ネットロア考3


 “達者”再録
 2003.03.29

 
 再度ダルマがらみの話題です。

 とりあえずダルマの話について、簡単に整理しておきます。この話は70年代に入った頃にはすでに存在していたようで、日本でこの話が広まる少し前にも、フランスのオルレアンでユダヤ人が経営するブティックの試着室で女性が行方不明になるという噂が広まったことがありました。「日本だるま」の話は内容がオルレアンの噂に酷似していて、話が広まった時期や、パリとオルレアンの位置関係などをあわせて考えてみても、オルレアンの噂を元にして、オリジナルには無かった結末を追加して出来上がった話と言う話が半ば定説化しています。

 「日本だるま」の話で行方不明になるのは多くの場合女性でした。被害女性は海外旅行に出かけた先で事件に巻き込まれるのだが、初期の頃にはオルレアンの噂の影響からか、旅行先はパリが中心だったのですが、その後、世界各地で日本人女性が行方不明になるようになり、日本人が海外旅行で出かける可能性のある地域のほとんどで、日本人女性が試着室で姿を消すようになります。最近では、日本人の海外旅行の現状を反映してか、アジア地域の話が中心になっています。また、大阪など国内で行方不明になる女性の話もあります。大阪の話の場合はすでに試着室で姿を消すという内容は消滅してしまっていることが多いのですが、発見されるのはやはり海外の見世物小屋です。さらに東京の場合では、ナンパしてきた男についていった女性が、手足を切断され、性的奉仕のみのために働かされるようになるという話が存在しており、見世物小屋も消滅しています。ただ、いずれの場合にも、行方不明になる女性が1人でいることはほとんど無く、夫や恋人、友人などと行動をともにしていて姿を消す場合が多いようです。

 行方不明になった女性はいろいろな紆余曲折を経て見世物小屋で発見されます。このとき、手足を切断されているだけではなく、目をくりぬかれたり、妊娠させられていたり、頭髪をそられていたり、舌を抜かれてしゃべれないようにされていることもあります。舌を抜かれた場合は、牛のようなうめき声を出すことはできても、言葉を発することができないので、「だるま」と呼ばれるかわりに「牛女」と呼ばれることもあります。この他にも、「ジャパニーズ・ダルマ」「ジャパニーズ・こけし」「人間だるま」と呼ばれることもあります。被害女性は発狂してしまっていることが多いのですが、中には正気を保っていて、見知った顔を見つけた時に「私のことはもう忘れて」などということもあります。そして、これほどの大事件がまったくマスコミで話題にならないのは、見世物小屋がマフィアなどの巨大な裏組織につながるもので、それらの組織が公権力とも癒着しているのでマスコミに圧力がかかっているせいだとか、被害女性の父親が代議士など、社会的に権力を持った人物で、事件を隠密裏に処理してしまったせいだと説明されます。

 以上のように、類話は膨大な量になると思われますが、このことはこの話への関心度の高さの表れと言えるでしょう。実際に、都市伝説を扱った書籍やインターネットサイトなどでは、必ずといっていいほど「日本だるま」の話が取り上げられています。そして、その関心の高さのためか、「日本だるま」の中の 1バージョンといえる話が1998年以降チェーンメール化しました。下のメールも既出のものなので、すでにご存知の方は読み飛ばしても問題はありません。

 この内容が事実である可能性が高いので、皆さんにお知らせします。私の知り合いのA君が、友達であるB君から受けた相談内容です。
 B君は、この前、中国の一人旅から帰ってきたばかりです。
 以下にB君の話をまとめました……

 B君は国内外問わずによく一人旅をする、いわゆるベテランでした。
 この秋は中国に行っていました。
 山々の集落を点々と歩き、中国4〜5千年の歴史を満喫していたそうです。
 ある集落に行く途中の山道で『達者』と書いてある店がありました。
 人通りも少ネい薄暗い山道で店があるのは今思えば不思議なことですが、その時は『達者』という看板だけに何かの道場かなと軽い気持ちでその店に入ったそうです。
 実は、B君も後で分かった事なんですが、『達者』と書いて『ダルマ』と読むそうです。

