リー・ジョーダン回想録−敗北編−



 俺は大体ウィーズリーの双子にはかなわないなと思いながらも面白可笑しくあいつらと付き合っていたが、一度だけ、出し抜いた、と思ったことがあった。べつにそんなこと意識したわけじゃなくて、たまたまそうなっただけだけど。
 それはなんと、クィディッチに関することだ。
 俺もご多分に漏れず、クィディッチ大好き人間だ。だから学校でクィディッチの試合を見ることは入学前からの楽しみだったし、実際大興奮した。
 だけど、一つだけ不満があった。
 実況が面白くない! 
 そりゃあ、実況解説は中立公正正確を旨とすべしというのは分からなくはない。だけど、クィディッチはただのスポーツじゃない。エンターテイメントなんだ。学校の一大イベントなんだ。目の前のゲームを正確無比に伝えたからってなんだっていうんだ。そんなもん見てりゃ分かるだろ。
 そこで俺はスタンドで勝手に自分なりの実況中継を始めた。一緒にいたフレッドとジョージが面白がってはやし立てるもんだから周りも注目する。それで余計に俺も調子に乗ってしまった。そのうち俺たちの周囲の生徒たちは、本物の実況なんか聞かずに俺の偏見と冗談に満ちた実況にやんやの喝采を送った。
 その評判が広がって、俺は1年の終わりごろにはスタンドの中でも特別の場所にある実況席に座ることとあいなった。
 もっともそこは一般の観客席ほど自由ではなかった。隣にマクゴナガルがいたからな。それでもそこは当然ゲーム全体を見渡すには絶好の位置だし、その席に座ることができたことには優越感を感じた。そして自分の声で、言葉で、思い入れたっぷりにゲームを全スタジアムに伝えることができるのはたまらない快感だった。
 なんといっても、そのとき双子のウィーズリーは一般観客席のその他大勢の中にいたのだから。今度は俺が一歩先んじた。もっとも当の双子のほうは全く意に介していないようだったが。
 しかしその一歩リードも数か月の命だった。
 2年生になるとすぐ、あいつらはチームのトライアウトを受け、あっさり選抜されちまったからだ。
 その日、俺がまだ朝食のトーストを飲み込み終わらないうちに、二人は同時に立ち上がった。
「じゃ、ちょいと行ってくるか」
フレッドが言った。
「ど、どこに?」
俺は二人がトライアウトを受けることを当日まで聞いていなかった。
「クィディッチのテスト、今日だぞ?」
ジョージは逆に不思議そうな顔で俺を見た。
「知ってるけどさ」
 考えてみれば二人がトライアウトを受けることは当然予測してしかるべきだった。あいつらの飛びっぷりは見ていたし、二人の兄貴には伝説のシーカー、チャーリーがいる。血は争えないってやつだと思っていた(パーシーはこの際脇へ置いといて)。ただ、それはまだ先のことのようにどこかで勝手に思っていたんだ。
「で、ポジションはどこ狙ってるんだ?」
何気なく聞いたふうを装って、内心いらぬおせっかいで心配をしていた。二人ともシーカー狙いだったら、どちらか落ちてどちらか受かったら気の毒だと思ったんだ。
 すでに数歩行きかけていた二人は、同時に振り返ってにっと笑って答えた。
「「ビーター!」」
その瞬間、俺は二人の合格を確信した。
 当時、グリフィンドールのチームが弱体化してたっていう理由もある。キャプテンに選ばれていたのはそのときまだ4年生だったオリバー・ウッドだ。4年生がキャプテンになるぐらい、つまりはそれほど人材不足だったわけだ。チャーリーのいたときのチームが強すぎて、後進が育たなかったんだな、きっと。
 それに、あの二人には何よりあの二人だという強みがある。あれ以上のコンビは絶対存在しない。多少の技術は練習で上達するだろうが、二人が一緒にプレーするときのコンビネーションは、ほかにどうやっても培えるものではないだろう。しかもあの攻撃的性格はビーターにはぴったりだ。
 いずれにしろ、当時あいつら以上のビーター候補はいなかった。俺は今後の参考のためという名目で後からテストを見物に行ってこの目で見てきたから間違いない。クィディッチに関しては妥協を知らないウッドが後に「双子のウィーズリーにはブラッジャーもかなわない」と評した実力を俺も感じて、当然だと思ったり、親友として誇らしく思ったり、ああ、これであいつらはピッチの中の存在になり、俺は外にまた1人置いていかれるのだと、少々複雑な感情もあったことは正直に認めよう。 


