今回のタイトルは『深夜のテロップ』となっていますが、みなさんがこのタイトルを見て、真っ先に思い浮かべる話とはどのような物でしょうか。
テレビの放送が終了した深夜、ある人がつけっぱなしにしてあったテレビにたくさんの人名が映し出されているのを見た。何かのニュースだろうかと思って眺めていたら、その中に自分の名前がある。チャンネルは国営放送。いったいどういうことだろうと思い、次の日に件の放送局に問いあわせの電話をしてみると、職員の説明はこうだった。
「あれは受信料未払い者を一覧表にして流しているんです」
NHK受信料未払い者伝説は、放送にまつわる都市伝説の中でもそこそこ有名と言える物なのではないでしょうか。別に恐い話ではないですが、個人的にはなかなか面白い内容であると思います。しかし実は、深夜のテロップというモチーフを持つ話が他にも存在しているのです。
15年くらい前夜中の2時30分頃テレビをつけたら
カラーバーが映っていて(あたりまえですが)
ああ、やっぱりこの時間は放送やってないな、寝ようと
ふと思ったその時急に画面が切り替わって
ゴミ処理場が映し出されました。そしてテロップに
NNN臨時放送と出てひたすら処理場を遠景で映し続けるのです。
なんなのだろうと思って様子をうかがっていると
人の名前がスタッフロールのようにせり上がってきて
ナレーター?が抑揚のない声でそれを読み上げていきました。
バックには暗い感じのクラシックが流れ
だいたいそれが5分くらい続いたでしょうか、最後に
「明日の犠牲者はこの方々です、おやすみなさい。」と。
それ以来深夜放送が怖くてたまりません。
周りは誰もこの話を信じてくれないし・・・
仮にこの話に、『明日の犠牲者』というタイトルをつけて話をすすめていくことにします。一見すると投稿記事風の内容です。実際に私は、この話の存在をメールによって教えていただいたのですが、この話はもともと2ちゃんねるに書き込まれていた物のようです。そのために投稿調の文体になっています。今回のメインは受信料未払い者リストの話ではなく、こちらの話です。
2ちゃんねるで産声をあげた『明日の犠牲者』は、その後ネット上で増殖していきます。この文章中に含まれるいくつかの特徴的なフレーズを使い、Googleで検索をかけてみたところ、全く同じ内容、あるいは部分的に文章を抜き出した物など、20件弱が検索にひっかかりました。掲示板で生まれた話だけあってか、主に掲示板上に存在しているようです。すでに少し触れたように、内容に関してはその増殖の過程に置いてもほぼ不変でした。これは改めて指摘するまでもないことかもしれませんが、コピペによる増殖であったためでしょう。昨今の2ちゃんねるで言うならば、ちょうど“さいたま”のように増えていったはずです。もっとも、増殖の勢いは雲泥の差ですが、それでもこの話は、2ちゃん内のブームである“さいたま”とは違い、2ちゃんねるの外にまで広がっているので、拡散範囲はそれなりに広いというか、バラエティに富んでいると思われます。惜しむらくは、話の内容からどうしても、テレビか怪談の話題を扱った掲示板を中心にしか話題に上らなかったことでしょう。それでも、ネット上のコミュニケーションスペースである掲示板の事情に精通している人であれば、この話しの一通りの事は知っているようです。
さて、深夜のテロップと言う受信料未払い者リスト伝説と共通するモチーフを持つこの話は、しかしそれほど大きな広がりを見せませんでした。何らかの形で未払い者リストの影響を受けた話だとは考えられますが、両者の間に何か違いがあったのでしょうか。おそらくは最後の部分で、事実であることを強く匂わせる一文が用いられたためでしょう。都市伝説の都市伝説たる所以の中に、『一般に事実であると認識されている話』というものがありますが、もし事実であることを匂わせたためにかえって話題に上らなかったのだとしたら、皮肉なものです。
この話が持つ恐怖の形は、かなり洗練された物であると言ってよいでしょう。あまりにストレートで露骨な恐怖ではなく、なにやら謎めいた恐怖の片鱗を、一瞬だけちらつかせ、その後再び闇の底に沈んでいくような、そんな恐怖であるような印象を受けます。個人的には、呪いと言う言葉に恐さのほとんどを集約させてしまったような怪談よりも不気味に思います。あまり突飛な内容ではないのも、妙に現実的な恐怖感を呼び起こす要素になっていそうです。
一方で、話が持つ真実っぽさのためか、掲示板上に登場した際にこの話は真偽に関する検証が念入りに行われたようです。もともとテレビ板で誕生した怪談なわけですから、放送業界の実態を熟知した、言うなれば海千山千の猛者たちによって、すでに実証的な考察は行われてしまっていると言って良いでしょう。一つの争点になったのはどうやら“NNN”という単語のようで、これには日本テレビ系列を意味するNNNであるという見解と、そうではない某ローカル局(?)を表すNNNであるという意見の二つの流れがあったようです。日テレ系の番組だとしたら“NNN臨時放送”という表記は不自然であるとか、あるいは某ローカル局の番組であったとしたら映画の一部の可能性があるとか、かなり細かい分析がなされたようです。また、深夜放送では普通、時間の経過と共に対象日付が流動的になる、昨日・今日・明日という表現は避けるはずだ、とか新聞訃報欄のような内容の番組を見間違えたのだとか、いろいろな見方があったようですが、結論としては現実のニュース放送とは考えにくい、というところに落ち着いたようです。もしかしたら掛け値なしの真実であると認めてしまうには、少し不気味すぎる話題であるために、否定する側の論証に熱がこもってしまったようなところがあるのかもしれません。
