実務の友   敷金返還と原状回復特約に関する判例集
2004.02.12-最新更新日2006.08.10
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索  引

■ 敷金返還と原状回復特約 -------------------------------------------------
     1 名古屋地裁判平成2.10.19判例時報1375号117頁
     2 大阪高裁判平成6.12.13判例時報1540号52頁
     3 大阪地裁判平成7.2.27判例時報1542号94頁
     4 大阪高裁判平成12.8.22判例タイムズ1067号209頁
     5 東京地裁判平成12.12.18判例時報1758号66頁
     6 東京簡裁判平成14.9.27(平成14年(ハ)第3341号 敷金返還請求)
         最高裁HP下級裁判所判例集
     7 名古屋簡裁判平成14.12.17(平成14年(ハ)第6602号 敷金返還請求)
         最高裁HP下級裁判所判例集
     8 名古屋簡裁判平成16.1.30(平成15年(ハ)第5743号 敷金返還請求)
         最高裁HP下級裁判所判例集

■ 参考リンク -------------------------------------------------------------
       敷金返還等に関する判例集

(リンク)

 ◆国土交通省「住宅・建築関係」住宅行政(住宅ホームページ)
  1 「住宅局の取組み」中「民間住宅関係」
    (1) 賃貸住宅標準契約書について
    (2) 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の概要
       なお,国交省「改訂ガイドラインの概要(2004.2.10)」参照
  2 「住宅・宅地に関するQ&A」
    (1) 礼金の授受,ハウスクリーニング代の請求
    (2) 敷金が戻ってこない場合の相談先
    (3) 「明け渡し時の原状回復義務は,通常の使用に伴う損耗については生じないことを規
       程」に反する特約の扱い
 
 ◆国民生活センター「くらしの判例集」
    (1) [1998年2月] 震災により賃借物件か滅失した場合の保証金返還請求事件
         (大阪高等裁判所判決平成9年1月29日1593号70頁)
    (2) [1998年12月]敷金返還請求事件
          いずれも借り主側が勝訴したものである。
          【1】川口簡易裁判所平成9年2月18日 消費者法ニュース32号80頁
          【2】束京簡易裁判所平成9年3月19日判決 消費者法ニュース32号81頁
    (3) [2001年7月] 賃貸借契約に関する判例
          住宅金融公庫融資物件の賃貸借契約に関する事例
         (大阪高等裁判所平成10年9月24日判決 確定 判例時報1662号105ページ)
    (4) [2003年1月] 貸室契約の原状回復特約の解釈
          貸室の賃貸借契約条項中の「契約時の原状に復旧」という文言について、契約
         終了時の一般的な原状回復義務を規定したものであり,通常の使用による減価を
         賃借人が負担することを定めたものではないとした事例
         (大阪高等裁判所平成12年8月22日判決 破棄差し戻し・後和解 判例タイムズ
         1067号209ページ)
 ◆東京都都市整備局(住宅施策に関する事業のサイトマップ)
   (1) 賃貸住宅トラブル防止ガイドライン〜概要〜
   (2) 賃貸住宅トラブル防止ガイドライン全文(ダウンロードページ)

 ◆研究会
    (1) 敷金問題研究会→「書庫」
    (2) かもがわブックレットNo.146「敷金はこうして取り戻せ!」(敷金問題研究会)