*************(注)*************

さて、ここで『ダルマ』というものを説明しよう。
現在、おもちゃの『おきあがりこぶし』や選挙の時などに目を入れる『達磨(だるま)』へ日本でも有名です。しかし、これの原形となった『達者(だるま)』は結構知らない人が多いのです。 B君もその1人だったのですが。
 『達者(だるま)』というのは、約70年前の清朝の時代の拷問、処刑方法の一つで、人間の両手両足を切断し、頭と胴体だけの状態にしたものである。
 映画や本で『西大后』というのがあるが、この中でも『達者』は登場している。
 ここでは、すばらしく美しい女中に西大后が嫉妬し、その女中を達者にし、塩水の入った壷に漬け込み、すぐに死なないように、食べ物だけは与えたという。
 また、しっかりと化膿止めや止血を行えば、いも虫状態のまま何年も生き存えるという。ただし、食事は誰かが与えてやらねばならないが。
 最近では、さすがの私でもウソやろというような噂まで飛び交っている。
 例えば、超S(サディスティック)な奴で、達者でないとSEXできないという性癖を持つ奴(男女問わず)がいるらしい。また、そいつらは、達者屋で随時新しい達者を購入するらしい。等など。
 しかし、もし本当ならば、その達者になる奴は何者なのであろうか。中国マフィアが貧民から奴隷として連れてきた奴や、そのマフィアに処刑されたものなのだろうか まぁ、何にせよ『だるまさんが転んだ』というような遊びは、昔、本物の達者の子供を使って遊んでいたとする何とも残酷な話である。

**************(本論に戻る)****************

 さて、その店の中は薄暗く、数人の中国人がいたそうです。
 奥のほうに人形が並んでおり、品定めをしようとよく見ると目や口が動くのです。
 そうです。達者だったのです。B君はもちろん達者など知りません。いや知っていても本当にそれを目の前にすると恐れおののくでしょう。B君は周りの中国人が近づいてくる気配がしたのですぐさまその店を出ようとしました。
そのときです。
 後ろの達者の一つが喋ったのです。しかも、日本語で。
『おまえ、日本人だろ。俺の話を聞いてくれ。俺は○○大学3回生の○○だ。助けてくれ!』
しかし、B君は何も聞いていない、また、日本語も分からないかのように無視してその店を出ました。
その後すB君は帰国し、○○大学の○○について調べてみたそうです。すると、確かに今年立教大学の学生が中国に一人旅に行き、行方不明になっているそうです。両親も捜索願をだしているとか。
B君はこのことをどう対処したらよいか悩んでいるそうです。変に動いて自分も達者にされるかも。とか。何故そのとき○○の話をキいてやらなかったか責められるかも。とか。とにかく早く忘れたいからこれ以上は聞かんといてくれとのこと。
いやはや、私も達者の噂は知っていたものの本当に存在するとは思っていなかっただけに、びびっています。在日中国人に尋ねたところ、戦前はよくいたらしい。しかし、現在はそんなことをしたら罰せられるそうだ。まぁ、当たり前であるが。
しかし、中国系マフィアなどは現在も見せしめなども含めて、そういうことをする可能性は多いにあるらしい。
 ご意見、ご感想お待ちしております。

 さらに別の友人です。
 同じような話知ってるよ。なんか,卒業旅行で,ある女の子が中国の山奥に言ったんだとさ.中国の山奥ともなると,治安なんてもちろん届かない.しかもすごい反日感情がものすごい強い.でその女の子がある集落に言ったら、そこで,例のだるまがあったんだって.それは日本人で,「俺は **大学の*****だ」と言って助けを求めたんだけど,その女の子は,たまたま中国語が話せたみたいで,相手が,笑いを誘うと一緒に笑わざるを得ないって言う状況で,何とか日本人と言うことがばれないようにしてそのまま帰ってきたんだって.そうして実際ほんとにいる人なのか問い合わせたら,やっぱり旅行に行ったまま行方不明になってるんだって.それを聞いた俺の友達の女の子は,中国に卒業旅行するのやめたんだって,これは俺の友達の友達に当たるわけで,本当の話なんだ.怖いね.さらに神秘の国、中国。
 以上でした。どう?


