迷い子


 ロンはなぜか幼いころから、その家に行くのがあまり好きではなかった。
しかし、今年のクリスマスはそこで開かれるパーティーに行くことに、両親は決めたらしかった。
 僕がホグワーツに入ったら、ここに来ると分かっていたら家に帰ってきたりしないものを、とロンは思う。
 しかし、すぐ上の双子の兄二人も、その上のパーシーもしっかり帰省しているし、べつに嫌がってもいない様子だった。
 その家は、ウィーズリーの一族の中では裕福なほうで、それなりに立派な屋敷に住んでいた。親戚一同が集まるような場合、この家が使われることが多かった。
 親類たちが広い場所を求めてそうしていたのか、この家の者が招いていたのかロンは知らなかったが、どちらにしろ都合がいいことは幼いロンにも分かっていた。
 何しろ一族がみんな集まるとなると、おじさん、おばさんどころか、おじいちゃんのはとこだの、お祖母さんの大伯母さんだの、どこでどうつながっているのか、はたして血のつながりがあるのかどうかよく分からない人々もどっと集まるのだから。
 当然その中には何人かの子供たちや若者たちもいるが、父のまたいとこの息子だとか言われてもぴんとこないことが多かった。それでもそこそこ仲の良い子もいれば、数年に一度しか会わない子もいた。
 そこはマグルから見えないように周囲を木立で囲んだ広い土地で、屋敷の裏にはちょっとした森があった。季節によってはそこの庭でガーデンパーティーになることもあったし、自分の家とは大違いの屋敷の中で開かれる今回のようなクリスマスパーティーや出てくるご馳走が、子供にとって楽しみでないはずはない。
 にもかかわらず、ロンはそこへ行くのが好きではなかった。赤の他人の家ならまだ良かったのかもしれない。親類だと思うからよけい抵抗感があったのだろう。
 子供の目にも、そこに集まった女性たちの中で、自分の母の衣装は見栄えのしないものであったので。
 高価そうなネックレスもイヤリングも、何も身に付けてはいなかったので。
 自分たちだってそうだ。例によっての母の手編みのセーターを着せられて。
 妹のジニーは兄たちのお下がりというわけにはいかないから服を買ってもらえるが、その方面には決して詳しくないロンが見ても、それは少し地味で古めかしいものだった。
 以前、ほかならぬこの屋敷に住んでいる親類の子供たちが、ロンを服装のことでからかって喧嘩になったことがあった。それ以来、ロンはその子たちと犬猿の仲だったし、この家そのものが嫌いだった。
 しかし肝心の両親はこういう場に来ることを全くいとわない様子であったのがロンには不思議だった。
 その理由もなんとなくこの年になると分かってきたが、それとてロンの心を軽くしてはくれなかった。
 皆は、魔法省に勤める父のアーサーに敬意を抱いていた。そのことに母親が誇りを持っていることも明らかだった。その上、母と奥さん連中の会話ときたら。
「ビルは帰ってこなかったの?」
「ええ。まだまだ新米ですもの。ゆっくり休暇が取れないから帰ってくるだけ面倒らしいわ」
「残念だわ。ご紹介したい娘さんがいるのに」
「チャーリーはルーマニアに行ってしまったんですって? もったいないわね。プロチームに入っていれば、先だってのワールドカップに出ていたでしょうにね」
「でも本人が一番やりたいことを選んだんだから仕方ないわ」
「パーシーも学年でトップなんですってね。きっとビルのように首席になれるわよ」
「ありがとうございます。僕もそれを目指して努力します」
 お行儀よくおばさんたちに答えるパーシーとは対照的に、フレッドとジョージはいつものように騒ぎまくっていろんなものを爆発させたり、ワールドカップのあれこれの場面をスローモーションで再現してみせたりして場をわかせていた。
 いつもは二人に対して口うるさい母親も、このような場では明るくにぎやかな双子はウケが良いので、
「あのエネルギーが勉強に向いてくれたらいいんですけど……」
などと言い訳がましく言っているだけだ。
「あら、フレッドとジョージも成績はいいそうじゃないの」
「2年生でもうクィディッチの寮代表に入ったんですって?」
「贅沢なのよ、モリーは。トップじゃなければ優秀じゃないと思ってるんじゃない?」
「あら、そんな……」