○ 「畳・ふすま・風呂釜などの取替や小修理は賃借人の負担で行う」との修理特約と「故意過失を問わず本件建物に毀損・滅失・汚損などの損害を与えた場合は損害賠償義務を負う」との賠償特約の効力
 1 名古屋地裁判平成2.10.19判例時報1375号117頁
(判決理由抜粋)
 「2 本件修理特約に基づく費用償還請求について
 本件修理特約は,一定範囲の小修繕についてこれを賃借人の負担において行う旨を定めるものであるところ,建物賃貸借契約における右趣旨の特約は,一般に民法606条による賃貸人の修繕義務を免除することを定めたものと解すべきであり,積極的に賃借人に修繕義務を課したものと解するには,更に特別の事情が存在することを要すると解すべきである。そして,本件においては右特別の事情の存在を認めるに足りる資料はなく,先に認定したところの礼金の授受及び控訴人が昭和55年に本件建物に入居した際には前の居住者が退去したままの状態で入居している事実は,むしろ本件修理特約が賃貸人の修理義務を免除するに留まるものであることを推認させるものである。
 被控訴人は,本件賃貸借契約終了後に自らの出捐によって行った修繕につき,本件修理特約を根拠として控訴人に対してその費用償還を求めるものであるが,右に説示したところから本件修理特約は右償還請求の根拠となるものではないというべきであるから,被控訴人の右請求は失当である。なお,いわゆる原状回復義務から直ちに右費用償還請求義務を導くことはできないと解される。
 3 本件賠償特約に基づく損害金請求について
 本件賠償特約は,本件建物の毀損,汚損等についての損害賠償義務を定めるが,賃貸借契約の性質上,そこでいう損害には賃借物の通常の使用によって生ずる損耗,汚損は含まれないと解すべきである。
 この点についてみるに,前記1に認定したところ及び弁論の全趣旨によれば,請求原因6の(一)ないし(六)の修繕にかかる損耗,汚損は,建物の通常の使用によって生ずる範囲のものであったと認められるが,同(七)のドアー等については,通常の使用によっては生じない程度に汚損していたことが認められる。
 被控訴人は同(五)のクロス張替えに関連して,壁クロスの汚損が結露によるとしてもそれは控訴人の過失によるものである旨及びそもそも本件賠償特約は過失の有無を問わず賠償責任があることを定めたものである旨主張するが,結露は一般に建物の構造によって発生の基本的条件が与えられるものであるから,特別の事情が存しない限り結露による汚損を賃借人の責に帰すことはできず,本件賠償特約がそのような場合にも帰責事由の有無を問わず賠償責任を負うべき旨を定めたものであるとするならば,その限度で本件賠償特約の効力は否定されるべきである。
 結局,被控訴人の右請求は,請求原因6の(七)のペンキ塗替えに要した費用相当額2万円の損害賠償を求める部分につき理由があるが,その余は理由がない。」


○ 「本件貸室内の建具,壁,天井,床面その他本件貸室及びその関連する総てに対し,故意又は過失により損傷を与えるときは,別途その損料を支払う」旨の特約の効力
 2 大阪高裁判平成6.12.13判例時報1540号52頁
(判決理由抜粋)
 「2 また,本件特約にいう損傷には,賃借人による賃借物の通常の使用によって生ずる程度の損耗,汚損は含まれないものと解するのが相当であり,特に,本件特約における保証金160万円は,契約終了時には,約60パーセントにあたる100万円を控除して返還するものとされていることからすれば,右のような通常の使用によって生ずる損耗,汚損の原状回復費用は,右保証金から控除される額によって補償されることを予定しているものというべきであるところ,<証拠略>から窺われる右損傷箇所の状況,その内容及び程度からすれば,むしろ,通常の使用によって生ずる損耗,汚損の程度とも考えられ,したがって,右損傷箇所が,通常の使用によって生ずる損傷,汚損の程度を超え,本件特約にいう損傷にあたるといえるか否かについては,その損傷箇所の内容,性質,程度を具体的に確かめる必要がある。
 3 更に,本件損傷箇所が本件特約にいう損傷にあたるとしても,<証拠略>によれば,その損料(原状回復費用)として,被上告人が主張する60万円は,本件貸室の床Pタイル,壁面クロス及び天井全体を貼り替える工事費用であるところ,前記損傷箇所の状況,程度,及び,右金額が被上告人自身の見積もりによるものであることからすれば,その補修に,床,壁,天井全体の貼り替えまでを要するかどうか,また,その費用額が適正妥当であるかどうかについて,多分に疑問のあるところである。」


