わたくし流モダンジャズ道
 
モダンジャズとの邂逅 マイルスデイビス ソニーロリンズ ジョンコルトレーン お気に入りのアーティスト モダンジャズにかける私の夢 エピローグ


T モダンジャズとの邂逅

生涯の友となったモダンジャズ

レコードジャケット写真1 思えば、学生時代にはまったモダンジャズが、まさかこの歳まで、好んで聴いてこようとは…。普通は、歳とともに好みの音楽っていうやつは変わっていくもんだよね、と言うのは、わが悪友たちの弁。
 わたくしに言わせれば、それは本当に好きな音楽にめぐり会えなかったか、本当の音楽ファンじゃないんだよね、と。

 でも、こんなことを言ったとたん、即座に大事な何人ものお友達を失うことになるでしょうね。ごく平均的な日本人だと思うわたくしも、生まれてこの方、音楽なるものは、学校の授業の音楽とあの演歌以外は、だいたいなんでも好きなのですが・・・。

 でも大事な時間までもつぶして聴く音楽となると、いつの間にかジャズしかないと言う、いわば重症の進行性ジャズ症候群にかかってしまいましたね。

 一般的に言って、音楽にジャンルとか、時代や、国などと言った境界を作ることはないと思うのですが、これは音楽だけではなく、絵画など他の芸術などにも共通するのでしょうが、ただ一点、自己主張(表現)に感動するか、と言ったことに尽きるのではないでしょうか。
 フィーリングが合う(共感)と言ってもいいでしょう。

 そう言うことからすると、わたくしの場合は、たまたま学生時代に幸運にもモダンジャズにめぐり会い、電撃を受け、結局は生涯の趣味とも言えるものまでになったのですが、最初からこれがこの歳まで続くと思ったわけではないわけで、ジャズでなきゃいけないと言うことでもないし、クラシックでもいいわけだし、年輪を重ねるごとに好みが変わるって言うこともあるでしょう。
 (今まで運がなかったと言う方は、今後すばらしい出会いがきっと待っているかも知れません。あきらめずに今後を期待しましょう。でも、もともと音楽が嫌いとか、嫌いになったと言う事態はここでは想定していません。)

 冒頭に触れた悪友たちの弁も、まぁ、普通はそのとおりだよね、とここでさりげなくフォローもしておきましょう。


*ジャケット写真1 カーティスフラーのブルースエット
 当時のジャズ喫茶では一日に何回もリクエストされた定盤。今でも「ファイブスポットアフターダーク」の曲がかかると、当時の記憶が鮮明によみがえってくる。
 カーティスフラーのトロンボーンとベニーゴルソンのテナーサックスが織りなす粋な重奏サウンドにしびれたものです。トミーフラナガン(ピアノ)、ジミーギャリソン(ベース)、アルヘアウッド(ドラムス)も好演している。
 このしゃれたジャケットも、わたくしは大好きだ。 Savoy 1958年録音


モダンジャズにとりつかれる魅力とは

レコードジャケット写真2

 では、わたくしの場合は、この歳までなぜジャズだったのか。
 ジャズは、リズムと即興演奏(インプロビゼーション)が生命ですが、生きる喜び、燃えるような情熱 (と言っても、あのリオのカーニバルのような激しいものだけではなく、内面深く静かに燃える情熱と言うものまであります)、そして、魂の叫びみたいなものが、理屈抜きで、わたくしのこころの琴線に触れるのです。
 からだ全体が揺さぶられる、と言ったほうが近いでしょうか。

 ジャズは、もともとはアフリカ土着の民族音楽がアメリカに移植されて、西洋音楽とも融合して、現在聴くようなジャズにまで昇華してきたわけですが、底流に流れるものは、人種、民族を超えて普遍的に脈動する個体の生命エネルギーの表現だと思います。感情表現と言ってもいいでしょうかね。

 リズムは、生命を維持しつづける心臓の鼓動だと言うひともいます。そうすると、メロディー(旋律)はこころの動きなのでしょう。もちろんリズムはこころの動きに応じて、早くなったり、遅くなったり、自由自在に鼓動することになりますが。

