Another True History 7


 結局、わたしがエドとデイブのお祖父さんに会えたのは、それから1年もたってからだった。
 その年の夏休みはもう家に帰らなければならず、短いクリスマスと新年の休暇の時には、よそへ行くことを親が許してくれなかったからだ。
「ハーマイオニー・グレンジャーの両親がどうして子供をあんなにいつもウィーズリー家に行かせていたのか理解できないわ」
 母は冗談交じりに笑いながら言ったものだった。
「普通のパブリック・スクールに入れるのだって寂しいというのに、学校が普通じゃない上に、休みの日まで自分の入っていけない世界にばかり子供が入り浸って家に帰ってこないなんて」
 母は、わたしが魔法使いとして生きることに反対もしなければ愚痴を言ったこともなかったが、マグルの母の気持ちを思えば、あまり我がままは言えなかった。

 4年生になる前の夏休み、家で少し過ごした後、一旦エドとデイブの家に行き、そこから2人に連れられて、彼らのお祖父さんの家に行かせてもらった。
 その家の暖炉から這い出たわたしたちを、少し薄くなった頭髪の白い男性がにこやかに迎えてくれた。きっと、若いころはこの人も髪も真っ赤だったのだろうなと思った。
 お祖父さんの後ろからお祖母さんが顔を出した。お祖母さんと言ってしまうのが申し訳ないほど若々しい女性だった。彼女はまずエドとデイブを抱きしめてキスをし、それからわたしのことも、よく来てくれましたね、と言って同じようにキスをしてくれた。
 暖炉のある部屋にはソファとテーブルが並べてあり、わたしたちは言われるままにそこに落ち着いた。
 すぐにお祖母さんがお茶とパウンドケーキとクッキーを持ってきてくれて、テーブルに並べた。
「さあ、どうぞ。お口に合うかどうかわからないけど、遠慮なく召し上がってね」
 陽気な笑顔でそう言われて、わたしは喜んで良い匂いのするケーキを一切れ手に取った。
 双子は2人ともクッキーをつまんで一口で口の中に放り込んだ。
 次の瞬間。
 わたしの口はぴたりと閉じてしまった。咀嚼をやめたという意味ではない。唇が糊でも付けたみたいに貼り付いてしまって動かせない。
「「うげえっ!」」
 妙な声がして、驚いて隣の双子を見ると、2人の口からはなんと手が生えていた!
 喉から手が出そうにという慣用句はあるが、文字通り手が出ているのは見たことがない。思わず叫び声を上げようとしたが、あいにく口が開かないのでそれもできなかった。
 パニックを起こすわたしたち3人を尻目に、目の前のお祖父さんはどこからか取り出したストップウォッチとわたしたちを冷静に見比べている。
 もうそれだけで犯人は知れた。
 そういえばこの人は先代のW.W.W.の経営者だった……。
「30秒」
 お祖父さんのコールと共に、わたしの口は貼り付いた時と同様にいきなり自由になった。
「テッド! エディ!」
 2人はまだ口から手を生やしてもがいていた。手を引っ張って抜こうとするが、そうすると苦しいらしくてげーげーと変な音を出すばかりだ。
「あらあら、2人とも、お行儀が悪いからよ」
 しれっとしてお祖母さんが新たにトレーを持って現れた。トレーの上にはまた別のクッキーが2枚載った皿があった。
 お祖母さんはそのクッキーを1枚ずつ、双子の口から出ている手に載せた。手はそれを握ってしゅるしゅると口の中に消えていった。
 不気味だ……。
 双子は口をぱくぱくしたり、あーあーと声を出してみたり、お互いの口の中を覗き込んで確認したりした挙げ句、猛然と祖父母に抗議し始めた。
「ひどいよ、グランマまでグルになって!」
「僕たちだけならいいけど、お客さんがいるんだよ!」
「遊んでくれなくなったらどうするんだよ!」
「グランパ、もう引退したんでしょ!」
 しかしウィーズリー家の前当主はさすがに強者だった。
「人間死ぬまで好奇心と向上心をなくしてはいかんよ。それから、ウィーズリー家の男子たるもの、常に警戒心を怠ってもいかん。その子だってこんなことで怒っとりゃせん。なあ?」
「は、はい」
 同意を求められたわたしはそう言うしかなかったのだが、実際べつに怒ってなどいなかったし、こんなことでテッドとエディの友達をやめるつもりもない。ただ驚いただけだった。
「さあさあ、今度こそわたしが腕によりを掛けたケーキを召し上がれ」
 お祖母さんがにこにこと、またまた別のトレーを持って来てくださった。
 わたしたちは3人とも疑わしそうな目つきで山盛りにされたケーキを睨んでいたが、お祖父さんがそこからひょいと一切れ取って食べ始めたので、わたしたちもようやく警戒心を解いてケーキをいただいた。
 それは本当に、今まで食べたどんなパウンドケーキよりも美味しかった。