○ 「天災,火災,地変等その他の災害によって借家が通常の用に供することができなくなったときは敷金は返還されない」旨の特約が例文であるとして無効とされた事例
 3 大阪地裁判平成7.2.27判例時報1542号94頁
(判決理由抜粋)
 「確かに,敷金に関する特約は家屋の賃貸借そのものではなく,賃貸借契約に付随してなされるものであり,賃貸借契約の本質的内容をなすものではないこと,また,<証拠略>によれば,本件各敷金はいずれも月額賃料の5倍から7倍余りのもので,1室当たり金35万円を超えるものはないことから,敷金不返還の本件特約が本件各賃借人に特に不利益であるとまでいえず,したがって,本件各賃借人は本件特約に拘束される意思を有していたといえなくもないとも考えられる。
 しかしながら,(1),本件特約に係る文言は不動文字として印刷されており,しかも,弁論の全趣旨によれば,いずれの賃貸借契約書も被告がかねて作成印刷したものと認められること,(2),また,一般的に賃貸人は,賃借人に比し,経済的には優位な力関係にあるのであって,賃借人は賃貸借契約書中に自己に不利な条項が記載されていても賃貸人にこれを訂正するよう要求するのは難しいのが通常であり,本件各賃貸借契約においても右力関係の存在を覆すに足りる証拠はないこと,(3),さらに敷金は,元来,賃貸借契約が終了した場合に,賃借人の延滞した賃料や賃料相当損害金,その他賃借人が故意又は過失により賃借物を毀損して賃貸人に損害を被らせた場合の損害賠償債務の支払を担保するものであって,それ以外の賃貸人の被った損害を填補するものではないこと,(4),一方,賃貸借物件が,天災・地変や原因不明の火災等賃借人の責に帰すべからざる事由により,滅失し,そのために賃貸人が損害を被ったとしても,右損害につき賃借人には何ら法律上の賠償義務はないこと,(5),しかるに,賃借人の責に帰すべからざる事由により,賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合に,賃借人において,賃借人の差し入れた敷金の返還を要しないとすることは,実質的には法律上何らの責任もない賃借人の損失において,賃貸人の被った損害の填補を図るものであるところ,このようなことを認めることは賃借家屋の滅失により家財道具や衣類等の生活必需品を失い,経済的に大きな損害を受けた賃借人にとって著しく過酷な結果となるし(略),(6),また,一般に賃貸人は賃貸借物件である建物については火災保険により損害を填補することができる(略)のに,賃借人はそのような損害保険に入っていることは稀であることから,賃借人が特段の事由もないのに,本件のような自己に不利な特約を,唯々諾々として承認するようなことは,経験則上一般には考えられないこと等の諸事情からすれば,本件特約の拘束力を認めることは明らかに本件各賃借人の合理的意思に反するといわなければならない。したがって,本件特約の記載は単なる例文というべきであって,本件各賃借人は本件特約に拘束される意思はなかったものと認めるのが相当である。
 仮に本件特約が例文でないとしても,右に認定したように,賃貸借物件の滅失につき,賃借人に帰責事由がなくとも敷金を返還しないとすることは,経済的に劣位にある本件各賃借人の犠牲において経済的に優位にある賃貸人に不当な利益(損害の填補)を与えるものであって,そのようなことは明らかに本件各賃借人の意思に反するから,本件特約の合理的解釈として,本件特約は賃貸借物件の滅失につき賃借人に帰責事由がある場合に限り適用されるというべきである。
 (略) 借家法及び借地借家法は,造作の買取請求権を放棄する旨の特約を無効とするなど(借家法5条,6条,借地借家法33条,37条参照),賃借人の保護を徹底して図ろうとしているのであるから,賃貸借物件の滅失が賃貸人の責に基づく場合や不可抗力による場合にも敷金を返還しないとする部分については,経済的弱者である賃借人の犠牲の下に経済的強者である賃貸人の利益を図ろうとするものであるから,到底私的自治の原則の範囲内にあると認めることはできず,本件特約のうち右部分は,借家人保護を目的とした強行法規である借家法及び借地借家法の立法趣旨に反し,ひいては公序良俗に反するものとして当然無効と解すべきである。
 (略) 前記認定のとおり賃借人の債務不履行の担保という敷金の性質からすれば,契約当事者間の合理的意思としては,各敷引の金額は延滞賃料等賃借人の債務不履行による損害や家屋の賃貸に伴う損傷に関する修繕費用といった賃貸人に生じたであろう損害等をあらかじめ概括的に算定したものと認めることができ,他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうだとすれば,本件各賃借人に延滞賃料がない点については当事者間に争いがなく,また,他に本件各賃借人に債務不履行があった旨の主張立証はなく,さらに賃貸人において賃貸借物件が滅失して部屋を修繕する必要がない本件には,本件敷引規定の適用はないというべきである。」


