臓器移植カード
先ほどダウンタウンの松本さんと島田伸介さんのテレビを見ていたら(途中からだったのであまり詳しくは書けないんですが)、角膜移植を経験した視聴者からの以前番組で話題にしてくれたことに対するお礼の手紙をきっかけに、松ちゃんの「俺は移植してもいいよ」発言から、おなじみの黄色の移植希望ガードが登場し、二人で「こんなすごいカードがあったんだ」という内容の会話をされていました。躊躇する伸介さんに松ちゃんが言ったことば「体は借り物なんだから誰かに返さなきゃ」、「自分が(臓器が必要になったら場合は)もらうのにあげないのはおかしい」「全員が義務化でいいちゃう」ということばはそのまま移植カードのキャンペーンに使える気がしました。
(まだまだ続くと思います。ぜひ注目を)

基本的に自分のことばで何万人と笑わすことができる方(ゴールデンタイムに番組をもてる方)はまじめな発言でも何万人という大勢の方を感動させることができます。

今から10年ちかく前のテレビ番組。ビートたけしさんとさんまさんの番組で「サリドマイドの後遺症のため足で車の運転やすべての物をとり扱わなければならない方(アメリカ)」を放送をしたことがありました。そのときもニュースのコメンテイターや評論家、アナンサーよりすごい影響力をもった発言をされていました。

移植ネットワーク
臓器移植意思表示カードへリンク


新聞記事
ドナーの尊い行動、高校の英語教科書に 米の事故で脳死

 1997年に留学先の米国で交通事故に遭って脳死状態となり、同国で臓器提供した間澤朝子さん(24)=当時=のエピソードが、京滋の14校などで今月から使われる新しい高校1年用の英語教科書で紹介されている。父の洋一さん(63)=東京都=は「命の大切さについて若い人たちに考えてもらいたい」と話している。

 啓林館(大阪)と桐原書店(東京)の2社が、洋一さんが朝子さんの臓器提供の経緯をまとめた「朝子生命のかけ橋となって」(ポプラ社)から抜粋し、新課程の高校教科書に取り上げた。京滋では、京都府立桃山高(伏見区)や滋賀県立草津東(草津市)などで採用されている。

 教科書では、朝子さんが運ばれた病院での家族の思いや朝子さんの家族と移植患者との交流のエピソードを通じて、朝子さんが常に大切にしていた他者への思いやりを尊重しようとして家族が臓器提供に同意したことが紹介されている。

 洋一さんは、脳死状態などでの臓器提供を体験した遺族の悲しみや苦しみを分かち合おうと、2000年に「日本ドナー家族クラブ」を設立。本の出版を機に東京や北九州市の中学校の生徒たちと手紙のやり取りをするなど、子どもたちに命について語り掛けている。

 「日本では移植を受けた患者は注目されるが、命について真剣に考え自らの意志で臓器を提供したドナーの尊い行動のことが忘れられている」と間澤さんは指摘し、「臓器提供を増やそうという一方的な言葉ではなく、1人ひとりの人生と命を大切に考えることから始めなければいけない。若い人に自分の生き方を見つめるきっかけにしてほしい」と話している。

(京都新聞)

ヤフー「日本ドナー家族クラブ」ヘリンク

2003年5月10日
朝日新聞社説より「2003年5月7日」

■生体肝移植――提供者の死の重み

 10代後半の娘に肝臓を提供した40代の母親が京大病院で亡くなった。

 生まれつきの病気を持った娘は、94年に父親の肝臓の一部を移植する手術を受けた。だが、再び肝機能が悪化し、昨年8月に今度は母親から肝臓をもらった。

 ところが母親は手術が原因で昨年末から意識不明の重体に陥り、快復しなかった。

 今は退院している娘さんにとって、あまりにつらい知らせだろう。家族の悲しみ、やりきれなさを思うと、言葉がない。

 健康な人の肝臓をもらう生体肝移植は国内ですでに2300例を超えている。提供者が亡くなったのは初めてだ。

 きわめてまれな事態ではある。しかし、健康な人が臓器を提供したために亡くなった事実は、重く受け止めざるをえない。

 専門医らでつくる日本肝移植研究会はすでに今回のケースについて詳しく調査している。母親の肝臓を多く取りすぎたこと、母親自身が肝臓病だったのに手術前にそれを突き止める検査をしなかったこと、残った肝臓の量が少ない場合の危険性について母親らに対して十分説明しなかったこと。そうした問題点を指摘した。

 生体肝移植は80年代末から始まった。世界的には、健康な体にメスを入れること自体を非倫理的だとする考えが根強い。しかし、脳死者からの臓器提供が少ない日本では、生体肝移植が年々増えた。当初は親から幼い子への移植に限られていたが、次第に大人から大人への提供も一般化した。