 そして、わたくしがたまらないのは、それが常に進化していることなのです。ひとつの所にとどまらないで、川の流れのようにどんどん先へ進んでいくところが、なんとも言えません。同じ楽器であっても、同じコード進行であっても、そして同じ曲でさえも、ひとつとして同じものはありません。しかも、時代とともに変遷しているのです。
 そう、ジャズは生きているのです。

 それは、わたくしのこころのヒダの奥深くにまで沁みこんで、躍動し、喜びのエネルギーで満たされるのです。ジャズは、わたくしのこころの癒しであり、すべての活力の源でありつづけているのです。

*ジャケット写真2 ソニークラークのクールストラッティン
 これも当時ジャズ喫茶でリクエストがもっとも多かったなつかしの定盤ですね。ピアノのソニークラークの代表的な名演に数えられる作品でもあります。お膝元の米国では、なぜかヒットしなかったという、どちらかと言うと日本人のこころをくすぐるピアニストなのですかね。
 アートファーマー(トランペット)、ジャッキーマクリーン(アルトサックス)*のホーンに、ベースがポールチェンバース、ドラムスがフィリージョージョーンズと言うのもうれしい。ブルーノート専属のグラフィックデザイナーだったというリードマイルス制作のこの大胆なジャケットも、いいですねぇ。 Blue Note 1958.1.5録音
 ソニークラークについては、後編「モダンジャズにかけるわたくしの夢」でもまた取り上げることにしましょう。

アルトのジャッキーマクリーン、2006.3.31死去の訃報が流れてきましたね。73歳だそうです。ハードバップ全盛の50年代、そして初頭にマイルスデイビスと共演した若かりし頃のマクリーンが本当になつかしい。(2006.4.5追記)


ジャズとわたくしのオーディオ観

 音楽は、やはり生で聴くのが最高ですが、通常はレコード、CDなどの媒体を通じて聴くのが一般的です。現在はCDのほか、映像まで見れるいろいろな媒体がそれこそたくさんありますが、レコード時代の昔から変わらないのは、音楽が複刻芸術でもあるという事実でしょう。

 このことは、いつでもアーティストの最良の状態が聴けるのはいいのですが、アコースティック楽器のあの生の演奏をこの場で再現しようとすることで、大きな障壁が立ちはだかることになるのです。
DドライブとオルトフォンMCカートリッジ
 生で聴く場合でも、ホールとか音響設備の影響はもちろん無視できませんが、家でCD、レコードなど聴く場合は、もっと深刻な別の問題が生じます。
 もちろんリスニングルームの構造は一大問題ではありますが、とりあえずは再生装置、すなわちプレーヤーはどうするか、アンプはどうするか、スピーカーはどうするかと言った、物理的な機材の問題があります。
 それこそ音楽を、純粋かつ安心して聴けるなんていう心理状態なぞに、とてもなれるものではありません。

 CD時代になって、レコード時代の最大の悩みであったプレーヤーのモーターがどうの、アームがどうの、カートリッジがどうのと言った入り口の問題はなくなり、いつでもそれなりの音の再生が可能とはなりましたが、昔はそれこそ大変でしたね。(マニアの方は今でもそれこそ大変な問題なのでしょうが)

 わたくしの場合は、もちろんいい音で聴く努力を少しはしてきたとは言え、それ以上に音楽自体と楽器のほうにより興味があったものですから、いくらお金をかけても所詮生の楽器にかなうはずがないと、さっさとあきらめ、時間とお金?は、ジャズを聴くほうにまわしてしまったというわけです。
 おかげで?あの、世にも恐ろしいアリ地獄のようなオーディオ病にはかからなくてすんだのですが。(これはもう、ほとんど負け惜しみですね)