奥さんたちのからかいにモリーは顔を紅くしながらも、息子たちを誉められて得意そうな様子を隠せずにいた。
 ロンはそんな会話を聞きながら小さくため息を漏らした。
 小さなジニーでさえ、ほかに女の子がいないのでまるでお姫様扱いだ。
 僕だけが何もない……。みんなに誉めてもらえそうな能力も、注目を集められる才能も何も。
 質素な格好しかできないのは自分のせいじゃない。でも、自分が兄たちのように能力がないのは自分のせいだ。
 ママは服装やお金のことで引け目を感じなくてもいいんだ。みんなに自慢できる子供たちがいるんだから。でも僕はママの自慢にはなれないかもしれない。
 かもしれないどころではない。ホグワーツに入ったら来年はここで自分が誉めそやされる番だとは、ロンにはとても思えなかった。自分には無理だと分かっていた。首席だの監督生だのクィディッチだの。兄弟の中で僕だけが。ホグワーツに入っても……。
 ロンは急に大きな不安にとらわれた。もしかしたら、そもそもホグワーツから入学許可が来ないかもしれない。ここにいる子供たちのだれよりも、自分は見劣りがするじゃないか。
 自分がスクイブだとは思わない。けれど、ホグワーツに入るには何もかもが少しずつ足りないのではないだろうか。
 一度そんなふうに考え始めてしまうと、次々といろいろなことが思い当たり、ロンはいたたまれなくなってきてそっとその場を離れた。
 パーティー会場から廊下へ出ると、少しひんやりした空気が気持ちよかった。外は雪が降り始め、大喜びで遊んでいる子たちもいたが、ロンはその中に入る気にもなれなかった。
 僕はママの自慢になれないどころか、ママは僕のことを恥ずかしく思うようになるかもしれない。もしホグワーツに入れないなんてことになったら、きっと恥ずかしくて今度こそ親戚の前になんて出てこられなくなるに違いない。
 どうしてこの子だけこんなことになってしまったのかしら。ほかの息子たちはみんな優秀なのに。そう言って泣いている母親の姿が目に浮かんできた。
 自分で勝手に想像して、ロンは自分も泣きそうになり、足を止めてぐいと目をぬぐった。
 そのとき、少し先にある部屋の、わずかに開いたドアから小さな話し声が聞こえてきた。直感的に何やら悪巧みの匂いを感じ取ってしまったのは、家で双子の兄たちがひそひそと話しているのを何度も見かけていたせいだろうか。
 ロンは足音を忍ばせて部屋に近づいた。
「ほんとに? お兄ちゃん、裏の森にあるの?」
「そうさ。こんな雪の日だもの。きっと咲いてるよ」
 この家の兄弟の声だった。兄のほうはロンより年上で、もうホグワーツに入学していた。弟のほうはロンより年下だ。
「雪の日にしか咲かないんだね」
「そう。とっても珍しい花なんだ」
「なんでそれが秘密なの?」
「だってその花は高〜く売れるんだよ。みんなが取りに押しかけてきたら森が滅茶苦茶になるじゃないか」
「ねえ、今から見にいってみたいな」
「もしおまえが本当の魔法使いならその花を見つけられる。でももし……」
 話はまだ続いていたが、ロンはそっとその場を離れた。
 一度戻って上着を取ると、誰にも見られなように裏口から外へ出た。気持ちは固まっていた。
 その珍しい花を見てみたいのか。高く売れるという言葉に引かれたか。自分が「本当の」魔法使いか試したいと思ったのか。そんな花を摘んで戻ったらママが喜んでくれると思ったのか。
 そのどれもがロン少年の好奇心をかき立てるものであったし、また同時にそのどれも都合のよい言い訳でしかなかった。この家から離れるための。
 どうせ誰も気づきやしないさ。
 わざと自分を傷つけるように内心でつぶやいてみる。
 そしてロンはまっすぐに、屋敷の裏手の森に入っていった。
 どこにその花があるかなど、もちろん知らない。だが、あれ以上聞いていてもそんな詳細な情報が得られるとも思えなかったし、さほど広大な森というわけでもない。森のさらに向こう側は山になっていて、その山はすぐ近くに見えていた。
 それに、自分が本当の魔法使いなら、つまりホグワーツに入れる程度の魔法力があるなら、きっと見つけられるはずだと都合よく考えていた。
 森の中にはちゃんと小道があった。それも一本道だ。ロンは拍子抜けして、その道をたどって森の奥へと入っていった。
