検査法が世界に提供され、治療法につながることを期待したい。
日本でいま必要なのは、「日本にも上陸する可能性が高い」という前提にたって、冷静に対策と啓発を急ぐことだ。
厚生労働省は、SARSが発生した場合には、疑わしい症例を報告することを義務づけ、入院勧告などもできるようにする方針を決めた。
医師に的確な判断ができるような情報をきちんと提供していくことも不可欠だ。感染を見逃してはいけないし、症状が似ている風邪や花粉症に過剰に反応しても困る。
感染者が見つかった場合に備えて、医療機関は院内での2次感染の防止対策を改めて徹底してほしい。
私たち一人ひとりも、インフルエンザが流行した時と同じように、手洗いやうがいを心がけたい。
日本では近年、結核や赤痢などの感染症は脅威でなくなったと軽視しがちだったが、SARSの発生は人類にとってまだまだ未知の感染症が多いという教訓でもある。多くの人が飛行機で移動する時代だけに、新たな感染症が一気に世界に広がる危険も大きい。
だが、それに対する国際協力は十分とはいえない。SARSは中国広東省で最初に発生したとされるが、WHOへの報告が遅れた。また、台湾はWHOに未加盟なため、情報交換は十分とはいえない。
流行を早く止めるには、正確な情報を世界で共有し、WHOを中心とした国際協力を強化することが必要だ。日本もアジアにおける感染症研究の先進国として、中心的な役割を果たすことが求められる。
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