 でも、今でもそういう方たちを横目でうらめしそうに眺めながら、マッキントッシュだの、マランツだの、シュアーだの、アルテック、JBLなどと聞くと、本当は体中がムズムズしてくる自分がいて、ときどきハッとするんですが。
 そうそう、妖しくともる真空管アンプなどに出会うと、思わず足を止めてしまうのでありますが・・・それにしても、ジャズファンに、オーディオファンが圧倒的に多いような気もするのですが。こんなことを言うと、クラシックファンに叱られるかな。

 映画「スウィングガールズ* 」に出てくる教師役の竹中直人さんと、シーンに出てくる あのオーディオルームには、思わず昔の自分の姿とダブらせ、しびれましたね。久しぶりに楽しんだ映画でした。

 2004年 矢口史靖監督作品。谷啓さんの並々ならぬご努力があったのでしょうが、いい音がで出ていましたね。スィング感もさることながら、サウンドが輝いていました。
 そして何よりローカル色あふれる山形弁こそ、まさにジャズそのもの(真髄)なんですが、矢口監督もやりますね。


モダンジャズ仲間との出会い

レコードジャケット写真3

 わが家には、当時としてはしゃれた祖父のおかげで、蓄音機とか、SPレコード盤などはあったものの、さすがにジャズを聴く環境にはなかったのです。
 中学生、高校生時代になって、なぜか当時の洋画と、そのバックに流れる映画音楽にとりつかれたのが、ことの始まりでした。とくにラジオで放送されていたアメリカ映画の解説とか、映画音楽特集をさかんに聴いたものです。当時としては、あの洋風生活にあこがれて、おしゃれな洋画ブームにしっかりとはまっていました。

 そして、決定的にジャズにめざめたのが、「グレン・ミラー物語」「ベニー・グッドマン物語」*などのミュージシャンを主人公とした映画でした。

「グレン・ミラー物語」は1954年 アンソニー・マン監督の作品で、ジェームズ・スチュアート、ジューン・アリスンが出演。「ベニー・グッドマン物語」は1955年 ヴァレンタイン・デイヴィス監督の作品でスティーヴ・アレン、ドナ・リードが出演。いずれもスイングジャズオーケストラのバンドリーダーの伝記映画で、甘味な本場のスイングジャズをたっぷりと聞かせてもらった。グレン・ミラー(1904-1944):トロンボーン奏者、ベニー・グッドマン(1909-1986):クラリネット奏者

 それと、なんと言っても、米軍向けの中波放送(VOAとかFENと言ってましたかね)では四六時中、ジャズが流れていましたので、この影響でスイングジャズ、デキシーランドジャズなどへの理解が大いに深まったと思っています。

 そして、気がつけば、ピアノとか、ベースとか、ドラムなどリズム系の楽器が奏でる音に、一生懸命に耳をそば立てるようになっていたのでありました。
レコードジャケット写真4
 わたくしの好み、フィーリングがまったく違っていたのでしょうね、ラジオで日夜流されていた歌謡曲とか、友人に多かったクラシック系へ傾くことはありませんでした。
 周囲からは、変わっていると言われ、日本人ではないと冷やかされたのでした。そういう意味では、孤独でさびしい?時代でした。

 東京へ出てから、どうしてもジャズをやりたいという気持ちを押さえられなくて、迷わず大学のフルバンド(クラブ)に入りました。
 入ったといっても楽器がすぐにできるわけではなかったので、変なものですが、それでも、強烈な生のジャズの最初の洗礼というか、刺激を受けたのです。

 そして、何よりうれしいことに三度のメシより好きなジャズの仲間たちにめぐり会えたのです。
 仲間たちのジャズ談義も、当時の最先端を行くモダンジャズの話しなどが中心で、わたくしも生まれて初めてモダンジャズのなんたるかを知り、電撃というか、衝撃を受けることになります。

 その間、浅草でドラム教室をやっておられたジミー竹内さん(1930-2009)じきじきにジャズドラムの基本を教わり、とうとう好きな仲間たちとモダンジャズコンボを組むことになったのです。ジミー竹内さんと言えば、当時はスイングジャズを中心に鈴木章冶とリズムエースのメンバーとして大活躍されていましたよね。