○ 貸室契約における原状回復条項が,通常の使用による損耗汚染を原状に回復する費用も賃借人が負担する特約ではないとされた事例
 4 大阪高裁判平成12.8.22判例タイムズ1067号209頁
(判決理由抜粋)
「 1 上告人と被上告人とは,本件賃貸借を締結したが,その作成した契約書の21条1項には,「上告人は,本契約が終了した時は上告人の費用をもって本物件を当初契約時の原状に復旧させ,被上告人に明渡さなければならない。」との規定がある。
 2 上告人は,そのころ,覚書に署名押印して仲介人に交付したが,それには,「本物件の解約明渡し時に,上告人は,契約書21条1項により,本物件を当初の契約時の状態に復旧させるため,クロス,建具,畳,フロア等の張替費用及び設備器具の修理代金を実費にて清算されることになります。」との記載がある。(略)
 二 原判決はこの事実のもとで,賃貸期間中の通常の使用による損耗についても上告人が負担するとの契約があったと判断して,損耗を回復する費用は,通常の使用による分も含めて,上告人の負担になると判断した。
 三 しかし,右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
  1 建物の賃貸借において,特約がない場合には,賃借人は賃貸物の返還に際し,その負担で,賃借物を賃貸借契約当時(正確には賃借に際し,引渡しを受けた当時)の原状に戻す義務がある。
 その原状回復の限度はつぎのように考えられる。
 すなわち,(1)賃借人が付加した造作は,賃借人が取り除かねばならないし,(2)賃借人は,通常の使用の限度を超える方法による賃貸物の価値を減耗させたとき(例えば,畳をナイフで切った場合)はその復旧の費用を負担する必要がある。
 しかし,(3)賃借期間中に年月が過ぎたために,強度が劣化し,日焼けが生じた場合の減価分は,賃借人が負担すべきものではないし,(4)賃貸借契約で予定している通常の利用により賃借物の価値が低下した場合,例えば賃貸建物につけられていた冷暖房機が使用により価値が低くなったときとか,住宅の畳が居住によりすり切れたときの減価分は,賃貸借の本来の対価というべきものであって,その減価を賃借人に負担させることはできない。
 2 右は,特約のない場合の原則であるから,右1の原則を排除し,通常の利用による減価も賃借人が負担すべきとする特約が本件であったかが問題である。
 3 前記一1の契約書21条1項の文言は,「契約時の原状に復旧させ」というものであるから,契約終了時の賃借人の一般的な原状回復義務(つまり,右1の内容のもの)を規定したものとしか読むことはできない。右契約条項には,賃借人が通常の使用による減価も負担する旨は規定していないから,そのような条項と考えることはできない。
 前記一2の覚書は,右契約書の21条1項を引用しているから,右契約条項を超える定めをしたとは言えない。その後段部分は賃借人が費用を負担すべき場合(例えば,賃借人が畳をナイフで切った場合)の清算方法を定めたものに過ぎず,右契約条項を超えて通常の使用による減価まで賃借人が負担すると定めたとは解されない。」


○ 「本件建物を明け渡すときは,畳表の取替え,襖の張替,クロスの張替,クリーニングの費用を負担する。」との特約の効力について,  公序良俗等に違反せず,自然損耗分も含め賃借人が負担するものとして有効とされた事例(原審(簡裁:後出判例参照)は,消費者保護の観点から特約を限定的に解釈すること等は信義則上許されるとした。)
 5 東京地裁判平成12.12.18判例時報1758号66頁
(判決理由抜粋)
「 2 住宅金融公庫法違反について(略)
 そもそも同法35条及び同法施行規則10条自体,同条に違反する私法上の条項を無効にするだけの効力を有している規定であるのか疑問があるのみならず,同法は,直接被控訴人を名宛人とするものではないし,被控訴人は,住宅金融公庫による低利の融資を受けておらず,同法を潜脱して不当に利得することができる立場になかったのであるから,たとえ同法の趣旨に則していないとしても,本件特約条項の私法上の効力を奪うことはできないものというべきである。
(略)
 三 本件特約条項の解釈について
 なお,原判決は,本件特約条項を限定解釈するとしているので,この点について検討を加える。原判決(略)に説示されているとおり,私的自治に基づく契約自由の原則が,適用される生活領域の特殊性に応じて変容することがあり得るものであり,消費者保護の観点が重要な視点となり,近時ますますその重みを増していることは疑いようのない事実である。そして,原判決(略)に説示のとおり,敷金の返還の場合において,自然損耗分を賃貸人が負担すべきであるとの判断も,実質的妥当性という観点からは一つの合理性を持った見解であると評価できる。
 しかしながら,消費者保護の観点のみならず,取引の安全,契約の安定性もまた重要な観点として考慮されなければならず,また,できるだけ国家の介入を避け,個々人が自由に法律関係を形成すべきであるという市民社会の思想が私法にも反映され,私法上,私的自治の原則が重要な指導原理を果たしているところ,個人として尊重される私人が,自己の意思に基づいて契約を締結した以上は,その責任において契約上の法律関係に拘束されるというのが大前提であるというべきであり,それにもかかわらず契約内容を限定するには,当事者の意思自体が当該条項に限定的な意味を与えたにすぎないと認められる場合,契約条項の文言から限定解釈が可能な場合,当該契約関係が指摘自治の原則を覆滅させてでも修正されなければならないほど不合理・不平等な結果をもたらすものであり,強行法規や公序良俗違反という一般条項の適用が可能な場合等でなければならないのである。
 前記のとおり,本件特約条項は公序良俗に反するものとは認められないし,特約の文言解釈上,自然損耗分を含まない趣旨であると解釈するのも困難であり,当事者双方において本件特約条項を限定的に理解して契約を締結したという事情も認められないのであるから,本件の事実関係のもとでは,本件特約条項は文言どおりの拘束力をもつといわざるを得ない。」
(参考:原判決)
東京簡裁判平成12.6.27判例時報1758号70頁

