5W1Hは実務の友![]() |
知的生産というのは、 頭をはたらかせて、 なにかあたらしいことがら−情報−を、 ひとにわかるかたちで提出することなのだ、 (梅棹忠夫著「知的生産の技術」) |
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(1) 5W1H 新聞記事の書き方には,5W1Hという原則がある(注1)。 社会の出来事は,結局「何が何して,どうなった」と表現されるが,これには,
例えば,ある日の新聞記事は,次のような書き方である。
社会の出来事を新聞記事として客観的に的確に伝えるには,文章作成上,これらの構成要素をきちんと押さえることが大切であるということを教えている。 しかし,5W1Hが求められるのは,何も新聞記事の書き方に限らない(注2,3)。 ビジネスのコミュニケーションは,キャッチボールのようなものであり,人と人との間の意思と情報が確実に伝達し合うことが大切である。 その意思と情報が確実に伝達し合うためにも,情報の整理(文章表現)と伝達(報告・連絡)の場面で,5W1Hは,重要な役割を担う(注4)。とりわけ,出来事(事実)の報告・伝達には,5W1Hは欠かせない。
(2) 6人の賢者 ビジネスの世界では,「計画 -> 実行 -> チェック -> 行動」のPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルが重要だとされる。このサイクルを基本に,さまざまの出来事,状況に応じて,的確に事態を認識し,行動計画を立て,適切にして迅速な判断と処理が求められるのである(注1)。 5W1Hは,その場合の情報収集や仕事の進め方等の必要事項に落ちやモレはないか,そのチェックリストとしても機能する。同時に,社会の出来事を知り,ものごとの知識を深める上でも,有効な情報収集促進ツールとして機能する。 「5W1Hを友とせよ」というアドバイスがある(注2)。 イギリスの作家キップリングは,こうした「六何」を「6人の賢者」にみたてて,その詩の一節で次のように書いている(注3)。
仕事ができる人は,目的に応じて「6人の賢者」=「5W1H」をうまく使いこなすと言われる。 この5W1Hの原則に対しては,さらに近年は,「何人に対し(to Whom)」を加えて6W1Hとしたり(注5),あるいは「どれだけ(How much)」も加えて6W2H(注6)とするなどのバリエーションがある。
(3) 仕事の発想とチェック 5W1Hは,これまでみたように,まず情報の整理や文章表現,情報の伝達を適切に行うのに役立つと同時に,今後どうするかを考える行動計画あるいは対策又は企画の立案をするに際しても役立つ情報ツールである。 5W1Hは,指示する,命令を受ける,連絡する,伝言する,計画を立てる等,仕事の進め方を考える上で,必要事項の漏れを防ぎ,発想を促進し,正確度を期すようにチェックリストの役割も担う。 既に一般に周知された基本的な必須ツールといえよう(注1)。
(ビジネスでは,6W2Hが使用されることが多くなっている。)
第1に,これまでに起きた出来事,既にある事態の情報収集(現状把握)を効果的にするとともに,必要事項の把握に漏れが生じないようにチェックするのに役立つ(注2,3)。 第2に,これから今後どうするかを考える,行動計画あるいは対策立案(企画)を考えるに際しても,必要項目に漏れやダブりがないようにするチェックリストとしても機能する(注4,5,6)。 こうした機能面から,5W1H法は,QCサークル活動のように(注7),何をなすべきか,どう解決すべきかの職場改善運動の1つとしても活用されている。
(4) 危機管理の発想 この5W1Hの各構成要素は,必ずしも重要度や必要度,構成(表現)の順序が一律に定まっているものでもない。 文章表現,事態の把握,対策の立案等,その目的に応じた必要度(Need to know)によって異なる。 「いつ(When)」,「どこで(Where)」がいつも文章表現の先頭に来るとは限らないし, 「誰が(Who)」が冒頭に来て,「なぜ(Why)」が省かれても支障がない場合もある。強調すべきものが冒頭に位置したり,あるいは重要なものは説明が詳細になったり,当然了知可能なものは省略されたりすることもある。 危機管理のための情報収集と伝達も,5W1Hに即して行われなければならないが,ここでも,そのすべての要素が一律に要求されるわけではない。 危機管理では, [1]まず「何が起きたか」(What)の情報が優先され, [2]次に「誰が」(Who), [3]次いで「いつ」(When),「どこで」(Where)が続き, [4]「なぜ」(Why),「どうやって」(How)は後からでもよいとされる(注1)。 現に起きた事態の客観的かつ迅速な把握と伝達が,まず優先される。 優先されるべき重要な情報は何か。5W1Hも,その目的と必要とされる情報,場面に応じて,活用の方法と力点が変えられなければならない。
