American Phantom


 マッドガッサー
 2003.11.24

 
 私が始めてマッドガッサーを知ったのは例の如く、ゲームソフト『ソウルハッカーズ』でした。このゲームでのマッドガッサーは、黒ずくめの格好にガスマスクをした、いかにも怪人と言う感じのキャラクターでした。ゲームの進行上では特に重要な存在ではなく、ともすれば何となく見過ごしてしまいそうでしたが、世界各地の神や悪魔が登場するゲームの中では、ある意味では正統派と言える怪しげなエージェント風の近代的デザインが印象に残ったのでしょう、後にマッドガッサーについて調べ物をした記憶があります。しかし、そのときはこれと言った収穫がありませんでした。そこで原点回帰、ゲームがらみの資料を見ると、どうやらマッドガッサーとはアメリカで周期的に現れる正体不明の怪人で、甘いにおいのするガスを無差別に撒き散らすとのこと。そして、ガスを吸った人は眩暈や吐き気を訴えるとか。『これはテロリストっぽいなぁ』と言う感想を持ち、今度はそれまでのオカルト寄りのアプローチから犯罪史寄りへ路線修正をして、再びマッドガッサーについて調べてみました。が、やはり手ごたえなし。ネットで検索してもヒットするのはゲームがらみの情報ばかり。しかし、私と同じようなことを考えていた人は少なからずいたらしく、このゲームに関連したとあるコミュニティーで、マッドガッサーに関する情報提供を募る書き込みを見つけました。けれど、そこにあった一連のやり取りを時系列におっていくうちにたどり着いた結論は、『マッドガッサーはゲーム設定ではないか』と言うものでした。そして、少し思い当たる節があった私は、マッドガッサーに対する興味を急速に失っていきました。

 実際にはマッドガッサーはゲームオリジナルのものではないのですが、事ほど左様に日本におけるその知名度は、決して高くありません。ところが比較的最近になって、たまたま某所でマッドガッサーに関する話題を見つけ、それを読んでいたところ、“mad gasser”で検索すれば英語サイトが大量にヒットしてくるとの事。そこで実際に試してみると、確かにマッドガッサーの話題を扱っているであろうおびただしい数の海外サイトが検索に引っかかってきました。もともとアメリカ起源で、普通であれば日本とは縁もゆかりも無いような話なのですから、情報の西高東低傾向は当然の結果だったと言えます。それはさておき、それら英語サイトのうちのいくつかを見ていると、なかなか面白いことが分かってきます。詳しい情報を引き出そうと、@nifty翻訳の強烈な翻訳能力を助けにしながら、わりと力を入れて和訳をしていたら思いの外手間取ってしまいました。和訳にかけた労力のことを考慮に入れ、せっかくだからここにその詳細を記しておきます。なお、いかに力を入れたと言っても私の英語力は底が見えているので、英語が堪能な方や、今まさに英語教育を受けている高校生諸氏などは、一度ご自分で原文を読んでみることをお勧めします。また、マッドガッサーがらみの話題は相当奥が深いものらしく、当然のことながらここでその全てを網羅的に紹介しているわけでは無いことをあらかじめお断りしておきます。参考にしたのは以下のサイト(見知らぬ米国?の方、ありがとうございました)。

▼Googleで1件目に表示された事実を評価して、このサイトを主たる情報源にしました。
http://www.prairieghosts.com/gasser.html

▼下二つは補足的に流し読み。
http://www.grassyknoll.homestead.com/1047MadGasser.html
http://www.eeeek.com/ask47.html

 改めて。マッドガッサーが始めて現れたのは1933年、バージニア州のBotetourt Countyでした。その11年後の1944年にはイリノイ州のMatoonでも同じような騒動が起こっています。二つのマッドガッサー騒動の関連について、はっきりしたことは分かっていませんが、いずれの場合にも、何の前触れもなくやってきた攻撃者が、やはり何らの警戒心も持たず普通に生活している人の家に、突如として正体不明のガスを撒き散らす凶行を繰り返した、という点が共通しています。20世紀でも最もきな臭い時期に発生した事件であったため、当時はかなり深刻な事態を招いたようです。