 双子は明らかに勉強よりクィディッチの練習のときのほうが真面目で楽しそうで生き生きしていた。あの双子が文句も言わずに黙々と……と言うと嘘になるが、とにかくクィディッチをやってるときだけは悪戯をしようとはしなかった。
 学校の勉強や様々な規則を含めた学生生活ということに関して他の生徒たちとはちょっとばかり違った見方をしていた二人だが、クィディッチについては他の男子生徒たちと同様に熱くなり、真正面から向き合ってるという気がした。
 それだけあいつらにとって大切なものであったはずだった……。


 ウッド新キャプテン率いるグリフィンドールチームの初陣の相手は、何が何でも負けたくない相手、スリザリンだった。
 初陣前夜、いつもと変わらず騒がしいグリフィンドール寮の談話室で、俺は両チームの選手の名前とポジションを確認したり、頭の中であれこれとシミュレーションをしたりして、どんな展開になっても即応できるように、俺なりにトレーニングしていた。親友の双子が選手としてデビューし、俺が実況する。なんて青春っぽいんだ!
 俺は、二人が華々しい活躍をしてくれることを願った。思いっきり個人的感情を込めて実況してやろうと思っていた。そして、ぜひとも勝ってほしいと、それは願うというより夢想していたと言ってもいい。実際、あの双子が負けてうちひしがれる姿などどうやっても思い浮かべられなかった。
 当の双子はというと、特に緊張した様子もなく、いつもどおりに騒いでいた。いや、いつもより少々うるさかったかもしれない。緊張というより興奮しているようだった。
 アンジェリーナはさすがに緊張を隠しきれないようだったが、だれより青ざめていたのはやはりウッドだった。頭のてっぺんから足の先までクィディッチしか詰まってないような後の不動のキーパーも、このときまだ4年生。さぞ重圧だったことだろう。
 双子はむしろそんなウッドの気分を明るくさせようとはしゃいでいるようだったが、親友としてのひいき目に見ても、あまり成功はしていなかったようだ。


 そしてスリザリン戦当日。
 言い訳も解説もあらゆる修飾語もさっぱりきっぱり省いて結果から言おう。
 グリフィンドールは負けた。スリザリンに。
 選手個々の実力に、大きな差があったとは思えない。寮によって、そのときのチームに前年からの選手が多く残っている場合もあるし、ほとんど新学期になってから新しく作られたチームである場合もある。そのタイミングによっても勝敗の行方は左右される。それを思えばウッドはよくやったと思う。
 双子もよくやった。少なくとも2度スリザリンのシーカーがスニッチを取るのを阻み、3度グリフィンドールのシーカーをブラッジャーから守り、4度スリザリンのチェイサーのゴールを阻み、5度グリフィンドールのチェイサーを守った。
 だが、とにかくどちらかのシーカーがスニッチをつかまなければ終わらない。グリフィンドールのシーカーも調子がいいとは言えなかったが、それはスリザリンのほうもたいした違いはなかったと思う。
 どっちのシーカーもぐずぐずしているからゲームは長引き、得点も抜きつ抜かれつで点差が開かない。
 そして俺はと言えば、せっかくの親友の初陣だというのに、やっと双子を見分けられるようになったことなどゲーム中には何の役にも立たず、ともすればこの二人の友人の活躍と、そしてかのアンジェリーナの美しくも勇敢な姿に目を奪われがちで、途中からは試合展開にいらいらしてくるし、今までで最低の実況だった。
 そんなゲームが2時間以上も続いた末、負けたのだ。


