双子の生まれた日(笑)  

  モリーは大きなおなかを両手で下から支えるようにして、よく晴れた庭へ出てきた。風はまだほんの少し頬に涼しかったが、それが心地良いくらいに暖かい季節になっていた。
 山盛りの洗濯物の入った籠を、はーっと息をついてビルが下ろした。元々よくお手伝いをしてくれる頼りになるお兄ちゃんだったが、このところ特に気を遣って、ほとんど1日中モリーのそばにいて、頼まなくても自分から気を利かせてあれこれしてくれる。もしかしたらそれを口実にして、母親のそばにいたいというのもあるのかもしれない。赤ちゃんが生まれると、どうしてもしばらくはほとんどの時間が赤ちゃんに取られてしまうことをよく知っているはずなのだから。
 もちろん、母親を気遣っているのも本当だ。お産には慣れてきたモリーだが、今回はちょっとばかり事情が違う。おなかの中にいるのはどうやら双子らしい。今までの倍、とまではいかないが、それでも明らかに経験のない大きさと重さに、さすがのモリーも少々ばて気味だったし、万一早産してはいけないと、これまで以上にアーサーもモリーの体をいたわってきた。もしかしたら2人のうちどちらか1人ぐらい女の子かもしれない……そんな期待も込めて。
 前屈みになるのが苦しいので、洗濯物をビルに取ってもらい、それをモリーが干していく。ビルはそれさえも、モリーがバランスを崩して転ぶのではないかと心配するのだが、あいにくビルではまだ少し背が足りない。2人力を合わせて家の仕事をしているそんな心温まる光景の中に、つんざくような鳴き声が響き渡った。
 続いて、「ママ〜」という情けない幼い声が追いかけてきた。
「もうパースと遊ぶのやだよ〜。泣いてばっかなんだもん」
そう言うチャーリーのほうも半泣き顔だ。弟の面倒を見る、というにはまだ無理な年齢だ。
「おまえだってそうだったくせに」
ビルがにやにやしながらからかった。そんなチャーリーに自分も手を焼いていたことは、都合良く記憶の隅に追いやる。
 モリーは両手を腰に当てて溜息をついた。
「しょうがないわね。これを片付けたらケーキを焼いてあげるから、もう少しパーシーを見ててね」
チャーリーの泣きべそ顔が露骨にぱっと満面の笑顔に変わった。
「ほんとに? 何のケーキ?」
ビルも嬉しそうに洗濯物を差し出しながら聞いてきた。そんな子供たちの様子に、モリーも思わず笑みがこぼれる。
「そうねえ。この前おば様にウィッチバリーのチョコレートをたくさんいただいたから、久しぶりにチョコケーキにしましょうか」
「わーい!」
 チャーリーもビルもモリーの両手にぶらさがるように抱き付いて喜んだ、その瞬間。
「!」
モリーが痛そうに顔をしかめた。
「どうしたの? ママ」
ビルが目ざとく気づいて心配そうに聞いた。 「何でもないわ。おなかの中の双子ちゃんが蹴飛ばしたのよ」
「乱暴だなあ」
口をとがらすチャーリーに
「おまえの蹴り方も乱暴だったぞ」
とまたビルがからかった。
 そんな息子たちを見ながら、モリーは腹をさすった。
 予定日はまだ先だけど、この張り方は……双子だから窮屈で早く出たがっているのかもしれないわ……。
 モリーは今までの経験から来る勘で、今日中にも陣痛が始まると察知し、早めにケーキを作ってしまわなくてはと考えた。

