実務の友   信義則に関する最高裁判例集
最新更新日2004.12.18-2006.08.10
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索  引

 1 最高裁三小判昭和30.11.22民集9巻12号1781頁
 解除が許されないと解すべき一事由およびこれに該当しないと認められた一事例
 2 最高裁二小判昭和32.07.05民集11巻7号1193頁
 契約の解釈と信義誠実の原則
 3 最高裁小二判昭和37.04.20民集16巻4号955頁
 本人が無権代理人を相続した場合における無権代理人行為の効力
 4 最高裁三小判昭和39.07.28民集18巻6号1220頁
 賃料不払を理由とする家屋賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないものとされた事例
 5 最高裁二小判昭和41.11.18民集20巻9号1845頁
 無権代理人から代理行為の相手方に対し代理権の不存在を主張することが信義則上許されないとされた事例
 6 最高裁二小判昭和42.04.07民集21巻3号551頁
 抵当権の無効を主張することが信義則に照らして許されないとされた事例
 7 最高裁二小判昭和44.07.04民集第23巻8号1347頁
 員外貸付が無効とされる場合に債務者において右債務を担保するために設定された抵当権の実行による所有権の取得を否定することが許されないとされた事例
 8 最高裁二小判昭和48.10.26民集27巻9号1240頁
 新会社が旧会社と法人格を異にするとの実体法上および訴訟法上の主張が信義則に反し許されないとされた事例
 9 最高裁二小判平成10.06.12民集52巻4号1147頁
 金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することの許否
10 最高裁第二小判平成10.07.17民集52巻5号1296頁
 本人が無権代理行為の追認を拒絶した後に無権代理人が本人を相続した場合における無権代理行為の効力
11 最高裁第三小決平成13.01.25民集55巻1号17頁
 最先順位の抵当権者に対抗することができる賃借権により競売不動産を占有する者が当該不動産に設定された抵当権の債務者である場合における引渡命令
12 最高裁第三小判平成13.03.27民集55巻2号434頁
 加入電話契約者の承諾なしにその未成年の子が利用したいわゆるダイヤルQ2事業における有料情報サービスに係る通話料のうちその金額の5割を超える部分につき第1種電気通信事業者が加入電話契約者に対してその支払を請求することが信義則ないし衡平の観念に照らして許されないとされた事例
13 最高裁一小判平成14.03.28民集56巻3号662頁
 事業用ビルの賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了しても賃貸人が信義則上その終了を再転借人に対抗することができないとされた事例
14 最高裁三小判平成16.10.26 平成16(受)458 不当利得金返還請求事件
 不当利得返還請求訴訟において不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないと主張して請求を争うことが信義誠実の原則に反するとされた事例



 1 最高裁三小判昭和30.11.22 昭和28(オ)1368 仮処分異議(第9巻12号1781頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  解除権を有する者が久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、右解除は許されないと解するのが相当であるが、原審認定の事実関係(原判決参照)の下における解除権の行使は、未だ右の場合に該当するものと認めることはできない。
(参照・法条)
   民法177条,民法1条2項,民法540条1項,民法612条
(判決理由抜粋)
 「権利の行使は、信義誠実にこれをなすことを要し、その濫用の許されないことはいうまでもないので、解除権を有するものが、久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、もはや右解除は許されないものと解するのを相当とする。ところで、本件において所論解除権が久しきに亘り行使せられなかったことは、正に論旨のいうとおりであるが、しかし原審判示の一切の事実関係を考慮すると、いまだ相手方たる上告人において右解除権がもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有し、本件解除権の行使が信義誠実に反するものと認むべき特段の事由があつたとは認めることができない。それ故、原審が本件解除を有効と判断したのは正当であつて、原判決には所論の違法はない。 」