(判決理由抜粋)
 「そこで,次に本件特約文言の効力について検討をする。契約自由の原則によれば強行法規若しくは公序良俗に反する等,私的自治の限界を逸脱しない限りは,契約内容をいかように定めるかは当事者間の自由であるのが本則である。したがって,特約は,基本的に尊重されるべきものであるけれども,適用される生活領域の特殊性等に応じて,契約自由の原則の現象する姿が変容することのあり得べきことまで否定されるものではない。もとより,特約を制約することには極めて慎重であるべきであるけれども勤労者に対する貸室賃貸借契約は,広い意味での消費者問題に属するものであるから,諸般の事情を考量のうえ,消費者保護の観点から特約を限定的に解釈すること等は信義則上許されるものというべきである。
 さらに,右の点に加えて,本件では,賃貸目的物が住宅金融公庫融資物件であったという特殊性がある。住宅金融公庫法35条1項,同法施行規則10条1項は,(略)旨を規定している。右は,住宅金融公庫が,国民大衆による健康で文化的な生活を営むに足る住宅の建設及び購入を促進するため,銀行その他一般の金融機関から融資を受けることが困難な者に対し償還期間及び貸付利率において有利な条件で必要な資金の貸付をすることなどを目的として制定されたものであり,住宅金融公庫からかかる有利な条件で貸付を受けた者がその建設した住宅等を高額な賃料で賃貸して不当な利益を得ることを防止するために,その賃料等に合理的な制限を加えたものであると解されている。もとより,住宅金融公庫法の直接の規制対象は,被告主張のとおり貸付を受けた本件建物の所有者であるとしても,住宅金融公庫法の趣旨自体はサブリース契約においても可及的に尊重されることが相当である。
 本件原状回復特約は,強行法規や公序良俗に反するとまで言うことはできないが,右のような観点から限定的に解釈,適用していくことが相当である。」


○  「室内のリフォーム,壁,付属部品等の汚損,破損の修理,クリーニング,取替,ペット消毒については賃借人の負担で行う」旨の特約の効力
 6 東京簡裁判平成14.9.27(平成14年(ハ)第3341号 敷金返還請求)最高裁HP下級裁判所判例集 ( (最高裁HP判例)
(判決理由抜粋)
 「(2) ところで,通常の建物の賃貸借において,賃借人が賃借建物を返還するに際して負担する「原状回復」とは,賃借人の故意,過失による建物の毀損や,通常の使用を超える使用方法による損耗等について,その回復を約定したものと解するのが相当であって,賃借人の居住,使用によって通常生ずる建物の損耗についてまで,それがなかった状態に回復すべきことまで求めているものではないというべきである。
 しかし,修繕義務に関する民法の原則は,任意規定であるから,借地借家法の趣旨等に照らして無効とするほど賃借人に不利益な内容の合意でない限り,当事者間の合意によって,民法と異なる内容の合意をすることも許されるものと解される。
(3) そこで,上記の解釈を前提として,本件賃貸借契約書の特約事項3項の合意の効力を検討すると,「室内のリフォーム」については,何らの限定もなく賃借人が室内のリフォームの費用を負担するという合意は,室内のリフォームは,大規模な修繕になることからすると,借地借家法の趣旨等に照らして無効といわざるをえず,また,「壁,付属部品等の汚損,破損の修理,クリーニング,取替」については,その文言からすると,本件賃貸借契約書15条1項に定める「原状回復」と同じことを定めたに過ぎないと解される。
 しかし,「ペット消毒については賃借人の負担でこれらを行うものとする。尚,この場合専門業者へ依頼するものとする。」との合意は,ペットを飼育した場合には,臭いの付着や毛の残存,衛生の問題等があるので,その消毒のために,上記のような特約をすることは合理的であり,有効であると解される。」