 この文章は、以前卒論用にWordで書いた文書を単純にHTML形式で保存しただけのものでした。それをサイト上にアップしていたのですが、今回のコラムはそれに微妙な修正+整形を加えながら書いているものです。以前の卒論バージョン、ソース上に膨大な量のどうでもいいクズ記述があり、悪戯に容量ばかりがかさむものでした。興味をもってご覧になろうとしてくださった方に、かなりのストレスを与えたかもしれないことを考えると、本当に申し訳ないばかりです。それはさておき、以前私は”拙い文章という印象は受けるが、ひと通り読んでみるとそれなりにこの話に説得力をもたせる内容が並んでいる”と言う一文をこのメールの読後感として書き添えていましたが、久しぶりに見てみると、ひたすらおかしな腰砕けメールです。ちょうど話し好きな子供が、周囲の関心を引くために話すような、一見刺激的でも大して実のない内容の話みたいです。

 まず、「達者」なるものが、70年前の清朝の拷問とされていますが、何をもって70年前なのかが全く不明です。仮に、かなり善意に解釈して、清朝の頃から70年ほど後の事件に材を取ってこのメールを書いていて、同時代感を出すためにこのような表現を用いているにしても、その時期に、一学生が中国を一人旅すると言うのは、相当不自然でしょう。また、身体の一部を切断すると言う処刑法・拷問法自体も、有史以来それほど珍しいものではありません。確かに清朝でも行われたことがあったようですが、わざわざ特筆するほどのものではありません。文中で映画「西大后」(日本での公開は 1986年)の話が出ていますが、おそらくその映画から得た程度の情報でしょう。劇中、確かに女官だったか女中だったかが手足を切断され、大きな甕から首だけ出した状態で幽閉されるシーンがあり、映画公開時にはかなりの話題になったようです。昔、私自身がそのシーンを見た時も、かなりのショックを受けた記憶があります。

 その映画のせいか、手足を切断する、という残酷な行為から「西大后」を思い出す人は多いらしく、「ダルマ」の話をする時、手足を切断された状態を説明する段になって、たとえそれが中国を舞台にした話でなくても「西大后のように」と表現する人もいるようです。ただし、映画の公開以前から、行方不明になった人が手足を切断され、見世物にされて見つかるという話が存在していた可能性を示す事例も存在しています 。映画が史実をもとにしたものということもあって、この映画を見た人ならば、手足を切断された「ダルマ」というものが、まったくのでたらめではないように思え部分があるのでしょう。まして、チェーンメールの話では、「ダルマ」が見つかる場所は中国です。細かな瑕瑾を気にしなければ、それなりに説得力がありそうなのも事実です。

 ちなみに、このメールの場合に限らず、「ダルマ」の話がインターネットサイトで取り上げられる場合、情報提供者は自分が知っている話だけではなく、ダルマ実在の可能性を補強するような情報も付け加えていることが多いようです。サッちゃんの項で紹介した”Urban Legends/うわさと都市伝説”がちょうどそのような感じでした。もっとも、これは厳密にはダルマが事実であるか否かとは別次元で、中国の処刑法に関する議論でしたが、事情を知らない人は注意して見なければ、ダルマの存在を信じ込んでしまいそうなほどの、白熱したものでした。補足情報の追加と言う現象自体は、口述の伝承の場合にも話を面白くするためによく発生する現象です。そうした情報自体がすでに一種の都市伝説で、真偽がはっきりしないようなものであることも多いのですが、達者の場合には確かに似たような処刑法が存在しているので、あとはそのような客観的事実を、各個人がどのように解釈するかでしょう。私は、かつてそのような処刑法が存在していたからと言って、それをダルマメールのように、今でもかなり一般的に行われていることであるかのように類推適用するのには抵抗を感じます。現代日本で切腹の風習が残っていると言う話も聞きませんし。