 2 最高裁二小判昭和32.07.05 昭和30(オ)850 所有権移転登記抹消請求(第11巻7号1193頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  信義誠実の原則は、単に権利の行使、義務の履行についてのみならず、契約の趣旨の解釈についてもその基準となる。
(参照・法条)
   民法1条,民法第1編第4章第1節
(判決理由抜粋)
 「原判決が所論「証」記載の契約の趣旨を原判示のごとく和解条項に定められた代金債務の履行期のみに関するものと判断したことは何ら経験則に違反するものでなく、原判決に所論のような違法はない。又いわゆる信義誠実の原則は、ひろく債権法の領域に適用されるものであつて、ひとり権利の行使、義務の履行についてのみならず、当事者のした契約の趣旨を解釈するにもその基準となるべきものであるから、原判決が前示契約の趣旨を解釈するにあたつて、信義則によつて判断する旨判示したことをもつて、所論のような違法ありとすることはできない。 」

 3 最高裁小二判昭和37.04.20 昭和35(オ)3 土地引渡所有権移転登記手続等請求(第16巻4号955頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  本人が無権代理人の家督を相続した場合、被相続人の無権代理行為は、右相続により当然には有効となるものではない。
(参照・法条)
   民法113条,民法117条
(判決理由抜粋)
 「原判決は、無権代理人が本人を相続した場合であると本人が無権代理人を相続した場合であるとを問わず、いやしくも無権代理人たる資格と本人たる資格とが同一人に帰属した以上、無権代理人として民法一一七条に基いて負うべき義務も本人として有する追認拒絶権も共に消滅し、無権代理行為の瑕疵は追完されるのであつて、以後右無権代理行為は有効となると解するのが相当である旨判示する。
 しかし、無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない。後者の場合においては、相続人たる本人那被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。  然るに、原審が、本人たる上告人において無権代理人亡Aの家督を相続した以上、原判示無権代理行為はこのときから当然有効となり、本件不動産所有権は被上告人に移転したと速断し、これに基いて本訴および反訴につき上告人敗訴の判断を下したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽理由不備の違法におちいつたものであつて、論旨は結局理由があり、 」

 4 最高裁三小判昭和39.07.28 昭和37(オ)747 家屋明渡等請求(第18巻6号1220頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  家屋の賃貸借において、催告期間内に延滞賃料が弁済されなかつた場合であつても、当該催告金額九六〇〇円のうち四八〇〇円はすでに適法に弁済供託がされており、その残額は、統制額超過部分を除けば、三〇〇〇円程度にすぎなかつたのみならず、賃借人は過去一八年間にわたり当該家屋を賃借居住し、右催告に至るまで、右延滞を除き、賃料を延滞したことがなく、その間、台風で右家屋が破損した際に賃借人の修繕要求にもかかわらず賃貸人側で修繕をしなかつたため、賃借人において二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費については本訴提起に至るまでその償還を求めたことがなかつた等判示の事情があるときは、右賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除は信義則に反し許されないものと解すべきである。
(参照・法条)
   民法1条3項,民法541条
(判決理由抜粋)
 「所論は、相当の期間を定めて延滞賃料の催告をなし、その不履行による賃貸借契約の解除を認めなかつた原判決違法と非難する。しかし、原判決(及びその引用する第一審判決)は、上告人が被上告人Aに対し所論延滞賃料につき昭和三四年九月二一日付同月二二日到達の書面をもつて同年一月分から同年八月分まで月額一二〇〇円合計九六〇〇円を同年九月二五日までに支払うべく、もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右催告当時同年一月分から同年四月分までの賃料合計四八〇〇円はすでに適法に弁済供託がなされており、延滞賃料は同年五月分から同年八月分までのみであつたこと、上告人は本訴提起前から賃料月額一五〇〇円の請求をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額一二〇〇円の割合による前記催告をなし、同被上告人としても少なからず当惑したであろうこと、本件家屋の地代家賃統制令による統制賃料額は月額七五〇円程度であり、従つて延滞賃料額は合計三〇〇〇円程度にすぎなかつたこと、同被上告人は昭和一六年三月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかつたこと、昭和二五年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかつたので昭和二九年頃二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかつたこと、同被上告人は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ、従つて昭和三四年五月分から同年八月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので、催告期間経過後の同年一一月九日に右延滞賃料弁済のためとして四八〇〇円の供託をしたことを確定したうえ、右催告に不当違法の点があつたし、同被上告人が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもつてする相殺をなす等の措置をとらなかつたことは遺憾であるが、右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人が右措置に出なかつたことも一応無理からぬところであり、右事実関係に照らせば、同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであつて、右判断は正当として是認するに足りる。 」