*ジャケット写真3 ビルエヴァンスのポートレートインジャズ
 天才ベーシスト、スコットラファロを迎えてのビルエヴァンストリオの初吹き込みのもの。ピアノのビルエヴァンスがまるで水を得た魚のように、喜々として演奏している。
 エヴァンス、スコットラファロ、ポールモチアン(ドラムス)の3人が絶妙にからみ合うインタープレーを聴いていると、ホント、ジャズにめぐり会えて良かったと思う。至福の時とはこのことを言うのでしょう。この3人の演奏が入っているレコードは、どれもみな宝物ですね。 Riverside 1959.12.28録音。
ビルエヴァンス・リバーサイト゜コンプリート盤
 2005.9.15、ビルエヴァンス没後25周年特別企画として、リバーサイド(発売元ビクターエンタテイメント)からコンプリート盤(CD12枚組)がリリースされました。エヴァンスファンにとって、こうしたグッドタイミングな企画はとてもうれしいですね。(2005.9.15追記 右写真)
 エヴァンスについては、後ほど「お気に入りアーティスト編」「モダンジャズにかけるわたくしの夢編」でまた取り上げることにしましょう。

*ジャケット写真4 アートペッパーミーツザリズムセクション
 アルトサックスのアートペッパーの自身の名盤「モダンアート」と並ぶ傑作アルバム。レッドガーランド(ピアノ)、ポールチェンバース(ベース)、フィリージョージョーンズ(ドラムス)といったマイルスデイビス・クインテットの当時の最強リズムセクションと一緒に、それこそ自由自在に吹きまくって、その天才ぶりを聴かせてくれる。わたくしの愛聴盤のひとつ。 Contemporary 1957.1.19録音


ジャズジャイアンツと同時代に生きるよろこび

レコードジャケット写真5

 音楽は、理屈じゃないよ、とは思うのですが、どういうわけかモダンジャズに関しては、そうとは言えない部分があります。
 当時バンド仲間とよく、新宿の木馬とか、ポニーとか、DIGなどのいわゆるジャズ喫茶へ通いました。みんなとてもむずかしい顔をして、アルテックとか、JBLのスピーカーから出るあの大きなドンシャリ音を、黙りこくって何時間も聴いたことが、なつかしく思い出されます。手と足でリズムをとりながら・・・。

 おしゃべりとか、コーヒーカップの音とか、新聞などのカサカサとする音を出しようものなら、それこそみんなの視線がいっせいにこちらに向き、にらまれたものです。すねかじりの学生身分にあって、とてもお小遣いでは買えない高価なレコードの名盤たるものを、ここでリクエストし、一杯のコーヒーで何時間もねばったのでした。

 そういう雰囲気の中で聴いたオーネットコールマンが吹くフリージャズ* などは、また格別に新鮮で何倍ものイマジネーションが湧いてきたものです。そして、ジャズ喫茶を出てから後の、酒を飲みながらの喧々諤々のジャズ論議が、これまたなんとも楽しかったのです。すべてがお勉強でしたね。なんでも貪欲に吸収していた時代でした。

 今、ジャズを聴いて半世紀になるのかと感慨もひとしおですが、何がうれしいかと言われれば、それは、偉大なジャズジャイアンツたちと、同時代(コンテンポラリー)に生きてきたと言うことでしょうね。同じ時間の、同じこの空気を吸ってきたことです。
 そして、ジャズの進化(まだまだ進化しつづけていますが)を目の当たりにしてきたことでしょう。まぁ、歴史の証人っていうのかな。

*当時は、ハードバップジャズ全盛の時代でしたが、忽然と彗星のごとくオーネットコールマン(1930.3.19 テキサス州フォートワース生れ。アルトサックス)が登場したのです。全盛を極めていたバップのルールを無視?した、当時としてはあまりにも奇抜で、奔放なジャズに(とにかく全体にキーが半音くらいずれていましたね)、誰もがどぎもを抜かれたのです。
 この時期、コード進行とか、コード分解によるアドリブはこうあるべきだと言った形式に呪縛され過ぎて、ある意味で行き詰まっていたのですね。そう、ジャズシーンは新たな方向性を求めていたのです。

