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最一小判平成16.11.18 民集第58巻8号2225頁
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(判決要旨)
甲らは,乙(住宅,都市整備公団)との間で,その設営に係る団地内の住宅につき賃貸借契約を締結していたところ,乙による団地の建て替え事業の実施に当たって,上記賃貸借契約を合意解約し,上記住宅を明け渡すなどした上,建て替え後の団地内の分譲住宅につき譲渡契約を締結したこと,上記建て替え事業の実施に当たり甲らと乙が交わした覚書には,乙において甲らに対し分譲住宅をあっせんした後未分譲住宅の一般公募を直ちにすること及び一般公募における譲渡価格と甲らに対する譲渡価格が少なくとも同等であることを意味する条項があり,甲らは,上記譲渡契約締結の時点において,上記条項の意味するとおりの認識を有していたこと,乙は,上記時点において,甲らに対する譲渡価格が高額に過ぎることなどから,上記一般公募を直ちにする意思を有しておらず,かつ,甲らにおいて上記認識を有していたことを少なくとも容易に知り得たにもかかわらず,甲らに対し,上記一般公募を直ちにする意思がないことを説明しなかったこと,これにより甲らは乙の設定に係る分譲住宅の価格の適否について十分に検討した上で上記譲渡契約を締結するか否かの意思決定をする機会を奪われたことなど判示の事情の下においては,乙が甲らに対し上記一般公募を直ちにする意思がないことを説明しなかったことは,慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価すべきである。
(参照法条)
民法709条,民法710条
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(判決理由抜粋)
2 本件は,被上告人らが,住宅公団は,本件各譲渡契約を締結する際,被上告
人らに対し,信義則上,被上告人らに対するあっせん後直ちに未分譲住宅の一般公
募をする意思がないことを説明すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った
ことから,被上告人らにおいて住宅公団が設定した分譲住宅の価格の適否について
十分に検討した上で本件各譲渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪われたな
どと主張して,上告人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料等
の支払を求める事案である。
3 そこで検討すると,前記事実関係によれば,次のことが明らかである。
(1)
被上告人らは,住宅公団との間で,その設営に係る団地内の住宅につき賃貸借契
約を締結していたが,住宅公団の建て替え事業に当たって,借家権を喪失させるな
どしてこれに協力した。
(2) 住宅公団と被上告人らとの間で交わされた本件覚書
中の本件優先購入条項は,被上告人らに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が
直ちに行われること及び一般公募における譲渡価格と被上告人らに対する譲渡価格
が少なくとも同等であることを前提とし,その上で抽選によることなく被上告人ら
が確実に住宅を確保することができることを約したものである。
(3) そのため,
被上告人らは,本件優先購入条項により,本件各譲渡契約締結の時点において,被
上告人らに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われ,価格の面でも
被上告人らに示された譲渡価格は,その直後に行われる一般公募の際の譲渡価格と
少なくとも同等であるものと認識していた。
(4) ところが,住宅公団は,本件各
譲渡契約締結の時点において,被上告人らに対する譲渡価格が高額に過ぎ,仮にそ
の価格で未分譲住宅につき一般公募を行っても買手がつかないことを認識しており
,そのため被上告人ら及び他の建て替え団地の居住者に対するあっせん後直ちに未
分譲住宅の一般公募をする意思を有していなかった。
(5) それにもかかわらず,
住宅公団は,被上告人らに対し,被上告人らに対するあっせん後直ちに未分譲住宅
の一般公募をする意思がないことを説明しなかった。
以上の諸点に照らすと,住宅公団は,被上告人らが,本件優先購入条項
により,本件各譲渡契約締結の時点において,被上告人らに対するあっせん後未分
譲住宅の一般公募が直ちに行われると認識していたことを少なくとも容易に知るこ
とができたにもかかわらず,被上告人らに対し,上記一般公募を直ちにする意思が
ないことを全く説明せず,これにより被上告人らが住宅公団の設定に係る分譲住宅
の価格の適否について十分に検討した上で本件各譲渡契約を締結するか否かを決定
する機会を奪ったものというべきであって,住宅公団が当該説明をしなかったこと
は信義誠実の原則に著しく違反するものであるといわざるを得ない。そうすると,
被上告人らが住宅公団との間で本件各譲渡契約を締結するか否かの意思決定は財産
的利益に関するものではあるが,住宅公団の上記行為は慰謝料請求権の発生を肯認
し得る違法行為と評価することが相当である。上記判断は,所論引用の判例(最高
裁平成14年(受)第218号同15年12月9日第三小法廷判決・民集57巻1
1号1887頁)に抵触するものではない。
4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用
することができない。
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