
『瑞泉寺』
嘉歴2年の創建。開山は夢窓疎石(夢窓国師)による。
庭園は鎌倉に存する鎌倉期唯一の庭園として
また、彫刻的手法の独自の意匠による庭姿を
ほとんど完全に伝える極めて希なものとして
国の名勝に指定されている。

また五万坪に及ぶ広大な境内全域は
鎌倉公方家四代の菩提所として関東十刹の首位に
列せられた往時の規模をそのままよく保持し
伝えるものとして国の史跡に指定されている。

『杉本寺』
鎌倉最古の歴史を保つ寺。
天平6年(734年)行基菩薩の創建。
縁起によれば、文治5年の火災のさい
観音さま自ら難を逃れて杉の木の下に
立たれていたことから「杉本観音」という。
十一面観音立像(三体)を奥に見て
前の板の間に正座して合掌すると
とても素朴で古風な地方色を感じる。

『頼朝の墓』
大倉幕府跡を見下ろす大倉山山腹にある。
一代の覇者、頼朝の墓にしてはさびしい感じです。

源頼朝は義朝の嫡子で、平治の乱の後
伊豆韮山に流されていた。治承4年北条時政の応援を得て、
平氏追討の兵を挙げたが、石橋山の合戦に敗れ海路安房にのがれた。
しかし関東各地の家人の支持を得て鎌倉に入り、
寿永3年平氏一門を滅亡し、ついで奥州の藤原氏を滅ぼして
全国を平定するにいたった。
頼朝は源氏の御家人武士を統制するため侍所、
ついで公文所などをおき、幕府の組織をととのえ、
右近衛大将となり、さらに征夷大将軍に任ぜられて、
幕府を開いた。正治元年53才で亡くなった。
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