別の角度からあえてもう一度検証するとすれば、何者かの愉快犯的な犯行、という解釈も一応は可能です。通常テレビ局がカバーしている全エリアに、正規の番組とは異なった偽番組を流す電波ジャックのような真似をするのは大変なことですが、ごく限定的な範囲に不法電波を流し、あたかもテレビ局から送信されてきた番組であるかのように見せかけることは、技術的には可能ということです。結構な手間がかかるのも事実なようですが。『明日の犠牲者』の話も単なる悪戯であれば、それほど恐い話ではなくなってしまいます。
いずれにしても、得体の知れない不気味さが身上であったこの話も、冷静に分析してみれば意外と底の浅い話だったらしく、そのために受信料未払い者リストほどには認知されなかったのでしょう。受信料未払い者リスト伝説も、よくよく考えれば胡散臭い話ではありますが、こちらはその場限りのネタ話として盛り上がるための話として、気楽に楽しむことが可能です。真偽をはっきりさせておかないとなんとなく後味の悪い物が残りそうな明日の犠牲者の話とは、このあたりが違っていたと言えます。深夜のテロップという共通したモチーフを持つ二つの話、ひょとすると親子関係でつながっているかもしれない二つの話は、等しく人の興味を引く話ではあったものの、その関心の所在が違っていたため、片方は次第に後半に浸透していき、他方は伝播のための仕組みがうまく働かず、ネット上で細々語り継がれていく話になった、という構図でしょうか。現実問題として、都市伝説が都市伝説たり得るには、一見事実のように思える内容であり、かつ真偽の検証が困難である、ということが必要そうです。
しかし、『明日の犠牲者』の話は、か細いながらもネット上のネタ話として生き続けているのも事実です。そういう意味では、これも立派なネットロアと呼べるのではないでしょうか。ネット上では思い出したように話題にされつつ、日常生活ではほとんど話題にのぼらない話。インターネット上の仮想空間は、やはり現実からは切り離された空間であるのか、それとも現実世界の延長線上にあるものなのか、この『明日の犠牲者リスト』の話は、一つの示唆的な要素を含んでいるように思います。
掲示板から掲示板へのコピペによる伝播というのも特徴的でしょう。この方法は、情報伝播の形態としてはチェーンメールと似たような一面を持ちつつ、その実、最初に文章を起した人の意見を別の場所に丸投げしているに過ぎない行為のように思います。対するチェーンメールは、それに参加することで、そこで取り上げられている内容にある種の同調を示したことにつながります。多くの人の関心を集めた話(支持を得た話)というのは、それによって権威付けにも似た効果が働き、話そのものの内容以外にも、人の関心をひきつける付加的な力を与えられ、さらにたくさんの人々から興味を示されるようになる可能性があります。しかし、コピペであちこちに拡散していった場合、それを直接目にする人の数は増えても、権威付け作用は効率的に働かないように思います。
また、『明日の犠牲者』が誕生した2ちゃんねるは特にそうですが、ネット上は怪しい噂が飛び交う場所のように言われることがあります。その一方で、ネット上にも怪しい噂を排除する自浄作用のようなものも存在していそうです。インターネット上から情報を得る場合、必要とされる能力の中でも、真実を見抜く確かな洞察力というのは、最も重要な一つなのかもしれません。コミュニケーションの場としての掲示板は、意外と閉じられた世界であると言われています。たいていの場合、掲示板上の話題はあるテーマに沿って展開され、その話題に興味のない人が、そこに参加することはあまりありません。それでも、何かの拍子にそこへ飛び込んでしまったとき、そのコミュニティ内では根も葉もない単なる作り話であると周知のことになっている話を真実だと錯覚し、そこから新しい話が生まれていくのでしょうか。
ちなみにNHKの受信料の徴収ですが、未払い(と思われる)世帯はかなり細かくチェックされています。少なくとも受信料を払っている形跡がない家の住所はリスト化されているようです。住所がわかるとなれば、そこから未払い者の名前を割り出すことも可能なはずですが、実際にはそのような手間をかけず、直接各戸訪問するとのこと。いえ、最近ついに我が家へ徴収係の追及の手が伸びてきたもので・・・・・・。
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