 そして、この音楽をなにがなんでも理解しようとしていたのです。今のフリージャズに比べれば、オーソドックスでそんなに驚くものではなかったのですが。モダンジャズ界は、この刺激を受けて、マイルスデイビス、ジョンコルトレーンなどが中心となってジャズシーンは新たにモードジャズへと進化させ、新時代を築いていくことになります。第二の黄金時代に向けての幕開けでした。

*ジャケット写真5 クリフォードブラウンのスタディーインブラウン
 クリフォードブラウンは、夭折の天才トランペッターである(1930-1956)。少年時代からすでにメロディックな長いフレーズをすごいテクニックで吹きまくって天才ぶりを発揮していたらしい。
 ハードバップの黎明期、チャーリーパーカー*(アルトサックス)に認められ、アートブレイキーのバンドでも活躍した。このレコードはマックスローチ(ドラムス)と組んだ自分のクインテットでの好演で、いま聴いてもちっとも古さを感じない。
 エマーシーで出した彼のレコードはどれもみなすばらしいが、これも一聴に値する。正確無比でテクニック抜群のローチのドラムに、ハロルドランドのテナーサックス、リッチーパウエルのピアノ、ジョージモロウのベースが加わっている。 EmArcy 1955.2.23-25録音。  *チャーリーパーカー(1920-1955)は、バップスタイルの産みの親。
 クリフォードブラウンの出現は、後ほど「お気に入りアーティスト編」でくわしく触れますが、近年では、ウイントンマルサリスなどへ累々とつながっていくのです。

名ドラマーのマックスローチ、2007.8.15死去の訃報が流れてきましたね。寂しいことです。チャーリーパーカー、マイルスデイビスなどと共にモダンジャズを切開いてきた巨匠のひとり、83歳だそうです。因みに、上記のアルバムのほか数々の名演を残したブラウン=ローチ・クインテットが結成されたのは1954年3月。(2007.8.17追記)


ほんものの生のジャズに初めて出会う
 ・・・アートブレイキーとジャズメッセンジャーズ

  レコードジャケット写真6

 あのファンキージャズの大本、おなじみのアートブレイキーとジャズメッセンジャーズは、いったい何回日本に来ているのでしょう。
 数えに間違いがなければ24回だと思うのですが、なんと初来日した1961年1月、大学の大隈講堂? であこがれのアートブレイキーのドラミングを、ステージの袖にいて、それこそすぐ目の前で彼のテクニックのすべてを見逃すまいと、ジッと聴いていたのであります。

 本当に夢のような自分でも信じられないような出来事を体験したのです。
 ナイヤガラ瀑布と呼ばれる怒涛のようなロール奏法、そうかと思えばものすごく繊細なブラッシュワークのバッキングに驚嘆しながら。モーニンとか、ブルースマーチにしびれたのでした。

 このときのメンバーは、アートブレイキー(ドラムス)、リーモーガン(トランペット)、ウェインショーター(テナーサックス)、ボビーティモンズ(ピアノ)、ジミーメリット(ベース)の、あの黄金時代の豪華メンバーです。ビルヘンダーソンのヴォーカルが入っていましたね。

*ジャケット写真6 サンジェルマンのアートブレイキーとジャズメッセンジャース
 パリのクラブサンジェルマンで行われた、JMの歴史的なライブ。この公演でヨーロッパのファンキージャズブームに火がつき、このレコードを通じて世界中に広がったのです。
 わが日本でも1961年の初来日がきっかけで、老若男女がこのファンキージャズに沸いたものです。あのモーニンのイントロ♪を鼻歌まじり、口笛で吹いたのでありました。まさにこの日本にジャズの伝道師役を見事果たしたのです。
 このときは、テナーサックスは、ベニーゴルソンで、ほかのメンバーは初来日と同じ顔ぶれ。当時、わがバンドでも、クライマックスは必ずモーニンとか、ブルースマーチで会場を盛り上げたことをなつかしく思い出します。 RCA 3枚組 1958.12.21録音

