ある生徒のため息
僕は送られてきた封筒の中から転がり出てきたものを掌に乗せ、絶望的な気持ちでため息をついた。
僕か? 僕なのか? これは本当に本物なのか? だれかのタチの悪いいたずらであってくれればいいのに……。 しかし何度見ても、封筒に印刷された校章は本物だし、「P」の字の浮き出たこのバッジも本物だ。 そう、僕は監督生に選ばれてしまったのだ。 本来なら飛び上がって喜んで、すぐにもパパとママに報告したいところだ。 だが、僕らの学年、いや、グリフィンドールの僕らの学年に限って言えば、これはほとんど死刑宣告のようなものだ。 僕らは1年生のときから、仲間たちの性格が分かってきたころから、つまり僕らの学年にあの人間ブラッジャー・双子のウィーズリーがいることが分かってから、密かにこのときを恐れてきたのだった。 ダンブルドアもさぞ悩んだことだろう。一体だれだったらあの双子を多少なりとも抑えられるというのか。だれだって無理に決まってるじゃないか。 兄貴のパーシーが監督生だって、少しも言うことなんか聞きゃしないのに、ましてや自分らと同級生の言うことなんて。 それでなんで僕に白羽の矢が立ったのか、全く理解に苦しむ。 4年生も後半になると、僕らは監督生に指名されることを恐れて、わざと成績を落とそうかなどと冗談半分、本気半分に話していたくらいなのだ。 それは単に、あの双子を抑える自信がないとか、双子の報復が怖いとか、そんな理由ではない。 少なくとも僕は、心の中では彼らの規則破りに喝采を送っていたからだ。 彼らの、規則も教師もフィルチも、禁じられた森すら恐れない態度が、本当はうらやましくさえあったし、第一彼らはなんだかんだ言って人気者だ。彼らを押さえつけて、寮の談話室から笑いの火を消して何になる。他の生徒からだって恨まれるだけじゃないか。 本当なら、彼らこそ監督生にふさわしいのだと僕は思う。リーダーシップはあるし、頭だっていい。興味のないことには徹底的に手を抜いて、その分、別のことにその頭脳とエネルギーと時間を注いでいるようだから、学校の成績こそ確かに僕のほうがいいかもしれない。 だけど、みんな知っている。あいつらのほうが僕なんかより本当は優秀なんだってこと。その上栄えあるクィディッチの寮代表メンバーだ。 もし彼らが規則破りといたずらに命をかけてなけりゃ、彼らこそ適任だ。あいつらの言うことならみんな聞くだろう。 いや、やはりあいつらは監督生にはならないか。ダンブルドアも選ばないだろう。あの双子の「どちらか」などは。 そんなことはあの2人も受け入れまい。きっとバッジを送り返すぐらいのことはやるだろう。 しかし、僕には、そんな度胸は、ない。 それゆえ僕は、新学年が始まると、ホグワーツ特急の中で他の生徒たちより一足早く制服に着替え、バッジを付けて指定されたコンパートメントに乗ることになった。 新監督生はみんな胸を張って誇らしそうだ。僕と、女子の監督生である彼女以外は。 途中、一度見回りに行かなければならなかった。 車両を後ろのほうへと歩き始めてまもなく、僕はよく見知った3人組を見つけてしまった。フレッドとジョージ、そして彼らの親友リー・ジョーダンだ。 3人して通路で何かを囲んで額をくっつけるようにしている。また何か怪しげなものを手に入れたのか。良からぬことの相談か。 問いただす勇気なんぞあるはずもなく、僕はその場を行きすぎようとしたが、当然のことながら向こうはそうさせてはくれなかった。 3人が一斉に僕を見た。リーがにやりと笑って言った。 「おまえだったのか。ご愁傷様だな」 僕は精一杯虚勢を張って 「おめでとう、の間違いだろう?」 と言い返した。それくらい言えなければグリフィンドール寮生は勤まらない。 しかし僕は内心、双子のウィーズリーがいつものように、2人そろって僕の監督生バッジを見てにやりと笑う瞬間を恐れていた。 ところが! フレッドもジョージも、やはり同時に僕を見たものの、まるで興味ないかのように、すぐにまた2人同時に視線を彼らの手元に戻した。 ほっとしたというのか、拍子抜けしたというのか、いや、余計に怖いというのか……。いやいや、きっとあいつらにとっては監督生なんてものはその程度、道端に転がってる石みたいなもんなんだろう。 監督生としてはそれがいいかどうかはまた別問題だが、とりあえず僕はからかわれずに済んで胸をなでおろしたのだった。 その夜、新入生の組分けも新学期の宴も無事に終わり、1年生を寮に案内し、僕は自分たちの部屋に入った。 自分のベッドに座ると、ほーっとため息が出た。 こんなに疲れた1日はない。 部屋にはまだ僕しかいない。 ほかの連中は、ウィーズリーの弟のロンと、その親友のハリーがとんでもない登校の仕方をしたため、談話室で待ち受けて騒いでいる。 だが僕は彼らを制する気も、ロンとハリーに説教する気も起こらなかった。 今のうちだ。さっさと先に寝てしまおう。列車の中ではさらりとかわされたが、ここでからかわれたらたまらない。僕は疲れていた。 そして、僕は前後不覚に眠り込んだ。 次の朝、僕が起きたときは双子はもうすでに部屋にいなかった。 僕は胸をなでおろし(どうせ後で顔を合わせるのだが)残っていた数人とあいさつをかわし、着替えて朝食に下りていった。 寮の談話室には数人がいたが、何か視線を感じたような気がした。だが、たまたま下級生ばかりだったので、新しい監督生に注目したのだろうぐらいしか思わなかった。 