実務の友   消費者契約法に関する判例集
最新更新日2003.10.15-2006.08.10
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索  引

   1 パーティーの予約キャンセルと損害賠償
       東京地裁判平成14.3.25判例タイムズ1117号289頁
   2 自動車の売買契約のキャンセルと損害賠償
       大阪地裁判平成14.7.19金融・商事判例1162号32頁
   3 消費者契約法9条1項所定の「平均的な損害額」についての主張立証責任
       さいたま地裁平成15. 3.26金融・商事判例1179号58頁
   4 絵画の購入と契約の取消
       東京簡裁判平成15.5.14(最高裁ホームページ)
   5 大学入学辞退の場合の入学金返還
       京都地裁判平成15.7.16判例時報1825号46頁
   6 大学医学部専門進学塾の受講契約の中途解約・受講料の返還を認めない特約の効力
       東京地判平成15.11.10判例タイムズ1164号153頁
   7 パソコン受講時における厚生労働省教育訓練給付制度の説明不足と損害賠償
       大津地判平成15.11.13(大津地裁平成14(ワ)540 損害賠償請求事件)
   8 建物明渡し時の現状回復義務の特約の効力
       京都地裁平成16. 3.16(京都地裁平成15年(ワ)第162号等 敷金返還請求等事件)
   9 信用保証委託契約に基づく遅延損害金の定めの効力
       東京高裁判平成16. 5.26判例タイムズ1153号275頁

【入学辞退の場合の入学金返還】
 最近,私大への入学時の納付金の返還を巡る訴訟が増えており,判決の結果も分かれている。
 ポイントは,(1)入試時期が消費者契約法の施行前か後か,(2)返還されるべきは授業料のみか,入学金を含むか。
 平成15年10月28日朝日新聞によれば,●最初の京都地裁7月16日は,施行後で,入学額金一部返還,授業料返還認容の判決。●大阪地裁9月19日,同10月9日は,いずれも施行前で,全部棄却。●大阪地裁10月6日,同10月16日は,施行後で,授業料のみ返還認容,入学金請求棄却。●東京地裁10月23日は,施行前は全て請求棄却,施行後は授業料のみ返還認容・入学金の返還請求棄却の結果とのこと。
 そして,10月27日,大阪地裁は,元受験生が消費者契約法を根拠に納付した入学金返還を求めた訴訟につき,「(入学金は)大学に入学し得る地位を得ることの対価であり,大学を学生を受け入れるために必要な準備行為の対価としての性質もあわせもっている」などとして請求棄却した由。
 傾向としては,「消費者契約法施行前は,いずれの請求も棄却。施行後は,授業料の返還は要すが,入学金の返還は要しない」との判断に固まってきている模様。

最高裁ホームページ「下級裁判所判例集」から取得できる判例(平成17年1月19日現在)
(1) H15. 7.16 京都地方裁判所 平成14年(ワ)第1789号 学納金(入学金)返還請求事件
【判示事項の要旨】
大学又は短期大学の入学試験に合格し,入学金,授業料等を納付して入学手続をした者が入学を辞退した場合に,入学金,授業料等の全部又は一部の返還を求めることができるとされた事例
(2) H15.10. 6 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第6374号、同第9624号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
1 在学契約における入学金が,大学に入学し得る地位及び入学準備行為の対価であるとされた事例
2 大学への入学予定者が入学を辞退した場合において,大学には消費者契約法9条1号に規定する平均的な損害が発生していないとされた事例
(3) H15.10. 9 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第9609号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
消費者契約法の施行前に受験して合格した大学へ入学金等を納付した受験生について,一旦納入した入学金等はいかなる理由があっても返還しないとの合意が公序良俗に反するとはいえないとされた事例
(4) H15.10.16 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第6377号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
入学金納入者が学校年度開始前に入学を辞退した場合において,消費者契約法により,大学は前期分授業料相当額を返還すべきであるとされた事例
(5) H15.10.23 東京地方裁判所 平成14年(ワ)第20642号,同第23679号,同第24245号,平成15年(ワ)第1738号 不当利得返還請求
【判示事項の要旨】
大学の入学試験の合格者が大学に入学時納入金を納付した後,入学を辞退した場合について,入学時納入金を返還しない旨の特約は公序良俗に反するものではないが,損害賠償額の予定の性質を有する同特約は入学金を除く授業料等について消費者契約法9条1号所定の平均的損害を超えているため一部無効であるとして,3月31日までの入学辞退者の請求を授業料等の返還を求める限度で認容した事例
(6) H15.11. 7 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第6370号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
学納金不返還特約が、消費者契約法9条1号に反し、一部無効であるとされた事例
(7) H15.11. 7 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第9633号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
学納金不返還特約が、消費者契約法9条1号に反し、一部無効であるとされた事例
(8) H15.11. 7 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第9608号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
学納金不返還特約が、民法90条に違反しないとされた事例
(9) H15.12.24 神戸地方裁判所 平成14ワ1409,1717,2168 各学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
大学の入学試験の合格者が大学に入学時納入金を納付した後に入学を辞退した場合について,入学時納入金の一部は入学し得る地位を保持する対価であるとして,また,残部については,授業開始年度の到来までに入学手続要項に定められた手続又はそれに準じた手続をとらなければ,もはや入学時納入金の返還を求めることができないとして,返還しない旨の特約の効力につき判断するまでもなく,原告らの請求をいずれも棄却した事例
(10) H15.12.24 京都地方裁判所 平成14年(ワ)第1814号 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
大学の入学試験に合格して入学金及び授業料等を支払った者が入学を辞退した場合に,大学は,入学金の返還義務は負わないが,授業料等の返還義務は負うとされた事例
(11) H15.12.26大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第6375号等 学納金返還請求事件
【判示事項の要旨】
入学金納入者の大学に対する学納金の返還請求について,学納金不返還特約は,消費者契約法9条1号により,一部無効であるとして,前期授業料等の返還を求める限度で一部認容した事例
(12) H16. 2.18 岡山地方裁判所 平成14年(ワ)第1058号 学納金返還請求
【判示事項の要旨】
私立大学に合格した原告らが,その後入学を辞退したことに基づき支払い済みの入学金,授業料等の返還を求めた事案
(13) H16. 9.10 大阪高等裁判所 平成16年(ネ)第21号 学納金返還請求控訴事件
【判示事項の要旨】
消費者契約法施行前の大学入学辞退者の学納金返還について,授業料を返還しない旨の特約は,民法の公序良俗に反して無効として,授業料の返還を命じた事例
(14) H16. 9.10 大阪高等裁判所 平成15年(ネ)第3707号 学納金返還請求控訴事件
【判示事項の要旨】
消費者契約法施行前の大学入学辞退者の学納金返還について,授業料を返還しない旨の特約は,民法の公序良俗に反して無効として,授業料の返還を命じた事例