(5) 創造的な発想 「なぜ」(Why),「どうやって」(How)の事項は,「危機管理」では後順位になるが,「問題解決の技法」では,逆に,これらが何より優先される。 文章表現等とは少し場面は異なるが,一定の問題状況への取組みの一例として,有名な「トヨタ式5W1H」がある。 これは,もともと,トヨタのかんばん方式の生みの親・故大野耐一氏が,「5回の「なぜ」を自問自答することによって,ものごとの因果関係とか,その裏にひそむ本当の原因を突きとめることができる。」として,数々の改善策を生み出したことに由来する(注1)。 これを一般的な問題解決手法として,「トヨタ式5W1H」と呼んでいるようである。ここでの5W1Hは,「Why,Why,Why,Why,Why,How」である。 「なぜ?,なぜ?,・・・」と5回繰り返し問題を深く問う中でこそ,物事の本質,真の原因が突き止められ,そこから「如何にして」の解決策,改善策が生まれるとする(注2)。 これは,創造的な問題解決技法を説くものであり,その思考方法は,WhyとHowによる思考の集中と深化が重要だともいえる。危機管理の発想とは逆順である。 危機管理が起きた事態の把握を重視するのに対し,創造的な問題解決技法は,今ある事態に対する今後の変革を促すことに力点がある思考方法といえよう。
(6) 国語力の育成 これからの時代においては,技術革新と情報過剰が進む中,人が充実した生き方を実現するには,有用な情報を得て,人と人との間の交流,情報活用を図り,生活上,仕事上,それぞれ適切に課題や問題を解決していくことが求められる。 そこでは,情報の収集,取捨選択能力,コミュニケーション能力,創造的な問題解決能力等がなければ,主体的な適応は困難になる。 これからの時代に生きるには,それに資する「国語力」が求められる(注1)。それには,5W1Hを基本にした「考える,書く,聞く,伝える」コミュニケーション力が,まずなければならない。
5W1Hの活用は,情報の選択・活用力,創造的な発想力,問題解決力等の育成につながり,人に「生きる知恵と力」を与える。 5W1Hは,これまでみたように,文章の構成や展開の仕方を教えるのみならず,問題や状況を論理的,分析的に把握する力を与え,人と人との意思・情報の伝達を確実にし,さらには,現状をよりよいものへと改善する発想力,問題解決力を引き出してくれる。そのツールが5W1Hである(注4)。 このツールは,法的な問題の考え方,その思考と解決力にとっても,必須のものとなる(注5)。
(7) 法律実務と5W1H こうした5W1H(六何の原則)は,法律実務の世界でも,基本的に,法律文書の作成,要件事実の整理,犯罪事実の捜査,認定等でも,重要な役割を果たしている(注1)。 法律実務で行われる法的な判断も,基本的に,法規を大前提とし事実を小前提として,結論として法的判断(判決)を導き出す三段論法(判決三段論法)で行われる(注2)。 刑事事件であれ,民事事件であれ,「ある行為又は状態(事実)」に対し,法規を当てはめ,要件(構成要件,要件事実)が充足するかどうかが判断され,法的な判断として,その法律効果の発生,不発生が決せられる(注3)。 ここでは,どのような事実があったのか,法的判断のため取り上げるべき(法律要件に該当する)事実は何かが問題となり,具体的な事実が対象となる。その事実は,通常,人に関わる行為又は状態であり,「誰が(主体),いつ(日時),どこで(場所),何を又は何に対し(客体),どのようにして(手段方法),何をしたか(行為と結果)」の5W1Hで表される。 刑事事件でも民事事件でも,手続的には,5W1Hに即した事件情報(事実)の収集(主張,立証手続)が必ず基本とされ,その事実の吟味,事実認定の作業が最重要課題となる(注4)。 とりわけ刑事事件の場合は,審判範囲の特定と被告人の防御権との関係で,事実の明確化はより厳密であり,その判決には,「罪となるべき事実」を記載することが要求され(刑事訴訟法335条1項),その審理の前提となる起訴状記載の公訴事実にも,訴因を明示し,それには,具体的な「罪となるべき事実」を特定すべきことが要求されている(刑事訴訟法256条3項)。
