実務の友   契約締結上の過失に関する判例集
最新更新日2005.03.28 - 2006.08.10
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索  引

 1 東京高判昭和62.3.17判例時報1232号110頁
 契約書の基本的案分が作成され,契約締結,代金支払の各期限も決まるなど,契約準備段階にあった契約当事者に,契約締結を中止したことについて,これを正当視すべき特段の事情がないとして不法行為が成立するとされた事例
 2 京都地判平成3.10.1判例タイムズ774号208頁
 フランチャイズ・チェーン店の経営行き詰まりによる閉店につき,フランチャイザーがフランチャイジーに対して適正な情報を提供すべき信義則上の保護義務を怠ったとして,損害賠償責任が認められた事例
 3 福岡高判平成7.6.29判例タイムズ891号135頁
 分譲マンション用地の売買契約の締結に至らなかった場合において買主になろうとした者の契約締結上の過失が認められた事例
 4 神戸地判平成14.5.24 平成13年(レ)第55号 小切手債務不存在確認等請求控訴
 闘犬販売に際し犬の健康管理,販売時の健康確認を怠ったとして,契約締結上の過失を認めた事例
 5 最高裁三小判平成15.12.09 平成14(受)218 保険金請求事件(第57巻11号1887頁)
 火災保険契約の申込者が同契約に附帯して地震保険契約を締結するか否かの意思決定をするに当たり保険会社側からの地震保険の内容等に関する情報の提供や説明に不十分な点があったとしても慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価すべき特段の事情が存するものとはいえないとされた事例
 6 名古屋高判平成16.01.28 平成15年(ネ)第919号 不当利得返還請求控訴事件
 「貸室賃貸借契約締結に至らなかった場合において,契約締結上の過失を認め,賃貸することができなかった貸室部分の賃料及び共益費相当額を賃借人の信義則上の義務違反と相当因果関係にある損害であると認めた」事例



 1 東京高判昭和62.3.17判例時報1232号110頁
(判決要旨)
  契約書の基本的案分が作成され,契約締結,代金支払の各期限も決まるなど,契約準備段階にあった契約当事者に,契約締結を中止したことについて,これを正当視すべき特段の事情がないとして不法行為が成立するとされた事例
((注)本件は,信義則上の義務違反を理由とする不法行為を認めたものであり,契約締結上の過失そのものに基づく損害賠償を認めたものではない。)
(参照・法条)
   民法709条
(判決理由抜粋)
「次に,予備的請求について判断する。
1 第一審原告の予備的請求原因(1)の要旨は,契約締結交渉の経緯に照らし第一審原告が契約成立についての期待権すなわち契約締結の利益を有するに至った場合には,第一審被告としてはこれを侵害しないように誠実に契約の成立に努力すべき信義則上の義務を負っているにも拘らず,第一審被告は,これを怠り,本件契約及び本件協定の締結とその履行を度々確言しながらも,後に至って前言を翻し,本件契約等の締結を不可能ならしめ,第一審原告の右利益を侵害したというのである。
2 そこで,右主張について判断するに,信義誠実の原則は,現代においては,契約法関係を支配するにとどまらず,すべての司法関係を支配する理念であり,契約成立後においてのみならず,契約締結に至る準備段階においても妥当するものと解すべきであり,当事者間において契約締結の準備が進捗し,相手方において契約の成立が確実なものと期待するに至った場合には,その一方の当事者としては相手方の右期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務があるものというべきであって,一方の当事者が右義務に違反して相手方との契約の契約の締結を不可能ならしめた場合には,特段の事情がない限り,相手方に対する違法行為として相手方の被った損害につきその賠償の責を負うべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和58年4月19日判決・最高裁判所裁判集民事138号611頁参照)。
 これを本件についてみるに,契約締結交渉の経緯は前記二において説示したとおりであり,殊に前認定のとおり,第一審被告側において甲第1号証の書簡を第一審原告に送付するとともに甲第二号証の書簡を異議をとどめることなく受領したほか,前記二7の甲第5号証の作成,同11の甲第21号証の作成,同12の和解申入れの事実等を総合すれば,第一審被告側が,前記甲第1号証の書簡を第一審原告に送付し,第一審原告から甲第2号証の書簡を受領した段階において第一審原告に本件契約及び本件協定が確実に成立するものとの期待を抱かせるに至ったものと認められるから,以後第一審被告としては本件契約及び本件協約の締結に向けて誠実に努力すべき信義則上の義務を負うに至ったものというべきであり,右契約等締結の中止を正当視すべき特段の事情のない限り右締結を一方的に無条件で中止することは許されず,あえて中止することによって第一審原告に損害を被らせた場合にはこれを賠償する責を負うべきである。」