参考Webページ
 日常生活上の消費者契約法の理解と適用には,内閣府国民生活局「消費者の窓」のうち「消費者契約法」のページが参考になります。
 消費者契約法のポイント,適用の留意点とチェックシート,消費者契約法の概要と法文内容,立法の経緯と逐条解説,審議会の議事録等が掲載されています。
参考書籍
 消費者契約法の理解については,岡田ヒロミ著「消費者契約法活用ガイドブック」(岩波ブックレットNo.541 2001年)が,入門書として参考になります。
消費者契約法の立法の経緯,ポイント,基本条文の解釈と適用,他の法律との関係,トラブルにあった時の解決方法,今後の課題等について,薄手の本ながら,要点が分かりやすく解説されています。


○ パーティーの予約キャンセルと損害賠償
 1 東京地裁判平成14.3.25(確定:原審東京簡裁)判例タイムズ1117号289頁,金融・商事判例1152号36頁
(判決要旨)
1 パーティーを内容とするサービス契約に消費者契約法が適用された事例
2 民訴法248条を適用して,消費者契約法9条1号の「平均的な損害」を認定した事例
(参照条文:消費者契約法9条1項,民訴法248条)
(事実関係)
 控訴人は,被控訴人(店)に対し,パーティーの予約をした。その際,控訴人は「実施日前日までは解約料不要。ただし,重複の予約申入れがあり,店が確認した後は,1人当たり5229円の営業保証料を支払う」との規約の説明を受けた。
 その翌日,被控訴人から確認の電話が入り,控訴人は「実施する」旨回答したが,その翌日,解約の意思表示をした。そこで,被控訴人は,営業保証料として40人分の20万9160円の支払いを請求した。
(判決理由抜粋)
 「1 本件予約は,飲食店を営む法人である被控訴人と個人である控訴人との間のパーティーを内容とするサービス契約であるところ,被控訴人は消費者契約法2条2項に規定する「事業者」,控訴人は同法2条1項に規定する「消費者」,本件予約は同法2条3項に規定する「消費者契約」に当たると解するのが相当である。ところで,本件予約は,平成13年4月8日にされたものであり,これを巡る紛争については,同月1日から施行されている消費者契約法(平成12年法律第61号)が適用される。
 2 消費者契約法9条1号によれば,契約解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約法と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものについては,当該超える部分は法律上無効であるとされている。
 これを本件についてみるに,本件予約の解約に当たり営業保証料(予約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金)が定められているが,消費者契約法9条1号の法の趣旨に照らすと,前記営業保証料のうち,前記「平均的な損害」を超える部分は無効ということになり,被控訴人は控訴人に対し,「平均的な損害」の限度で請求することができるということになる。
 3 そこで,問題となるのは,消費者契約法9条1項にいうところの「平均的な損害」の意義であるが,これについては,当該消費者契約の当事者たる個々の事業者に生じる損害の額について,契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均値であり,解除の事由,時期の他,当該契約の特殊性,逸失利益・準備費用・利益率等損害の内容,契約の代替可能性・変更ないし転用可能性等の損害の生じる蓋然性等の事情に照らし,判断するのが相当である。
(略)
 前記(1)アからも明らかなとおり,本件予約の解約は,開催日から2か月前の解約であり,開催予定日に他の客からの予約が入る可能性が高いこと,本件予約の解約により被控訴人は本件パーティーにかかる材料費,人件費等の支出をしなくて済んだことが認められる。
 他方,前記(1)アないしウによれば,被控訴人は本件予約の解約がなければ営業利益を獲得することができたこと,本件パーティーの開催日は仏滅であり結婚式二次会などが行われにくい日であること,本件予約の解約は控訴人の自己都合であること,及び控訴人自身3万6000円程度の営業保証料の支出はやむを得ないと考えていること(弁論の全趣旨)が認められる。
 以上の控訴人,被控訴人にそれぞれ有利な事情に,そもそも本件では証拠を検討するも,旅行業界における標準約款のようなものが見当たらず,本件予約と同種の消費者契約の解釈に伴い事業者に生ずべき平均的な損害額を算定する証拠資料に乏しいこと等を総合考慮すると,本件予約の解約に伴う「平均的な損害」を算定するに当たっては,民訴法248条の趣旨に従って,一人当たりの料金4500円の3割に予定人数の平均である35名を乗じた4万7250円(4500×0.3×35=4万7250円)と認めるのが相当であり,この判断を覆すに足りる証拠はない。」


