勇気のある人は自己責任で読んでみよう。 読んだ後で石を投げないように。 想像力の活用は控えめに。 |
そんな未来
それはまだロンもフレッドもジョージも少年のある日のことだった。 ホグワーツの夏休み、出勤する父親の後ろ姿を見送って、フレッドとジョージはさっさと遊びに行こうと席を立った。そのとき、ロンがまだミルクの入ったマグカップを片手に持ったまま、眉間にしわを寄せてなんとも形容しがたい奇妙な表情で固まっていることにジョージは気づいた。 ロンが何かに悩んでいようとなんだろうと知ったことではないのだが、曰く言い難いその顔があまりに面白かったので声をかけてみた。 「どうした、ロン。パパの背中にゴーストでも取り憑いていたのかい?」 からかうような声に、フレッドもロンの様子に気づいて面白がって口を出してきた。 「まるでパパの後ろ姿を生まれて初めて見たような顔してるぜ。それともあれが自分のパパだってこと忘れちまったのか?」 ロンは双子のからかいに怒りもせず、ゆっくりと視線を二人に移した。 「うん……そんな気分なんだ……」 「「なんだって!?」」 そんな素直に肯定されてもかえってからかったほうが困ってしまう。 ロンはせっかく自分の反応が双子を驚かせたことにも気づかず、今度は困惑した表情になって、二人に相談をもちかけるように言った。 「ねえ、パパの髪ってあんなに薄かったかなあ」 フレッドもジョージも拍子抜けして、再び椅子に腰を下ろした。 「そんなことか。あんなもんだっただろ?」 フレッドは、ロンの皿に残っていた最後の1枚のベーコンに手を出しながらこともなげに答えた。 「そうかなあ。絶対去年より薄くなってるよ」 「だとしてもどうだっていうんだ。これから年々薄くなることはあっても増えるわけはないさ」 ジョージも取り合わない。 そんな二人をいらだたしげにロンはかわりばんこに見やった。 「ああいうの、遺伝するって知ってる?」 ロンの言わんとするところがようやく分かって、フレッドとジョージは目を見合わせた。 「僕、やだなあ。年取ったらせめてふさふさの白髪がいいなあ」 ロンは何かを想像するように視線を宙にさまよわせた。双子も共に一瞬何か考えたようだが、ロンと比べてはるかに楽観的だった。 「だれだってそのほうがいいと思うさ」 「でもそううまくはいかないのが人生ってものさ」 「いざとなったらその状況を逆手にとって楽しめばいいじゃないか」 「どうやって?」 本当に楽しそうなフレッドにロンは尋ねた。 「毎日違うカツラをつければ七変化の気分になれるかもしれないぜ」 「ついでにいろんな仕掛けをしておけば悪戯も楽しめる」 ジョージも楽しそうだ。 ロンは、諦めたように首を振った。それから 「でもさ、ビルも将来パパみたいになるんだと思う? 僕、それって自分の髪がなくなるよりやだなあ」 弟たちから見てもかっこいいと思う長髪の今のビルの姿を思い浮かべ、それからアーサーの姿を思い浮かべ、ついに双子もそれぞれの頭を抱えるような格好で黙り込んだ……。 そんな会話があったのは、もうずっと昔、まだ3人とも少年だった日のことだ。 フレッドとジョージは悪戯グッズ専門店を出すという夢かなってン十年、今や二人も中年以上の年齢に達している。ここまで大過なく順調な人生だったと言ってよい。 が、二人の頭部には小過は生じていた。かつて父・アーサーの後ろ姿を見やって弟のロンが心配したことが現実のものとなっていたのだ。 そしてそのとき双子が笑って言ったように、二人は様々な種類のカツラを作って自分たちの店で売っていた。 1時間ごとに色を変えるもの、他人が触れようとするとメドゥーサのごとく髪が蛇に変わってしまうもの、かぶった人に見えないように勝手に髪型を変えてしまうもの、などなど。 本人たちもデモンストレーションよろしくとっかえひっかえそれらを愛用して面白がっているようであった。少なくとも表向きは……。 昼食時、何やら見慣れない野菜、のようなものをジョージが取り出した。 「知ってたか? 東洋では海藻を食べると髪の毛にいいと言われているらしいぞ」 「それがそうか? 食えるのか? それ」 「マリネにするとうまいそうだ」 「そうだ、ってだれが言ったんだよ」 「ビル……」 「……」 そう、かつてロンには大見得を切ったものの、実はやはり気にしていたのである。 「しかし遺伝てのを見くびったらいかんな」 フレッドが兄弟たちの姿をずらりと思い浮かべて嘆息した。 「我が家は特にかもしれん。元々みんな髪の色も同じだったし」 ジョージがフォークを軽く振りながら面白くもなさそうに言った。 「一人ぐらい希望の星がいてもよかったのにと思うんだがな」 「チャーリーは若いころ無頓着すぎた。陽に当たってばかりで頭皮にいいはずがない」 「ロンは逆に若いころからくよくよ気にしすぎた」 「パーシーはくだらない神経使いすぎだな、あれは」 「じゃあ俺たちはなんなんだ」 「新しいビジネスを切り開くための天啓だろう」 「やっぱり一番納得がいかないのはビルだな」 「ああ。