 5 最高裁二小判昭和41.11.18 昭和39(オ)347 賃金請求(第20巻9号1845頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  他人の代理人と称して、金銭消費貸借契約を締結するとともに、みずからその他人のため連帯保証契約を締結した者が、債権者の提起した右連帯保証債務の履行を求める訴訟において、代理権の不存在を主張して連帯保証債務の成立を否定することは、特別の事情のないかぎり、信義則上許されない。
(参照・法条)
   民法1条,民法117条,民法448条
(判決理由抜粋)
 「他人の代理人と称して金銭消費貸借契約を締結し、かつ、自らその他人のため連帯保証契約を締結した者が、債権者の提起した右連帯保証債務の履行を求める訴訟において、右代理権の不存在を主張し、主たる債務の成立を否定し、ひいては連帯保証債務の成立を否定することは、特別の事情のない限り、信義則上許されないものと解するのが相当である。いま、これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、訴外亡Aは、訴外B及びCの代理人と称して被上告人に対し金員借入の申入をなし、Bらの代理人として被上告人と金銭消費貸借契約を締結するとともに、Bらの債務につき連帯保証をする旨の契約を締結したというのであるから、Aの相続人たる上告人らが、右連帯保証債務の履行を求める本件訴訟において、被上告人に対し、Aの右代理権の不存在を主張して主たる債務の成立を否定し、さらには本件連帯保証債務の成立を否定することは許されないものというべきである。したがつて、この点に関する原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。 」

 6 最高裁二小判昭和42.04.07 昭和40(オ)720 抵当権設定登記抹消登記手続請求(第21巻3号551頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  甲が、不動産について、共同相続によつて持分しか取得しなかつたにもかかわらず、自己が単独相続をしたとして、その旨の所有権移転登記を経由したうえ乙と右不動産について抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由したときは、甲は、乙に対し、自己が取得した持分をこえる持分についての抵当権が無効であると主張して、その抹消(更正)登記手続を請求することは、信義則に照らして許されない。
(参照・法条)
   民法1条
(判決理由抜粋)
 「原判決が確定した事実関係によれば、上告人は、その子らとともに本件家屋および田を共同相続し、その持分しか取得しなかつたにもかかわらず、本件家屋については自己名義の保存登記を、本件田については自己の単独相続による所有権移転登記を、各経由し、これを前提として、被上告人との間において本件家屋および田について抵当権設定契約を締結して、その旨の登記を各経由し、その後、右子らと遺産分割の協議をし、本件家屋は上告人の単独所有、本件田は子らの共有とする旨の協議が成立した、というのである。右確定した事実関係のもとにおいては、本件家屋は、右遺産の分割の結果、相続開始の時にさかのぼつて、上告人の単独所有となつたものであるから、本件家屋について上告人と被上告人との間に締結された右抵当権設定契約は、その締結時にさかのぼつて有効となり、また、遺産の分割の遡及効は、第三者の既得の権利を害し得ないから、本件田についての右遺産の分割によつても、被上告人は、上告人がその分割前に共同相続によつて取得した本件田の持分についての抵当権を失うことはないし、しかも、前記のように、原判決の確定したところによれば、上告人は、本件田について、共同相続によつて持分しか取得しなかつたにもかかわらず、自己が単独相続したとして、その旨の所有権移転登記を経由し、これを前提として、被上告人との間において右抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由したというのであるから、上告人が、被上告人に対し、その分割前に取得していた本件田の持分をこえる持分についての右抵当権が無効であると主張して、その抹消(更正)登記手続を請求することは、信義則に照して許されないというべきである。されば、原判決の理由は、右説示の理由とは異なるが、原判決が前記事実関係のもとにおいて上告人の本件家屋および田についての抵当権設定登記の抹消登記手続請求を認容しなかつたのは、結局、正当であることに帰するから、論旨は採用できない。 」