○ 自動車の売買契約のキャンセルと損害賠償
 2 大阪地裁判平成14.7.19(確定)金融・商事判例1162号32頁
(最高裁HP判例)

(判決要旨)
 消費者である買主がその都合で自動車の売買契約を解除した場合は,規定の損害賠償金を請求されても異議がない旨の特約があっても,事業者である売主に現実に損害が生じているとは認められず,また,通常何らかの損害が発生しうるものとも認められないときは,売主は,買主に対し,上記特約に基づき損害賠償金を請求することはできない。
(参照条文:民法420条,消費者契約法9条1号)
(事実関係)
 被告は,自動車を注文した。その注文書には「万一私の都合で契約を撤回した場合は,損害賠償金(車両価格の15/100)及び損害作業金(実費)を請求されても異議ありません」と定められていた。
 被告は,翌日,上記注文の撤回を申し出,注文の翌々日には確定的に撤回の意思表示をした。そこで,原告は,特約に基づき17万8000円の損害賠償金の支払いを請求した。
(判決理由抜粋)
 「(1) 本件売買契約が,消費者契約法(平成13年4月1日施行)2条3項に定める消費者と事業者との間で締結される契約であり,同法の適用があることは明らかである。
 そして,消費者契約法9条1号に定める「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」は,同法が消費者を保護することを目的とする法律であること,消費者側からは事業者にどのような損害が生じ得るのか容易には把握しがたいこと,損害が生じていないという消極的事実の立証は困難であることなどに照らし,損害賠償額の予定を定める条項の有効性を主張する側,すなわち事業者側にその立証責任があると解すべきである。
(2) これを前提として本件について検討するに,本件では,被告による本件売買契約の撤回(解除)がなされたのは契約締結の翌々日であったこと,弁論の全趣旨及び証拠(被告本人)によれば,原告担当者は,本件売買契約締結に際し,被告に対し,代金半額(当初全額と言っていたが,被告が難色を示したため,半額に訂正した)の支払を受けてから車両を探すと言っていたことが認められることなどからすれば,被告による契約解除によって事業者である原告には現実に損害が生じているとは認められないし,これら事情のもとでは,販売業者である原告に通常何らかの損害が発生しうるものとも認められない。
 原告は,本件売買契約の対象車両は既に確保していたとするが,それを認定するに足りる証拠はない上,仮にそうであったとしても,被告に対してそのことを告げていたとは認められないし,また,被告の注文車両は他の顧客に販売できない特注品であったわけでもなく,被告は契約締結後わずか2日で解約したのであるから,その販売によって得られたであろう粗利益(得べかりし利益)が消費者契約法9条の予定する事業者に生ずべき平均的な損害に当たるとはいえない。
 もっとも,厳密に言えば,原告が取引業者との間で対象車両の確保のために使用した電話代などの通信費がかかっているといえないこともないが,これらは額もわずかである上,事業者がその業務を遂行する過程で日常的に支出すべき経費であるから,消費者契約法9条の趣旨からしてもこれを消費者に転嫁することはできないというべきである。
(3) したがって,本件特約条項(3)に基づく本件違約金請求は,消費者契約法9条1号により許されない。」


○ 消費者契約法9条1項1号所定の「平均的な損害額」についての主張立証責任
 3 さいたま地裁判平成15. 3.26 金融・商事判例1179号58頁
(判決要旨)
 消費者契約法9条1号所定の「平均的な損害額」の主張立証については,同法が消費者保護を目的とする法律であること,消費者が事業者にどのような損害が生じ得るのか把握し難いこと,損害が生じていないという消極的事実の立証は困難であることなどに照らすと,違約金条項の有効性を主張する側,すなわち事業者側が負担すべきものと解される。
(参照条文:消費者契約法9条1項)
(判決理由抜粋)
 「2 消費者契約法9条1号は,消費者契約において,契約の解除に伴う違約金条項を定めた場合,その額が当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害額を超える場合は,当該超える部分は無効と定めている。そこで,本件違約金請求においても,原告は,被告に対し,上記の平均的な損害額の限度で請求することができるにすぎない。
 3 そして,平均的な損害額の主張立証については,消費者契約法が消費者保護を目的とする法律であること,消費者は事業者にどのような損害が生じ得るのか把握し難いこと,損害が生じていないという消極的事実の立証は困難であることなどに照らすと,違約金条項の有効性を主張する側,すなわち事業者側が負担すべきものと解される。
 したがって,事業者たる原告が,平均的な損害額について主張立証する必要があるところ,原告は,この点について何ら具体的な主張立証をしようとしない。」


