「2ちゃんねるだから…」


 鮫島事件、犬鳴村
 2003.12.27

 
 知人に「2ちゃんねら」と呼ばれる人種の人がいます。この「2ちゃんねら」という呼称が、どういった人たちに対して使われるものであるのかについては明確な基準がありません。外見上の特徴から分かると言うものでもありませんし(中には分かる場合もありますが)、自称されているのを聞いた事も、あまりありません。私などは、「戦国英雄ネタ・三国志、戦国時代」板に足繁く出入りしているクチなので、2ちゃんねら(三戦板住人)という事になるのでしょうか。実のところ、都市伝説ネタがカテゴライズされるオカルト板へは、定期的にネタ漁りに出かける程度です。三戦板では当然の如く「無名武将@お腹せっぷく」として書き込みまでしているのですが。

 話が脱線しました。前出の知人と話していると、時々話のシメに「まぁ、2ちゃんだから」と言うフレーズが使われます。どことなく諦観さえ漂わせる響きがありますが、事情のわかる人にしてみればこの「まぁ、2ちゃんだから」の一言から、「真に受けるなよ」、「本当かどうかは知らないよ」、「ネタとして楽しんどけ」のようなメッセージを読み取る事が可能でしょう。今回取り上げる題材も、「まぁ、2ちゃんだから」と言う話です。真偽を考えるよりは、「こんな話もある」と愛でるだけがよろしいかと思われます。いずれも都市伝説というよりはネットロア、ともすれば2ちゃんねる伝説と言った性格の強い話です。また、知っている人にとっては今更と言う内容で、最近になってたまたま私の関心が向いたと言うだけのものでもあります。2ちゃんねる風に言うと「ガイシュツ」なわけですが、何か?



■鮫島事件
 色々な意味で、キングオブ「2ちゃんねるだから」という話です。ちょうど、俄か2ちゃんねら(いわゆる「夏厨」「冬厨」)が増える学校の長期休業期間中には、鮫島スレが各所に乱立すると言われています。概要(と言って良いものかどうかはよく分かりませんが)は以下のような感じ。

 かつて2ちゃんねるが今よりもっとアンダーグラウンドに近かった頃、今では伝説となった「鮫島事件」が発生した。「鮫島事件」は、2ちゃんねるの歴史の中でも最も忌むべきタブーであり、真相を知る古参2ちゃんねらは、この話題に対して口をつぐむと言う。それもそのはず、この事件に関する書き込みをすると、そこからIPアドレスを抜いた警察によって逮捕されると言うのである。また、鮫島情報の吹き溜まりとなる鮫島スレッドからして、ある日突然、何の前触れも無く削除される事も珍しくない。流入人口の新陳代謝が激しい2ちゃんねるでは、今では「鮫島事件」の真相を知るものは少なくなったが、それでもこの話題は忌避され続け、ために半ば伝説化している。

 「鮫島事件」に関するスレッドが立てられたり、書き込みがあったりすると、必ずと言って良いほど「その話題はやめておけ」といったような内容のレスがつきます。IP云々の話が返ってくるのも定番です。一説によると、鮫島事件はあのネオむぎ茶事件をも超える2ちゃんねる史上最大の汚点であり、タブーだと言われています。ここだけ見ると非常に物騒な話で、こんなものをネタにしていると私の身も危なそうですが、鮫島事件のことを扱っていながら長らく閉鎖されないサイトがあり、また、鮫島事件の話を出して発禁処分などになっていない本も知っています。とりあえず、「ネタか都市伝説か」と言ったような文脈の中で取り上げていれば大丈夫そうなので、おまじないの意味もこめ、ここでもそういう感じでもう少し詳細を。

 上の話だけでは「鮫島事件」がどんな話だったのかはまったく分かりません。「とにかく恐ろしい怪談らしい」という触れ込みばかりが先行し、肝心の話の内容がわからない「牛の首」と同じ構造をもった伝説であると言ってしまってよいでしょう。とは言え、そんな「牛の首」まがいの引きだけで、この話題が長らくくすぶり続けるはずはありません。このあたりは、ネタが横行する2ちゃんねるの特性が深く関係しています。

 鮫島スレッドは、いい加減この話題に飽きて「ネタだからもうやめろ」と言う人と、面白がって煽る人・事件記事を捏造しようとする人の間で発生するせめぎあいのため、往々にして荒れがちです。そして、その論戦の結果、ネタと事実がごちゃ混ぜになり、ますます意味不明の伝説化に拍車がかかる、と言ったところでしょうか。(なお、「鮫島スレは削除される」と言う話に関しては、鮫島スレが大して実の無い議論なのに、容量をドカ食いする問題児スレッドになりがちなので、ただでさえ慢性的な資源不足に悩まされる2ちゃんねるにおいて削除対象になりやすいのは致し方ないかと)。

