(この物語はフィクションであり、実在する人物・団体とは関係ありません。多分。)
これは昨年お友達のHちゃんのお誕生日にプレゼントしたものです。
最近まともに更新してないのでちょっとこれでお茶を濁そうかと(笑)。
すみませ〜ん。
「東洋の魔女」
「「「なんでだああぁぁ〜〜〜!!!」」」 ある晩秋の夕方、W.W.W.店内に2人の青年の声と1人の女性の声が響き渡った。 フレッドはフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に走り、ジョージは店の階上に駆け上ってそこにある本を片っ端からひっくり返し始めた。 そしてもう一つの声の主は……しかし店内に女性の姿はない。 「ちょっとっ! 二人して消えるんじゃないわよ! 戻ってらっしゃいってば!」 そう怒鳴った女性は、壁に掛かったさほど大きくもない絵画の中にいた。 ことの起こりは、店の常連客の婦人と世間話をしているついでに、その女性の誕生日がたまたま判明し、しかもそれがほんの2週間先だと分かったせいだった。 その常連客というのは、大きな瞳をいつも好奇心に輝かせた明るい東洋系の女性だった。こげ茶色の、少し天然のウェーブのかかった柔らかな髪がふわふわと肩に広がって、彼女の太陽のような笑顔をふちどっていた。年齢は不詳だが、明らかに自分たちより年上の魔女に年を聞くほど双子も命知らず、もとい、礼儀知らずではない。 W.W.W.の客層はほとんどが子供や学生たちだ。大人が来ることがあっても、それはパーティーに使うとか何か特定の目的がある場合が大半であって、この魔女のように本気で悪戯グッズに興味を示す妙齢の女性というのは珍しい。しかもお小遣いのクヌートやシックル硬貨数枚を握りしめた子供たちよりはるかに上得意である。自分たちの所業に眉をひそめるのが通常である大人たちの中にもこういう人がいるということは、双子にとっては思いがけない同志を得たような気分でもあった。 そんなこんなでフレッドとジョージはすぐこの魔女と親しくなった。最初に「ミセス」と呼びかけて「レイディと呼びなさい」と訂正されてから二人はいつも彼女のことをそう呼んでいた。 そのレイディの誕生日が2週間後と分かったとき、 「じゃあ、その日こちらに寄りませんか? いつもお世話になってるお礼にプレゼントぐらいご用意いたしますよ」 そうフレッドが言ったのは、半ばは本当にただのその場の思いつきであり、半ばは顧客に対する社交辞令であって、何というアイディアがあったわけではない。が、それを聞いた途端、レイディが子供のように目を輝かせてしまった。 「ほんと? 何くれるの? まさかW.W.W.の店主ともあろうものが、お茶とケーキなんて平凡なこと言わないわよね?」 そう先手を打たれてジョージが 「ホグワーツの便座」と答えたのだが、 「いらない」 と笑顔でにべもなく断られてしまったため、本気で何か考えなくてはならない羽目に陥ったのだった。 当日、約束どおり閉店後に店を訪れたレイディを、とりあえず双子は型どおりにクラッカーで迎えた。店の一角にテーブルと椅子を用意して、平凡に紅茶とチョコレートケーキを出したのだった。 「これだけ?」 最初は本当に嬉しそうだったレイディが、けげんそうに聞いた。 「そうですよ」 フレッドがすまして答えた。 「プレゼントは?」 くるりとした大きなその目で、フレッドとジョージとテーブルの上を代わる代わる見やってレイディが言った。 「この時間そのものがプレゼントですよ。大体僕らがどのお客さんにでもこんなことわざわざすると思いますか?」 「そりゃそうだ」 ジョージにあっさり説得されて、レイディは勧められた椅子に座ろうとしたが、 「この椅子に何か仕掛けてあるんじゃないでしょうね」 用心してるのか期待してるのか分からない表情でレイディはいったん腰掛けるのをやめた。そして杖を出してコンコンと調べるように椅子の背や座面を叩いてから、ようやく腰を下ろした。 それからが大変だった。レイディはケーキを3センチ角ほどに分解し、二人に毒味をさせ、紅茶は3人で順番に一口ずつ飲むたび、三つのカップをぐるぐる回すというロシアンルーレット状態。