 大人同士だと、提供者の肝臓は半分以上切り取ることが多い。移植した先で機能するためには十分な大きさが必要だからだ。

 提供者の肝臓は3分の1程度を残せば大丈夫といわれているが、今回は4分の1しか残っていなかった。生体肝移植をリードしてきたと自負する京大に、慣れから来る慢心や過信がなかったのだろうか。

 手術前の説明が不十分だったことは、京大も認めている。

 患者を抱えた家族は追いつめられた気持ちになりがちだ。だからこそ、危険性も含めて、説明を尽くすべきである。

 そのうえで、医療チームとは独立した専門家が相談に乗り、当事者が冷静に判断できるよう援助する仕組みが欲しい。

 昨年、父親の河野洋平元外相に肝臓を提供した河野太郎衆院議員が「生体肝移植を美談にしないでほしい」と訴えているのは傾聴に値する。

 自分の体を傷つける決断は重い。手術について最新情報を入手したうえで、だれからも圧力をかけられずに決断できる環境が保障されなければならない。提供者になる勇気と同じくらい、自分の体と家族を守っていく勇気も大切だ、というのだ。

 患者を助けたい一心から、提供者の健康と生活が二の次になる。それは、あってはならないことだ。移植医療にかかわる人々は、この原則を忘れないでほしい。

2004年1月12日追加
 いろんなことを考えされる記事が載りました。1才の乳児に家族提供の臓器移植をしたが、亡くなられたということだけなんですが、1才なのに4回も手術を受け、小腸が失われた・・・肝不全をおこした・・・20代のおばより移植など重たいことばの連続です。短い文ですが「強力な免疫抑制剤」の「強力」、両親でなく「おば」など、ぐさっとくる記事です。この手術の事例が次に同じような状況に陥ってしまった方々に役立つことを願うしかありません。

ここより共同通信記事です

肝・小腸移植の女児死亡 京大発表


 京都大病院(京都市左京区)で昨年9月、国内初生体肝・小腸の同時移植手術を受けた女児(1つ)が2カ月後、多臓器不全のため死亡していたことが12日明らかになった。
 京都大によると、小腸は他の臓器に比べ拒絶反応が強く、女児は移植後間もなく拒絶反応を示し、強力な免疫抑制剤を使用した。しかし昨年10月末以降、全身の状態が悪化し11月中旬に京都大病院で死亡したという。
 女児は生まれつ小腸が数カ所でふさがっている「小腸多発閉鎖症」で、移植手術以前の4回の切除手術で小腸のほとんどが失われた。
 さらに、静脈から栄養を注入する治療で肝臓への負担が増し、肝機能が悪化し肝不全も起こしていた。 移植手術では、20代の父親から肝臓の約2割20代のおばから小腸の約3割をそれぞれ提供された。 京都大は、遺族の要望で発表が遅れたとしている。(共同通信)
2005年9月24日更新
「なぜ子どもの海外での移植が大人に比べ多いのか」
 よくコンビニとかの窓口で海外移植のためのカンパをお願いする募金箱がおいてありますが、子どもの方のが多いのは今の臓器移植法のガイドラインで臓器移植の提供者を15歳以上と定めているためで(国内の移植では臓器の大きさがあわない)、なぜ高額のお金が必要なのかは保険の適用外のためとのことでした。
 欧米に比べ、ドナーカードでの本人の意思表示がなければならないとか審査などが厳しく、脳死の方が実際に臓器移植に応じられる割合もとんでもなく低いとのことです。
 この点を改善させるため、前回の国会で、提供可能年齢を「12歳以上」、ドナーカードがなくての家族の同意だけで移植できるよう臓器移植法を改正させようとしましたが、郵政解散で振り出しになり、まだ「案」もまとまってない段階だったため、次の国会でも簡単には改正案が通ることはまずなく、臓器移植をまっちる子どもさんのいる家族を落胆させたとのことでした。
 郵政法案が通らず、国会が解散して、子どもさんが国内で移植できるようになる時期が遅くなったことは真剣に論議されなくてはいけない気がします
手術直後に邦人7人死亡=中国での移植、計180人以上−厚労省研究班が調査