裏切られた気分だ」 そのビルは、双子が何度自分たちの商品をただで送ってあげても、断固としてそれを身に付けることを拒否し続けていた。 「だけど、これだけ魔法の発達した今の時代に、絶対効いて副作用のない特効薬がないってのも不思議だよな」 ジョージが気を取り直して言った。 「確かに。もっともそのおかげで俺たちもこんなもので商売できる余地があるわけだけどな。だけどこれももうちょっと改良の余地ありだな。蒸れてしょうがない」 「そうだな。頭皮の健康に良くない」 そう言いながら二人ともそれぞれのカツラを外したときだった。 「「うわあぁぁぁ〜〜〜〜!!!」」 二人同時に絶叫したのは、向かい合った互いの姿を認めたからだった。 ないのだ。相手の頭部に。昨日までは確かに心もとなげながらも残存していた頭髪が!その衝撃的姿はそのまま自分自身であるわけで……。そんな、そんな……。 「わあっ!」 フレッドは自分の声に驚いて目を覚まし、がばっとはね起きた。 朝だ。間違いなく朝だ。 フレッドは乱れている呼吸を整えながら周囲を見回した。自分たちの部屋だ。隠れ穴の、子供のころからずっと住んでいるその部屋だ。 はっとして両手で頭に触ってみる。大丈夫。しっかりある。昨日と変わりなく……。 (くそっ、昨日ロンがあんな変なこと言いやがったせいだ!) 筋違いな八つ当たりをしつつ、それでも確認のため隣のベッドに目をやってみる。 と、まだ寝ていると思っていたジョージはベッドの中で横を向いて、やはり両手を頭に置いたまま、しっかり目を開けて、固まっていた。 まさか……? 「……ジョージ?」 おそるおそる呼んでみる。 ジョージはまだ心臓がどきどきしていた。この壁も、天井も、間違いなく隠れ穴の自分たちの部屋だし、どうやらちゃんと、多分ちゃんと……。 呼ばれてジョージもまたおそるおそるフレッドのほうを向いた。その視線はフレッドの顔ではなく、ついついその上方に向かってしまった。大丈夫だ。昨日見たままの髪型だ。寝起きでぐしゃぐしゃしてはいるけれど。そっと自分の髪も引っ張ってみる。大丈夫。地毛だ。 大きく息をついて、ようやくジョージも起き上がった。それから、モリーに一度でいいから見せてあげたいほどの真面目な顔でいきなり言った。 「昨日のロンの話だけど、俺はカツラより先に完璧な育毛剤を発明すべきだと思う」 「な、なんなんだ、唐突に……」 いや、フレッドには分かる、と思う。なぜジョージが朝起きるなりこんなことを言い出したのか。しかし、いくら自分たちでも同時に同じ夢なんか見るわけない。もしそんなことがあったら、あったら、それはまるで、まるで本当に将来を暗示しているみたいじゃないか。それが怖くてフレッドは何の話か分からないふりをした。 ジョージもフレッドの様子に薄々感じることはあるのだが、確認するのも怖いのであえて無視をすることにした。 「ちょっと夢見が……いや、万一に備えて……じゃなくて、たまにはパパに親孝行を……」 そんな鬼気迫る真剣さで親孝行と言われても、アーサーも及び腰になるだろう。 親孝行なわけないのを百も承知でフレッドも大真面目に答えた。 「そうだな。それができたら俺たちは多分ウィーズリーズの、いや、世の男性諸氏の救世主になれるかもしれないな」 「そうさ。今までありえなかったような薬で――」 「仮にすでに自前の髪が一本もなかったとしても――」 「俺たちが発明した薬を使用すればたちまち――」 「80の爺さんがカーリーヘアになったり」 「毎日髪を切らないと果てしもなく伸び続けたり」 「すべての髪が上に向かって伸びたり」 「じゃなくて! 俺は心から純粋に切実に真面目な話をしてるんだ〜!」 自分ものっていたくせに、ジョージは両手でフレッドのパジャマの襟元をつかんで詰め寄った。 「わ、分かった。真面目にだな?」 フレッドもまだ夢の恐怖が忘れられないから、ジョージの両腕をつかんでこくこくとうなづく。 「そういうおふざけは一切なしだな?」 「いや、それはそれでまた……別口で……」 声のトーンが変わってきたジョージに対して今度はフレッドが必死になった。 「何言ってんだ! そんな余裕こいてる場合じゃないぞ! まずはまっとうな薬ができてからだ! でないと、でないと……」 「でないと?」 「あ〜、つまり、パパには間に合わない!」 「そう、そうだった。そのとおりだ!」 こうして双子は一時期本気で育毛剤の開発に取り組んだが、学年が進むうちに悪戯グッズ専門店を出す準備が本格化し、悪夢の記憶が薄れるにつれてだんだんと脇に押しやられていった。 しかし、こんな態度こそがまさにあの悪夢のような将来を招く元なのではないかと、たまにふと不安になって海藻の食べ方など調べてしまうジョージの隣では、フレッドがヘアブラシに絡みついた赤い髪の数をそっと数えていたりするのだった……。 |
Because of Ms.Mipposi