仄暗い水の底から?


 カーネル・サンダースの呪い
 2003.09.26

 
 今さらですが、この9月15日に阪神が優勝しました。前回1985年から数えて18年目の優勝でした。随分長いあいだ優勝から遠ざかっていたとは言え、この苦節の18年間、ずっと阪神の成績が低迷し続けていたわけではありません。もちろん、何度かイイ線まで行ったことはありますし、シーズン中に好調だったことも幾度かあります。しかし、そういう時にも阪神ファンの脳裏に幾度かよぎったであろう不吉な噂が、この「カーネル・サンダースの呪い」の伝説です。

 1985年(昭和60年)、阪神タイガースは見事リーグ優勝を果たした。熱狂した阪神ファンの中には、大阪の繁華街である道頓堀界隈にくりだした者も多かった。やがて、一部のファン達が、お互いを掛布や岡田、真弓と言った阪神選手に見立て合って胴上げをはじめた。しかし、彼らの中には優勝の最大の立役者であるランディ・バースのような恰幅の者がいなかった。そこで、彼らは手近にあったカーネル・サンダースの人形をバースに見立てて胴上げをはじめた。
 時を同じくして、戎橋あたりに集まったファン達もまた、その年の阪神選手になりきり、「一番、真弓」などと名乗りを上げながら道頓堀川にダイビングする騒ぎになっていた。そして、バースの打順が回ってきたとき、カーネル・サンダースはバースの代役として道頓堀に投げ込まれ、そのまま川底に沈んでいった。
 それ以来、阪神球団は優勝にとんと縁がなくなってしまった。一説には、ドブ川の中に投げ込まれた守護神バースの写し身、カーネル・サンダースの呪いであり、ヘドロの中に沈んだカーネル人形は、阪神球団と阪神ファンに対して怨念を抱いているという。


※ちなみにケンタッキーフライドチキン道頓堀店は閉店され、現在は存在しません。2003年9月の阪神優勝時、18年前の二の舞を恐れたのは千日前店のカーネル人形です。

 この日以来、大阪の名物になった感さえある道頓堀ダイブですが、私は正直言って、最初から阪神が優勝した時に、道頓堀に飛び込む人が一人も現れないなどとは思っていませんでした。しかし、述べ人数なのか実人数なのかはよくわかりませんが、5000人を超える人がダイブを繰り返すと言うのはやはり異常事態だと思います。またレイプ未遂のような騒ぎが発生したりというのも、群集心理の恐ろしさを感じてしまいました。阪神ファンだからどうだとかいうのではなく、人間の冷静な判断力・理性などは、条件さえ揃えば簡単に消し飛んでしまうものなんでしょうね。

 さて、実はこの1985年の話には、ちょっとした裏があります。道頓堀川にカーネル人形が投げ込まれたのは紛れもない事実ですが、その直後からすぐさま呪いの話が囁かれだしたわけではありませんでした。阪神優勝の3年後、1988年の3月5日、大阪朝日放送の人気番組「探偵!ナイトスクープ」に、「道頓堀に投げ込まれたカーネル人形がその後どうなったか調査して欲しい」という依頼が舞い込みました。そこで番組側はダイバーを道頓堀川に潜らせ、川底を探索しましたが、カーネル人形を見つけることは出来ませんでした。この様子を見ていた番組司会者の上岡龍太郎氏は、「タイガースが低迷しているのはカーネル・サンダースの呪いのせいだ」とコメントしたそうです。このコメント自体はジョークだったのでしょうし、もともと存在していたネタ話がこの一件で駄目押し的に広まったのに過ぎないのもしれませんが、この経緯が人口に膾炙されて行くうちに「カーネル・サンダースの呪い」が都市伝説化して行った、というのが真相のようです。同番組では、結局見つけられることのなかったカーネル人形の代わりに、同型のカーネル人形を西宮市の広田神社(阪神が毎年優勝祈願に詣でる神社)に持ち込み、お払いを受けさせたそうです。以上『人形の誘惑』(井上章一著 三省堂刊)よりの情報です。その後に明らかになった情報なのか、実はカーネル人形はダイブの直後に某大学のサークルの学生によって引き上げられ、その後サークルの部室に保管されていた、という話もあります。ただし、その場合にも見つかったのは上半身だけで、下半身はダイブ直後に失われていたとされます。なお、このサークルを見つけたのも「探偵!ナイトスクープ」で、やはりカーネル人形にお払いを受けさせたとか。どうやら同番組では3回ほど道頓堀のカーネル人形の行方を捜索したようです(最初の捜索は番組の第一回放送で、上岡氏のカーンル・サンダースの呪い発言もこの時のもののよう)。もし、カーネル人形が道頓堀のヘドロの中にはいないとすれば、18年間に渡り、死せる孔明が生ける仲達を走らせ続けた、といったところになるのでしょうか。ただ、このあたりの経緯についてはいくらか情報が錯綜していると思われる節のあることを申し添えておきます。なお、こちらのサイトで阪神と半身についての面白い考察がありましたので、ご紹介しておきます。