キャアキャア言いながらようやくケーキと紅茶をたいらげ、その後30分ほど3人はたわいないおしゃべりを楽しんだ。それで何事も起こらないことを確認してから、レイディは席を立った。 「なーんだ、ほんとに平凡だったね。拍子抜け」 「でもひやひやどきどきしたでしょ?」 「そういえばそだね〜。うーん、やられたか」 レイディはからりとそう言っていつもの笑顔を見せた。 だが、サプライズはその後だったのだ。 マントをはおり、帰ろうとしたレイディの姿が店の扉の内側に取り付けられた鏡に映ったその途端、鏡がカメラのフラッシュのようにカッ! と光った。 「きゃ!」 レイディの小さな悲鳴が聞こえた。 「「やった」」 双子は同時に小さく言った。 その鏡の裏にはキャンバスがあり、鏡に映った人間の肖像画が自動的にできるのだ。写真と絵の中間みたいなものだが、普通の絵や写真と違う点が二つあった。キャンバスの中の人物が動かないということと、もう一つは絵の中のその人物が“コスプレ”しているということだった。何の格好になるかは予測がつかない。吸血鬼の姿になった自分をまんざらでもなさそうに眺めていた者もいれば、バニーガールになってしまって絵を引き裂いた者もいる。 さて、今回は……。 「ん?」 「あれ?」 フラッシュが消えたとき、レイディの姿も消えていた。二人は店内をきょろきょろと見回した。と、 「ちょっと! なんなのよ、これは!」 少しくぐもったようなレイディの声が聞こえてきた。フレッドとジョージはもう一度店内を見回した後、声のする方向を突き止め、顔を見合わせた。 嫌な予感がしつつ、そっと鏡に近づき、フレッドが鏡をとりはずすと、思わずそれをごとりと取り落とした。 キャンバスの中にはレイディの肖像画、ならぬレイディ本人が入っていたのだ。真っ白なレースの裾を大きく広げたドレスに、白いベールをかぶって。 その格好で絵の中から、パントマイムの基本のように両手でぺたぺたとこちらに向かって見えない壁を叩くような仕草をしている。 「「レイディ!!」」 二人は絵の中のレイディに呼びかけた。 「なんなんですか、その格好は」 驚きがおさまると、フレッドがまじまじと眺めてそう聞いた。 「ウェディングドレスというやつだな。ご丁寧に、遠景に教会まで入ってるぜ」 ジョージが絵を指差してそう言った。 「そこ!? そこが問題なわけ、あんたたちは!!」 レイディは両手を腰に当てて、絵の中から二人をにらみつけた。 「あたしにプロポーズしたかったんなら普通にすればいいでしょ!」 「恐ろしいことを言わないでください。僕らの人生これからなのに」 フレッドが大真面目に答えた。 「失礼な奴だな〜。冗談に決まってるじゃない。それよりこれのどこがプレゼントなのよ」 「ちょっとしたアクシデントですよ。多分」 フレッドが説明した。 「普通は自動的に肖像画ができるだけなんですよ。でもごくまれにこういうことが起こるって、そういえば書いてあったな。でも考慮に入れなくていいぐらい低い確率だったから……」 「たしか10の13乗分の1ですよ。なんでそんなありえないような確率のことが、今ここで起こるんだ」 ジョージが迷惑そうに続けた。 「迷惑なのはこっちよ。花婿も祝い客もいないのに」 「いればいいんですか?」 「いいわけないでしょ! さっさとここから出しなさい!」 レイディに急き立てられて、ジョージはめんどくさそうに2階の部屋に行った。まさか本当にこんなことが起こるとは思っていなかったので、対処するための呪文を覚えていなかったのだ。 すぐにジョージはメモを片手に戻ってきて、杖を絵に向けて呪文を唱えた。ところが、魔法はするりと絵の中に吸い込まれていっただけだった。レイディはドレスのすそをひょいと持ち上げて足元を見ただけで、相変わらず絵の中にいる。 「あれ? 呪文は間違ってないはずだけどな。おまえやってみてくれよ」 ジョージにメモを渡されて、今度はフレッドがやってみた。ところが、やはり魔法は吸い込まれてしまった。レイディは両手のひらを上に向けて、肩をすくめた。 フレッドは困惑してジョージのほうを見たが、ジョージも首をかしげるばかりだ。 