○ 絵画の購入と契約の取消
 4 東京簡裁判平成15.5.14 平成14年(ハ)第85680号立替金請求事件
(最高裁HP判例)

(判決要旨)
 勧誘により購入した絵画につき,消費者契約法4条3項2号に該当するとされ,取消権行使が認められた事例
(参照条文:消費者契約法4条3項(勧誘により困惑して契約の申込み又は承諾をした場合の契約の取消))
(事実関係)
1 被告は,たまたま街を歩いていて,販売店従業員から声を掛けられ,幾度か断ったものの絵画の展示場に連れて行かれた。絵画に興味はなかったが,絵画購入を強く勧められ,そのままでは帰してもらえないような気がしたので,契約書にサインするに至り,代金84万円につき被告会社と立替払い契約を締結した。毎月の支払額や支払回数,手数料等クレジットの具体的な内容についての説明はなかった。
2 被告は,その後販売店から連絡を受け,納品確認書にサインを求められたが,絵画を購入したつもりはないし,受け取っても家には飾る場所がないからと言って断ったが,そのままでは帰してもらえないと思い,サインに応じた。
(争点)
(1) 販売店の行為は消費者契約法4条3項2号に該当するか
(2) クーリングオフによる支払停止の抗弁が認められるか
(争点に対する判断−判決理由抜粋−)
 「(1) 販売店の勧誘行為は消費者契約法4条3項2号に該当するか
  被告は,展示場において,自分が家出中であり,定職を有しないことや絵画には興味のないことを繰り返し話したにもかかわらず,担当者は,被告のこれらの事情を一切顧慮することなく勧誘を続け,契約条件等について説明しないまま契約書に署名押印させ,収入についても虚偽記載をさせたものである。販売店の担当者は「退去させない」旨被告に告げたわけではないが,担当者の一連の言動はその意思を十分推測させるものであり,被告は,販売店の不適切な前記勧誘行為に困惑し,自分の意に反して契約を締結するに至ったものである。販売店のこの行為は,消費者契約法4条3項2号に該当するというべきである。
(2) 期間内の取消権行使か
  被告は,前記販売店の不適切な勧誘行為を理由として,平成15年1月23日提出の答弁書(同年1月27日原告に対しファクシミリにより送信済み)において,信販会社である原告に対し,本件立替払契約を取り消す旨の意思表示をした。消費者契約法においては,上記取消権行使期間は追認することができる日から6ヶ月間とされており,被告の取消権行使がこの期間内のものであったかどうかについて検討する。
  被告は,販売店から商品を引き取りに来るようにとの連絡を受け,平成14年8月10日納品確認書に署名押印している。そして,この時点においても,被告は,契約の意思も商品引取りの意思もないことを販売店に表明しているのであり,申込時におけると同様,販売店の担当者の言動に基因する困惑した状況のもとに,納品確認書に署名押印したことが認められる。この引渡しの手続は,販売店の債務履行のためになされたものであり,申込時における契約と一体をなすものであると考えられる(因みに,鑑賞のために購入したはずの絵画が,飾る場所がないからという理由でその後も引き続き販売店において保管されている事実は,被告には当初から絵画の購入意思がなかったことを推認させるものである。)。したがって,取消権行使期間も,この時から進行すると解するのが相当である。そうすると,被告の取消権行使は,行使期間である6ヶ月間の期間内になされたということになる。
 3 以上によると,本件立替払契約は,被告の取消権行使により取り消されたことになり,その余について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がないことになる。」


○ 入学辞退の場合の入学金返還
 5 京都地裁判平成15.7.16 平成14年(ワ)第1789号 学納金(入学金)返還請求事件 判例時報1825号46頁
最高裁HP判例