○ 貸室明渡し時の修繕特約及び「故意,過失による汚損,破損,若しくは滅失の箇所の補修,清掃,又本物件に付加した造作,その他の設備等を撤去し,すべてを現状に復して甲に明け渡す」旨の特約の効力
 7 名古屋簡裁判平成14.12.17(平成14年(ハ)第6602号 敷金返還請求)最高裁HP下級裁判所判例集 ( (最高裁HP判例)
(判決抜粋)
主文
1 被告は,原告に対し,金19万4050円及びこれに対する平成14年6月28日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その4を被告の,その1を原告の負担とする。
4 この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。
   事実及び理由
第1請求
 被告は,原告に対し,金23万5000円及びこれに対する平成14年6月28日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 請求原因の要旨
 原告が,被告から平成6年8月1日に,期間2年,賃料1か月11万0240円(共益費,駐車場料を含む。),敷金47万円等の条件で賃借した愛知県a郡b町c番地所在,dフォーラム202号室(以下「本件貸室」という。)の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)に基づき,敷金の償却50パーセントを控除した残額23万5000円及びこれに対する本件貸室明け渡し及び確認の日から30日経過後である平成14年6月28日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の請求
2 中心的争点
 被告は,本件契約の契約書には,保証金(敷金)50パーセント償却のほか修理費実費償却の定めがあり,本件契約書13条2項で原告の負担とされているリフォーム工事の費用は,52万7572円となるので,被告が原告に返還すべき敷金の残額はないと主張して争うのでこの点が中心的争点である。
第3当裁判所の判断
1 本件契約書の規定の解釈
A 本件契約書(甲1)の1頁B「賃料等その他」欄には,「保証金(敷金)470,000円」の記載の下に「50%償却」と「修理費実費償却」の約定の記載がある。
B 本件契約書8条5項には,「保証金は,本契約の終了により,乙(原告)が本物件を明け渡しかつ甲(被告)の確認を得た後,本契約に基づく未払い債務,その他乙が負担すべきものがあれば,それらを差し引いた上,その残額を甲の確認日から30日以内に,甲より乙に返還する。」との定めがある。
C 本件契約書13条2項には,「前項の場合(注:契約終了の場合),乙は自己の負担において,別表B第1表に掲げる修繕及び,その他乙の故意,過失による汚損,破損,若しくは滅失の箇所の補修,清掃,又本物件に付加した造作,その他の設備等を撤去し,すべてを現状に復して甲に明け渡すものとする。」との定めがあり,別表B第1表では,「入居者の日常使用及退去による修理費の負担範囲」として,項目別に修理種別,修理内容,修理基準を定めている。
D 賃貸借契約においては,賃貸人は,賃料を徴収する権利を有する一方,賃貸目的物を賃借人の使用に供する義務を負担するのであるから,賃借人の使用,収益に伴う賃貸目的物の自然の消耗や破損の負担は,本来賃貸人の負担に属するものである(民法606条参照)。しかし,特約によって,賃貸人の義務を免れ,あるいは,これを賃借人側の負担とすることは,私的自治の原則からもとより可能である。 特約のない場合の原状回復の限度としては,チ賃借人が付加した造作の収去,ツ賃借人が通常の使用の限度を超える方法により賃借物の価値を減耗させたときの復旧費用については,賃借人が負担する必要があるが,テ賃借期間中の年月の経過による減価分,ト賃貸借契約で予定している通常の利用による価値の低下分は,賃貸借の本来の対価というべきものであって,その減価を賃借人に負担させることはできないものと考えられる。
E 本件契約では,その13条2項において前記のとおり退去時における賃借人の原状回復義務が定められているので,これが前述のDのテ,トについての賃借人の負担義務を定めた特約にあたるか否かにつき検討する。
  本件契約書13条2項の引用する別表B第1表の内容としては,その表題の示すとおり,入居者の入居中における日常使用にあたって,修理を必要とする場合の費用の負担者を賃貸人でなく賃借人であると規定し,この基準を退去時にも引用してその義務の内容としているものであると解される。したがって,入居中に賃借人が修理をする必要のないような項目について,退去するにあたって突然賃借人に修理の義務が発生するという内容であるとまではいえない。本件契約書13条2項は,「その他乙の故意,過失による汚損,破損,若しくは滅失の箇所の補修」等を賃借人の原状回復義務のある範囲として定め,その前半の「別表B第1表に掲げる修繕」は例示的に掲げられているに過ぎないものと解される。敷金の償却費として50パーセントの差し引きがあることも併せ考えると,本件契約書13条2項の規定は,契約終了時の賃借人の一般的な原状回復義務(前記チ,ツの内容)を規定したものと解され,前記特約にあたる条項と考えることはできない。
 賃貸人としては,賃借人の退去に際し,通常の使用による減耗,汚損等も賃借人の負担で改修したいのであれば,契約条項で明確に特約を定めて,賃借人の同意を得た上で契約すべきものであるが,本件の原告は,入居の際の仲介業者の説明として,50パーセントの償却の中に退去の際のリフォーム費用も含まれていると聞いていたとしており,通常の使用による減耗,汚損等の原状回復費用も別途負担することについての明確な合意の存在も認められない。
2 被告の負担すべき費用
 前述したところから,本件貸室の原状回復費用のうち,原告が負担するべき項目は,キッチン上棚取手取付費1000円(破損),排水エルボー費3000円(欠損)及び室内清掃費3万5000円の合計金3万9000円と消費税1950円の総合計金4万0950円であることが認められる(甲2,原告本人)。
3 結論
 以上のところを総合すると,原告の請求は,被告が原告に対し支払うべき敷金23万5000円から,原告が被告に支払うべき原状回復費用4万0950円を差し引いた金19万4050円の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないことに帰するのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。