 また、今回参考にした『人形の誘惑』はなかなか面白い本で、機会があれば改めてお読みになられる事をお勧めしますが、せっかくだからこの本からいくつか「トリビア」をご紹介しておくと・・・・・・。

■カーネル人形がこれほど普及しているのは日本だけ
 本場アメリカのKFCにはカーネル人形はなく、世界的にも店舗に人形を置く例は珍しいのだとか。そのため海外のKFC店舗に設置されているカーネル人形は基本的に日本製とのこと。本家トリビアで、KFCスフィンクス前店にはカーネル人形が無いと言っていましたが、至極当然のことだったわけです。人形が無い理由は「重いから」と説明されていたと記憶していますが、カーネル人形は一人で持ち運べる程度の重量のようです。

■武者カーネル
 関西地区のKFCでは、端午の節句近くになるとカーネル人形が鎧兜を身にまとうのだそうです。他地区でも全く無いわけではないようですが(と言っても私は実物を見たことがありません)、関西地区で特に盛んなデコレーションとのことで、各店舗が自発的に行ないます。ちなみにクリスマスのカーネル・サンタクロースは本社からの指示です。

■くいだおれ人形
 85年から2003年の間には、阪神の優勝がかなり現実味を帯びていたシーズンもあり、その時は「亀山選手に似ている」という理由からくいだおれ人形(くいだおれ太郎)が道頓堀に投げ込まれる事を警戒する動きもあったそうです。1992年9月24日付朝日新聞大阪版の夕刊にそれに関する記事が見られます。くいだおれ太郎は文楽人形の技術で設計されており、制作費は一千万円ほど。もし川に投げ込まれたら笑い事では済まされない損失になっていました。また、同年には千日前のスッポン太郎も亀山にちなんで道頓堀に投げ込まれるのではないか、という噂が流れたようです。そう言えば今年、阪神が今日にも優勝を決めると言う日、くいだおれ太郎が店内で「応援」をする姿がテレビで放送されていました。今シーズンの阪神には亀山はいないはずですが、そういう裏があったのか、と妙に納得。この作戦が奏功し、くいだおれ太郎は無事でした。かわりに(?)動くカニの看板は目玉を奪われました。その後どうなったのかはよく分かりませんが、奪われた両の目玉のうち片方は返ってきた、というニュースは見ました。

 話が大分横道にそれましたが、2003年、阪神がリーグ優勝を果たした以上、この悲運の球団はとにもかくにも呪いから解放されたと言って良いでしょう。もっとも、分別のある大人ならば今まで阪神が振るわなかったのが本当にカーネル・サンダースの呪いのせいだなどとは考えていないと思います。「呪われている」と言うのがジョークなら、「呪いが解けた」と言うのもジョーク、多分にジョーク的なこの話が本当に立ち消えになるかどうかは、来年以降数年間のタイガースの戦いぶりにかかっていそうです。「カーネル・サンダースの呪い」の記憶が生々しい時期に再び成績が低迷すれば、「やはり呪いは解けていない」と治りかけの風邪がぶり返すようにネタにされ、噂がさらに長期化する可能性も否定できません。