(判決要旨)
1 大学と大学入試に合格し,大学の定める手続に従って入学金等を支払う等した入学希望者
 の在学契約が消費者契約に当たるとされた事例
2 大学入試の合格者が大学に入学金等を支払った後,入学を辞退した場合について,入学金
 等の返還をしない旨の特約が無効とされた事例
3 消費者契約法9条1号所定の「平均的な損害の額」の主張,立証責任の所在
(参照条文:消費者契約法9条1項)
(判決理由抜粋)
「(2) 消費者契約法の適用の有無(争点二)  ア 消費者契約法は,消費者と事業者との間で締結される契約を消費者契約とし(消費者契約法2条3項),労働契約以外の消費者契約に同法4条以下の消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約法の条項の無効に関する規定が,民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときを除いて適用されるとしている(同法11条2項,12条)。
 ところで,原告らは,被告らとの在学契約に関しては,いずれも事業として又は事業のために契約の当事者となる場合以外の個人であるから,同法にいう消費者であり(同法2条1項),また,被告らが法人であることは,前記請求原因アのとおりであるから,被告らは,同法にいう事業者に当たる(同法2条2項)。そうすると,原告らと被告ら間の在学契約は,消費者契約であり,労働契約には当たらないから,同法4条以下の消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の無効に関する規定が,上記在学契約に適用されることは明らかである。
 イ 被告らは,在学契約には,消費者契約法の適用がない旨主張するが,同法1条に定める同法の目的は,在学契約にも妥当するものであり(原告らが,被告と交渉をして,学則,入学手続要項の定める以外の内容の契約を個別に締結する余地のないことは被告らの自認するところであり,原告らが,学納金の金額がどのような根拠に基づいて決定されたものであるかなどの情報を得られないこともいうまでもなく,原告らと被告らとの情報の質及び量並びに交渉力に格差があることは明らかである。),同法の定める消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の無効に関する規定は,事業者が,消費者との間で締結する契約について,契約の締結過程及び契約条項に関して遵守するべき基本的な規範を定めたものであって,その内容に照らしても,在学契約に適用された場合に不都合が生じることは考えられない。
 被告らの指摘する在学契約が公法的規制を受けていること,私立の大学等が社会において重要な役割を果たしていることも,消費者契約法が在学契約に適用されないとする根拠となると解することができない。
(3) 学納金不返還特約は,消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項に当たるか否か(争点三前段)  ア 消費者契約法9条1号は,消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものについては,当該超える部分について無効とする旨を定めるものであるが,これは,消費者が,消費者契約の解除に伴い,事業者から不当に損害賠償等の負担を強いられることがないように定められた規定であると解され,その趣旨からすると,消費者契約中のある条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であるかどうかは,その条項の文言のみではなく,実質的に見て損害賠償額の予定又は違約金を定めたものとして機能する条項であるかどうかによって判断すべきである。
 イ ところで,大学等に入学する手続をした者が,学年の始まる前に在学契約を解除し,あるいは実際には入学する意思がないのに,学年が始まるまでに解約をせ学年が始まってから解約の意思表示をし,あるいは入学式に出席しないことで解約の意思を明らかにすることになれば,大学等が補欠募集等に困難を来し,結果的に収容定員よりも多く合格させたところ,実際の入学者も多く収容定員を超過するという事態も起こり得ることであり,いずれにしても,大学等が一定の損害を被ることは推認することができる(補助金に限っても,在学している学生数が収容定員よりも著しく少ないことは補助金不支給の事由となり,収容定員を超えて学生を在学させることは補助金の減額事由となる(私立学校振興助成法5条3号,6条,5条2号)。
 そうすると,在学契約を締結した者が,入学以前あるいは入学の直後(入学式)までに在学契約を解約することは,大学等の不利な時期に解約をするものであり,原則として大学等に対して損害を賠償する義務を負う(民法656条,651条2項参照)ところ,学納金不返還特約は,係る場合に学納金を返還しないことを定めるものであるから,被告らが入学辞退者に対して有する損害賠償請求権に係る金額を既払いの学納金の額と予定する特約と解されるから,消費者契約法9条1号にいう「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に該当するというべきである。
(4) 在学契約の解約により大学等が平均的損害は総額納金相当額かどうk(争点三後段)  ア 消費者契約法9条1号にいう「平均的損害」とは,同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害をいい,具体的には,解除の事由及び時期,当該契約の特殊性,逸失利益,準備費用等の損害の内容並びに損害回避の可能性などの事情に照らし,同種の契約の解除に伴い,当該事業者に生じる損害の額の平均値をいう。
 そして,消費者契約法9条1号が消費者契約における消費者保護のために設けられた規定であること,平均的損害の算定根拠となる同種の契約において発生する損害の内容及びその数額並びに損害回避可能性などの証拠が事業者側に偏在していることに照らすと,平均的損害の金額は,事業者が主張立証責任を負うと解するべきである。
(略)
 ウ そうすると,原告らによる在学契約の解約によって,被告らが被る平均的損害を認めるに足りる証拠はないことに帰し,結果的に平均的損害はないものとして扱うほかはなく,その結果,学納金不返還特約は,再抗弁イ,ウについて判断するまでもなく,その全体が無効であることになる。
 エ なお,被告らは,学納金不返還特約が「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に該当し,学納金のうち平均的損害を超える部分が無効となるとすると,大学等の財政及び一定の水準の学生の確保に対する影響が大きい旨を主張する。
 複数の大学等の入学試験を受験し,複数の大学等の入学試験に合格する者も相当数存在することは公知の事実であるところ,入学手続をして在学契約を締結したものの,その後入学を辞退(在学契約を解約)した者が既納の学納金のうち平均的損害額を超える部分の返還を受けられるとすると,入学手続を完了した者のうち現実に入学をする者がどれだけいるのかの予測が当初は困難になること,その結果,収容定員を確保することができなかったり,逆に実際に入学した者が収容定員を大幅に超過したりすることが生じるおそれがないとはいえないし,収容定数の不足を解消するために追加合格や補欠募集を行うと,入学者の質が一定に保てないという被告らの懸念も理解できなくはない。
 しかし,消費者契約法の消費者契約の条項の無効に関する規定は,前述のとおり,契約条項に関して事業者が遵守するべき基本的な規範である以上,在学契約を締結したものの入学前又は入学直後(実質的には入学しない時期)にこれを解約されることによって被告らが被る平均的損害の範囲内であれば,損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項も効力を有するので,被告ら(事業者)において,その平均的損害の額を明らかにすることによっても,前記のような事態を避けることは可能とも考えられるから,上記の被告らの主張を考慮しても,前記の判断に変わりはない。」