 ようやく落ち着いて、双子が改めてわたしの紹介をしてくれた。今日ここに来た理由も。
 お祖父さんとお祖母さんの反応が気になったが、お二人ともバカにしたりしないで真面目に聞いてくださった。
 話を最後まで聞くと、お祖母さんは、面白いことを考えるものねえと感心してくださったけれど、元がウィーズリー家の人間ではないので、わたしには何とも言えないわ、ということだった。
「うーん、わしもあいにくハリー・ポッターともフレッド・ウィーズリーとも面識がないしなあ」
 お祖父さんは顎をなでながらそう言った。
「でもさ、フレッドじいさんから直接でなくても、グランパのパパやおじいちゃんからは何か聞いてないの?」と、エドワード。
「そりゃあ、フレッドがあの場で本当は生きてたってことぐらいは知ってるともさ」
「当たり前じゃあないか。ほかには? 何か思い当たる節っていうだけでもいいよ」とデイヴィッド。
「うーん……」
 お祖父さんはしばらく考え込んでいたが、急に何か思いついた顔になって、顎から手を離した。
「そういえば、証拠があるかどうかはわからんけどな」
 わたしは身を乗り出した。
「シリウス・ブラックはルーマニアにいたんじゃなかったか?」
 聞かれてもわからない。
「ルーマニア? いつですか?」
「いつかなあ。たしかルーマニアでチャーリー・ウィーズリーのところにしばらく身を寄せておったという話を聞いたことがあるな。チャーリーはあの代の中では唯一純血の魔女と結婚したんだ。ただし、ルーマニア人のな。それで向こうにそのまま住み続けたから、あっちに子孫がおるよ。あっちに行けば何かわかるかもしらんが……」
 ルーマニア……。オランダとルーマニア。大人になったら行きたい場所が増えた。
 けれど、わたしが大人になるまでに、もしかしたら今生きていて何か知っている人が、いなくなってしまうかもしれない。今ある証拠が失われてしまうかもしれない。わたしは焦りを感じた。
「ああ、そうだ。ひょっとしてあの人なら何か知っとるかもしれんな」
 お祖父さんはまた何か思い出したようだ。
「「あの人って?」」
「ローズマリー・ポッターだよ。お前達も小さい頃一度遊びに行ったことがあるだろう」
と、これは双子に向かって言った。
「この人はわしよりだいぶん年上なんだが、長生きでな。まあ、魔法使いには時々おる。そしてハリー・ポッターその人のひ孫に当たるんだ」
 ハリー・ポッターのひ孫。ということはもしかして? 期待に胸が高鳴る。
「ハリーが生きているうちに話ぐらいしたことはあるはずだ。といっても彼女も小さい頃だろうからどれだけ記憶があるかわからんが。生涯独身を守った、ちょっと変わり者でな。もし会いに行くなら連絡しておいてやるよ」
 嘘みたいに幸運な展開だった。    





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