○ 市営住宅の明渡しに際してふすまの張替,畳表替等の補修費用の内には,自然損耗として家賃でまかなうべき分はないと判断した事例
 8 名古屋簡裁判平成16.1.30(平成15年(ハ)第5743号 敷金返還請求)最高裁HP下級裁判所判例集 ( (最高裁HP判例)
(判決抜粋)
(主文)
 1原告の請求を棄却する。
 2訴訟費用は原告の負担とする。
(事実及び理由)
第1請求
 被告は,原告に対し,金3万0600円を支払え。
第2事案の概要
1 請求原因の要旨
 原告が,被告から,平成5年3月26日に,賃借期間の定めなし,賃料1か月1万0200円,敷金3万0600円等の条件で賃借した名古屋市名東区ab丁目c番地d荘e棟f号室(以下「本件建物」という。)の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)が,平成15年4月30日終了(翌月6日明渡し)したことに伴う未返還の敷金3万0600円の支払請求
2被告の主張の要旨
 本件建物の明け渡しに伴う本件建物の補修費用は,畳の表替,ふすまの張替等合計金8万3300円であり,被告は,本件の敷金をその費用に充当の上,不足額である5万2700円の支払いの告知をしているもので,原告に対して返還するべき敷金の残額はない。
3争点
 原告は,本件建物を通常の用法に従って使用してきたものであり,通常の使用による損耗,汚損は,毎月の賃料によってカバーされるもので,本件建物の補修費用8万3300円は原告が負担すべきものではないとして争うので,この主張の成否が中心的争点である。
第3当裁判所の判断
1 本件契約の性質について
 本件建物は,地方公共団体である被告が事業主体として所有し管理している公営住宅であるが,公営住宅の使用関係に関しては,その本質において私法上の賃貸借関係であり,特則として公営住宅法(以下「法」という。)が適用されるほか,その特別の定めのない事項については一般法として民法,借地借家法等の適用があるものというべきである。ただ,事業主体は,法及びその施行令等により一定の制約を受けているとともに,条例によって使用関係の内容を定める権能を与えられている。そして,入居者はこれら法令によって定められた使用関係の諸条件を承知の上で,一種の付合契約を締結するものと解され,その限度で民間の一般的な賃貸借契約とは自と異なった側面を有するといえる。
2補修費用負担の根拠及び範囲について
(1) 事業主体は,貸主として,住宅の使用に必要な修繕をする義務を負う(民法606条1項)とされるが,この規定は強行規定ではないから,修繕義務の内容は契約当事者の特約によって左右することができる。
 一方,法21条は,「事業主体は,公営住宅の家屋の壁,基礎,土台,柱,床,はり,屋根及び階段並びに給水施設,排水施設,電気施設その他の国土交通省令で定める附帯施設について修繕する必要が生じたときは,遅滞なく修繕しなければならない。ただし,入居者の責めに帰すべき事由によって修繕する必要が生じたときは,この限りでない。」と規定するので,事業主体は特約によってもこれらの義務を免れることはできない。
 ここに規定する以外の修繕については,法は何も言及していないので,公営住宅の退去時における具体的な修繕義務の内容は,条例,慣行等をも含めた契約内容の如何で決まることとなる。
(2) 名古屋市営住宅条例等の定め等について
ア 名古屋市営住宅条例(昭和29年名古屋市条例第25号,以下「条例」という。)は,修繕費について,「公営住宅及び共同施設の修繕に要する費用は,次条に規定するものを除き,市の負担とする。」(17条)とし,次条において,「次に掲げる費用は,入居者の負担とする。(中略)(2)障子,ふすまの張替,ガラスのはめ替,畳の表替(裏返しを含む。)に要する費用(中略)(5)前各号のほか市長の指定した費用」と規定している。この規定は,第一義的には入居者の入居生活中の修繕費の負担について貸主である被告の義務を免れるためのものと解され,退去,明け渡しに伴う原状回復としての修繕費の負担について明確に規定しているものとまでは解されない。