 ジャズの刺激をたっぷりいただいたアートブレイキーとは、わたくしはこの後三回、日本での公演を聴く幸運にめぐまれました。
 1966年ころ、確か地元の長野市民会館?でだったと思うのですが、ドラマーの競演によるドラム合戦が妙に記憶に残っているのです。いま記録を探しているところです。日時、場所が分かれば、そのときのメンバー* も分かるのですが。ドラマーのケニークラークがいたような気もするのです。

1966年11月、三回目の開催となるドラムバトルで来日したアートブレイキー、トニーウイリアムス、エルビンジョーンズ、ケニークラークの四大ドラマーの競演のときだとすると、ウェインショーター(テナーサックス)、ジミーオーエンス(トランペッター)、マッコイタイナー(ピアノ)、ベンタッカー(ベース)も同行しており、聴いていることになる。
 ブレイキーをはじめ、他の来日アーティストたちのライブについても、もう少し思い出さないといけませんね。

 地元と言えば、1974.2.22 上田市民会館でもアートブレイキーとジャズメッセンジャーズの公演があり、聴きに行っています。
 このときのメンバーは、ブレイキー御大とオルダラ(トランペット)、カータージェファーソン(テナーサックス・ソプラノアートブレーキー日本公演パンフレットサックス)、セドリックロウソン(ピアノ)、スタッフォードジェームス(ベース)でしたが、ちよっとなじみが薄い感じでしたかね。実際、70年代のジャズシーンは電子楽器を多用したフュージョン一色になっていて、ブレイキーにとっては忍耐の時期だったような気がします。

 そして、1979.2.8 名古屋市の愛知文化講堂での公演です(左写真はそのときのプログラムです)。
 このときのメンバーは、ブレイキーとバレリーポノマレフ(トランペット)、ロバートワトソン(アルトサックス)、ディブシュニッター(テナーサックス)、ジェームスウィリアムス(ピアノ)、デニスアーウィン(ベース)で、やはりメンバーを刷新しての来日でしたね。

 ブレイキーは、昔から若い有能な新人を発掘して連れてくる名人です。このときはロシア生まれのポノマレフの印象がとても強烈で、三管編成になったのもとても良かったですね。昔はトロンボーンを入れた三管編成だったんです。
Art Blakey 3 Blind Mice
 個人的には、初来日のあと三管編成とした時期のブレイキーとJMが好きなんですが、「スリーブラインドマイス」(United Artist 1962年ライブ録音 右写真) は、おすすめ盤です。
 メンバーは、御大ブレイキーに、フレディハバード(トランペット)*、ウェインショーター(テナーサックス)、カーティスフラー(トロンボーン)、シダーウォルトン(ピアノ)、ジミーメリット(ベース)で、ファンキーとは一味違うショーター色のニューサウンドがとくに新鮮でしたね。

フレディハバード、2008.12.29 心臓発作で死去との残念な訃報が入りましたね。 1938.4.7 米インディアナ州インディアナポリス生まれ、享年70歳。 彼はブレイキー率いる上記メンバーと共に1963年1月に初来日、その翌年に、自身のクインテットを結成している。
 古くて懐かしい思い出となるが、彼が70年代にCTIメンバーとして来日した際、わたくしは幸運にも聴いている。(2008.12.31追記)


 アートブレイキーは80年代に入って、天才肌の新進トランペッター、ウイントンマルサリスを迎え入れて往年のあの強烈な4ビートジャズがまた復活して、元気なJMに戻っています。
 「キーストン3」(Concord Jazz 1982.1 Live録音 下写真) は、おすすめの1枚。ここにはうれしいことに、マルサリス兄弟が参加しているんですね。ウイントンマルサリスについては、後章「お気に入りのアーティスト」編でまたくわしく触れることにします。