 7 最高裁二小判昭和44.07.04 昭和43(オ)916 土地建物所有権移転登記抹消登記手続等請求(第23巻8号1347頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  労働金庫の員外貸付が無効とされる場合においても、右貸付が判示のような事情のもとにされたものであつて、右債務を担保するために設定された抵当権が実行され、第三者がその抵当物件を競落したときは、債務者は、信義則上、右競落人に対し、競落による所有権の取得を否定することは許されない。
(参照・法条)
   民法1条,民法43条,民法387条,労働金庫法58条
(判決理由抜粋)
 「他方原審の確定するところによれば、上告人は自ら虚無の従業員組合の結成手続をなし、その組合名義をもつて訴外労働金庫から本件貸付を受け、この金員を自己の事業の資金として利用していたというのであるから、仮りに右貸付行為が無効であつたとしても、同人は右相当の金員を不当利得として訴外労働金庫に返済すべき義務を負つているものというべく、結局債務のあることにおいては変りはないのである。そして、本件抵当権も、その設定の趣旨からして、経済的には、債権者たる労働金庫の有する右債権の担保たる意義を有するものとみられるから、上告人としては、右債務を弁済せずして、右貸付の無効を理由に、本件抵当権ないしその実行手続の無効を主張することは、信義則上許されないものというべきである。ことに、本件のように、右抵当権の実行手続が終了し、右担保物件が競落人の所有に帰した場合において、右競落人またはこれから右物件に関して権利を取得した者に対して、競落による所有権またはこれを基礎とした権原の取得を否定しうるとすることは、善意の第三者の権利を自己の非を理由に否定する結果を容認するに等しく、信義則に反するものといわなければならない。したがつて、上告人の本訴請求は、この点において既に失当としてこれを棄却すべく、右請求を排斥した原審の判断は、結論において正当 」

 8 最高裁二小判昭和48.10.26 昭和45(オ)658 居室明渡等請求(第27巻9号1240頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  株式会社の代表取締役が、会社が賃借している居室の明渡し、延滞賃料等の債務を免れるために、会社の商号を変更したうえ、旧商号と同一の商号を称し、その代表取締役、監査役、本店所在地、営業所、什器備品、従業員が旧会社のそれと同一で、営業目的も旧会社のそれとほとんど同一である新会社を設立したにもかかわらず、右商号変更および新会社設立の事実を賃貸人に知らせなかつたため、賃貸人が、右事実を知らないで、旧会社の旧商号であり、かつ、新会社の商号である会社名を表示して、旧会社の債務の履行を求める訴訟を提起したところ、新旧両会社の代表取締役を兼ねる者が、これに応訴し、一年以上にわたる審理の期間中、商号変更、新会社設立の事実についてなんらの主張もせず、かつ、旧会社が居室を賃借したことを自白するなど原判示のような事情(原判決理由参照)のもとにおいては、その後にいたつて同人が新会社の代表者として、新旧両会社が別異の法人格であるとの実体法上および訴訟法上の主張をすることは、信義則に反し許されない。
(参照・法条)
   民法1条2項,民法33条,商法52条,民訴法第1編第4章第1節
(判決理由抜粋)
 「 おもうに、株式会社が商法の規定に準拠して比較的容易に設立されうることに乗じ、取引の相手方からの債務履行請求手続を誤まらせ時間と費用とを浪費させる手段として、旧会社の営業財産をそのまま流用し、商号、代表取締役、営業目的、従業員などが旧会社のそれと同一の新会社を設立したような場合には、形式的には新会社の設立登記がなされていても、新旧両会社の実質は前後同一であり、新会社の設立は旧会社の債務の免脱を目的としてなされた会社制度の濫用であつて、このような場合、会社は右取引の相手方に対し、信義則上、新旧両会社が別人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても右債務についてその責任を追求することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四三年(オ)第八七七号同四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号五一一頁参照)。
 本件における前記認定事実を右の説示に照らして考えると、上告人は、昭和四二年一一月一七日前記のような目的、経緯のもとに設立され、形式上は旧会社と別異の株式会社の形態をとつてはいるけれども、新旧両会社は商号のみならずその実質が前後同一であり、新会社の設立は、被上告人に対する旧会社の債務の免脱を目的としてなされた会社制度の濫用であるというべきであるから、上告人は、取引の相手方である被上告人に対し、信義則上、上告人が旧会社と別異の法人格であることを主張しえない筋合にあり、したがつて、上告人は前記自白が事実に反するものとして、これを撤回することができず、かつ、旧会社の被上告人に対する本件居室明渡、延滞賃料支払等の債務につき旧会社とならんで責任を負わなければならないことが明らかである。これと結論において同旨に出た原判決の判断は、正当として是認することができ、右判断の過程に所論の違法はない。 」

