存在しなかった夏休み



 その夜、ハリーのいるダーズリー家に一通のふくろう便が届いた。
 ハリーはすぐ返事を出した。
 そしてその後も何度かふくろうがやってきて、バーノンの機嫌はだんだん悪くなっていった。

 その週の土曜日にはアーサーがまた暖炉を吹っ飛ばしてハリーを迎えに来た。ハリーにとっては幸いなことだったが、バーノンの機嫌は最悪になった。

 ハリーがダーズリー家からいなくなったその日、コリンは倉庫に1人でいた。
 フレッドとジョージは店の前で「かえる石鹸」のデモンストレーションをしていた。手を洗うために杖から水を噴き上げさせているのが涼しげで、人だかりができていた。
 その分店内が手薄になるからということで、ロンが倉庫から店に出ていた。そういうわけでコリン1人に倉庫仕事が任されたわけだが、コリンは自分が信頼された証拠とそれを喜んでいた。
 せっせと商品の数を数えて箱詰めなどしていると、棚に昨日まではなかった小さな壺が一つ、置いてあるのが目に入った。古いものではない。トルコ石のような色でつやつやしているが、あまり高級感はない。と、いうことは……。
(また新製品かな)
 コリンは好奇心のままにその壺を手に取った。今日はそれを留めるロンはいない。もっとも止めていたとしても遅かったかもしれない。
 コリンがその壺を手に取った途端、壺の底が抜けた、というより底が消えて中から水のような液体がコリンの足元にこぼれ落ちた。
 しまったと思う間もなく、コリンの足元に水たまりが広がった。次の瞬間、コリンの足がその水たまりの中にずぶずぶと沈み始めた。
「え!?」
コリンは慌てて足を抜こうとしたが、足元にはなんの反動もなく、かえってどんどん深く沈んでいく。
「な、なんで!?」
焦ってじたばたすればするほどその小さな水たまりは底なし沼のようにコリンの体を引きずり込んでいき、あっという間にコリンは胸の辺りまで沈み込んでしまってどうにも抜け出せない状況になってしまった。
 さすがのコリンも、これはまずいことになったと青ざめた。
「だれか〜! 助けてくださ〜い!!」
大声で何度か叫んでみたが、誰も来る様子もなければ伝声管からの返事もない。外にいる双子には聞こえないだろうが、ロンとジニーはどうしているのだろう。忙しくて、声が聞こえないようにしてしまっているのかもしれない。
 大声を出すだけでも沈み込んでいくような気がして、コリンはひとまず静かにしていることにした。そのうちには誰かが来るはずなのだから。
 しかし、こんな状況でじっと待つ時間というのはとてつもなく長く感じられるものだ。しかも、じっとしていてもほんのわずかずつ沈んでいるようだ。自力でなんとかしなければ。せめてこれ以上沈まないように。
 倉庫の中を見回すと、輪っかにしたロープがドアノブに引っ掛かっているのに気がついた。
(そうだ、あれを)
 コリンは水たまり、というか底なし沼というか、泥の中に手を突っ込んで、幸いなことにポケットから杖を取り出すことができた。
「アクシオ!」
 ところが、ガコン! と音がして、コリンの頭の上に棚からやかんが落ちてきた。ロープのほうはドアノブに掛かったままだ。
 一瞬コリンの目から火花が散った。それだけでなく、そのやかんはなぜかコリンの頭にくっついたままだ。コリンが頭に手をやってやかんを取ろうとすると
「いて、いてて!」
やかんがコリンの頭から離れなくなってしまった。
「な、なんだこれ」
 コリンは今度は杖を自分の頭の上に向け、消失呪文をかけてみた。すると、
「ひえ〜! な、なんだあ〜〜!?」
商品棚から「かみつきフリスビー」が幾つも飛び出して、コリンの頭をかすめながらびゅんびゅんと倉庫の中を飛び回り始めた。フリスビーを避けようと上半身を動かすと沼に沈んでいく。
 恐怖にかられたコリンはフリスビーに向かって妨害呪文をかけた。だがフリスビーが動きを止めることはなく、その代わりに、バン!バン! と聞き覚えのある派手な音がして、いくつかの花火に火がついた。
「うわー! うわー! うわー!!」
 以前ホグワーツでお目にかかったものほど巨大なものはないが、ネズミ花火や線香花火が部屋中を走り回り、これを消す方法はないと知っているコリンはなすすべもなく、フリスビーと花火から身を守るようにやかんごと頭を抱えてこの騒ぎが自然と収まってくれるのをじっと待つしかなかった……。