 まず時系列に沿ってマッドガッサー騒動を追っていきましょう。マッドガッサー最初の犯行は1933年12月22日夜、前述のバージニア州Botetourt Countyで行われました。この時は、この町に住む夫婦が被害にあっています。事件当時、被害者夫婦は何らかのガスのような不審な臭いに気づいたようです。そして、明らかに何者かの攻撃であると察知したのか、夫の方が警察に通報をしました。やがて現場に到着した警官は、不審者による再度の攻撃を警戒して深夜までそこに留まっていました。果たして、マッドガッサーの攻撃は、警官が現場を去ってから再開されました。実は最初にガス攻撃を受けた夫妻は、彼らの家の地主のところに避難をしていたのですが、今度はそこが攻撃され、地主ともども被害にあっています。このとき被害者は、警戒態勢をとっていたこともあって、現場から走り去る不審な男の姿を目撃しています。

 しかし、一つ奇妙なことに、後の現場検証でガス攻撃が行われたと考えられる窓の下あたりでは、女物の靴跡が見つかったそうです。後に起こった同様の事件でも、不審者が目撃されたあたりで女性のものと思われる靴跡が発見されています。また数多くの類似事件の中には、事件発生時刻に現場近くをうろつく男女の乗った不審車が目撃された例もあり、マッドガッサーが男なのか女なのかさえも、断定的に結論付けてしまってよいものかどうかは微妙です。

 ガス攻撃の被害者に現れた症状は、吐き気、口や喉の機能障害、痺れといったものでした。中でも夫妻の娘の容態はかなり危険だったようで、人工呼吸が施されたとのこと。どうにか蘇生した後も、しばらくは痙攣の後遺症が残ったようです。このような症状を引き起こすガスの正体については、警察の捜査においても重大な関心事となりました。かなり早い段階から、エーテル、クロロフォルム、催涙ガスの可能性は否定されたようですが、具体的にどういった種類のガスであるかについては特定できませんでした。なお、マッドガッサー2番目の事件では、ガスの中に少量のホルムアルデヒドが含まれていることが分かったそうです。また、後の一時期は塩素ガスが犯行に用いられたガスとして有力視されましたが、現在ではその可能性もほとんど否定されているようです。なお、ガスの被害者の証言に共通して見られるのが、「甘い匂いのするガスだった」と言う特徴です。

 1933年末から34年にかけての時期、マッドガッサーはBotetourt Countyで繰り返し同様の犯行に及んでいます。1月22日には、マッドガッサーは攻撃した家の家人から発砲されるも現場から逃走し、あまつさえ警察による近隣道路の封鎖までもかいくぐって姿を消しています。

 十数回にも渡る正体不明の犯人からの攻撃によって、街は緊迫した空気に包まれました。住人達は武装自警団による巡回行動を開始しました。警察にとってもこの事態は悩ましいものだったようです。

 マッドガッサーの凶行はその後、2月に入るまで繰り返されました。しかし、さすがにこの頃になると模倣犯によるものと思われる犯行も目立ってきたらしく、その全てをマッドガッサー「本人」の仕業とするには慎重にならざるを得ません。類似事件の一つには、少年がいたずらで殺虫剤の瓶をとある家の中に投げ入れたものもありました。このような、どちらかと言えば他愛の無い類似事件の存在は、「マッドガッサー・ヒステリー」を終結させるため、警察に体よく利用されたようです。もはや謎の犯人によるガス攻撃よりも、模倣犯による数多い類似事件に刺激されて疑心暗鬼に陥り、武装を開始した住人の方が憂慮すべき事態だったのでしょうか。「マッドガッサーの攻撃」なるものは、壊れた煙突から漏れ出した有毒ガスであったり、悪乗りした模倣犯によるいたずらであったと言う公式見解が警察から発表され、2月に入ってしばらくするとガス攻撃事件そのものがなりを潜めたこともあって、やがてイリノイのマッドガッサー騒動は終息を迎えました。