「条解刑事訴訟法〔第3版〕」にも,「六何の原則」の文字こそないが,訴因の明示には事実特定の6項目の記載が必要とされる旨の説明があり(注6),5W1Hは,当然の前提になっている。
(8) 起訴のための八何の原則 法律の世界は,人と人との争い事(民事)や犯罪(刑事)を対象とする。 その事実の構成要素としては, (1) 第1に,行為の主体と相手方(客体)として「誰が(Who),誰に対し(Whom)」が明確にされ, (2) 次に「如何にして(How),何をした(What)のか」,行為の方法(How)と内容結果(What)が問題とされ, (3) さらに,その事実が他の事実と識別され,よりその行為の意味内容が明確にされるように,時期(When)や場所(Where)等の特定が要請される。 5W1H(六何の原則)は,刑事では,さらに犯罪事実をより明確にするため,「誰とか(with Whom)」(共犯関係),「誰に対してか(to Whom)」(犯罪の客体)が加わり,これらを合せて事実特定の「八何の原則」と呼ばれる場合が多い。 八何の原則については,司法研修所検察教官室編「検察講義案(改訂版)」には,「被疑者の取調べの要点」として,「犯罪の日時,場所,方法,動機又は原因,犯行の状況,被害の状況及び犯罪後の情況等の犯罪構成要件に該当する事実及び情状に関する事実」が必要だとして,次のような記述がある(注1)。
(9) 捜査のための八何の原則 八何の原則は,捜査に携わる者にも,捜査全般にわたっての重要な鉄則になる。 警視庁鑑識課出身・長谷川公之氏は,「犯罪捜査」(「推理小説入門」所収)の中で,八何の原則は,「犯罪捜査「八何の原則」」とも呼ばれ,「これらの事項は,現場観察,調書作成,取調などの捜査全般について必要欠くべからざる事柄」だとしている(注1)。 斎藤澪氏の小説「この子の七つのお祝いに」(第1回横溝正史ミステリ大賞受賞作)(注2)には,刑事同士の会話の中で,
ここで,刑事は言う。「三つの事件をそれぞれ八何に割りふってみたのですが,結局,どれも一番重要な1と6が埋まらないんです」 1と6とは,「誰が?」,「なぜ?」・・・。 捜査とは,?の穴埋め作業に似ているのかも知れない。八何の原則に即して,一つ一つ調べ追及して穴埋めしていく中で,犯罪を明確にし,犯人を追い求め,真相に迫っていく作業である。 医学評論家・上野正彦氏の著作「死体は知っている」(角川文庫)にも,自らの監察医としての経験を踏まえ,上記の項目が「八何の原則」として説明され,「私は検死や解剖をするときには,八何の原則を念頭に置いてやっていた。」と綴られている(注3)。 犯罪事実は,些細な事柄や小さな犯罪の痕跡から,真実を追及する熱意と姿勢の中で,地道な調査,努力を経て,次第に明らかにされていく(注4,5)。
(10) 「が」と「は」の使い分け これまでの話で,新聞記事や出来事,物語の書き表し方は,まず時期,場所を示し,「誰が」どうした,という表現形式であった。
新聞記事等の出来事では「誰が」と表現された部分は,犯罪事実では,「誰は」と表現される。 この「が」と「は」の使い分けは,言語学でいう「新情報と既知情報の原理」で説明すると,また違った面白さがある。大野晋氏は,「が」は未知のものを,「は」は既知のものを示すと説明している(注2)。 最初に物語の中心人物が出てくるとき(新情報のとき)には「が」で示され,次にそれが出てくるとき(既知情報のとき)は「は」で示される,というものである。 この説明により,昔話「桃太郎」をみれば,
新聞記事では,「実友○子が」であるが,捜査結果で,犯人が判明し確定的となって「被疑者実友○子は,・・・」となり,主語として冒頭に記載され,起訴により「被告人実友○子は,・・・」となっていく。 これは,新聞記事との比較の話だけであって,「犯罪事実の書き方」としては,犯罪主体を明確にするため主語は冒頭に配置する,ということだけかも知れない。
(以上 2006.07.29〜16-09.07(修正)記、2025.07.23改訂・再掲)
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