石川五十ヱ門の段



土井  [鍋をかき回す
    もう昼飯なのに、きり丸のやつどこ行ったんだ。
    [ノックの音
    ん? はーい。う……。
    [熊が立っている
    ぎゃー!!
    [倒れる
きり丸 土井先生! 土井先生! 大丈夫っすか!?
    [駆け寄る
土井  き、きり丸、な、なんだこの熊は〜。
きり丸 この熊はペットで花子っていうんです。おとなしいから安心してください。
    ペットはほかにもたくさん連れてきましたよ。
土井  [外を見る
    ああ〜! なんだこれは! ここは動物園じゃないんだぞ〜!
きり丸 近所にペットお世話しますってチラシ配ったらこんな大盛況んなっちゃ
    って。手伝ってくださいね。バイト代分けてあげますから。
土井  安月給の身とはいえ、生徒にバイト代分けてもらう教師がどこにいる!
きり丸 ここにいるぅ♪
    [指さす
土井  あのなあ……。
きり丸 サンキュー、先生。良かったなあ、花子。
    [花子、土井をなめる]
土井  う……。ぎい〜!
きり丸 花子は土井先生が気に入ったみたいですね。
    [倒れる土井]
    土井先生〜! しっかりしてくださいよ!
土井  とほほ……。せっかく作った昼飯がペットのえさになるとは……。
きり丸 はい、おまちどおさま。
土井  (勉強もあれぐらい熱心なら優秀な忍たまになるのに)
きり丸 よーくかんで食べるんだぞー。
土井  きり丸。
きり丸 なんすか?
土井  おまえ、将来なんになるつもりだ?
きり丸 え? このまま忍者になってもいいような気もするし、アルバイトしていた
    ほうがもうかるような気もするし。
土井  この休みの間に自分の将来をじっくり考えてみるんだな。
きり丸 自分の将来ね〜。あ?
    [アヒルがイノシシのえさを横取りする]
    がーこ、おまえはもうご飯済んだでしょう。うわ〜!
    [イノシシがアヒルを追いかけ始める]
    けんかしちゃ駄目だよ!
    [アヒルを追ってイノシシがきり丸たちのほうに向かってくる]
土井・きり丸 うわ〜!
    [イノシシ、きり丸を追いかけ始める]
土井  きり丸!
きり丸 う゛あ〜! た〜すけて〜!! やややや、やややや!
    [きり丸、木に登ろうとするがあせって登れない]
    ああ〜! 
土井  早く木に登れ!
きり丸 うわ〜! だあ!
土井  きり丸ー!!
きり丸 わあ〜!! 土井先生〜!!
土井  きり丸!!
    [何者かがきり丸をさっと抱えて跳び去る。イノシシは木に激突して止まる]
    ああ! おまえは石川!
石川  土井、久しぶりだな。
きり丸 石川って、もしかして。
土井  わたしの修業時代のころの親友、石川五十ヱ門だ。
きり丸 ええ!? あの天下の大泥棒、石川五十ヱ門さん!?
    [家の中。いろりを囲む3人。茶を飲む石川]
きり丸 奈良に行く途中だったんですか。
石川  ああ。
土井  奈良の大仏でも盗むつもりか?
石川  まあな。
きり丸 へえー、すっごいなあー!
土井  あははは。相変わらずスケールの大きいやつだ。
きり丸 へえー、昔からスケールが大きかったんすか。
土井  ああ。なにしろ日本の忍術の修行じゃあ物足りなくって唐・天竺にまで行っ
    たくらいだからな。
きり丸 すっごーい!
土井  石川は忍者界のスーパースターって言われてたんだ。
石川  よせよ。
きり丸 忍者界のスーパースターかあ。
    [両手を付く]
    石川先生! わたしを弟子にしてください!
土井  きり丸!