 11年後の1944年、イリノイ州のMatoon。ここで再びマッドガッサーと思しきものの暗躍が開始されます。Matoonのマッドガッサー最初の事件は、同年8月31日の早朝に発生しました。事件のあらましは11年前のイリノイ州のものとほとんど同じ。自室で眠っていた家人が不審な臭いで目を覚まし、やがて体が痺れる異常を感じると言うものです。なお、この事件の被害者は犯人の姿をかなりはっきりと目撃しており、それによるとマッドガッサーは背が高く、黒っぽい色の服と、やはり黒くてぴったりした帽子をかぶっていたとのこと。事件はすぐに街中の知るところとなりました。

 結論からいってしまうとMatoonのマッドガッサーも、Botetourt Countyの時と同じような形で犯行を繰り返しています。比較的変わった情報と言えば、ある事件の被害者が、帰宅時に自宅玄関前に落ちていた白い布の臭いをかいだところ、顔や唇が腫れ上がるという、他の被害者とは異なった症状を表すことがあったという点でしょう。

 それらの事件を経て、MatoonでもBotetourt Countyの時と同じように、武装した住人が通りを闊歩するようになりました。警察もまたバージニアの前例と同じようにこの事態を憂慮し、FBIから2人の捜査員を招聘しています。もっとも、FBI捜査官の力をもってしても、住民の不安を取り除くような目新しい発見は無かったらしく、街にはマッドガッサーに関する怪しげな噂が溢れ出し始めました。すなわち、マッドガッサーは狂気的な実験を繰り返すマッドサイエンティストであるとか、精神異常者だといったような噂です。特に後者の噂に関しては、当時ある程度の信憑性を持って受け入れられていたようです。マッドガッサーの事件が頻発していた頃、町には一人の精神異常者が住んでいたと言います。そして、彼には2人の姉妹がいて、その姉妹が男を拘束した頃からマッドガッサーによる事件が発生しなくなったと言うのです。真相は、わかりません。

 噂の真偽はさておき、住人達の危機感はますますエスカレートしていきました。しかし、それをあざ笑うかのように事件はなおも発生し続けます。前述の噂ではありませんが、住人達の間では事件の容疑者と目される男性の目星もついていたらしく、その人物を逮捕しようとする動きがあったようです。しかし、彼は嘘発見器のテストにパスして釈放されました。このことがいっそう住人達の精神状態をナーバスなものにし、街はいよいよ戒厳令下のような雰囲気に飲まれていきます。ついには、マッドガッサー事件を解決できない警察に対する圧力行動を起こすようになりました。こうしたヒステリー状態は、9月10日ごろにピークを迎えました。最初の事件から10日と言うごく短期間のうちにこれほど事態が切迫してしまったのは、Botetourt Countyの先例があったためでしょう。このあたりは少し群集心理の怖さのようなものを感じます。現代の魔女狩りに通じる動きがあった、といっては大げさでしょうか。

 しかし、マッドガッサーが市街地ばかりではなく、周辺の農村地帯にまで活動範囲を移すようになって、事態は転機を迎えます。捜査当局や行政側は、一部に犯罪者の存在は認めながらも、類似事件の多くは単なる集団ヒステリーに過ぎないとの見解を発表しました。実は、農村地帯でマッドガッサー騒ぎが起こる直前、武装した農民がマッドガッサー・ヒステリーで混乱する市街地にやって来て、自警団のパトロールに参加する動きがありました。そして、それらの農夫のうちのある夫妻が家に帰ったとき、例の如く自分の家が不審なガスで満たされているのに気づき、通報したのです。それまで農村部での事件の報告は無かったのに、あまりにタイムリー過ぎるタイミングで「事件」が発生したため、かえってマッドガッサー事件の胡散臭さを強調する材料となった、ということのようです。とにかく、マッドガッサー騒ぎは集団ヒステリーであると言う見解を発表した以上、警察側はそれ以降マッドガッサーがらみの通報はまともに取り合わなくなりました。そして、最終的な結論として、「ガス攻撃」とされたものは地元のプラントで使用されていた有毒ガスが流出して起こったものである、との見解を発表しました。