 2 京都地判平成3.10.1判例タイムズ774号208頁
(判決要旨)
  フランチャイズ・チェーン店の経営行き詰まりによる閉店につき,フランチャイザーがフランチャイジーに対して適正な情報を提供すべき信義則上の保護義務を怠ったとして,損害賠償責任が認められた事例
(フランチャイザーのチェーン店に対する保護義務違反を認めた初めての裁判例と言われる。)
(参照・法条)
   民法1条,415条,709条
(判決理由抜粋)
「1 契約締結上の過失責任について
(略)このように,フランチャイズシステムにおいて,店舗経営の知識や経験に乏しく,資金力も十分でない個人が,本部による指導や援助を期待してフランチャイズ契約を締結することが予定されていることに鑑みると,フランチャイザーは,フランチャイジーの募集に当たって,契約締結に当たっての客観的な判断材料になる正確な情報を提供する信義則上の義務を負っていると解すべきである。
 被告は,被告が本件契約の締結前に,被告の調査結果や被告の有する企業上のノウハウその他をオープンに開示したから,信義則上要求される注意義務を尽くした旨主張する。しかしながら,中小小売商業振興法11条は,必要最小限の情報の開示義務を定めたものであると解されるから,同法所定の書面を開示しさえすれば,信義則上の保護義務違反の問題は生じないと解することは相当ではない。また,チェーン店の出店の成否は,大方は立地条件によって決まるものであり(証拠略),フランチャイズ契約に加盟しようとする個人等にとって,最大の関心事は,通常,加盟後にどの程度の収益を得ることができるかどうかという点であるから,フランチャイザーが,事前に行った市場調査の報告書や経営計画書を開示する場合には,これらの書類が,加盟店になろうとする個人等にとって,契約締結の可否を判断するための極めて重要な資料となることが多い。しかも,フランチャイザーは,蓄積したノウハウ及び専門的知識を用いて市場調査を行っているから,加盟店となろうとする個人等が,その結果を分析し,批判することは容易ではない。これらの点に鑑みれば,フランチャイザーが,加盟店の募集に際して市場調査を実施し,これを加盟店となろうとする個人等に開示する場合には,フランチャイザーは,加盟店になろうとする個人等に対して適正な情報を提供する信義則上の義務を負っていると解すべきであり,市場調査の内容が客観性を欠き,加盟店となろうとする個人等にフランチャイズ契約への加入に関する判断を誤らせるおそれの大きいものである場合には,フランチャイザーは,前記信義則上の保護義務違反により,契約加盟者が被った損害を賠償する責任を負うと解すべきである。
(略)
 したがって,被告は,原告に本件契約への加入を勧誘するに当たり,客観性,正確性に問題のある市場調査の結果の信頼性を過度に強調し,フランチャイズ契約への加入の可否についての適切な判断を困難にするおそれの強い情報を提供したものと認められるから,被告は,フランチャイズ契約の加盟店の募集に際し,適正な情報を提供すべき前記信義則上の保護義務を怠ったものというべきである。そして,一に認定した事実によれば,被告の右保護義務違反と原告による本件店舗の経営が破綻したこととの間には,相当因果関係があると認められるから,被告には,本件店舗の経営が破綻したことによって原告に生じた損害を賠償する責任があると解すべきである。」