 1時間後、よれよれになったコリンが倉庫からよろめき出て、後ろでにバタンとドアを閉めた。
 空飛ぶ芋虫だの雄叫びを上げるヨーヨーだのにさんざん脅かされた後、突如としてすべてのアイテムが動きを止め、底なし沼も徐々に小さくなり始めたのだ。
 このまま沼が消えたら自分も上半身だけになってしまいそうで、コリンは慌ててもがいた。すると今度は足の下に何か固いものがあり、難なくそこからはい出ることができたのだった。水たまりが消えると、頭の上のやかんもガラン! と床に落ちた。
 一体何だったんだ、あれは……。
 しかしコリンには倉庫の扉を再び開ける勇気はなかった。
  茫然とその場に立ちすくんでいると、フレッドとジョージが汗をぬぐいながらにこやかに入ってきた。
「やあ、コリン、ご苦労さま」
「あの……」
「今日は君にいい知らせと悪い知らせがある」
 コリンに口を開かせる前に、フレッドが一枚の羊皮紙をひらひらさせながら言った。
「まず悪い知らせだ。君がけなげにも切に待ち続けているハリー・ポッターだが、夏休みの最後まで来られないということが分かった」
「ええ〜?」
 最初はそれも覚悟の上だったのだが、さすがのコリンも弱気になっている。それまでここにいて自分の身がもつかどうか自信がなくなってきたのだ。
「そこで良い知らせだが、ハリーに君がここにいることを知らせたら、それまでずっとただ働きは気の毒だから、特別に明日遊びに来てもいいと言ってくれた」
 現金なもので、コリンの顔がぱっと輝いた。
「遊びにって、それって、まさかハリーの叔父さんの家にってこと?」
「もちろんだとも」
ジョージは、それがさも光栄なことだと言わんばかりに両手を広げて感動的な顔をしてみせた。
「君の両親はマグルだろう? だったらマグルの列車やバスに乗って‘普通に’訪ねてこられるだろうって、ハリーはそう考えたんだ」
「行きます! 僕行ってきます!」
「ハリーの叔父さんは気むずかしい人らしいからな。礼儀正しくするんだぞ」
すでに浮かれ気味のコリンに、フレッドはまるで親のような口調で言って聞かせた。
「ちゃんと、ホグワーツ魔法学校でハリーと同じ寮にいる者ですって自己紹介するんだぞ」
「はい!」
「もし信じてもらえそうな様子でなかったら、証拠として杖を出してみせるといいぞ」
ジョージが親切そうに付け加えた。
「はい!」
 コリンは、双子が自分たちの経験からアドヴァイスしてくれているものと信じ込んでいた……。

翌日、最悪の機嫌のバーノンが在宅中のダーズリー家を訪ねたコリンがどのような扱いを受けたのか誰も知らないが、その後気の毒なコリンがダーズリー家を訪れることも、W.W.W.に押しかけることも二度となかったという。   




コリン可哀想ですよね。ちょっと双子やりすぎな気がしてしまいました、書き終わった後で(笑)。嘘はいけません、嘘は(笑)。
私はコリンは好きでも嫌いでもないんですが、いじられキャラってことで、話の盛り上げのために大げさに気の毒な役回りになってもらいました。
でも、1年生で入学してすぐ、マルフォイたち3人組に一歩もひけをとらなかったりして、結構たいしたヤツなんですよね、コリンて。


今気づいた! コリン! 学校の外で魔法使っちゃ駄目ぇ〜!!(爆!)






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