マルフォイ閣下の事情
帰りのホグワーツ特急に乗り込み、クラッブとゴイルを見張りに立たせてほかの者がわたしのコンパートメントに入ってこないようにさせると、わたしはゆったりと座席に落ち着いた。 列車の通路や隣のコンパートメントはまだガタガタと騒がしい。本当にがさつな連中が多くて嘆かわしいことだ。いっそ車両も寮別に分ければよいのだ。あるいは1等から3等まで分ければよいのだ。騒々しくて下品な混血の者どもとほとんど一日中同じ列車に詰め込まれるのには毎回多大な辛抱を強いられる。 いや、そもそも混血の魔法使いなどホグワーツに入れなければよいのだ。偉大なるスリザリンがなぜホグワーツと決別して純血のための魔法学校を作らなかったのか残念でならない。スリザリン寮には、純血でなくともその血筋や家柄に敬意を払う者たちが集まっているからまだ良い。だが他の寮にはそのような伝統を重んずる精神とか気品というものがない。 だがそのスリザリン寮からして、やはり寝室に個室はない。監督生となったこの年には監督生用の浴室を使えたからまだましだったが、それまではこのわたしがその他大勢と共に貧相なシャワールームしか使えなかったのだ。食事は悪くはないが、我が家と比べればわたしの口に合うとは言えない。 そんな不自由にして不快な学校から解放される前に、このホグワーツ特急という苦難を忍ばねばならない。 乗り込んで最初のうちは何人かの生徒が、席が空いていないかとこのコンパートメントを覗き込んでいったが、クラッブとゴイルににらまれて引き下がっていった。 それも一段落つくと、クラッブとゴイルもわたしの向かい側のシートに収まった。 「ルシウス、カードゲームしていこうよ」 クラッブが嬉しそうにごそごそとゲームの道具を出そうとした。 「おまえたち、そんな余裕があるのか? OWLの結果が全滅でスリザリンの恥をさらすようなことにならないといいがな」 そう言うと二人ともばつの悪そうな顔をしてゲームをしまい込み、わたし同様本を出して広げた。 まったく。スリザリンも質が落ちたものだ。断っておくが、彼らはわたしの「学友」ではない。わたしと同等に付き合うにはいささかレベルが低い。むしろ僕(しもべ)と言ったほうが適切かもしれないのだから、この程度の友人しかいないと思われては困る。 列車は走り続け、やがて昼の時間になった。車内販売のワゴンが回ってきたが、そこで売られているケーキだのジュースだのは安っぽくてわたしの口には合わない。入学したばかりのころは物珍しさから喜んで買っていたものだが、今ではすっかり飽きてしまった。したがってわたしは前日のうちに家から食事とお茶のセットをふくろう便で送らせておく。むろん、何種類ものパイやケーキを独り占めにするほどわたしは心が狭くはない。クラッブとゴイルにも分けてやることは忘れない。 食後しばらくすると、誰かが来て乱暴にどんどんと扉をノックした。そしてこちらの返事も待たずに厚かましく入ってきたのは、仇敵グリフィンドールの監督生だ。 「マルフォイ! ルシウス・マルフォイ! 君、監督生だろう。あっちでスリザリンとグリフィンドールの生徒が喧嘩をしているんだ。僕が止めに入ったけれど、スリザリンの奴は僕の言うことを聞く必要はないと言って、相手のグリフィンドール生を侮辱し続けている。君が行って止めてきたまえ」 この横柄な態度はどうだ。自分の力不足をわたしのせいにでもしようというのか。 「喧嘩の原因は何だ」 「え?」 「どうせ無礼なグリフィンドールの輩が先に失礼を働いたんだろう」 「そんなふうに決めつけることはないだろう!」 「では何だというのだ」 「それは……」 「原因を確かめもせずにただやめろと言っても聞くわけもないだろう。監督生ならそれぐらい頭を働かせることだな」 そう言ってやるとグリフィンドールの監督生はぐっと言葉に詰まって出ていった。まったく頭の悪い奴らだ。 それからまたしばらくすると、また誰かがノックをした。今度はこちらが応答するまで待っている様子だ。クラッブとゴイルに開けさせると、入ってきたのはスリザリンの1年坊主だった。 「ルシウス、僕のペットが行方不明になっちゃった……探すのを手伝ってよ……」 「それぐらい自分で探せ!」 わたしはさっさとそいつをクラッブとゴイルに追い出させた。監督生を何だと思っているのだ。下級生の世話係ではないぞ。この1年、いささか監督生としての働きが優秀すぎだのだろう。何かというとわたしに頼る癖がついてしまったに違いない。 「クラッブ、ゴイル、わたしはしばらく休むから、だれも入ってこさせるなよ」 二人にそう厳命して、いささか疲れたわたしは目を閉じた。 どれぐらい眠ったのか。さほど時間は経過していないように思えた。クラッブとゴイルが誰やらと押し問答している気配でわたしはふと目が覚めた。 「駄目だと言ってるだろう!」 「ルシウスは寝てるんだよ。起こすなよ!」 おまえたちの声のほうがよほどうるさいというのだ。 「ルシウスがわたしを邪魔にするっていうの? ずいぶんじゃないこと?」 ……この声は!? わたしははっきりと目を覚まして立ち上がった。 「ご婦人に無礼を働くものではないぞ」 「ルシウス! だって君が……」 わたしはぶつぶつと何か言っているクラッブとゴイルを押し退けた。 「失礼、ナルシッサ嬢。お詫びのしるしに中でお茶でもいかが?」 わたしはナルシッサの手を取った。 「ありがとう、ルシウス。いただくわ」 「クラッブ、ゴイル、しばらく外に出て誰も入ってこないようにしてろよ」 ぼけっとしてわたしたちを見ていた二人は、慌ててコンパートメントから外に出ていった。 わたしは杖を一振りしてお茶を用意し、当然我が家特製のクッキーも添えて出した。紳士たるもの女性に礼を失してはいけない。ましてや彼女は申し分のない純血の家柄の出だ。 ナルシッサはわたしの向かい側に座り、紅茶を一口飲んで 「おいしいわ」 と、やや儀礼的に言った。それがかえって、安っぽい愛想を振りまくより高貴さを感じさせて好もしかった。 「それで? 何かわたしに用があったんだろう?」 「ええ。夏休みにわたしの家でパーティーを開くの。ご招待したらいらしてくださるかしら、ルシウス」 「喜んで、ナルシッサ」 そう返事をすると、彼女はようやくその形の良い口の端ににっこりと笑みを浮かべた。 窮屈なホグワーツ特急はロンドンに向かってひた走り、その中でこの場所だけ時の流れが異なるように、優雅なひとときをわたしは過ごしていた。 |
500hitキリリクとしてほーちゃんことho_ho_hoki様へ捧げます。 優雅とは縁遠い生活をしている私にとってはこれが限界だったようです。 マルフォイ家の様子も分からないし。ただ、2巻のボージンの店での会話から、ドラコとはかなり性格やものの考え方が違うような気はしています。 全然優雅ちゃうやん、と思われたらごめんなさい。 |