(判決理由抜粋)
3 原審は,次のとおり判断して,本訴請求を認容すべきものとし,反訴請求を
棄却した。
(1) 本件貸付金残債権は,貸付けの時点で発生し,被上告人としては,期限の
利益を放棄しさえすれば,これを受働債権として本件過払金返還請求権と相殺する
ことができたのであるから,Aの吸収合併により上告人と被上告人との間で債権債
務の相対立する関係が生じた平成15年1月6日の時点で,本件過払金返還請求権
と本件貸付金残債権とは相殺適状にあったといえる。
(2) そうすると,被上告人は,民法508条により,消滅時効が援用された本
件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とを対当額で相殺することができるから,
本件根抵当権の被担保債権である貸付金債権は,相殺及び弁済により全て消滅し
た。
4 しかしながら,原審の相殺に関する上記判断は是認することができない。そ
の理由は,次のとおりである。
民法505条1項は,相殺適状につき,「双方の債務が弁済期にあるとき」と規
定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権につ
いても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。
また,受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由
に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益
を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない。
したがって,既に弁済期に
ある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,
受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の
利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するとい
うべきである。
5 これを本件についてみると,本件貸付金残債権については,被上告人が平成
22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日
の経過をもって,期限の利益を喪失し,その全額の弁済期が到来したことになり,
この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえ
る。
そして,当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照
らせば,同条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権はその消滅時
効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。
前記事実関係によれば,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については,上
記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから,本件過払金返
還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず,被上告人がした相殺は
その効力を有しない。
そうすると,本件根抵当権の被担保債権である上記2(2)の
貸付金債権は,まだ残存していることになる。
6 以上と異なり,本件過払金返還請求権を自働債権とし,本件貸付金残債権を
受働債権とする相殺の効力を認めた原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明
らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
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