○ 進学塾の受講契約の中途解約,受講料の返還を認めない特約の効力
 6 東京地裁判平成15.11.10(平成15(ワ)10908 授業料返還等請求事件) 判例タイムズ1164号153頁
(判決要旨)
 進学塾の受講契約の中途解約,支払済みの受講料の返還を認めない特約が,消費者契約法10条により無効であるとされた事例
(参照条文:消費者契約法10条,民法651条,656条)
(判決理由抜粋)
 「ア 本件冬期講習受講契約及び年間模擬受験契約は,それぞれ準委任契約であり,民法上は当事者がいつでも契約を解除することができるとされているが(民法651条,656条),本件解除制限特約は解除を全く許さないとしているから,同特約は民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,「消費者の権利を制限」するものであるということができる。
(略)
 エ したがって,たとえ○○が小規模,少人数の教育をめざす大学医学部専門の進学塾であって,申込者からの中途解除により講師の手配や講義の準備作業等に関して影響を受けることがあるとしても,当該冬期講習や年間模擬が複数の申込者を対象としており,その準備作業等が申込者1人の解除により全く無に帰するものであるとは考えられない以上,申込者からの解除時期を問わずに,申込者からの解除を一切許さないとして実質的に受講料又は受験料の全額を違約金として没収するに等しいような解除制限約定は,信義誠実の原則に反し,「民法第一条第二項に規定する基本原則に反して,消費者の利益を一方的に害する」ものというべきである。
 オ よって,本件冬期講習受講契約について成立した本件解除制限特約及び仮に年間模擬受験契約についても成立したと仮定した場合の同特約は,消費者契約法10条により無効であり,その余の点(特定商取引法49条1項による解除の可否)について判断するまでもなく,原告の民法651条を根拠とする本件冬期講習受講契約及び年間模擬受験契約の解除による不当利得返還請求権に基づく,冬期講習受講代金76万8000円及び未実施の年間模擬試験受験料9万5700円の返還請求は,理由がある。」


○ パソコン受講における厚生労働省教育訓練給付制度の説明不足と損害賠償
 7 大津地裁判平成15.10.03(平成14(ワ)540 損害賠償請求事件)
(最高裁HP判例)