 しかし、そのうちにふと気づいた。こんな道を歩いているだけで、道の脇にその貴重な花が咲いているわけがない。あの兄弟は秘密だと言っていたではないか。道からはずれて中に入っていかなければ見つからないに違いない。
 だが、なんの手がかりもなければ見当もつかないので、ロンは適当なところで道をはずれて、木の枝が行く手をふさぐような場所をわざわざ選んで進んでいった。
 木の葉が落ち、草も枯れたこの季節であったのが幸いし、さほど苦もなく歩くことができた。白い息を吐きながら、ロンはぐるぐると歩き回って花を探した。
 駄目だ。この辺りにはないんだ。一度さっきの道へ戻って、それからまた脇へ入ってみよう。そう考えてロンは元の小道に戻ろうとしたが、先ほど降り始めた雪がいつの間にかしっかりと積もって辺り一面銀世界になっていた。
 どこを見ても似たような姿の白い木々ばかり。どちらから来たか覚えていたはずなのに、もう右も左も分からなくなってしまっていた。
 ロンは少しの間、茫然と立ちすくんだ。
 どうしよう……どっちへ行けばいいんだろう。どこを探せばいいんだろう。もし見つけられたとしても、これじゃ帰り道が分からない……。しかも早くも日が暮れてきた。
 なりふり構わず道を探して帰るか。あくまでも目的を果たすか。
 ロンはたっぷり15分は迷ってから、そのままヤケになったように奥へ進んでいった。このままおめおめと帰れるものか。花はきっと見つかる。見つけられる。帰り道はそれから探せばいい。
 必死で悪いことは考えないようにしながら、がっしがっしと、雪の下の何かを踏みつぶすようにロンは歩いた。
 疲れた。寒い。手が凍える。
 お腹がすいた。怖い。心細い。
歩いて歩いて、頭の中はそんな言葉ばかりがぐるぐる周り始めたころだった。ロンは雪の上に動物の足跡を見つけた。狐でもない。鹿でもない。何だろう。見たことのない足跡だ。
 それが何かは分からなかったが、何か分からないようなものがいるということは、それが魔法生物のような気がして、何の根拠もないが、ロンはその足跡を辿ることにした。どうせほかに何も道標はないのだから。
 もしかしたら自分の前方にいるかもしれないその動物を脅かさないように、今度はロンはなるべくそっと歩いた。
 そして唐突にロンの目の前に、雪の中に咲く淡い紅の大きな花が現れたのだ! その花心は黄色というより金色に輝くようだった。
 それは樹齢何十年、いや、何百年にもなろうかという、蔦か何かがからまり、ところどころ苔の生えた大きな樹の根元に生えていた。幾つも、幾つも……。
ロン  辺りはすっかり暗くなっていたが、雪明りのおかげでロンはその花がぼおっと浮かび上がっているように見えた。
 ロンは花に近づいてぺたりと座り込んだ。
 やった。僕は見つけたんだ。僕は本当に本当の魔法使いに間違いないんだ!
 ロンは花に感謝したい気分で見つめていたが、手ぶらで帰ったのではただ迷子になっていたと思われるだけだ。
 といって花を手折るに忍びなかったロンは、せっせと花の周りの雪を手でかきのけた。そして土を掘った。根っこごと持ち帰ろうとしたのだ。手袋をしていても、もう手が冷たくて、冷たくなりすぎて痛いぐらいだったが平気だった。
 花を掘り出すと、ロンは達成感と幸福感でいっぱいで、やはり帰り道は見つからなかったがさっきほど不安ではなかった。
 山と反対に歩けばいいのだと思ったが、木々と暗さのために山は見えなかった。それでもいい。そんなに大きな森じゃない。屋敷に戻れないとしても、とにかくこの森から出ればなんとかなるだろう。
 疲れてはいたけれど、ロンは大声で歌を歌いながら歩いた。大丈夫。きっと出られる。こうやってちゃんと花だって見つかったんだから。そう自分に言い聞かせながら歩いた。
 それにしても出られない。
  知っている歌が尽きると、でたらめに自分で歌を作って歌った。
  くそ。なんで出られないんだろう。
先ほどの高揚感も尽きかけた時、
「いたいた。やっぱりこっちだ」
「それにしてもクソオンチだな」
 ロンはびっくりして立ち止まった。
 小枝をばきばき掻き分けて、フレッドとジョージが現れたのだ。
「おまえ、ほんとに間抜けだなあ」
「こんなとこで迷ってるようでどうするんだ。ホグワーツにある森はこの何十倍も深いんだぜ」