 ところで、このような経緯で造られたと思しき鮫島事件の詳報とされるものはいくつか存在しています。また、断片的な情報だけを漏らして(いる風を装って)2ちゃん初心者を撹乱する手法もよく使われるため、細切れになった鮫島事件の残滓は、まとまった物語以上にたくさん残っています。実はあまりに数が多すぎるので、網羅的に紹介するのは不可能です。ここでそれらの一部をいくつか紹介しておきます。

 鹿児島県沖に浮かぶ鮫島。ここに5人の2ちゃんねらが遊びに来た。しかし、彼らはそのまま行方不明に。ついには鮫島周辺の捜査が行われたが、彼らを発見する事は出来なかった。やがて半年ほど後。そのうちの四人は白骨死体となって、それぞれにゆかりの場所へと送り届けられた。しかし、公安関係者の身内とされる最後の一人の行方は、杳として知れないままだった。そして、四人の遺骨が送り届けられた翌日、2ちゃんねるに最後の一人と思われる人物の書き込みがなされた。「鮫島にいる」と。しかし、このとき2ちゃんねるは投稿者のIPを記録するシステムをとっておらず、果たしてこの投稿者が最後の一人なのかどうかを判断する事が出来なかった。その後、再び捜査班が鮫島に入ったところ、この最後の一人と思われる人物の死体を発見した。この死体は動物に食い荒らされ、激しく損傷していたがその中には人間のものと思われる歯形も残されており、また頚部には圧迫されたような痕跡があったという。

 たまたま見つけた話ですが、ストーリー仕立てになっているものだけでも他にも色々なパターンがあります。比較的最近のもののように思われたので代表して紹介しておきます。ちなみに2ちゃんねるでIPアドレスを記録するようになったのは、前述のネオむぎ茶事件こと西鉄バスジャック事件をはじめとして、2ちゃんねるが盛んに犯行予告に使われるようになって以後です。それ以前の2ちゃんねるは、名実共に匿名掲示板でした。もっとも、設立当初から2ちゃんねるがアングラサイトであったことはありません。あくまで、初期2ちゃんねるは特に、アングラ色が強かったというだけのことのようです。

 他に、結局のところ鮫島とは何なのか、色々拾い上げたものの中から要点をかいつまんでいくつか。

  • 特殊学級を舞台に撮影されたアングラ系ビデオの顧客リストの中に多くの2ちゃんねらが含まれていて、そのリストの所在が現在不明になっている。そのため、そのリストが露見する事をおそれる者たちがいる。
  • 柏(柏台)駅前での鮫島を名乗る固定ハンドルを20人がリンチした事件が鮫島事件。
  • 鮫島代議士がらみ。
  • 2ちゃんねる以前に発生したリンチ事件のこと。
  • 「痛い痛い!すりむいたー」スレ起源のネタ。

 結論から言って、膨大な量の情報が氾濫していて、もう収拾がつきません。まとめる気力すら萎えました。この混沌は、【鮫島事件】を自分で検索して味わうべき性格のものなのかもしれません。某コテハンがありもしない「鮫島事件」の話を、あたかも大事件であるかのように装ってばら撒いた、というのが大方の見方のようですが、もしネタだとすれば、これほど巨大に構築されたネタと言うのも、そんなには無いと思います。

 ところで、個人的な心情としては『鮫島はネタ』という結論に落ち着けたくなってしまいますが、よくよく考えてみれば2ちゃんねるで半ばエンドレスで繰り返される鮫島議論を見ていても、ネタか事実を判断するための決定的な材料は上がってこないような気がします。『ネタだ』、『事実だ』という書き込みは相半ばしていますが、いずれかの発言に重みをつけることはいささか公正さを欠きます。かと言って、話の上では秘匿された事件と言う事になっているため、2ちゃんねる以外で鮫島関連情報を集めるのもほとんど絶望的です。簡単にネタだと断定してしまうのは、もしかすると合理的では無いのかもしれれません。まあ、そんなところにまで考えが至ってもやっぱり、ネタなんだろうなあと思う次第ですが。



■『犬鳴村』
 まず最初にお断りしておかなければならないことは、犬鳴村と呼ばれる村は、昔確かに存在していたという事です。あらかじめ、この犬鳴村が、今回のコラムで取り上げている『犬鳴村』と直接の関係性を持たない事をお断りしておきます。うわさの方の村は、『犬鳴村』と鉤括弧付きで表記しておきます。

