徹底分析日本三大新聞
日本の三大新聞(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞)を分析するコーナーです。
インターネットによるニュースの普及により新聞からの情報への依存度は低くなりましたが、まだまだたくさんの情報を得ることができます。
1)インターネットニュースの優れている点
事件、事故の第一報のほか、天気予報や渋滞情報は分刻で更新できる点。(ファーストフード的な面・・・安さ、早さ)
情報の保存、管理のしやすさ。(気に入った過去の記事を見つけ出す場合、紙面では1ページ、1ページ探さないといけませんが、検索機能で簡単に見つけ出すことができます)
2)紙面の優れている点
読み終わったあとにじっくり考えられる点。
広域的な情報が得られる点。
新聞名のところをクリックしてください
朝日新聞 |
投稿のページが充実しています。 |
読売新聞 |
生活面の医療ルネサンスは新聞界を代表するページです |
毎日新聞 |
最近連載が始まった「世界の笑顔」がおすすめです。 |
2004年2月3日更新
毎日新聞で今日(2月3日)より
「心に光を」という題名で視覚障害(全盲)を持たれ活躍されている方の紹介の連載が始まりました。すばらしいです。残念なことにホームページには載らないみたいです。
1回目の今日の
木下航志君は3年ほど前、NHKで取り上げられ大反響を呼んだあの(当時)小学生シンガーです。当時、テレビ欄を見たときは、大したことないのに障害を持っているからテレビに取り上げられた少年の番組としか感じず、ただ見ておしまいのつもりが、とんでもない歌声にビデオテープを何十回と見てしまいました。それ以来の再会です。放送当時は路上ライブをする程度でしたが、今では東京の世田谷などで有料でライブを行えるほどになったそうです。(くわしくは
ホームページへ) 武道館でコンサートが成功してもおかしくない実力者です。
木下航志君ホームページへリンク
コンサート情報や歌声が聞けます
2004年8月3日更新
7月26日朝日新聞声欄より(手元に朝日新聞がある方、ぜひ参照してください)
声欄、福祉枠に久振りに紹介したくなるような記事が載ったので紹介させていただきます。
偶然の一致か、この日の他面には腎臓病(人工透析)のことが詳しく記事になっています。計算したのか、わかりませんが、こういうつながりは初めてです。
余談ですが、どこかで紹介した「朝日新聞三役そろいぶみ(声欄、社説、天声人語)」。福井の水害にジャンボ宝くじの一等を匿名で寄付された方のことがひさしぶりに達成しそうな気配です。ぜひ、注目を。
「腎臓病治して皆と遊びたい」
わたしは1ねん生になったのに、ちょっとしかがっこうにいっていません。つうしんぼは、いんないがっきゅうの、かく先生からもらいました。
4月のおわりに、おしっこがまっくろになって、いそいでびょういんにいきました。わたしは少しびっくりしたけど、お母さんはこしがぬけそうになったそうです。おおきいびょういんで、ふくまゆう子先生がわたしのじんぞうをなおしてくれています。
ふつうのひとは、おもいきっりはしったり、プールでおよいだりできるけど、わたしは見ているだけです。だから、はやくいまのびょうきをよくして、はやくみんなとおなじように、あそびたいです。
びょういんではたくさんのひとがにゅういんしてきます。でもすぐにたいいんできます。わたしはずうっとにゅういんしているので、たいへんなびょうきだとおもいます。お母さんは、芽生ちゃんならがんばれるよ、とおうえんしてくれます。じんぞうのびょうきは、どうしてなるのかわからないので、芽生みたいにひとたちがいなくなるように、おいしゃさんになろうかなあ、とおもいます。
工藤投手 200勝
8月18日の3大紙朝刊「ひと」枠で工藤投手がそろいました。(このページ上で紹介)。オリンピックの体操団体が金メダルを取り、こっちでそろうと予想していたのでびっくりです。
古田選手 2000本安打
