注:文章も双子もだらだらしてます。



 
Biorhythm  

「なんでジョージが気をつけててくれないんだ」
 フレッドが不満げに鼻を鳴らした。
「何言ってんだ。フレッドの不注意だろう」
ジョージが気だるそうに言い返した。
「おまえが咳をしたのが俺より30分は早かった」
とフレッドは不機嫌な口調で主張した。
「その10分前にはおまえがくしゃみをしたんだ」
ジョージも怒ったように言い募った。
 が、そこで二人とも不毛な言い争いのために体力を消耗する余裕のないことに気づき、半分ほど持ち上げかけた頭をぽふりと枕に沈めた。
 その日の朝目ざめたとき、フレッドもジョージも「起きたくない」と思ったのだった。元々二人とも寝起きのいいほうではないが、親元を離れて独立してからはちゃんと自力で朝起きていたのだ。単に眠いとか、毛布の温もりから離れがたいとか、そういった問題ではない。明らかに体調の不良を感じた。熱がある。頭が痛い。全身がだるい。
 昨夜のうちに二人とも風邪気味だという自覚症状があったため、シャワーも浴びずに温かくして早めにベッドに入ったのだが、朝になったらこの体たらくだったわけだ。自分の体調が最悪だと認識すると、なんとか相方だけでも動けないかとかすかな期待を持って隣のベッドを見やったのだが、目が合って相手の顔色を見た途端、互いに絶望してよけいに脱力した。空元気だけでも出そうと思って責任転嫁をしてみただけで、無論本気ではない。
 さしあたりなんとかしなければならないのは店のことだった。なんとかといっても二人ともがこの状態では休むしかないのだが、休むにしても社会人としての責務は果たさねばならない。
 どちらが、と決めるのも面倒で、こういうときは公平に二人とも起き上がるしかない。のろのろと這うように暖炉の前まで行き、フルーパウダーをばさりと暖炉に放り込んでベリティに連絡を入れ、店の外に臨時休業の張り紙をしておいてくれるように頼んだ。(頭痛のするときにはあまり便利な連絡方法でないことに二人は気づいた)
 それから今度は自分たちの風邪をなんとかしなければという段になったわけだが、このアパートに風邪薬など常備していないことは思い出すまでもないことだったので、二人はしばし暖炉の前に無言で座り込んでいた。
 皮肉なもので、人間本当に具合の悪い時というのはなかなか医者に行きづらいものだ。何しろ医者へ行くだけの力がないのだから。当然薬を買いに行く気力も体力もない。今までは二人相談して力を合わせれば大概のことは何とかなってきたものだが、今回ばかりはどうしようもない。ゼロにゼロを足しても掛けてもゼロはゼロだった。
「寝るか」
ようやくフレッドが口にした一言がこれだった。
「それしかないな」
しょうがないので二人ともタオルに魔法をかけて冷やして、それを額に乗せてベッドに潜り込み、すぐにぐっすり眠り込んだ。

 昼過ぎ、やはり二人同時にぼんやりと目を覚ました。まだ頭痛と倦怠感は残っているが、朝と比べると熱はかなり下がったような気がする。
 そして幸か不幸か二人とも胃腸は無事だったようで、今度は少々の空腹を感じていた。(いや、やはりこれは幸いだったと言うべきだろう。もし二人して腹を下していたりしたら、トイレの奪い合いで地獄を見ていたに違いない)。それで二人はのろのろと起き上がり、台所まで来た。まだまだ家事に不慣れな若い男二人、しかもずっと仕事に忙しい毎日とくれば、ろくに食料の買い置きなどないことも、実は思い出すまでもないことだったのだが、何か自分たちでも忘れていた缶詰や菓子でもないかとごそごそと探してみた。
 しかし無理矢理棚や冷蔵庫の中を覗き込んでみても、10分もたたないうちに台所中を探し尽くしてしまった。とりあえず朝食用だったパン2きれとチーズ少々はあった。これでは少々心もとないような気はしたが、外に出掛けるには体力気力が心もとない。
「……ココアでも入れるか」
「そうだな。あったまるし」
 さすがにいつもどおりの食欲があるわけでもないので、二人はそれで我慢することにした。
 トーストを食べ終わり、熱いココアをすすっていると、フレッドが
「つまらない……」
とぽそりとつぶやいた。
 確かにこの状況は面白くはないが、かといってつまらないと言うのもまた違うのではないか、とジョージは思ったが、突っ込む気力もなく黙っていた。
「どうも昔からおまえとはバイオリズムが同じだとは思っていたんだ。ジョージが風邪なんか引かなきゃ俺も引かずに済んだのに……」
今朝の続きなのかただの愚痴なのか知らないが、熱と頭痛で頭の中身も動いてないな、こいつは、とジョージは思った。
「おまえな、それは75%間違ってるぞ」
「なんだ、その中途半端な数字は」
「同時に風邪を引いたのはバイオリズムのせいじゃない。同じ部屋で同じ空気吸って同じ物食って同じパターンで生活してれば風邪が伝染るのは当然だ。その時点で半分間違ってる」
「あとの25%は?」
「俺が風邪引いたからおまえも引いたんじゃない。フレッドが先に風邪引いたんだ」
なんの確証もないが、なんとなくむかついたのでジョージはそう断言してやった。
 怒るかと思ったフレッドは、がっかりしたような顔をした。
「おまえって、案外現実主義なんだな」
フレッドはただこの閉塞状況に耐え難くなって遊び心で言っただけだったので、ジョージが適当に調子を合わせてくれれば満足だったのだが。
「それも違うね。俺は現実逃避をしたいだけだよ」
 なんだか矛盾するようなジョージの言葉にフレッドは首をかしげた。
「せめておまえだけでも先にすっきり治ってくれればいいのに、バイオリズムとか言い出したらもう絶望じゃないか……」
 どんよりした重い空気が二人の上に垂れ込めた……。
「ともかくも、半日寝たら朝よりは良くなった。今は外に出る元気もないし、もうちょっと寝とこう。もう一寝入りしたら今よりましになってるだろ」
 フレッドの提案はいささか楽観的に過ぎるように思えたが、起きて動き回ったため疲労を感じていたこともあり、ジョージに異論はなかった。