イ 入居者の退去に伴う費用負担については,負担区分総括表(乙3),市長の定める市営住宅退去者負担分建物補修費の事務取扱要領と同要領で別に定めるとされている査定基準(乙4)で取扱いを定めており,それによれば,畳の表替,ふすまの張替については入居後1年以上,壁塗装等については同7年以上で原則として汚れ,破れなどの損傷の多少にかかわらず査定すること等とされている。被告は,この取扱いについて入居者に周知するため,「市営住宅使用のしおり」(乙5,10)を入居者に配布している。
ウ 本件建物への入居に際しては,「その使用につき公営住宅法,名古屋市営住宅条例及びこれらに基づく規則,命令,指示を遵守いたします。」と記載され,原告及び連帯保証人の署名,押印のある請書(乙11)が提出されている。
エ 本件建物の退去に際しては,退去届(乙6),市営住宅退去者負担分建物補修費調書(乙7)が原告名義で各作成提出されており,補修費の区分,数量,金額等の明細及び同金額を敷金から振り替えることを承諾する旨の記載がある。
オ 以上のところから,退去に伴う補修費の負担に関して,条例は必ずしも明確に規定してはいないけれども,被告がイからエまでに述べた取扱いによって,名古屋市内約6万戸に及ぶ公営住宅の管理を一律に行い,他の入居者と同一の基準で査定を行い,入居者から個別の同意を得た上で敷金からの振替えを行っていることが認められる。
(3) 家賃の性質について
 原告は,通常の使用による損耗,汚損は,毎月の賃料によってカバーされるものであると主張するが,第3,2,(1)において述べたとおり,入居者の退去に際しての補修費用負担の範囲については,条例,慣行等を含めた具体的な契約内容によって決まるものであり,家賃の金額の決定に関する法16条,同施行令2条,3条,条例12条以下,同施行細則10条以下の諸規定に照らしても,家賃の性質から当然に結論が導かれるということにはならない。
 さらに,公営住宅の家賃については,その設置の目的とされる「国及び地方公共団体が協力して,健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し,これを住宅に困窮する低所得者に対して低廉な家賃で賃貸し,又は転貸することにより,国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する」(法1条)ために,民間の賃貸住宅に比して特に低廉に設定されていること,また,建設時からの経過年数に応じて算出される係数により建物減価分が毎年減額されていることも考慮すると,通常の住宅使用による自然減価分が毎月の家賃に含まれているとすることは相当でない。
3 結論
 通常の使用に伴う損耗,汚損による本件建物の補修費用を原告が負担すべきものとすることについては,本来,条例,施行細則等において,公営住宅の入居者の負担義務として,明確に規定することが望ましいのはいうまでもないところであるが,第3,1で述べた公営住宅使用に関する契約の特殊性と永年にわたって統一的に実施されてきた慣行ともいうべき具体的な実務的取扱いを総合して判断すれば,被告の主張には理由があるというべきである。
 したがって,原告の請求は理由がないことに帰するのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。


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