KEYSTONE 3/ART BLAKEY 残念なことにアートブレイキーは、1990年に他界され、いつでも聴けると思って、そのチャンスがそれこそ何回もあったのに、もう少し行っておけば良かったと今もって悔いてる始末です。
 名ドラマーであったと言うこともありますが、わたくしにとってはおやじのような存在(感じ)で聴いてきただけに、とても寂しいものがあります。

 そう言えば、ジョンコルトレーンと一緒にやっていたドラマーのエルビンジョーンズ* が亡くなったと聞いたときも同じようなことを思いましたね。
 エルビンは神様みたいな本来ならばとても近寄りがたい偉大なドラマーなのですが、なんとなく親しみが持てました。後年、エルビンはケイコ奥様とご一緒に、なんとこの長野へ演奏に来てくれて、両手で握手してもらったときの感触(温かいぬくもり)を、今でも忘れられません(これでいつ死んでもいいと本気で思いましたね)。

 エルビンは日本がとても好きだったと聞いています。後章「ジョンコルトレーン編」の中でこの夢のようなお話も、またすることにいたしましょう。

*エルビンジョーンズ(1927-2004 ハンクジョーンズ、サドジョーンズの三兄弟の末っ子でジャズ一家ですよね)
 エルビンは、4ビートの2拍4拍目にアクセントをつける旧来のシンバルワーク(スティック捌き)を、8拍以上の複雑なリズムに分解した(ポリリズムと言う)先駆的なドラミングで、ジョンコルトレーンと一緒に組んでモードジャズ以降のジャズシーンを担った超偉大なるドラマーです。
 わが国のミュージシャンを積極的にメンバーに加えてもいますよね。現在に至る数多くのドラマーたちに今でも多大な影響を与えているのです。


ジャズの情報源となったSJ誌と油井正一さん

 当時、ジャズに関心を持ってからの情報源は、学生時代はもっぱらジャズ仲間であったり、新宿でのジャズ喫茶とか、ラ・セーヌなどでの飲み物付きの生演奏であったりしたのですが、社会人になってからは、地方にいたせいもありますが、なんと言っても月刊誌の「スイングジャーナル(SJ)」誌が、最新情報を知るのに、かかせない雑誌でしたね。

 SJ誌を見ては推奨のレコードを買ったり、ミュージシャンの動向など知るのに、大いに役立ったものです。そして、レコードのライナーノーツからもいろいろな知識を吸収しました。そのSJ誌も、残念なことに置き場に困ってほとんどを処分してしまいましたが、わけありで、数冊が手元に残りました。(下写真の右側3冊)

 それと、油井正一さん* のお書きになった二冊の著書のおかげで、わたくしは、ジャズの歴史の大まかな流れとアーティストたちを知ることができ、また、氏のすばらしい感性とジャズにかける情熱、そして、分かりやすい解説とその先見性などに、大いなる刺激を受けたのです。
 下写真の左端にある「ジャズの歴史、半世紀の内幕」(1957年6月初版発行、手元の本は1959年4月三版発行のものです。東京創元社刊。定価280円)と、さらに発展させた「ジャズの歴史物語 A HISTORY OF JAZZ」(1972年12月初版発行。スイングジャーナル社刊。定価1,200円)でした。

 これらの本は、今やジャズ関連書籍では貴重な古典の部類に入るのでしょうかね。油井正一さんの影響は、わたくしにとってはとても大きく、若かりし頃はジャズ評論家か、レコードのライナーノーツを書いてみたいなどという、おおそれた?夢なぞを見た時代もありました。
 実際、ふるさとに帰って社会人になってからですが、地元のNHK-FM(長野)で定例のジャズ番組のゲストとして何度か出させていただいた良き思い出もあるのです。

油井正一さん 1918-1998 ジャズ評論の草分けで、わたくしの中学生・高校生時代は、もっぱら氏が当時担当されておられたラジオの定例ジャズ番組(確かNHKだった)で、デキシーランドジャズ・スイングジャズなどを聴かせてもらっていました。
 軽やかで親しみのある氏の語り口は今もはっきりと耳に残っています。氏が生前に集められた資料は、現在は氏の母校である慶応大で大切に保管されているようです。
 先日、ネットを探索していましたら、北海道日高地方にある新冠町で運営するレ・コード館に氏所蔵のジャズレコード・コレクション8,500枚が寄贈されているという。機会があったらぜひ行って覗いてみたいですね。(本稿2005.5.3, 2006.4.4追記)