きり丸 土井先生、わたしの将来が決まりました。わたしは石川五十ヱ門先生のよう
    なスケールの大きな泥棒になります。
土井  あ、ちょ、ちょっと待て。
きり丸 わたしは決めたのです。石川先生、わたしを弟子にしてください。
石川  修行は厳しいぞ。それでもいいか?
きり丸 構いません。
石川  アルバイトなんかしていられないぞ。
きり丸 すべてのアルバイトをやめます!
石川  よし。弟子にしよう。
土井  石川!
きり丸 わー! ありがとうございます!
土井  冷静に考え直せ!
きり丸 ペットを返しにいってきまーす。
土井  ああ、きり丸! 
    [走って出ていくきり丸]
    石川、どういうつもりだ。確かにおまえは忍者界のスーパースターだった。
    だがしょせんは……。
石川  分かってるさ。石川五十ヱ門はしょせんただの泥棒さ。
土井  う、あ……。石川……。
石川  きり丸のことは心配するな。
    [修行するきり丸。指導する石川]
    [手裏剣]
石川  駄目だ駄目だ! しっかり的を見て投げるんだ。
きり丸 はいっ!
石川  よし。その調子だ。
    [縄登り]
石川  もっと速く登れ!
きり丸 はい!
    [ランニング]
石川  いいか。鉢巻きを地面に付けないように走るんだ。
きり丸 はい!
    [離れて見守る土井]
土井  (きり丸があんなに真剣に修行してるのを見るのは初めてだ……。)
    [夕方]
石川  よし。今日の修行はこれくらいにして、甘酒でも飲みにいくか。
きり丸 はい!
    [茶店]
石川  どうだ。修行の後の甘酒の味は。
きり丸 最高です!
石川  もう一杯飲むか?
きり丸 いえ、もう結構です。
石川  [小声で]遠慮するな。どうせ飲み逃げするんだ。
きり丸 え!? 飲み逃げ!?
石川  シーッ! 天下の大泥棒が甘酒なんぞに金を払えるか。
きり丸 天下のスーパースターだからこそ、甘酒の代金ぐらい置いてったほうが…
    …。
石川  甘いぞ、きり丸! おまえはこの甘酒よりも甘すぎる! そんなことじゃ天
    下の大泥棒にはなれんぞ!
きり丸 そんな……。
石川  さあ、飲み逃げだ。
    [走り出す石川]
きり丸 あ! い、石川先生! ああ。やっぱり置いていこう。お金ここに置きま
    す!
    [追いかける]
    先生! 石川先生!
    ハア、ハア。あれえ?
    [木の上から]
石川  きり丸!
きり丸 あ、石川先生。
石川  きり丸、金を置いてきたな。
きり丸 あ、ああ。はい。小銭を持ち合わせておりましたから。
石川  土井に伝えておいてくれ。
きり丸 あ、ああ、はい!
石川  きり丸は泥棒には向かないと。
きり丸 え?
石川  さらばだ、きり丸!
    [跳び去る石川]
きり丸 石川先生! 石川先生……。
    [土井の家。鍋をかき回す土井]
土井  もう夕飯だってのに、二人とも遅いなあ。
    [ノックの音]
    ん? はーい、どなたですかあ?
    [戸を開ける。熊が立っている]
    うわー!!
    [倒れる土井]
きり丸 土井先生! いいかげん花子に慣れてくださいよ〜。
土井  [外を見て]
    ああ〜!! 
    [たくさんの動物]
    これはどういうことだ! 石川はどうしたんだ。
きり丸 行っちゃいました。
土井  ええ?
きり丸 わたしは泥棒に向かないそうです。そう、土井先生に伝えてくれって言い残
    して石川先生は行っちゃいました。
土井  そっか。行っちゃったか。
    [月光の下を走る石川に思いを馳せる土井]
    ふふ……。
きり丸 何笑ってるんです?
土井  いや、べつに。
きり丸 変な先生。アルバイト手伝ってくださいよ。
土井  あはは。わかってるって。




〈終わり〉