 3 福岡高判平成7.6.29判例タイムズ891号135頁
(判決要旨)
  分譲マンション用地の売買契約の締結に至らなかった場合において買主になろうとした者の契約締結上の過失が認められた事例
(参照・法条)
   民法415条,709条
(判決理由抜粋)
 「(略)前記認定のとおり,本件売買契約ないし予約が成立したと認めるに足りないものの,以上に認定した一連の事実経過に鑑みると,本件売買契約の締結に向けて,むしろ被控訴人の方が主導的に手続きを進めていたことが明らかである。確かに,前記買付証明書には被控訴人本社の稟議決裁を条件とする旨が記載されており,控訴人としてもこの点は認識していたものではあるが,宮崎は契約締結に向けて精一杯努力することを約束しており,右時点以降,被控訴人が本件土地の購入を断念する旨の通知をするまでの間に右条件が改めて確認された形跡を窺うことはできない上,本件売買契約締結に向けられた被控訴人九州支店のその後の行動,交渉態度等に鑑みると,控訴人において右交渉の結果に沿った本件売買契約が成立することを期待し,そのための準備を進めたのも無理からぬものがあったと言うべきである。そして,契約締結の準備がこのような段階にまで至った場合には,被控訴人としても控訴人の右期待を侵害しないように誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の注意義務があると解するのが相当であって,被控訴人が正当な理由もないのに控訴人との契約締結を拒んだ場合には控訴人に対する不法行為が成立するものと言うべきである。そして,被控訴人が本件売買契約の締結をしなかったことにつき正当な理由があることを認めるに足りないから,被控訴人の右行為は少なくとも過失による不法行為を構成するものというべきである。  この点に関し,被控訴人は,本件はそもそも契約締結上の過失の適用領域ではない旨主張するが,たとえ不動産取引の専門業者間の取引であって,買主が右取引により高額の利益を得ようとしていた場合であっても,契約締結に至る準備段階(交渉過程)において信義則が適用されることは自明のことであって,被控訴人が主張するように自己責任の原理を考慮するとしても,少なくとも本件のように,被控訴人が主導的に契約締結に向けての手続きを進め,その結果被控訴人本社の稟議決裁さえおりれば売買契約が成立する段階にまで進んでいる事案においては,契約締結上の過失は当然に考慮されるべきであって,被控訴人の右主張を採用することはできない。」


 4 神戸地判平成14.5.24 平成13年(レ)第55号 小切手債務不存在確認等請求控訴  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  闘犬を販売するに際し,必要な犬の健康管理と健康かどうかの確認を怠り,フィラリア症に罹患していることを見過ごしたとして,契約締結上の過失を認め,契約締結に関して支出した費用の賠償責任を認めた事例
(参照・法条)
   民法709条
(判決理由抜粋)
 「 (1) 契約締結上の過失責任に基づく損害賠償請求
ア 上記1(1)で認定の事実によれば,控訴人は,土佐犬を闘犬として飼育・訓練し,それを販売することを業としていたものと認められる。そうすると,控訴人には,犬の健康管理を行うとともに,犬を売買するに際しては,その犬が健康であるかどうかを確認の上で販売すべき信義則上の義務があると解すべきである。
ところが,証拠(控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,飼い犬を定期的に獣医に診せることもせず,フィラリア症の予防注射もまったくしないまま飼育し,フィラリア症に罹患したかどうかについては,餌の食べ具合や,闘犬の大会における戦いぶりなどから判断していたに過ぎないこと,その結果,本件売買契約当時,嵐号がフィラリア症に罹患していたにもかかわらずこれを見過ごし,被控訴人Bに売却したこと,その結果,上記1で認定のとおり,本件売買契約は錯誤による無効な契約であったことが認められる。
そうすると,控訴人には,売り主としての上記義務を尽くさなかった過失が認められ,これは契約締結上の過失にあたるから,民法709条により,被控訴人Bが契約締結に関して支出した費用を賠償する責任があるというべきである。 」


