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最三小判平成9.7.1 民集第51巻6号2251頁
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(判示事項)
一体として利用されている二筆の借地のうち一方の土地上にのみ借地権者所有の登記されている建物がある場合において両地の買主による他方の土地の明渡請求が権利の濫用に当たるとされた事例
(判決要旨)
丁戊二筆の土地の借地権者甲が、ガソリンスタンドの営業のために、丁地上に登記されている建物を所有して店舗等として利用し、隣接する戊地には未登記の簡易なポンプ室や給油設備等を設置し、右両地を一体として利用していて、戊地を利用することができなくなると右営業の継続が事実上不可能となり、甲が右ポンプ室を独立の建物としての価値を有するものとは認めず登記手続を執らなかったこともやむを得ないと見られ、他方、右両地の買主乙には将来の土地の利用につき格別に特定された目的は存在せず、乙が売主の説明から直ちに甲は使用借主であると信じたことについては落ち度があるなど判示の事情の下においては、乙が右両地を特に低廉な価格で買い受けたものではなかったとしても、乙の戊地についての明渡請求は、権利の濫用に当たり許されない。
(参照法条) 民法1条3項,建物保護に関する法律1条,借地借家法10条1項
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(判決理由抜粋)
二 本件は、補助参加人からb番d及び同番eの各土地を買い受けた被上告会社
が、右各土地を占有している上告会社に対し、所有権に基づき本件建物のうち一、
二階部分等の収去及び土地の明渡しを請求している事案である。
原審は、前記事実関係の下において、次の理由で、被上告会社のb番eの土地に
関する本件建物の一、二階部分の収去及び同土地明渡しの請求を棄却すべきものと
し、b番dの土地に関するポンプ室等収去及び同土地明渡しの請求を認容した。
(二2,二3略)
三 原審の右二2の判断は是認することができるが、二3の判断は是認すること
ができない。その理由は、次のとおりである。
建物の所有を目的として数個の土地につき締結された賃貸借契約の借地権者が、
ある土地の上には登記されている建物を所有していなくても、他の土地の上には登
記されている建物を所有しており、これらの土地が社会通念上相互に密接に関連す
る一体として利用されている場合においては、借地権者名義で登記されている建物
の存在しない土地の買主の借地権者に対する明渡請求の可否については、双方にお
ける土地の利用の必要性ないし土地を利用することができないことによる損失の程
度、土地の利用状況に関する買主の認識の有無や買主が明渡請求をするに至った経
緯、借地権者が借地権につき対抗要件を具備していなかったことがやむを得ないと
いうべき事情の有無等を考慮すべきであり、これらの事情いかんによっては、これ
が権利の濫用に当たるとして許されないことがあるものというべきである。
これを本件について見るに、b番dの土地は、上告会社の経営するガソリンスタ
ンドの給油場所及びその主要な営業用施設の設置場所として、上告会社の本店であ
る本件建物の存在するb番eの土地と共に営業の用に供されていたのであり、これ
らの土地は社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されていたものという
ことができ、仮に上告会社においてb番dの土地を利用することができないことと
なれば、ガソリンスタンドの営業の継続が事実上不可能となることは明らかであり、
上告会社には同土地を利用する強い必要性がある。その反面、買主である被上告会
社には、これらの土地の将来の利用につき、格別に特定された目的が存在するわけ
ではない。
そして、被上告会社は、b番dの土地の右のような利用状況は認識しつ
つも、補助参加人の説明により、上告会社は右各土地を補助参加人との間の使用貸
借契約に基づいて占有しているにすぎないと信じ、本件の明渡請求に及んだもので
ある。なるほど、補助参加人は上告会社の監査役であり、弁護士でもある上、上告
会社の代表者等と血縁関係にあったというのであるから、被上告会社において補助
参加人の上告会社の経営事情に関する発言の内容を信ずることもあり得ないではな
かったといえる。
しかしながら、営利法人である上告会社が、右各土地上に堅固の
建物である本件建物を建築し、既に長期にわたりガソリンスタンドの営業を継続し
てきていたとの事情に照らし、被上告会社において、補助参加人の説明のみから、
上告会社の右各土地の占有権原が権利関係の不安定な使用貸借契約によるものにす
ぎないと信じ、上告会社がその営業の廃止につながる右各土地の明渡しにも直ちに
応ずると考えたのであるとすると、そのことについては、なお、落ち度があったと
いうべきである。
他方、上告会社は、b番dの土地には、登記手続の対象にはなら
ない地下の石油貯蔵槽や地上の給油施設のほか、ポンプ室を有していたにすぎず、
右ポンプ室の規模等に照らし、上告会社が、これを独立の建物としての価値を有す
るものとは認めず、登記手続を執らなかったことについては、やむを得ないと見る
べき事情があったものということができる。
そうすると、上告会社においてb番d
の土地をb番eの土地と一体として利用する強度の必要性が存在し、右につき事情
の変更が生ずべきことも特段認められない本件においては、被上告会社が右各土地
を特に低廉な価格で買い受けたのではないことを考慮しても、なおその上告会社に
対するb番dの土地についての明渡請求は、権利の濫用に当たり許されないものと
いうべきである。
四 右と異なる解釈の下に、上告会社のb番dの土地に対する明渡請求が権利の
濫用には当たらないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、こ
の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理
由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告会社敗訴の部
分は破棄を免れない。
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