「なら一緒にやってみるか」 フレッドの提案で二人同時に呪文を唱えたのだが、今度は絵の中から白い光が外にはね返ってきた。フレッドとジョージはとっさに頭を抱えてしゃがみこんでそれをよけた。店の棚からガラガラと商品が崩れ落ちてきた。そしてレイディはまだ絵の中だった。 「「「なんでだああぁぁ〜〜〜!!!」」」 フレッドとジョージがそれぞれ参考になりそうな本を抱えて戻ってきたときには、外はすっかり真っ暗になっていた。 二人はテーブルの上に本の山を築いて、ぶつぶつ言いながらページをめくった。その間レイディは絵の中に咲いている花をつんだり、奥に見える教会のほうへ歩いていったりしていたが、そのうち退屈して絵の中から3分おきに双子に話しかけてきた。二人は本から顔も上げずに代わる代わる適当に返事をしていたが、しまいにいらだったフレッドが 「ちょっと静かにしててください! このまま香港に売り飛ばしますよ!」 と怒鳴った。 「なんで香港なのよ」 「中国系じゃないんですか? チョウと名前似てるし」 「違うわよ。うち日系だから」 「あ、そ」 「なによ〜、その態度。そっちから聞いといて。これだからやだよね〜、こっちの人間て。東洋は全部一緒だと思ってるんだから」 「ああ〜! もううるさい!」 そんな不毛な会話を繰り返しながら、ようやく二人は解決策を見いだした。 「……というわけで、本人の協力がないと無理だということが分かりました」 「レイディもそっちから一緒に呪文を唱えてください」 分厚い本と呪文を書いたメモをレイディに示しながら二人が説明した。 「それはべつにいいけど……」 いいけどと言いながら、レイディはどこか不満そうだった。 「ここから出たら、このドレスはどうなるの?」 「元のローブに戻りますよ。当然」 ジョージが、心配ないというふうに請け合った。 「じゃあ、プレゼントはなしってこと?」 「この期に及んでそれを言うか!」 フレッドがあきれ半分、怒り半分で詰め寄った。 「10の13乗分の1ですよ!? こんなことになったのはあなたのくじ運が異常にいいか悪いせいです」 レイディはぷっと頬を膨らませた。 「いいわよ。そんな意地悪言うんだったら、ここから出ないもん」 「出ないもんって……」 「だってここにいるとおなかすかないみたいだし、なんか身も軽いし。このドレス素敵だし。店のショーウィンドウに飾ってくれてもいいよ〜」 「そんなのだれも見たくな」 ゴン! フレッドが最後まで言い終わらないうちに、ジョージがフレッドの後頭部を殴って黙らせた。 「ご家族が心配されますよ。お仕事だってあるんでしょう? 僕らを犯罪者にするつもりですか」 「すれすれのくせに〜」 「失礼だな〜。どうせ誘拐するならもっと若」 ガツ! フレッドがジョージの足を踏んで黙らせた。 「じゃあこのお詫びの意味も込めてまた別の物を考えますから」 「とりあえずそこから出てください」 「「お願いします、レイディ・ホウ」」 フレッドとジョージはそろって頭を下げた。 「う〜ん」 レイディは腕を組んで少しの間考えていた。が、やがてニヤリと笑って双子に条件を突きつけた。 「なら、プレゼントとして二人であたしの両頬にキスしてくれたら協力するよん」 「「……は?……」」 耳から入ったレイディの言葉が脳に伝わってその情報を二人の脳が処理するのに5秒ほどかかった。 「ほっぺぐらい、いいでしょ? それに生身にしろって言ってるわけじゃないもの」 「絵の中の女性にキスしてるほうが、客観的に見てよけい恥ずかしいと思うんですけど」 ジョージがそろそろと後ずさりしながら答えた。そのジョージの腕をつかんで引き留め、フレッドが必死の面持ちで言った。 「あの、先にそこから出ていただいてからではいけませんかね?」 「駄目よ。あんたたち、出たらこっちのものと思ってるでしょ」 図星を指されて双子はがっくりとうなだれた。 「ほらほら、早く早く。あたしが出ないと困るんでしょ?」 レイディ・ホウは勝ち誇ったように絵の中で左右の頬を順番に突き出し、苦渋の決断を迫られたフレッドとジョージはなんとかここを切り抜ける術はないものかと必死で考えを巡らした。夜も更けたW.W.W.の店内で、時計がカチコチと時を刻む音だけが、やけに大きく響いていた……。 |