 5 最高裁三小判平成15.12.09 平成14(受)218 保険金請求事件(第57巻11号1887頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
火災保険契約の申込者は,特段の事情が存しない限り,同契約に附帯して地震保険契約を締結するか否かの意思決定をするに当たり保険会社側からの地震保険の内容等に関する情報の提供や説明に不十分,不適切な点があったことを理由として,慰謝料を請求することはできない。
火災保険契約の申込者が,同契約を締結するに当たり,同契約に附帯して地震保険契約を締結するか否かの意思決定をする場合において,火災保険契約の申込書には「地震保険は申し込みません」との記載のある欄が設けられ,申込者が地震保険に加入しない場合にはこの欄に押印をすることとされていること,当該申込者が上記欄に自らの意思に基づき押印をしたこと,保険会社が当該申込者に対し地震保険の内容等について意図的にこれを秘匿したという事実はないことなど判示の事情の下においては,保険会社側に,火災保険契約の申込者に対する地震保険の内容等に関する情報の提供や説明において不十分な点があったとしても,慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価すべき特段の事情が存するものとはいえない。
(参照・法条)
   民法709条
(判決理由抜粋)
 「原審の上記判断に係る被上告人らの上記予備的請求(その2)のうちの第2次的請求(慰謝料請求)は,要するに,被上告人らは,上告人側から本件地震保険に関する事項について適切な情報提供や説明を受けなかったことにより,正確かつ十分な情報の下に地震保険に加入するか否かについての意思を決定する機会が奪われたとして,上告人に対し,これによって被上告人らが被った精神的損害のてん補としての慰謝料の支払を求めるものである。【要旨1】このような地震保険に加入するか否かについての意思決定は,生命,身体等の人格的利益に関するものではなく,財産的利益に関するものであることにかんがみると,この意思決定に関し,仮に保険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分,不適切な点があったとしても,特段の事情が存しない限り,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することはできないものというべきである。
 このような見地に立って,本件をみるに,前記の事実関係等によれば,次のことが明らかである。(1) 本件各火災保険契約の申込書には,「地震保険は申し込みません」との記載のある地震保険不加入意思確認欄が設けられ,申込者が地震保険に加入しない場合には,その欄に押印をすることになっている。申込書にこの欄が設けられていることによって,火災保険契約の申込みをしようとする者に対し,@火災保険とは別に地震保険が存在すること,A両者は別個の保険であって,前者の保険に加入したとしても,後者の保険に加入したことにはならないこと,B申込者がこの欄に押印をした場合には,地震保険に加入しないことになることについての情報が提供されているものとみるべきであって,申込者である被上告人らは,申込書に記載されたこれらの情報を基に,上告人に対し,火災保険及び地震保険に関する更に詳細な情報(両保険がてん補する範囲,地震免責条項の内容,地震保険に加入する場合のその保険料等に関する情報)の提供を求め得る十分な機会があった。(2) 被上告人らは,いずれも,この欄に自らの意思に基づき押印をしたのであって,上告人側から提供された上記@〜Bの情報の内容を理解し,この欄に押印をすることの意味を理解していたことがうかがわれる。(3) 上告人が,被上告人らに対し,本件各火災保険契約の締結に当たって,本件地震保険に関する事項について意図的にこれを秘匿したなどという事実はない。
 【要旨2】これらの諸点に照らすと,本件各火災保険契約の締結に当たり,上告人側に,被上告人らに対する本件地震保険に関する事項についての情報提供や説明において,不十分な点があったとしても,前記特段の事情が存するものとはいえないから,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することはできないものというべきである。したがって,前記の事実関係の下において,被上告人らの上告人に対する前記の募取法11条1項,不法行為,債務不履行及び、契約締結上の過失に基づく慰謝料請求が理由のないことは明らかである。 」


 6 名古屋高判平成16.01.28 平成15年(ネ)第919号 不当利得返還請求控訴事件  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
 「貸室賃貸借契約締結に至らなかった場合において,契約締結上の過失を認め,賃貸することができなかった貸室部分の賃料及び共益費相当額を賃借人の信義則上の義務違反と相当因果関係にある損害であると認めた」事例
(参照・法条)
   民法709条
(判決理由抜粋)
 「(2) 1審原告は,上記第2の3(1)のとおり,1審原告が本件賃貸借契約を締結しなかったことについて,何ら過失がない旨主張する。
 しかしながら,前記(原判決7頁1行目から7頁15行目まで)のとおり,1審原告が実施しようとした工事の見積金額と1審被告のリース設定金額を比較して,自己の都合により本件賃貸借契約の締結を拒否したものと認められるのであって,1審原告は,1審被告に対し,これにより1審被告に不測の損害を被らせたことによる損害賠償責任があることとなるので,上記主張は採用できない。 」


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