 9 最高裁二小判平成10.06.12 平成9(オ)849 報酬金等(第52巻4号1147頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない。
(参照・法条)
   民訴法114条,民訴法第2編第1章訴え,民法1条2項
(判決理由抜粋)
 「1 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。
 2 予備的請求の二は、不当利得返還請求であり、前訴の各請求及び本訴の主位的請求・予備的請求の一とは、訴訟物を異にするものの、上告人に対して本件業務委託契約に基づく報酬請求権を有することを前提として報酬相当額の金員の支払を求める点において変わりはなく、報酬請求権の発生原因として主張する事実関係はほぼ同一であって、前訴及び本訴の訴訟経過に照らすと、主位的請求及び予備的請求の一と同様、実質的には敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかである。したがって、予備的請求の二に係る訴えの提起も信義則に反して許されないものというべきであり、右訴えを不適法として却下すべきである。 」

10 最高裁第二小判平成10.07.17 平成6(オ)1379 根抵当権設定登記抹消登記手続請求本訴、同反訴(第52巻5号1296頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではない。
(参照・法条)
   民法113条,民法117条,民法896条
(判決理由抜粋)
 「 本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない。
 これを本件について見ると、Eは、被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、Fの無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、Fがした無権代理行為はEに対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後に上告人らがEを相続したからといって、既にEがした追認拒絶の効果に影響はなく、Fによる本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。
 したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。 」

11 最高裁第三小決平成13.01.25 平成12(許)22 不動産引渡命令に対する抗告審の原決定取消決定に対する許可抗告事件(第55巻1号17頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  最先順位の抵当権者に対抗することができる賃借権により競売不動産を占有する者に対しては,この者の債務を担保するために当該不動産に設定された抵当権に基づく競売開始決定(二重開始決定を含む。)がされていた場合を除き,執行裁判所は引渡命令を発することができない。
(参照・法条)
   民事執行法83条,民事執行法188条
(判決理由抜粋)
 「 最先順位の抵当権を有する者に対抗することができる賃借権により不動産を占有する者であっても,当該不動産が自らの債務の担保に供され,その債務の不履行により当該抵当不動産の売却代金からこの債務の弁済がされるべき事情がある場合には,その賃借権を主張することは,当該抵当不動産の売却を困難とさせ又は売却価額の低下を生じさせて,当該抵当権者及び担保を提供した所有者の利益を害することとなるから,信義則に反し許されないというべきであり,かかる占有者は,当該不動産の競売による買受人に対してその賃借権をもって対抗することができないと解するのが相当である。当該抵当権の実行として競売の開始決定がされているときは,その債務不履行の事実は民事執行法83条1項ただし書にいう「事件の記録上」明らかであるから,執行手続上もその賃借権を主張することが許されない場合に該当するといえる。しかし,当該抵当権の実行としての競売開始決定がされていない場合には,執行事件の記録上は,その債務不履行の事実が明らかということはできず,当該占有は買受人に対抗することができる賃借権によるものというべきである。
 本件においては,執行事件の記録によれば,相手方が最先順位の抵当権に優先する賃借権によって本件建物を占有しており,相手方が本件建物に自己の債務を担保するために抵当権の設定を受けていたものの,この抵当権に基づく競売開始決定はされていなかったというのであるから,引渡命令を発することができる場合に該当するということはできず,本件建物の競売による買受人である抗告人の相手方に対する引渡命令の申立てを却下した原審の判断は,是認することができる。 」