 噂の長期的展望は別にして、こと今シーズンに限って個人的に注目したいのが、指揮官である星野監督のキャラクターです。「闘将」の異名を取る監督のバイタリティーには、非常に興味がわきます。呪いの実在如何はともかく、それを打破できるパーソナリティーと言うことになれば、やはり星野監督のようなキャラクターなのか、と。呪いや魑魅魍魎、妖魅の類いと対峙する闘将のイメージで、私が何となく連想してしまうのは、平将門や大ムカデを退治した俵籐太こと藤原秀郷、鵺退治の源頼政、酒呑童子退治の源頼光とその四天王(渡辺綱・坂田公時・碓井貞光・卜部季武)、紅葉狩りの平惟茂あたりです。昨今ブームの陰陽師、特に安倍晴明などは、毒を以って毒を制すと言うのか、蛇の道は蛇というのか、呪い(まじない)によって妖怪変化を退けていますが、晴明と同時代においてさえ、自身の漲るばかりの活力と、猛々しい武力によって鬼退治を成し遂げた人がいるのです。というより、やはり晴明は自身が戦う術を持たない貴族に雇われる立場の人間であったということなのでしょう。ずっと後の時代まで、織田信長も、豊臣秀吉も、伊達政宗のような有名所でさえも、自力で戦う能力のあった武士は自分の力を頼りに妖怪変化と向き合っています。どうも私の中では、星野監督のイメージと彼ら武士のイメージに親和性があるようです。

 最近の、心霊現象(実際に心霊なるものが存在するか否かは度外視して)と言えば即専門の霊能力者の出番となる風潮は、かつての公家のような人任せの発想なのかもしれません。「霊能者」のもとに相談に訪れる人の中には、不幸な境遇をすべて「悪霊」のせいにして、それさえも他人に祓わせると言う形で、問題解決を人任せにしようとする人もいるそうです。多くの都市伝説怪異が、何やら呪術的な方策によってしか撃退できないのも、自らの力で戦うという選択肢を、意識的あるいは無意識に切り捨てて形式的神秘主義に逃げるようなものであり、これも貴族的文弱傾向の延長であるように思えます。もっとも、多くの場合話の担い手である小学生などに「自力で戦え」と言うのも酷な話ではあります。

 阪神優勝で一気に株を上げた感のある星野監督ですが、あるのかないのか分からないようなカーネル・サンダースの呪いの噂に則して考えるのなら、怪しげなジンクスを文字通りの闘魂で打ち崩した彼は、俵籐太らに連なる武人=闘将であるということになるのかも知れません。こういう書き方をするのも胡散臭いので、もっと平たく言えば、かつての鬼退治の武人達と同様に、星野監督があふれんばかりのバイタリティーによって困難な道を切り開くことのできる稀有な人種であり、そのことに対する世間の憧憬が、最近の彼の評価につながっているのではないかと思います。監督自身が呪いの噂を意識していたとは到底思えませんが、そんな迷信はものともしなさそうな力強さこそ、現代人が求めてもなかなか得られないものであるように見えます。

 さて、阪神タイガース18年ぶりの優勝によって「カーネル・サンダースの呪い」伝説に終止符は打たれるのでしょうか。

 一つの終りは一つの始まりなのか、最近では「カーネル・サンダースの呪い」の直系子孫であると思しき噂(ネタ)もまた新たに生まれつつあるようです。例えば、ついに死者が出てしまった道頓堀ダイブですが、バースのユニフォームを身につけた十数年前の死体が道頓堀のヘドロの中から見つかったとか、数年経ってダイブ死亡事件の経緯を克明に記憶している人がいなくなった時には、「過去にこんなことがあった」とばかりに一気に拡大しそうな、優れて都市伝説的な匂いを持った話も見られます。「カーネル・サンダースの呪い」は、一見忌避されそうな不吉なテーマの都市伝説でしたが、それに近い属性を持ち、なおかつもっとブラックな新たな物語が生まれつつある事を考えると、結局これも望まれて存在していた噂なのかもしれません。