(判決要旨)
 教育訓練講座の運営者は,厚生労働省の教育訓練給付制度の利用を前提とした受講内容の問い合わせを行った者に対し,同給付制度の説明及びその対象講座について具体的かつ正確に説明すべき義務があり,その者が本件給付制度を利用できない予約制を申し込んで受講したとしても,申込み時に十分な説明を怠ったときは,それによる損害について賠償すべき義務がある。
(参照条文:消費者契約法3条,4条)
(事実関係)
 原告は,厚生労働省の教育訓練給付制度の利用を希望して被告のパソコン講座を受講したが,被告の説明不足のために,同制度を利用することができなかったとして,被告に対し,受講料相当の損害金及び弁護士費用並びに遅延損害金の支払を求めた。
(判決理由抜粋)
 「3 争点2(被告の説明義務の違反の有無)について
  (1) 平成13年4月1日施行の消費者契約法1条は,「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承認の意思表示を取り消すことができること・・により,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」と,同法3条は「事業者は,・・・消費者契約の締結について勧誘をするに際しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない。」と各規定し,更に同法4条2項は,「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益になる旨を告げ,かつ,当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったことにより,当該事実が存在しないとの誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。」と規定している。このような消費者契約法の趣旨(事業者の情報の質及び量の絶対的な多さを考慮し,これに対する消費者の利益の擁護による健全な取引の発展を目的とする趣旨)からは,事業者が,一般消費者と契約を締結する際には,契約交渉段階において,相手方が意思決定をするにつき重要な意義をもつ事実について,事業者として取引上の信義則により適切な告知・説明義務を負い,故意又は過失により,これに反するような不適切な告知・説明を行い,相手方を契約関係に入らしめ,その結果,相手方に損害を被らせた場合には,その損害を賠償すべき義務があると解する。
  (2) これを本件について見るに,被告は,資本金3800万円の企業でAの名称で全国305校もの多数のパソコン教室を有し,厚生労働省から指定を受けて,教育訓練講座を運営しているが,新聞,雑誌及びインターネット等を通じてAの講座を宣伝し,それら宣伝において,本件給付制度が利用できることを述べている(甲3ないし5号証,証人Gの証言)。また,被告は,本件給付制度を利用すると最大30万円の給付金が支給されるために,受講者の経済的な負担が少なくなり,受講者の確保を容易にすることから,本件給付制度が利用できる旨宣伝に記載しているとしている(証人Gの証言)。
    このように,被告は本件給付制度を熟知していること,被告においては,本件給付制度を利用して講座を受講することができることを宣伝して集客を行っていることから,少なくとも本件給付制度の利用を前提として受講内容の問い合わせを行った者に対しては,本件給付制度の説明及びその対象講座について具体的かつ正確に説明すべき義務があると判断するが相当である。
  (3) Cは,原告から平成13年2月26日に本件給付制度を利用して受講できる講座についての説明を求めたのであるから(前記1の認定事実),講座の内容だけでなく,予約制では本件給付制度を利用することができない旨の正確な説明をすべき義務があり,この点の説明を怠ったCの行為には過失がある。
    よって,被告は,原告が予約制でも本件給付制度を利用できるものと思って予約制の受講を申し込んだことによる損害について賠償すべき義務がある。
  (4) なお,被告は,本件給付制度を利用する者は,自らが,その制度の内容を理解した上で,対象の教育訓練の内容を理解すべきであること,本件給付制度の内容や利用条件は厚生労働省等に問い合わせさえすれば,知り得るものであるから,予約制が本件給付制度の対象にならないことも容易に知り得たはずであるとして,被告には,本件給付制度の説明義務はないと主張するが,被告は,本件給付制度の内容を熟知しており,それを利用して営業を行っていること,被告の主張によれば,被告においてはマニュアルを作成して本件給付制度利用に関する説明を行っているというのであるから,被告自身も説明を行うべきことを認識しているのであり,さらに,本件では,原告が具体的に本件給付制度対象講座の説明を求めていたという事情があったことから,被告が本件給付制度の対象講座について具体的かつ正確な説明を行わなくてもいいとは到底いえない。
  (5) 次に,被告は,原告が予約制では本件給付制度を利用することができないことを知り得たと主張し,Gは,本件給付制度を利用する際には,対象講座が決まっており,講座修了証明書を発行するため,出席率等の基準があることから,被告においては,受講受付の段階において,通常の入会の際にはない説明をし,本件給付制度の利用の確認をするための覚書を受講生に書いてもらうこと,講座申込書も他の受講生と区別するために異なる申込書を使用していることなど手続上明確に区別していると証言する。しかしながら,本件給付制度の対象講座を受講している者の受講申込用紙は,黄色の用紙で,それ以外の受講申込み用紙は白色の用紙と区別され,カリキュラム表も色分けされ,同書面には本件給付制度対象コースであることの記載がなされ,講座を受講する際には,各人の使用しているパソコンの横にカリキュラム表を置いていた(乙3ないし5)ものの,それら用紙は注意深く確認しない限り両者の区別ができず,まして原告の場合には,予約制を利用していることから,常に本件給付制度の利用を前提として受講している者と同席して,それらカリキュラム表を見ていたとまで断定するに足りる証拠もない。
    したがって,被告の上記証拠は,前記(2)の判断を覆すものではない。
4 争点3(損害)について
  (1) 略
  (2) なお,原告は,13年2月28日B校でCに本件講座の受講を申し込む際に,本件給付制度を利用して受講することを申し出ていない。したがって,少なくとも原告が,本件講座の受講申込みの際に,本件給付制度を利用して本件講座を申込むものであることを説明していたならば,Cが予約制を勧めることがなかった(乙2号証,証人Gの証言)ことから,その点において消費者契約法3条2項の趣旨及び公平の見地から過失相殺をするのが相当であり,本件説明義務の内容,損害の回避可能性などからは原告の上記(1)の損害額から2割を控除するのが相当である。(以下略)」


○ 建物明渡し時の現状回復義務の特約の効力
 8 京都地裁判平成16. 3.16(平成15年(ワ)第162号等 敷金返還請求等)
(最高裁HP判例)