12 最高裁第三小判平成13.03.27 平成7(オ)1659 通話料金請求事件(第55巻2号434頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  第1種電気通信事業者甲が,一般家庭に広く普及していた加入電話から一般的に利用可能な形でいわゆるダイヤルQ2事業を開始するに当たって,同事業における有料情報サービスの内容やその利用に係る通話料の高額化に容易に結び付く危険性等につき具体的かつ十分な周知を図るとともに,その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき責務があったにもかかわらず,平成3年当時には,これをいまだ十分に果たしていなかったこと,その結果,加入電話契約者乙が同サービスの内容及びその危険性等につき具体的な認識を有しない状態の下で,乙の未成年の子による同サービスの多数回・長時間に及ぶ無断利用がされたために通話料が高額化したことなど判示の事情の下においては,乙が料金高額化の事実及びその原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料については,甲がその金額の5割を超える部分につき乙に対してその支払を請求することは,信義則ないし衡平の観念に照らして許されない。(補足意見がある。)
(参照・法条)
  民法1条,平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号)1条2項
(判決理由抜粋)
 「5 以上を要するに,ダイヤルQ2事業は電気通信事業の自由化に伴って新たに創設されたものであり,Q2情報サービスは当時における新しい簡便な情報伝達手段であって,その内容や料金徴収手続等において改善すべき問題があったとしても,それ自体としてはすべてが否定的評価を受けるべきものではない。しかし,同サービスは,日常生活上の意思伝達手段という従来の通話とは異なり,その利用に係る通話料の高額化に容易に結び付く危険を内包していたものであったから,公益的事業者である上告人としては,一般家庭に広く普及していた加入電話から一般的に利用可能な形でダイヤルQ2事業を開始するに当たっては,同サービスの内容やその危険性等につき具体的かつ十分な周知を図るとともに,その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき責務があったというべきである。本件についてこれを見ると,上記危険性等の周知及びこれに対する対策の実施がいまだ十分とはいえない状況にあった平成3年当時,加入電話契約者である被上告人が同サービスの内容及びその危険性等につき具体的な認識を有しない状態の下で,被上告人の未成年の子による同サービスの多数回・長時間に及ぶ無断利用がされたために本件通話料が高額化したというのであって,この事態は,上告人が上記責務を十分に果たさなかったことによって生じたものということができる。こうした点にかんがみれば,被上告人が料金高額化の事実及びその原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料についてまで,本件約款118条1項の規定が存在することの一事をもって被上告人にその全部を負担させるべきものとすることは,信義則ないし衡平の観念に照らして直ちに是認し難いというべきである。そして,その限度は,加入電話の使用とその管理については加入電話契約者においてこれを決し得る立場にあることなどの事情に加え,前記の事実関係を考慮するとき,本件通話料の金額の5割をもって相当とし,上告人がそれを超える部分につき被上告人に対してその支払を請求することは許されないと解するのが相当である。 」