廊下に出ると、明らかに異変に気づいた。通り過ぎる生徒たちが、僕を見てくすくす笑うのだ。 僕は監督生バッジに目をやった。よくパーシーがいたずらされていたからだ。もちろん、彼の弟であるあの2人に。 だが、どこをどう見てもバッジには変なところはない。 僕は自分の後頭部を触ってみた。以前彼らにいたずらされて、星とひよこが僕の頭のあたりで飛び回っていたことがあったからだ。 だがそれもなさそうだ。 顔は、部屋で鏡を見てきたから大丈夫なはずだ。 そんなことをしながら大広間へ下りる階段のところまで来てしまい、僕は困惑して立ち往生した。このまま大広間に入るのは絶対にまずい。それは長年の経験で分かる。 そこへ助け船が来た。同じ寮の同級生、アンジェリーナとアリシアが通りかかったのだ。 「頭じゃないわよ」 クスクス笑いながら、アリシアが声をかけてきた。 「じゃ、なんだい?」 僕はとても不機嫌になって尋ねた。 「ローブを脱いでごらんなさいな」 おかしくてたまらない、という様子でアンジェが言った。 「バカね、狙われるのは分かってるでしょうに」 「じゃあ、後でね」 そして2人はケラケラと笑いながら先に行ってしまった。 僕はあわててローブを脱いでみた。 やったなー! 背中に、てかてかと輝くイルミネーションのように 「THE PREFECT OF A PRECIPICE」(崖っぷちの監督生) という文字が張り付いていたのだ。 な、なんだこれは! 服を着るときに気づかなかったはずはないのに。確かに着たときはなんともなかったはずなのに! いや、たしかに崖っぷちであることに間違いはないが、それもこれもあいつらのせいじゃないか! くそ〜! こんなものを付けて、よりにもよって階段の上でバカ面さらしてたのか! 僕は顔を真っ赤にして大広間に入っていき、お気楽に談笑してやがるウィーズリーの双子に突進した。 「おい! おまえらだろ!」 僕が手に持ったままのローブを彼らに付きだした。だからといって申し訳ないなんて思うはずもないのは分かっていたのだが。 むしろ、彼らばかりか、その周りにいた生徒たちも大爆笑してしまった。やっと気づいたか、という顔だ。 ああ、そうだろうよ。僕だって、これが自分のことでなきゃ笑ってるさ。 だから満足そうに笑っている2人から謝罪の言葉を引き出そうなんて無駄な努力は僕はしない。 「どうやったんだよ。部屋でこれをはおったときにはなんともなかったんだぜ。消してくれよ」 なんとも情けない抗議だとは分かっているが、しょうがない。こんなものを付けたまま授業に出るわけにはいかない。それに本当に不思議だったのだから。 「体温に反応するんだよ」 ジョージがくつくつと笑いながらも説明してくれた。 「だから脱いでいれば数分で消える」 「それじゃ、着ていられないじゃないか!」 「洗濯すればすぐ落ちる」 フレッドが面白そうに付け加えた。 「今そんな時間ないだろう!」 「部屋へ戻って別のに着替えてこいよ」 くそ〜! しかしほかに方法はない。僕は返事もせずに大広間から飛び出し、全速力で寮に戻った。 ああ、腹が減る。しかし監督生が授業に遅れるわけにはいかない。僕は朝食を諦めて直接教室に向かった。 ぎりぎりセーフで教室に走り込むと、歓声と拍手で迎えられた。今度はなんだ? 「ほらみろ、間に合ったじゃないか」 「ちぇっ、またフレッドとジョージに持ってかれちまったか」 なんだなんだ? 「おまえが授業に間に合うかどうかみんなで賭けをしてたんだよ」 リーが笑いながら言った。 「おまえら〜! きょ、教室で賭け事なんて!」 「ばーか、ほんとに金なんか賭けちゃいないよ。遊びだよ、遊び。負けたやつらはホグズミード行きのとき、それぞれチョコを一箱買ってきてみんなで分ける」 「あたしは間に合うほうに賭けたのよ。信頼してるわ、監督生」 アンジェリーナが言ったが、明らかに信頼なんかしていない。彼女はフレッドとジョージの予想のほうを信じただけだ。 もう怒る気力もない。 授業中、僕は腹がぐーぐー鳴り始めた。目眩がしそうだ。 すると、机の下で何かが回されてきた。 「パンだよ。おまえにだってさ。フレッドとジョージから」 僕はそれを受け取って、疑わしげに2人を見た。2人ともこちらを見て、ウインクをした。 今は授業中だ。いくらなんでも僕を何かに変身させたりはしないだろう。それに、僕は知っているのだ。彼らはその辺はわきまえている(先生に遠慮しているわけでなない。授業中に騒ぎを起こせば罰を与えられるからだ)。 それに、こういうフォローはするのだ、彼らは。だからみんなこいつらを憎めないし、人気者なのだ。 僕は先生の目を盗んでパンを口に詰め込んだ。 元はといえばあいつらのせいなのに、なんでこのパンをありがたいと思ってしまうんだろう。大いに間違っている。間違っているが、おかげで昼休みまでおなかをもたせることができたのだった。 かくして新学期2日目も、僕は本当に疲れた。前途多難なこれからの1年を思い、僕はため息をついてベッドにもぐりこむしかなかった……。 |
間違えちゃった〜。ってこんなんばっかだな、自分。 いやいや、勘違い。双子とロンは二つ違いだよねえ。 なんかね、ロンとハリーが車で登校したのが3巻だと思ってたの。でも2巻だったの。だからそのとき双子は4年生。まだ監督生はいませんね。すみませ〜ん。<(_ _)> |