 敗戦後の寮の談話室は、さすがに静かだった。俺はどんな顔で双子を迎え、何と声をかけたらいいのか考えあぐねていた。
 ゲーム後、おそらくは長い長いミーティングを終え、シャワーを浴びて戻ってきたチームのメンバーを、それでもみんなは温かく迎えた。特に4年生たちは、すぐ部屋に引きこもろうとしていたウッドを捕まえ、無理矢理談話室に留めて残念会を始めた。それにさっさと便乗したのが双子だった。
 もちろん、悔しかったに違いない。談話室に入ってきたとき、ひどく不機嫌な顔をしていたからな(それかウッドの長いミーティングが気に入らなかったかどちらかだ)。
 だけど、そのままでいられないところがこの二人なのだろう。いつもの半分以下という静けさだった談話室をさっさと盛り上げにかかった。俺は意を決して二人に声をかけた。
「残念だったな。俺も今回は落第点の出来だったよ」
「そうか。じゃ、お互い次回リベンジだな」
 フレッドが笑ってそう言って、俺は内心ほっとした。
 そして談話室はいつもと変わりないにぎやかさを取り戻していった。
 俺はこのときとばかりアンジェリーナを慰めようとその姿を探したが、彼女はウッドと同じぐらい責任を感じて隅っこに引っ込んでいたシーカーを励ましていた。
「スリザリンがスニッチを取っても仕方ないぐらいあたしたちが点差をつけておけばよかったのよ。そんなに1人で責任をしょいこみたいなら、次の試合、1人で出たらいいわ。でもそういうものじゃないでしょ? クィディッチって」
 おお、さすがアンジェリーナ。いいことを言う。しかしここはせっかくだから、アンジェリーナにはもうちょっと大人しく落ち込んでいてほしかった。うつむいて涙の一つもこぼす彼女の背にそっと手を回し、などという俺の妄想は虚しく潰え、いつもどおりに騒がしい夜は更けていった。


 深夜、なぜか俺はふと目が覚めた。何か気配を感じて目が覚めたのか、それとも興奮していたので目が覚めて、それから何か違和感を感じたのか判然としない。
 起き上がって数秒ぼーっと部屋の中を見つめて、ようやく気がついた。フレッドとジョージのベッドのカーテンが開けられ、二人ともそこにいなかった。
 またどこかで悪さをしている、とはさすがにこのときは思えなかった。なんとなく心配になって俺は足音を忍ばせてとりあえず下へ降りていった。
 階段を降りて談話室へ入ろうとして、俺は慌てて階段に身を隠した。それからまたそっと、顔を半分出して覗き込んだ。
 談話室に小さな灯りが一つともっていた。暖炉の前のソファに、フレッドとジョージが膝を抱えうずくまるような格好で座っていた。二人のその肩がいつもよりひどく小さく見えて、俺はそこから出ていくことも、声をかけることもできなかった。
 二人の話し声はほとんど聞き取れなかったが、それでもその日の(いや、日付はすでに変わっていたから前日か)のゲームについて話し合っていることは分かった。何もしてやれないのなら盗み聞きなんかせずにさっさと部屋に戻ればいいのに、なぜかそのまま動けなくなってしまった。
 やがて、ジョージが絞り出すように言った一言がはっきりと聞こえた。
「負けたんだ。俺たちは……」
 フレッドは何も答えず、きつく唇をかみしめていた。
 そう、それは怖いもの知らずのウィーズリーの双子にとって、生まれて初めての苦い敗北だったのだ。


   俺はベッドに戻っても寝付くことができず、双子がこっそり戻ってきた気配を、シーツにくるまって身を固くして伺っていた。
 やがて二人それぞれのベッドから寝息が聞こえてきても、俺はまだ目を開けたまま、寝返りをうつこともできず、丸くなっていた。


 どう頑張ったって自分たちの思い通りにならないことも世の中にはあると思い知って、さすがにあの双子もその後少しは謙虚になるということを学んだ、などということは一切なかったと俺は断言しよう。
 けれど、思い通りにならないことで、よけいにあの二人がクィディッチにのめり込んでいったような気はする。
 学校という枠が、おそらくは窮屈だったはずのフレッドとジョージ。彼らの学生生活を生気あるものとした悪戯とクィディッチ。その一方であるクィディッチが奪われたとき、俺たちより一足先に大人になっていたあいつらが学校を去ったのは、当然の成り行きだったのかもしれない……。 









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