古田選手が無事2000本安打を達成し、3紙の「ひと」でそろうと思われましたが、読売だけ法則を破り、違いました。1面、社会面を含め、他ページで大きく取り上げているので、どうせなら「ひと」も古田選手にして欲しかったです。
今年は豊作で清原選手500本ホームラン、野茂選手日米200勝が続きます。ぜひ、注目を
古田敦也さん=通算2000安打を放ったヤクルトの捕手
◇プロは結果がすべて、まだまだ修業が足りません−−古田敦也(ふるた・あつや)さん
推定年俸3億円の球界ナンバーワン捕手。愛車は今も、義理堅く社会人時代に在籍したトヨタ自動車と決めている。アマ三段の腕前を持つ趣味の将棋を、配球術の研究に生かす勤勉な野球人でもある。メガネをかけた外見も手伝い、秀才イメージで語られるが、実は打撃は天才肌。親しい関係者は「血へどを吐くほど努力したなんて聞いたことない」と明かす。
才能が花開いたのは首位打者を獲得したプロ2年目。「非力な打者」と見ていた周囲を驚かせた。同僚の岩村明憲選手は「ランナーがいると力を出すタイプ。リーグ屈指のクラッチヒッター(勝負強い打者)だね」。15年間で打率3割を計8回。昨季までの通算打率2割9分6厘は、監督−選手の関係だった師匠、野村克也氏(2割7分7厘)を上回る。
クラッチヒッターぶりは、背広姿でも発揮された。史上初のストライキを決行した昨年の球界再編騒動。労働組合・日本プロ野球選手会会長として、経営者相手に一歩も引かず、タフな交渉が終わればそのままチームに合流して4番・捕手。迷走する再編論議に「いちいちあきれてはいられない」と食らいつき、今季の12球団維持という大幅譲歩を引き出した。
再編騒ぎの余波でファン離れも指摘される今年の球界。開幕早々に自分のバットで明るい話題を提供したのは、プロ野球の未来を憂える「闘う選手会長」らしい。だが記録を目前に重圧にしばられ、周囲には「さすがに平常心ではいられなかった」と本音をもらした。やはり人の子だった。<文・徳丸威一郎/写真・小関勉>
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2005年5月18日更新
プロゴルファーの横峰さくらさんが初優勝し、3紙の「ひと」でそろったみたいです(朝日新聞まだ未確認)。巨人の星なみの親子での特訓など話題が豊富のためと思われます
2005年6月17日更新
野茂投手日米200勝達成
野茂選手が日米200勝を達成しました。三大紙の「ひと」欄で鉄板(100%←日本の200勝は確定の上、大リーグへの開拓者など付加価値がすごいため)だと翌日の新聞を楽しみにしていましたが、結果は朝日新聞のみ(山梨日日新聞もそうでした)人欄、毎日新聞はその上の「社説」、読売新聞はスポーツ欄の特集記事のみでした。199勝後、リーチがかかってから、なかなか勝てなかったのがいけなかったような気もします。
今年、野球関係ではロッテのバレンタイン監督が来たい出来ます。(リーグ優勝日翌日)
2005年6月24日更新
広島野村選手2000本安打達成
(右画像は毎日新聞人欄にリンクさせてあります。)
今年は豊作。広島野村選手が2000本安打を達成しました。 達成が4回と時間的に早かった上、試合終了後、テレビ局をはしごしているのを見て、新聞社も「人欄」用に記事を用意していると確信し、翌日の新聞を開くのを楽しみにしていました。
結果は読売「人欄」、毎日「人欄」、朝日「載らず(残念賞)」。野茂選手に続き、3紙が揃わなく、がっかりです。200勝、2000本安打を達成する選手は弱小チームでも日本中に知れ渡っている(ネームバリューが十分ある)上に、なかなか達成できない記録達成への祝福を込め、すべての新聞人欄で掲載は当たり前です。最近の新聞記者の方はわかってないです(昔みたいな遊び心が足らないです)。
ちなみに次の100%鉄板は「夏の甲子園優勝高校の監督」です。絶対の自信があります。これを破ったのは、決勝でノーヒットノーランをした松坂選手しかいないほどの鉄板です。ぜひ、注目を。
2005年8月17日更新
7月4日の朝刊で長島さんの写真がすべての新聞で1面に載りました。
1面で揃うのは大きな事故やノーベル賞など大きな賞の受賞に限られますが、この方の場合は冷静に判断するとたいしたことでないのに特別なことになってしまいます。。