13 最高裁一小判平成14.03.28 平成11(受)1220 建物明渡等請求事件(第56巻3号662頁)  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  ビルの賃貸,管理を業とする会社を賃借人とする事業用ビル1棟の賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了した場合において,賃貸人が,賃借人にその知識,経験等を活用してビルを第三者に転貸し収益を上げさせることによって,自ら各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れるとともに,賃借人から安定的に賃料収入を得ることを目的として賃貸借契約を締結し,賃借人が第三者に転貸することを賃貸借契約締結の当初から承諾していたものであること,当該ビルの貸室の転借人及び再転借人が,上記のような目的の下に賃貸借契約が締結され転貸及び再転貸の承諾がされることを前提として,転貸借契約及び再転貸借契約を締結し,再転借人が現にその貸室を占有していることなど判示の事実関係があるときは,賃貸人は,信義則上,賃貸借契約の終了をもって再転借人に対抗することができない。
(参照・法条)
  民法1条2項,民法612条,借地借家法34条
(判決理由抜粋)
 「前記事実関係によれば,被上告人は,建物の建築,賃貸,管理に必要な知識,経験,資力を有する訴外会社と共同して事業用ビルの賃貸による収益を得る目的の下に,訴外会社から建設協力金の拠出を得て本件ビルを建築し,その全体を一括して訴外会社に貸し渡したものであって,本件賃貸借は,訴外会社が被上告人の承諾を得て本件ビルの各室を第三者に店舗又は事務所として転貸することを当初から予定して締結されたものであり,被上告人による転貸の承諾は,賃借人においてすることを予定された賃貸物件の使用を転借人が賃借人に代わってすることを容認するというものではなく,自らは使用することを予定していない訴外会社にその知識,経験等を活用して本件ビルを第三者に転貸し収益を上げさせるとともに,被上告人も,各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れ,かつ,訴外会社から安定的に賃料収入を得るためにされたものというべきである。他方,京樽も,訴外会社の業種,本件ビルの種類や構造などから,上記のような趣旨,目的の下に本件賃貸借が締結され,被上告人による転貸の承諾並びに被上告人及び訴外会社による再転貸の承諾がされることを前提として本件再転貸借を締結したものと解される。そして,京樽は現に本件転貸部分二を占有している。
 【要旨】このような事実関係の下においては,本件再転貸借は,本件賃貸借の存在を前提とするものであるが,本件賃貸借に際し予定され,前記のような趣旨,目的を達成するために行われたものであって,被上告人は,本件再転貸借を承諾したにとどまらず,本件再転貸借の締結に加功し,京樽による本件転貸部分二の占有の原因を作出したものというべきであるから,訴外会社が更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても,被上告人は,信義則上,本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗することはできず,京樽は,本件再転貸借に基づく本件転貸部分二の使用収益を継続することができると解すべきである。このことは,本件賃貸借及び本件転貸借の期間が前記のとおりであることや訴外会社の更新拒絶の通知に被上告人の意思が介入する余地がないことによって直ちに左右されるものではない。
 これと異なり,被上告人が本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗し得るとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人らに関する部分は破棄を免れない。 」

13 最高裁三小判平成16.10.26 平成16(受)458 不当利得金返還請求事件  (最高裁判例HPから。現在掲載なし)
(判決要旨)
  不当利得返還請求訴訟において不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないと主張して請求を争うことが信義誠実の原則に反するとされた事例
(参照・法条)
  民法1条2項
(判決理由抜粋)
 「(1) 上告人は,本件各金融機関から被上告人相続分の預金について自ら受領権限があるものとして払戻しを受けておきながら,被上告人から提起された本件訴訟において,一転して,本件各金融機関に過失があるとして,自らが受けた上記払戻しが無効であるなどと主張するに至ったものであること,(2) 仮に,上告人が,本件各金融機関がした上記払戻しの民法478条の弁済としての有効性を争って,被上告人の本訴請求の棄却を求めることができるとすると,被上告人は,本件各金融機関が上記払戻しをするに当たり善意無過失であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で訴訟の相手方を選択しなければならないということになるが,何ら非のない被上告人が上告人との関係でこのような訴訟上の負担を受忍しなければならない理由はないことなどの諸点にかんがみると,上告人が上記のような主張をして被上告人の本訴請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。 」


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