 この『犬鳴村』があるとされるのは、九州屈指の心霊スポットと言われる福岡県の犬鳴峠あたり。地理的な条件から『犬鳴村』と呼ばれる隠れ里ですが、「杉沢村」のような統一規格的呼称ではないらしく、呼び方については必ずしも一定していないようです。ここでは便宜上『犬鳴村』ということにしておきます。2ちゃんねる発の情報に限定して注目してみると、まごう事なき秘境と言ってよさそうです。

 さて、秘境魔境と言うと、私は幼少のみぎりに見たドラえもんの映画『のび太の大魔境』を思い出します。この映画の1シーンで、あの出来杉君だったと思いますが、人工衛星の発達によって、地球上のいかなる密林、極地、深山幽谷と言えども人類にとって未知の領域はほとんど無くなった、と言っていました。彼は、その例外中の例外として、年中厚い雲(深い霧?)か何かに覆われていて、中の様子がわからない人跡未踏の地として「ヘビースモーカーズフォレスト」なる地名も挙げていました。今でも、小学生にしてそんな情報に精通している出来杉君はやはり恐るべき秀才だったと思います。物語はふとしたことからのび太達がこのヘビースモーカーズフォレストに向かう事になる展開だったと思いますが、それ自体は今回の話とほとんど関係がありません。重要なのはむしろ、20年ほども前の段階で出来杉君の発言がある程度の蓋然性を持っていた事でしょう。人工衛星に取り付けられたカメラが、下手をすれば街頭の監視カメラにも匹敵するほどのスペックを獲得した現代においては、いよいよ地上に人類の目が行き届かない場所はなくなっていそうです。となると、『犬鳴村』はどうなんだと言う事になりそうですが、実は『犬鳴村』は物理的に見えない秘境と言うわけではないのです。どちらかと言えば、エリア51だか88のように、公権力によって秘匿されている場所と表現した方が、より正確なのかも知れません。

 『犬鳴村』に迷い込んだと証言する人の話によると、主要道脇の細い道に入りこんでしばらく行くと、「この先、日本国憲法適用されません」というような事が書かれた看板があるそうです。日本国憲法は、それ自体に罰則規定があるわけではありませんが、法律のための法律であり、日本国憲法に反する内容の法律は、日本の国内法として成立し得ません(そのはずです…)。その日本国憲法が通じないとなれば、そこは普段我々を守ると同時に縛りもしているあらゆる法令が通じない、ある種の無法地帯という事が出来るでしょう。『犬鳴村』は日本にあって日本でないというか、治外法権の場所という事になるのでしょうか。さらに恐ろしい事には(笑)、前述の証言者氏らは『犬鳴村』で、異様な雰囲気の住人達と、彼らに襲われたらしい破壊された自動車の残骸を見たと言います。「うわさ」によると、この『犬鳴村』の様子を治めた映像乃至は画像があるそうですが、残念ながら私は未確認です。

 何と言うか、シュールです。シュールですが、私はこういう話がかなり好きです。世間から隔絶された場所でひっそり暮らす人たちの伝説は、中国の桃源郷や、日本の平家落人伝説のような先例もありますが、『犬鳴村』の話にある殺伐とした雰囲気こそが現代風であり、2ちゃんねるなのかも知れません。なお、怪しい集落の伝説は、ここで紹介した『犬鳴村』や杉沢村以外にもいくつか存在している程度に人気のあるシリーズ(?)のようです。そのうち都市伝説の1ジャンルを築く事があるのでしょうか。



 なお、2ちゃんねるには「マジレス」という言葉があります。読んで字の如く真面目なレスの事です。そのような言葉が必要とされるほどネタが多いのが、「2ちゃんねる」という場所です。今回のコラムは、そのあたりの事情を斟酌して理解していただけたら幸いです。


※2004.12.18 追記
 その後頂いた投稿情報によると、もともと「犬鳴峠付近には朝鮮人村があり、そこに近づく日本人は殺された」という噂があったようです。漠然と「憲法云々の話と訪問者に対する襲撃の噂は2ちゃん発祥なのかな」と考えていましたが、そうなるとこれらは2ちゃんを介して広まったうわさということになるでしょう。
 それにしても、今久しぶりにこの村の噂について検索してみると、やっぱり2ちゃんねるで結構な人気を博している様子。朝鮮人村の噂もすでにでは話題に上っていましたし、江戸時代は被差別部落だったとかいうような話も。どこまで本当なのかよくわからない履歴が、あちこちに蔓延っているようです。