(判決要旨)
1 消費者契約法施行前に締結された建物賃貸借契約が同法施行後に当事者の合意により更新された場合,更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。
2 建物賃貸借契約に付された自然損耗及び通常の使用による損耗について賃借人に原状回復義務を負担させる特約は消費者契約法10条により無効である。
(参照条文:消費者契約法10条)
(判決理由抜粋)
 「原告は民法90条による無効と消費者契約法10条による無効を択一的に主張するが,本争点に関して民法90条と消費者契約法10条は一般法と特別法の関係にあるから,先に消費者契約法10条による無効の主張について検討する。
(1)消費者契約法の適用の有無
 @ 本件賃貸借契約は同法施行前に締結され,本件更新合意は同法施行後に締結されているが,このような場合,更新後の賃貸借契約に同法の適用があるか否か検討する。
 A 更新の効果について検討すると,民法619条1項(黙示の更新)の「・・・前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト推定ス」との規定,旧借地法4条1項(請求による更新)及び6条1項(法定更新)の「・・・前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス」との規定並びに旧借家法2条1項(法定更新)の「・・・前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト看做ス」との規定(なお,借地借家法5条1項,26条1項は「・・・従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす」と規定しているが,趣旨は旧借地法,旧借家法と変わらないと解される。)によれば,更新により存続期間の満了により終了した従前の賃貸借契約と同一条件の賃貸借契約が成立する。
   これに加えて,本件覚書では,今後の賃貸期間を定めるだけでなく,賃料及び共益費の改定並びに新たな特約条項の設定を行うこともあり得ることが想定されていたうえ,改定されなかった契約条項については従前の契約どおりとすることが定められていることを併せ考慮すれば,本件更新合意により従前の賃貸借契約と同一条件(なお,本件更新合意では契約条項の改定はなかった。)の賃貸借契約が成立したといえる。
 B 以上によれば,消費者契約法の施行後である平成13年7月7日に締結された本件更新合意(但し,本件覚書によれば,更新の効力は同月1日をもって生じさせる趣旨と認められる。)によって,同月1日をもってあらためて本件建物の賃貸借契約が成立したから,更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。したがって,従前の契約どおりとされ(甲29の5項),更新後の賃貸借契約の内容になっている本件原状回復特約にも同法の適用がある。
   また,実質的に考えても,契約の更新がされるのは賃貸借契約のような継続的契約であるが,契約が同法施行前に締結されている限り,更新により同法施行後にいくら契約関係が存続しても同法の適用がないとすることは,同法の適用を受けることになる事業者の不利益を考慮しても,同法の制定経緯及び同法1条の規定する目的に鑑みて不合理である。
(2)本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効か否か
 @ 賃貸借契約が終了したときは,賃借人は目的物を返還しなければならないが,賃貸期間中の使用収益により目的物に物理的変化が生じることは避けられないところであるから,民法上,賃借人は,契約により定められた用方又は目的物の性質に応じた通常の用方に従って使用収益をした状態で目的物を返還すれば足りるといえる。
   したがって,本件原状回復特約は賃借人の目的物返還義務を加重するものといえる。
 A 本件原状回復特約が賃借人の利益を一方的に害するものか否か検討する。
  ア 本件賃貸借契約書では賃料には原状回復費用は含まないと定められているから(争いのない事実(1)Bのなお書き),原状回復費用を賃借人の負担とする合意は,賃料の二重取りにはあたらないから,契約自由の原則により,合意どおりの効力を認めてよいとの見解も考えられる。
    しかし,賃借人が,賃貸借契約の締結にあたって,明渡し時に負担しなければならない自然損耗等による原状回復費用を予想することは困難であり(したがって,本件のように賃料には原状回復費用は含まないと定められていても,そうでない場合に比べて賃料がどの程度安いのか判断することは困難である。),この点において,賃借人は,賃貸借契約締結の意思決定にあたっての十分な情報を有していないといえる。また,本件賃貸借契約のように原状回復費用の単価等が定められている場合であっても−そのような定めがない場合はなおさら−具体的な自然損耗等の有無,原状回復の要否又は原状回復費用の額は明渡し時でないと明らかにならない。さらに,賃借人が自然損耗の有無等を争おうとすれば,敷金返還請求訴訟を提起せざるを得ず,この点も賃借人にとって負担となる。
    なお,本件のような集合住宅の賃貸借において,入居申込者は,賃貸人又は被告B社のような管理会社の作成した賃貸借契約書の契約条項の変更を求めるような交渉力は有していないから,賃貸人の提示する契約条件をすべて承諾して契約を締結するか,あるいは契約しないかのどちらかの選択しかできないことは明らかである。
  イ これに対し,賃貸人は将来の自然損耗等による原状回復費用を予想することは可能であるから,これを賃料に含めて賃料額を決定し,あるいは賃貸借契約締結時に賃貸期間に応じて定額の原状回復費用を定め,その負担を契約条件とすることは可能であり,また,このような方法をとることによって,賃借人は,原状回復費用の高い安いを賃貸借契約を締結するかどうかの判断材料とすることができる。
  ウ 以上の点を総合考慮すれば,自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させることは,契約締結にあたっての情報力及び交渉力に劣る賃借人の利益を一方的に害するものといえる。
 B 以上によれば,本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効であると解するのが相当である(本件原状回復特約が民法90条により無効か否かを判断する必要はない。)。
 なお,本件原状回復特約は無効であるから,原告には自然損耗等による原状回復費用の支払義務はないが,原告に過失のある損耗による原状回復費用の支払義務はある。しかし,争いのない事実(5)のなお書きによれば,原告に過失のある損耗による原状回復費用の内容・額は特定されておらず,それを認定できる証拠もないから,結局,敷金から控除できる原状回復費用があるとは認められない。 」


○ 信用保証委託契約に基づく遅延損害金の定めの効力
 9 東京高裁判平成16. 5.26判例タイムズ1153号275頁
(判決要旨)
 消費者契約法施行以後に締結された信用保証委託契約に基づく遅延損害金の定めについて,消費者契約法が適用され,遅延損害金についての定めのうち,年14.6パーセントを超える部分が無効とされた事例
(参照条文:消費者契約法9条)
(判決理由抜粋)
 「当裁判所も,本件保証委託契約については,消費者契約法が適用され,同契約中遅延損害金についての定めのうち,同法9条2号所定の14.6パーセントを超える部分は無効であるから,控訴人の本件請求は,被控訴人に対し,求賞金元金191万9515円及びこれに対する平成15年9月25日から支払済みまで年14.6パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求は,理由がないものと判断する。そのように判断する理由は,下記2に付加するほか,原判決が説示するとおり(以下,略)」
(原審・判決理由抜粋)
 「本件保証委託契約は,消費者契約法の施行期日である平成13年4月1日以後に,消費者である被告と事業者である原告との間で締結されたものであるから,消費者契約法が適用され,同契約中遅延損害金についての定めのうち,同法9条2号所定の14.6パーセントを超える部分は無効となる。」




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