 次にフレッドが目を覚ましたときには、もうすっかり夜になっていた。体調はあまり変わっていないようだった。やはりいくら若くて体力があるとはいえ、睡眠だけで風邪を治すのは無理なようだった。しかもなお悪いことに、目が覚めた途端、腹の虫が遠慮のない音で鳴いた。もしかしたら空腹すぎて目が覚めたのかもしれないとフレッドは思った。しかし今度こそ食べ物が何もないことははっきりしている。さりとて外に買い物なり外食なりに出るには体がだるい。横になっているのに目が回る。いや、これはもはや風邪のせいではなく、栄養失調なのではなかろうか。動かなければこの状況を脱却できないが、動く体力がない。フレッドが無限ループに陥りそうになったとき、隣のベッドから
「フレッド……」
と、ジョージのか細い声がした。
 フレッドは驚いてがばっと跳ね起きた。
「どうした!?」
「腹へった……」
 フレッドは目眩がして、せっかく起こした上体を再びパタリと倒した。腹が立ったのか安心したのか分からない。
「俺に体力があったら枕投げつけてるとこだぞ」
「言ってみただけじゃないか」
 ジョージもべつに期待していたわけじゃないが、いや、ほんのわずか最後の希望は持ってみたのだが。バイオリズムなんかずれててくれればいいと。
 店に降りれば何某か口に入れられる物はあることはある。だがそんなものを食べたら余計体力を消耗するだけだ。それを食べなければ餓死する、という極限でなければ食べたいものではない。そんなものを売ってる自分たちもどうなんだと思いつつ、
「ああ、俺は今日ほど双子であることが不便だと思ったことはないぞ」
 ジョージはゆっくりと起き上がりながら言った。不便とか便利とかいう次元の問題じゃないんだろう、双子ってことは、とフレッドは思ったが、空きっ腹にこたえそうで突っ込みもしなかった。
「駄目だ、限界だ。こうなったら外へ出る以外に俺たちの生き延びる術はない」
ジョージに言われてフレッドも再び起き上がった。
「分かってる。できるだけあったかい格好をしていこう」
 二人が気力体力を振り絞って着替えを始めようとしたそのときだった。玄関のノッカーが鳴った。誰だ? こんな時間に。二人は思わず顔を見合わせた。誰か訪問する予定もなかったし、不意の来客を迎える余裕などあるわけない。無言のうちに無視を決め込もうとアイコンタクトを取った瞬間、今度は伝声管から声がした。
「僕だ、ビルだよ。二人ともどうかしたのか?」
 フレッドとジョージはその声を聞くと、風邪も空腹も忘れ、もつれ合うようにして玄関にダッシュした。
「あ……」
「あ……」
「「兄上様っ!!」」
 勢いよくドアが開いたと思うとパジャマ姿の弟二人に両側から文字通りすがりつかれ、ビルは目を白黒させた。(まあ黒ではなくて青なのだが)


「おふくろがあんまり心配するから仕事帰りに見に寄ってやったら、臨時休業の張り紙があるから何事かと思ったじゃないか。まったく、おまえら二人そろって一言家に連絡を入れるという頭が働かなかったのか?」
 ビルに食べ物と薬を買ってきてもらい、サンドイッチと温かいスープをがっついてやっと人心地ついた双子を、ビルはあきれて眺めた。
「だって、大の大人が風邪ぐらいで実家に泣きつくなんてかっこ悪いじゃないか」
フレッドがぼそぼそと答えた。
「兄上様に泣きつくのもそうとうかっこ悪いと思うぞ」
「それに、今までの経過が経過だからさ」
ジョージもきまり悪そうに言った。
 なんだ、一応気にしてたのかと、ビルはふっとおかしくなった。
「本当に大人のつもりだったらな……」
ビルは双子の顔を代わる代わる覗き込んで言った。
「自己過信せず万一に備えて風邪薬ぐらい常備しとけ。大体おまえたちガキの頃から風邪引くときはいつも一緒だっただろう」
 穏やかな口調ながら頭の上がらない長兄にとくと説諭され、フレッドとジョージは神妙にうなだれた。


 ビルを送り出すと、二人は早々にベッドに戻った。ほとんど一日中寝ていたのにまだあくびが出るのが不思議だが、薬も飲んだし、明日には全快しているに違いない。きっと自分の片割れも全快しているのだろう。だから、自分が具合の悪いときには頼りにならないし、相手の具合の悪いときには自分も役に立たない。確かに「つまらない」し「不便」だ。そんなことを思いながら、本人たちもそれと知らずに、同時に眠りについたのだった。  




双子を中心に据えるとどうしても二人の違いを意識して書き分けてしまいます。
二人が「違う」ことではなく、たまにはぴったりシンクロしている双子を書きたくてこんなものを書いてしまいました。キショウテンケツ? 何ソレ(笑)。
二次創作ネタ王道の風邪ネタ(笑)。本館も入れるとサイト開設ン年にして初めてやってしまった(笑)。
ベリティ初登場。ついでにベリティに薬買ってきてもらえば良かったんじゃないかという突っ込みはなしよ。分かってて書いてるんですから(笑)。仕事とプライベートはちゃんと区別してもらわないとね(にやり)。




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