 そして、9月13日にマッドガッサー最後の事件が報告されました。この事件も基本は先例をなぞった物ではありましたが、興味深いことに被害者の目撃証言によると、犯人は男物の服を着た女のようだったそうです。そして、いつかのように現場にはハイヒールでできたと思われる靴跡。それ以降、マッドガッサーが再び姿をあらわすことはありませんでした。

 マッドガッサー騒動の決着は、今一つはっきりしないものだったと言えます。どうも、警察が発表した「近隣の工場から流出したガスによって事件が引き起こされた」と言う公式見解だけでは説明し切れない事実が多すぎます。数多い事件の大部分が集団ヒステリーだったことはかなりの確率で事実であるような気がしますが、ヒステリーの発端となった最初期の事件は、到底事故で済まされるようなものではないように思います。もっとも、マッドガッサーに関しては日本よりもはるかに情報が多いはずの本国アメリカでも、この部分は未だくすぶり続けている問題なので、今さら蚊帳の外からマッドガッサー事件の真相についてとやかく言うのはやめておきます。

 さて、単純な事件記事としての側面からは別の角度から見た場合、マッドガッサーに関する話題の中には興味深い事実がありました。ここまでで紹介してきたように、あまりに謎が多いため、アメリカでもマッドガッサーは単なる異常者ではないのではないか、もっと突っ込んでしまえば人外のものなのではないかと見る向きがあるようです。これは洋の東西を問わないものなのかもしれません。ただし、アメリカではマッドガッサーは、UMA、宇宙人、猿人、別の場所別の時代からやってきた異次元人などと見なされるようです。日本ではさしずめ妖怪的な属性をもって受け入れられるのではないでしょうか。マッドガッサーの正体については、ナチス、あるいは軍事用に開発されたガスを実験するエージェントと言った見方もあるにはありますが、他に比べればあまりにもおとなしいですね。

 しかし、考えてみれば「妖怪」と言う観念は多分に精霊的だったり物神的だったりします。妖怪とは、基本的には唯一神教である所のキリスト教が主流派であるアメリカにはなじまない感覚なのでしょう。比較的似たような存在としては「悪魔」が一番近いのでしょうが、それでもやはり妖怪と悪魔では別物のように思います。そもそもアメリカは今更強調するまでもなく、多民族国家です。キリスト教云々を言う以前に、文化的背景、ひいては宗教的背景に多分に依存するオカルト的存在のイメージを、一様一律に皆で共有することが難しいのでしょうか。代わりに同じく人知を超えた未知の存在でも、UMAや宇宙人と言った、比較的最近、少なくとも多民族国家アメリカの成立以降に発達してきた文化の違いを超えてイメージを共有することが可能な連中で、日本でいう妖怪のポジションを分かち合っているのでしょう。

 それにしても、さすがにマッドガッサーが猿人であると言うのはちょっと…。同じ北米のUMA、ビッグフットやサスカッチなども猿人の生き残り説が有力ですし、それに近いものと言えばそうなのかもしれません。同一視とまでは行かないまでも、同系等程度には見られているのかもしれません。それにしてもマッドガッサーは毒吐き猿人、などと言うのは何か妙な感じです。そりゃあ、スカンクだってガスは出しますが…。マッドガッサーの正体、宇宙人なら御の字、まだ異次元人のほうが直感的です。日本人の私がこう感じてしまうのが、カルチャーギャップと言うものなんでしょうか。