2005年8月20日更新
女性騎手の真下瞳騎手が女性最多勝をあげ、3紙でそろいました。
なぜだか、毎日新聞だけが3日遅れの掲載でした
2005年10月18日更新
ロッテ、パリーグ優勝でバレンタイン監督「ひと」欄で揃う
ロッテが昨日17日に無事優勝しました。
バレンタイン監督の日米優勝で一面に胴上げの写真があれば(印刷の締め切りに間に合ったということで)必ず「ひと」欄は揃うと思ったので朝の新聞を楽しみにしていたところ、
読売新聞「バレンタイン監督」、
毎日新聞「バレンタイン監督」、
山梨日日「バレンタイン監督」、
朝日新聞「残念賞」。また、一紙だけが揃わず、がっかりしましたが、よく考えるるとバレンタイン監督は10年前に解雇された後、大リーグで優勝するなど話題性から考え、納得がいかず、朝日新聞ホームページで確かめるとやはり「バレンタイン監督」でした。(甲府は間に合わなかったみたいです。翌日に載りました)
ちなみに日本シリーズ優勝の次の日も「鉄板(100パーセント)」です。阪神優勝なら「岡田監督」、ロッテ優勝なら抑えの小林投手(バレンタイン監督は今日載ったので確立は低いです)。両球団共に大穴はあのサポーター軍団(団長さん?)です。今から楽しみです。
おまけ
今日の新聞、「人欄」だけでなく、
社説も
小泉総理「靖国神社参拝」で
4紙で揃いました。違う話題で2ヵ所が揃うのは10年近く切り抜いていて初めてです。
韓国、中国の方々が辞めてほしいというのになぜ行うのか、わからないです。何度も書きましたが、広島、長崎の原爆での痛みよかすごい痛みを中国、韓国の方々に味合わせている事実を忘れてはいけないです。
以下は毎日新聞人欄記事です。
ボビー・バレンタインさん=31年ぶりリーグ優勝に導いたロッテ監督
◇宙に舞った感触は一生忘れない
選手をその気にさせる名人だ。「グッド」を連発し「君ほど素晴らしい選手は見たことがない」とプライドをくすぐる。批判は一切しない。「ミスはだれでもする。アシタ、シマショー」と片言の日本語も交えて、激励に徹する。
もちろんほめるだけで優勝はできない。選手の調子を見てデータを分析し、打順を大胆に組み替えるさい配は、ボビー・マジックと称された。
ある選手は、マジックの神髄を「選手に能力以上のものを要求しないこと」と話す。打撃が劣る選手に3割を打て、とは言わない。代わりに、選球眼を磨いて出塁率を上げたらどうか、とアドバイスする。守備範囲が狭くても、捕球カバーに入れば高く評価する。その結果、小粒ながら、攻守に粘りのあるチームが出来上がった。
ファンとの交流も重要視している。試合前は選手を誘って長時間サインに応じ、勝った後は「ファンはベンチ入り25人に次ぐ選手」という意味を込めた背番号「26」のユニホームを、高々と差し上げるのが恒例になった。
10年前も手法は同じだった。ファンからも選手からも支持されたが、当時の広岡達朗ゼネラルマネジャーと練習方法やさい配で意見が衝突し、1年限りで退団した。昨年、大リーグの複数の球団からの誘いを断り、ロッテに復帰したのは「日本でやり残したことがある」からだ。
3年契約の2年目、ボビー流を貫いて、目標を達成した。<文・冨重圭以子/写真・矢頭智剛>
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■人物略歴
米南カリフォルニア大から内野手として大リーグ、ドジャース入団。レンジャーズ、メッツ監督を歴任した。95年にロッテ監督。妻と1男。55歳。
2005年10月24日更新
昨日の菊花賞でディープインパクトが三冠を達成しました。今日の三大紙人欄は武豊さんでなく、調教師の方で揃っています。
武さんはあまりにもすご過ぎていろんな形で載っているので今回は違う方になったのではと考えられます。
2005年1月8日更新
三大紙「顔」欄
高校ラクビー伏見工業優勝も5年前の優勝時、ドラマスクールウォーズのモデルになった山口総監督は3紙で揃ったため、今回は1紙が主将、もう2紙が現監督に分かれました。
つぎは高校サッカーで3紙が揃います。