 また、被害者の素性がかなりはっきり述べられている点も、話に生々しさを与えているように思えます。中国で大学生が「ダルマ」にされる話では(どうやらこのメールが発端のようですが)、被害者は立教大学の学生と言うパターンが中心です。他にも東京の有名大学の学生が被害者となっているパターンがちらほら。地方の大学の学生であるパターンも数こそ少ないもののいくつか確認しています。中には鈴木という姓まではっきりしている場合もありましたが、数の多い姓なだけに鈴木さん被害者バージョンはかえってとってつけたような印象を受けます。数年前に、 番組「進め!電波少年」で、お笑いコンビの猿岩石が、ヒッチハイクでユーラシア大陸を横断する企画がヒットし、同様の企画が第2弾、3弾と続いたことがありましたが、それに触発されて、大学生くらいの若者がバックパッカーとって途上国などを貧乏旅行するケースが増加し、それに伴って犯罪の被害件数も増えてしまったことが問題になっていました。そのことを知っている人の場合、「達者」の話は、貧乏旅行をしていた大学生が辺境の地で思いもよらない災難に遭遇した慣れの果ての話と考えたとしても不自然ではなさそうです。蛇頭と呼ばれる中国の犯罪組織の名前は記憶に新しいし、一般には中国マフィアという言葉のイメージも実体がないまま一人歩きし、このメールの中においては、中国の治安に対する不安を煽る要因となっているでしょう。

 そして、文中幾度か登場する中国の神秘性を強調するような言葉です。俗に「中国四千年」などと言いますが、多くの人にとって、その言葉は聞いただけで中国が神秘の国であると納得させられてしまうほどの力があるのではないでしょううか。このメールには色々と念入りに、達者の話が真実であるように思い込ませるためのからくりが仕掛けられているようです。

 しかし、その反面「ダルマ」にまつわる話はインターネットに登場して結構大々的に取り上げられ、チェーンメールが出回るずっと以前から知られた話であったこともまた事実です。海外旅行に出かけた日本人が、強盗や殺人事件などといった普通の犯罪ならともかく、両手足を切断され見世物にされるという特異な事件に巻き込まれ、しかも似たような事件が世界各地で発生しているといい、これらの話がすべて事実だとすれば、いったい何人の日本人が手足を切断されているのか、と不審に思うほどの数の多さです。しかも、少しもニュースや新聞で報道された気配がない。このような状態になると、大抵の人は「ダルマ」の話が眉に唾して聞かなければならない内容のものだということに気づくであろうし、新たに同種の話を聞いたとしても、それは取るに足らない実体の無い作り話だということになるはずでしょう。インターネットサイトに投稿された「ダルマ」の話を見た、おそらくはかつて同様の話を聞いたそれなりに年配の人と思われる人のコメントとして、「まだこんな話があるの?」という感想がありましたが、以前に「ダルマ」の話を聞いたことのある人の平均的な反応はこのようなものでしょう。このように話のネタとしては食傷気味であるにもかかわらず、かつての「ダルマ」の話の焼き直し感が否めない「達者」の話がチェーンメール化した原因は後に考察します。

 それにしても、ダルマメールには未だに解明されない最大の疑問があります。このメールの”ご意見、ご感想”はどちらに送ればよいのでしょうか。まさか、通常ルートの転送と同時に、返信によるメールの流れも作り出そうと言う企てなのでしょうか。