 双子の兄たちは悪態をつきながら、両側からロンをぐいぐい引っ張って、現れた方へと戻り始めた。
「見てよ! これ」
 ロンはフレッドとジョージに反論しようとして、手に持った花を突きだして見せた。
「僕が自分で見つけたんだよ」
得意満面でそう言ったが、二人は同時にチラリと横目で花を見ると、顔を見合わせた。
 ロンは急にまた不安になった。二人がこういう様子を見せるときというのも大体分かっていた。
「……これ、違うの?」
「違わないけどな」
「ほんとにバカだよ、おまえは」
心底あきれたように双子は言った。
「なんでだよ!」
「あいつらにはめられたんだよ、おまえは」
「はめられたって……」
「おまえをだましてからかうために、わざと聞かせたんだってよ」
「え!?」
 愕然として立ち止まろうとしたロンを、双子はそれも許さず無理矢理ひきずった。
「あんなバカどもにまんまと引っかかりやがって。ホグワーツに入ったらもっと手強いのがいくらでもいるんだぞ」
「じゃ、じゃあ、これがすごく珍しくて高く売れるっていうのは……」
「珍しいのは確かだが、高くは売れないな」
「雪の中でしか咲かないんだ。家の中に入れたらすぐ枯れる」
「わざわざ雪の日に外で花の観賞なんかしたいと思う人間は滅多にいないだろ」
「花屋にも置いておけないしな」
「じゃあ……」
 ロンはうつむいて黙った。本当の魔法使いだけが見つけられるというのも……。しかしそれはフレッドとジョージにはとても聞けなかった。
「僕がここにいるってなんで分かったの?」
「ロニィ坊やがいないってママが騒ぎ始めて」
「そしたらあいつらの様子がなんか変だったから」
「外に連れ出して締め上げたら白状しやがったんだよ」
「で、とりあえずあいつらを雪ん中に埋めて」
「はあ!?」
 なんでそういうことをするかな、この兄貴たちは。
「べつにおまえのためにしたわけじゃないぜ」
 二人は不愉快そうに言った。
「俺たちがママに疑われたんだからな」
「おまえを見つけて帰らなきゃ、俺たちの無実が晴らせない」
「まったく、いい迷惑だぜ」
 それは自業自得というものだろう、とロンは思ったが、もちろん口には出せない。ここで置き去りをくってはかなわない。
「いいか、おまえがホグワーツに入ってきても、俺たちはこんな面倒は見てやらないからな」
「パーシーと違って俺たちは忙しいんだからな。自分の身は自分で守れよ」
「う、うん」
 一体どういうとこなんだ、ホグワーツは。いささか混乱しながらも、ロンはだんだん気が楽になってきたのを感じていた。
 フレッドもジョージも、さっきから自分がホグワーツに入学することを前提に話している。いつも自分をからかったりけなしたりばかりしているこの二人が。その二人から見て自分が入学できると判断するなら入れるのだろう。
 双子に引っ張られ、森からはあっさり出ることができた。
 あの家に戻ると、モリーが雪の降る中に立ち尽くして大泣きしており、親類が一所懸命慰めたり励ましたりしていた。
 アーサーやほかの何人かはあちこちに探しに出ているとのことだった。だれかが杖で合図の火花を上げた。
 ロンの姿を見るなり、モリーは駆け寄ってロンをきつく抱き締めた。そして顔を涙でぬらしたまま、ロンにほおずりをした。
「これを取りに行ってたんだよ」
 ロンは例の花を母親に見せた。あの兄弟のことはあえて言わなかった。だまされたなんて格好悪いし、告げ口はもっと格好悪い。それにもう報復は受けたようだし。
「まあ」
 モリーはやっと笑顔を見せた。
「とってもきれいね。よく見つけたわね」
 ロンは、その母親の笑顔だけで、もういいと思った。
 来年の夏にはきっと来る。ホグワーツからの招待状が……。     




いつもお世話になっている「HAPPY DAYS」のメロンソーダ様に捧げます。
実は、初めて双子の絵をプレゼントしていただいたとき、そのお礼をすると言いながらここまで来てしまったんですね。遅まきながらで大変恐縮です。
しかも、ロンが格好よくもないし、ロンハ−でもないし、結局双子がおいしいとこ持ってってるような気がするし(笑)。
でも、私のロンへの愛情はいっぱいこめました。お受け取りいただければ幸いです。






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