2006年9月25日更新
「ダイヤモンド記事」
朝日新聞9月24日「おやじのせなか」大泉 洋さん
先週から今週にかけての新聞は福祉記事の豊作で(切り抜くのは発酵させるため、一ヵ月後です←天気予報、テレビ欄などスピードが命の記事を見分けるため←すばらしい記事はいつ読んでもすばらしいです)、今年を代表するようなダイヤモンド記事もありました。
福祉職でなく、テレビをあまり見ない方には普通の記事にしか、感じられないような気がするんですが、いろんな要素が重なり(北海道で題ブレーク中のお笑いタレントとして登場したときはつまらなく感じたんですが、「電波少年」的な「水曜〜」が今、深夜に放送されて個人的にはまっています。独特な馬鹿笑いとリアクションにどういう環境で育てられてきたのかなど今まで知りたかったこともこの記事で無事解決できました。まさかお父様が福祉系の学校の先生とはぜんぜん思わなかったです)、自分にとってはすばらしく感じられました。
今回はスキャナーでなく、デジカメの接写機能を使いました。記憶媒体の容量が大きくなったため、図書館でも苦労してコピーしなくても、、この機能で十分な気がしています。そのうちにはデジカメに撮ったのがすぐにメールで自宅のパソコンへという時代になりそうです。進化が速過ぎて時代遅れになりそうです。
p.s.お父様はこの記事を読んでどう思われるんでしょうか?余韻もあるすばらしい記事です。
朝日新聞「声」、読売新聞「気流」、毎日新聞「みんなの広場」と新聞各紙投稿ページが存在し、それぞれ政治経済枠、福祉枠が存在し、バランスよく掲載されます。投稿記事としてよく採用されるのが、街中で困ったときに見知らぬ人に助けられたけどお礼が言えなかった方の投稿で週に1つは必ずといっていいほど載ります(逆に電車やバスでのマナー違反に対する投稿も多いです)。2006年12月1日珍しく、朝日新聞「声」で2つ一度に載ったので紹介させていただきます。
「孫からの手紙 届けられ涙が」
11月中旬のある日、小5の孫から夫の携帯に「じいちゃん、わたし、手紙を出したんだけど、封筒の中に手紙入れるの忘れたんだ」と涙声で掛かってきた。
孫の母親に聞くと、孫は「手紙入れるのを忘れた」と言って、今度は封筒に入っていない便箋の手紙だけを同じポストに入れてきたらしい。「まずは明日、封筒だけが届くと思う。便箋だけポストに入れても郵便局では分からないだろうから、多分捨てられちゃうでしょう」と母親は言う。
その翌日、郵便が来るのを首を長くして待っていた。届いたのは、孫が暮らす埼玉県内にある三芳郵便局の名前が入った大きな封筒だった。 封を開けてみて驚いた。中には切手を張った孫からの封筒と便箋が一緒に入っていた。手紙の裏には孫の名前があり、「ごめんなさい、ごめんなさい。手紙を入れるのわすれました。いっしょにもっていってください」と書かれていた。
その手紙を見て私も涙した。また、よくぞ一緒に届けて下さったと、郵便局の方に感謝し、心が安らぐ一日だった。
「受験の日の朝 乗ったバスで」
11月8日、看護学校の受験の日の朝、早めに家を出てバスに乗りました。ところが事故による渋滞に巻き込まれ、バスが全然動かなくなってしまいました。
不安と焦りが募る中、受験会場の学校に携帯電話をかけ、歩いて向かうことに。降りるため運賃を払おうとしたら、運転手の方が「いいよ、急ぎな!」と言ってくださいました。乗客の方からも「大変だね。だけど頑張るんだよ!」と応援の言葉をいただきました。
10分後、道を走る私に渋滞を抜けたバスが追いつくと「お姉ちゃん、乗りな!」。バス停のない場所で私を乗せてくださいました。
学校近くのバス停に着き、運賃を払おうとすると運転手の方が「いいから急ぎな。頑張って!」。乗客の方からも「皆、応援しているからね!」と声援をいただきました。
学校の先生方にも心配をかけてしまったけれど、優しく対応してくださり、無事受験できました。
人を信じることに恐怖を感じてしまう世の中、心が温かくなりました、24日、合格の知らせがありました。バスの乗客の方々、運転手の方、本当に本当にありがとうございました。