 ゆっくりと慎重に洗濯物を干し終え、掃除を終えるともう昼食の時間だった。甘えるパーシーを抱っこしながら簡単に食事を済ますと、片付けは魔法に任せてケーキ作りにとりかかった。
 板チョコをふんだんに使って湯煎する。小麦粉、砂糖。バターは柔らかくして……。
「あ、イタタタ……」
材料を準備している段階で、予想より早く痛みが来て、モリーはさすがにおなかを押さえて椅子に座り込んだ。
「ママ?」
子供たちが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。あのね、双子ちゃんたちがもうそろそろ生まれたいって」
幼いチャーリーとパーシーを不安がらせないようにモリーはそう言ったが、ビルはもう分かっているので
「えー、大変! 僕、パパにふくろう便出すね。すぐ帰ってきてって」
と、慌ててキッチンを飛び出していった。
 陣痛といってもまだ弱く、短いものだったので、ビルが出ていくとすぐ痛みはなくなって、モリーはまたケーキにとりかかった。
 バニラも入れようかしら。卵を泡立てて……。そのうちまた痛みを感じたが、手を止めて休み休みケーキ作りを続けた。赤ちゃんが生まれたらしばらく上の子供たちのことを十分に世話できないから、余計に今作っておいてあげたい。そんな思いはもちろんのことながら、チョコも溶かしてしまったし、途中でやめるのがどうにも嫌なのだ。
 休み休み材料を混ぜ合わせているところへ、誰かが玄関のドアをノックする音がした。すぐにビルが駆けだした。
 ドアを開けると、
「ハイ、ビル、いつも可愛いわね。モリーの調子はどう?」
モリーの従姉妹の1人のディナだった。
「赤ちゃん、生まれそうだって。でも今ケーキ作ってる」
「はぁ!?」
 ディナが慌ててキッチンへ入っていくと、モリーが顔をしかめながら型にバターを塗っていた。
「モリー! 何やってるの!?」
「あら、ディナ、来てくれたの」
「あら、じゃなくて……」
「子供たちに、チョコレートケーキ作ってあげるって約束しちゃったから」
「何言ってるの。今ビルに聞いたけど、陣痛始まってるんでしょ?」
「ええ……でもまだ不規則だし……」
「だからってケーキ作ってる場合じゃないでしょうーー!!」
 ディナに型を取り上げられ、モリーは無理矢理寝室に連れていかれた。せっかく湯煎したチョコが固まっちゃうと最後まで抵抗しながら。

 それから数時間後、無事双子が出産された。アーサーと一族の淡い願いも届かず、二人ともいかにも元気な男の子だった。


 数日後、ディナが双子誕生のお祝いを持って再びウィーズリー家を訪ねてきた。
「双子ちゃんたちにはおそろいのよだれかけとおむつカバーをね。それからこれはあなたによ、モリー」
差し出された箱を開けたモリーは思わず噴き出した。そこには美味しそうなチョコレートケーキが入っていた。
 ディナが切り分けてくれたケーキを、モリーはありがたく頂戴した。
「そっくりどころか同じ顔ね。可愛いわねえ」
 ディナはベビーベッドの中ですやすや眠っている2人の赤ん坊を覗き込んだ。ディナは双子が生まれた日にも同じことを言ったのだが、モリーは微笑んだだけで何も言わなかった。
「どっちがどっちか区別がつくの?」
 ディナが振り返って聞いた。
「もちろんよ。だってわたしは母親ですもの」
モリーは自信満々にそう答えた。それからベッドを下りてディナの隣に来ると、双子の布団をめくってみせた。
 双子の赤ちゃんの足首には、それぞれ赤と青のリボンが結ばれていて、赤にはジョージ、青にはフレッドという名前が書かれていた。
 ディナは目を丸くしてそれを見て、次にモリーの顔を見て笑った。モリーもディナを見て、いたずらそうに笑った。
「で、どっちが先に出てきたほう?」
「それがね、名前を付けたときにはもうわからなくなっちゃってたのよ」
 モリーは困ったような顔でそう答えた。けれどもディナは、それはモリーの嘘ではないかと思った。というのは、その後モリーがこう付け加えたからだった。
「でも、どっちがお兄ちゃんでどっちが弟なんて決めたくないのよ。二人ともわたしのおなかの中にいるときから確かにこの世に存在していた。そして二人が存在するようになったのは、本当に同時なんだもの」


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