ジャズの歴史ジャズの歴史物語 SJ誌1966.6 SJ誌1966.11

SJ誌 1964.3月号 特集は、来日する四大ドラマーの聴きどころ・・・フィリージョージョーンズ、ロイヘインズ、シェリーマン、マックスローチとなっており、表紙はわが愛するシェリーマンと白木秀雄さん(ジャズドラマー 1933-1972)のお二人です。
 このころ日本のジャズミュージシャンもかなり聴いてはいましたが、わたくしが好きだったのは、日本のミュージシャンではこの白木秀雄さんと、海外で活躍していた秋吉敏子さんでした。白木さんのモダンジャズドラミングのセンスとレベルは、当時の日本では別格だったと思います。158頁 定価180円。
なんと、今も元気にご活躍中の秋吉敏子さんは、今年(2006)で音楽生活60年・渡米50周年になるという。(2006.9.1追記)

SJ誌 1966.6月号 マイルスデイビス特集となっており、新マイルスクインテット誕生から三年目が過ぎて、いよいよこれから新たなる変貌が予感されると言ったようなことを、児山紀芳さんが、たっぷりとお書きになってらっしゃいます。
 マイルスの誕生日の1926.5.26に合わせた特集なんでしょうかね。時期的には、ウェインショーター(テナーサックス)に、ハビーハンコック(ピアノ)、ロンカーター(ベース)、トニーウイリアムス(ドラムス)がサイドメンの、マイルスにとってはオリジナルクインテットと並ぶ黄金時代のときで、「ESP」(1965.1)「Miles Smiles」(1966.10)「Nefertiti」(1967.6-7)の名盤がリリースされたころですね。188頁 定価220円。

SJ誌 1966.11月号 第三回目となる日本でのドラム合戦、アートブレーキー、エルビンジョーンズ、トニーウイリアムスのスリージャイアンツによる競演特集。コンサートは、本誌が発行された後の1966.11.3-17に各地で開催された。
 表紙は、もちろんわたくしの好きなアートブレイキー御大。誌上ドラム合戦と題して、油井正一さん、岩浪洋三さん、いソノてルヲさん、児山紀芳さんが三人のドラマーについて大いに語っている。196頁 定価220円。
 このとき実はケニークラークも一緒に来日して競演したんですよね。最終号となったわがスイングジャーナル誌日本でのドラム合戦はたびたびあるのですが、前述したとおり、どうもこのときの公演をわたくしは聴いていると思うのですが・・・。
 寂しいことに、わたくしが憧れたこの4人の偉大なドラマーたちも、すべて鬼籍へ入られてしまいました。

寂しいといえば、「スイングジャーナル」誌が、平成22年6月19日発売の7月号をもって休刊することになったという。63年間という永きにわたって、戦後の日本のジャズ文化をけん引してきた本誌がなくなるなんて、とても信じられない出来事ですが、これも時代の流れでしょうか。ジャズは永遠なんですけどね。本当にご苦労さまでした。「ジャズ専門月刊誌スイングジャーナル休刊に思うこと」 (2010.5.18緊急追記)

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(U 進化するモダンジャズとともに 偉大なるジャズジャイアンツ・マイルスデイビス編 へつづく *筆者ハンドルネーム TOKUさん 1941年長野市生まれ 学生時代にモダンジャズに目覚め 現在に至る。 2005.3.15記 Copyright (C) 2005-2013 TOKU All Rights Reserved.)

渡米50周年を迎えた、長野での秋吉敏子さんの「ピアノソロ・コンサート」の模様、
 ハードバップ・ファンキージャズの源流を辿る・アートブレイキーとジャズメッセンジャーズを、別掲しましたので こちらもどうぞご覧になってください。


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