 【北京26日時事】肝臓や腎臓の臓器移植を受けるため最近2年間に中国へ渡った日本人少なくとも7人が、手術直後に上海や遼寧省瀋陽などで死亡していたことが26日、分かった。これまでに中国で移植手術を受けた日本人が、計180人以上いる事実も判明した。中国の臓器移植では、ドナー(臓器提供者)が死刑囚である点など人権上の問題が指摘されている。厚生労働省の研究班と日本移植学会は、安全性を含めた実態把握に向け、渡航移植者の調査に乗りだした。 
2006年9月12日更新
 臓器移植カードが昔からの黄色のカードのみでなく、いろんな企業とのコラボカード(このページの下の方にたくさん紹介されています)がいろいろ誕生しているだけで驚きだったんですが、来年からはなんと健康保険証の裏に意思表示ができるような欄ができるそうです。アメリカでは運連免許の裏がそうで交通事故で脳死状態になってしまったときにすぐに意思表示の確認ができるのでたくさんの方が移植をしているそうなんですが、保険証が名刺サイズのため、日本でも同じような効果が見込めそうでうれしいです。あとはシンガポールみたいに持ってない=移植をのぞむ組織になるのを望むのみです。

「臓器提供したい」4割超え、過去最高に

1月21日11時48分配信 読売新聞


 内閣府が20日に結果を発表した「臓器移植に関する世論調査」で、脳死判定を受けた場合に臓器を提供する意思を持つ人が4割を超え、過去最高となった。

 一方、提供に備えて意思表示カードやシールを所持している人は8%にとどまり、移植自体への理解が進む反面、制度は浸透していない実態が明らかになった。

 調査は昨年11月、全国の成人男女3000人を対象に行われ、有効回答率は57・6%だった。同様の調査は1998年から実施され、今回が5回目となる。

 脳全体の機能が停止して元に戻らない脳死と判定された場合、心臓や肝臓などの臓器を「提供したい」とした人は41・6%で、04年の前回調査から6・2ポイント増えた。「提供したくない」とした人は27・5%で、5・3ポイント減った。

クロアチア代表FWクラスニッチ、腎臓移植手術へ

2007年1月25日(木) 16時34分 ISM

 現地時間24日、ブレーメン(ドイツ)所属のクロアチア代表FWイヴァン・クラスニッチ(26)が腎臓移植手術を受けることが分かった。ロイター通信が報じている。

 クロアチアの現地紙によれば、クラスニッチは2005年11月に虫垂炎の手術を受けた際に、腎臓に問題があることが判明し、今回移植手術に踏み切ることになった。同選手の弁護士であるホルンダッシュ氏は「数日前まで、ドクターたちはクラスニッチの腎臓を薬物療法によって回復させられるとみていたが、今や移植が唯一の解決法だということになった」と発表している。また、医師たちによれば、術後の経過が良好であれば、6週間から8週間で練習復帰できるとのこと。しかし一方で一部の医師は、クラスニッチのキャリアにとって危機となる可能性もあると警告している。

 クラスニッチは01年からブレーメンに所属し、135試合出場で42得点を記録。クロアチア代表としては26試合出場で8得点を挙げており、06年W杯の日本対クロアチア戦にも出場した。
[ 1月25日 16時34分 更新 ]

事故死した元スケート韓国代表、臓器を6人に提供

 交通事故で脳死状態に陥ったスケートの元韓国代表が、自らの臓器を6人の患者に提供し、この世を去った。

 フィギュアスケート・アイスダンスの韓国代表だったキム・ミヌさん(21)は、今月3日午前1時ごろ、車を運転して帰宅途中にソウル市江南区逸院洞の良才大通りでガードレールに激突し、大けがを負った。京畿道果川市で夜遅くまで後輩の選手たちを指導し、疲れがたまっていたにもかかわらず、車を運転してソウル市松坡区可楽洞の自宅に向かう途中、事故に遭ったのだ。

 キムさんは近くのサムスン・ソウル病院に運ばれたが、脳の損傷がひどく、意識が回復しないまま、4日午後に脳死の判定を受けた。

 小学1年生の時にスケートを始めたキムさんは、中学3年だった2002年、姉ヘミンさん(23)とともにアイスダンスの韓国代表に選ばれ、冬季アジア大会やユニバーシアードに出場した。フィギュアスケートの選手層が薄い韓国で、キムさん姉弟は唯一のアイスダンス選手だった。だが、キムさん姉弟は家計に余裕がなかった上、特別な支援を受けることもできず、選手生活を続けることに限界を感じ、昨年3月に現役を引退した。

 父のキム・オクリョルさん(56)は「引退後もスケートへの未練を捨て切れなかったミヌは、昼夜を問わず後輩たちの指導に没頭していて、こんな事故に遭ってしまった」と言って目頭を熱くした。キムさん一家は、ミヌさんの遺志を伝えようという思いから、臓器の提供を決心した。父オクリョルさんは「息子がスケートにかけた情熱と努力が、他人の生命へとつながることを望んでいる」と語った。

李智恵(イ・ジヘ)記者

朝鮮日報/朝鮮日報JNS