夢と現実、光と影


 ディズニーランド誘拐事件
2003.07.07

 
 ディズニーランドといえば世界的に有名なテーマパークだが、この夢と魔法の国にも暗い闇の部分が存在している。ここを訪れた子供の幾人かが園内でそのまま行方不明になっているのだという。背後には子供を誘拐する組織の暗躍があるようで、誘拐された子供達は裏世界で『商品』として取り扱われ、いずこかへと消えていくのだという。

 東京ディズニーランド(以下TDL)は2003年で20周年を迎えたそうです。それにちなんでディズニーランドの話題というわけではありませんが、TDLに絡んだ都市伝説というのは、実に色々なバリエーションがあります。例えば、広大な敷地の地下に会員制の秘密クラブ(あるいはカジノ)があり、そこにはバニーガールならぬマウスガールがいるという、いかにもディズニーランドと言うオチが付いた話から、ホーンテッドマンションの1000人目の幽霊(このアトラクションは999人の幽霊が集まる幽霊屋敷という設定)の話、同じくホーンテッドマンションでキスしたカップルは永遠に結ばれると言う話、スペースマウンテンの事故死者の位牌の話、カリブの海賊に現れる幽霊の話、その他個々のアトラクションにまつわる大小さまざまな噂が存在していますが、ディズニーランドの影で暗躍する誘拐犯の噂は、それらの中でももっとも良く知られたもののようです。

 なお、せっかくだから上で紹介したうわさについて簡単に検証してみます。まず、地下の秘密カジノについて。実はTDLには、秘密クラブや地下通路といったものが存在します。もちろん秘密クラブといってもいかがわしい物ではなく、基本的にアルコール類を販売していないTDLの園内にあって、唯一酒を飲めるクラブの事ですし、地下通路も物資の搬送などに使われる極めて業務的で実際的なものです。もしかしたら、別々に存在していた噂が一つに結びついて発生したのが地下の秘密クラブの噂となったのかもしれません。マウスガールは、尾ひれがついただけのものでしょうね。

 またスペースマウンテンの位牌は、安全バーが降りないままコースターが発車してしまったために途中で振り落とされて亡くなった人のものだという話ですが、この話の真偽を考える上で、知っておくとちょっと得をする(?)ちょっとした裏話があります。実はスペースマウンテンには、前述の安全バーが正常に作動しなかった場合などのための緊急避難他場所して、通常ルートとは違う『裏ルート』が存在しているのだそうです。裏ルート言うとなにやらいわくありげですが、要は安全のための物ですから、正規ルートと比べたら絶叫でもなんでもない平坦なレールの上に走っていくだけのものだとは思います。スペースマウンテン内は暗く、レール自体が良く見えないのですが、何か不測の事態が発生した場合、鉄道のポイントよろしく、最初のカーブで通常ルートとは反対方向、緊急避難コースの方に入っていくのだとか。

 さて、本題に戻ります。実はこのディズニーランド誘拐事件の話は、TDLに特有の話ではなく、本場アメリカ、カリフォルニア州のアナハイムにあるディズニーランドでささやかれた幼児誘拐の噂にルーツを求められそうです。フロリダ・オーランドのウォルト・ディズニーワールドにも同様の噂が存在している(あるいは過去に存在していた)かどうかについては未確認です。この幼児誘拐の噂は、TDLがオープンした1983年以前の段階で、すでにアメリカのディズニーランドにまつわる噂として存在していました。話のプロットは、TDL版とほとんど同じです。ただし事件発生にかかる状況などは、ご当地の事情を反映した物となっています。子供を誘拐したのは黒人であるとか、さらわれた子供は暗黒社会の人身売買の具とされたのだ、いやいや幼児ポルノの出演者にされた、などなど。人身売買、幼児ポルノあたりは昨今の日本でも絵空事とはいえないリアリティを持ちつつあるかもしれません。人種差別的な性格が色濃く現れた黒人犯人説のようなものは、まだまだTDL版とは縁遠そうですが、一部には外国人犯人説も存在していました。

 アナハイムのディズニーランド誘拐事件の話とTDL版の間に存在するもう一つの大きな相違点と言えば、アナハイム版では、誘拐事件に巻き込まれたのは、休暇でカリフォルニアにやってきたユタ州のモルモン教徒の一家とされているところでしょうか。ディズニーランドで誘拐事件が続発しているというのではなく、過去にそういう事件が発生したことがあったらしい、というところで終わってるわけです。このあたりは、子供を半ば無差別に誘拐し続ける犯罪者組織が存在しているかのようなイメージを与えるTDL版とは明らかに違います。

 ところで、このアメリカ版ディズニーランド誘拐事件の話は、TDL版以外にも類似の話を見つけることができます。今回参考にしたブルンヴァンの著書『消えるヒッチハイカー』では、ユタ州のファーミントンにある、“ラグーン”と言う遊園地での出来事だとされるバージョンが紹介されていますし、ユタ州やカリフォルニア州に限らず、アメリカ中西部・東部の各地にも、家族で遊びに出かけた先で子供が誘拐されてしまう事件の噂は存在しているようです。もちろんその場合、誘拐事件の発生した場所は、噂の発生地と結びつきの強い、当地の遊園地を始めとするプレイスポット、果てはデパートやショッピングモールでの話となります。デパートやショッピングセンターに潜む犯罪者と言えば、日本の幼児レイプ犯の噂を連想してしまいますが、これと同様の話もまた、アメリカに存在しているようです。TDL誘拐犯と日本版ショッピングセンターレイプ犯の話の間に、直接的な関係があるとは思えませんが、この話しの本国であるアメリカにおいては、何らかの関連性も考えられます。たくさんの人が集まり、群衆の中に個人の存在が埋没してしまいそうな場所で、人は自己の喪失と言う恐怖に直面するのでしょうか。盛り場のエアポケットで、人知れず犯罪の犠牲者となる人々の噂は、人間の意識の奥底でつながっていそうです。

 さて、TDLの誘拐犯の話に戻ります。一説には、彼らは、キャラクターの着ぐるみの中に潜んでいて、すっかり油断している子供達を、隙をみて誘拐するのだとか。しかし、当然の事ながらTDLのキャラクター達の周りには、常に来園者が集まってきますし、彼らの行くところは必然的に衆人環視の場所になってしまいます。確かに着ぐるみを着ていれば正体を見破られることはありませんし、一見愛らしいキャラクター達の正体が実は犯罪者というのもなかなか恐い構図ですが、いかんせん到底実行可能な犯罪プランには思えません。現実味に欠けています。そんな事情があり、話にリアリティを求める向きには、着ぐるみの中の誘拐犯と言うモチーフはあまりウケが良くないのか、とにかくTDLには誘拐犯がいる、ということだけを伝える話も少なくありません。

 それにしたって、誘拐場所がTDLである必然性はどこにもありません。日本で最も広大で、しかも有名なテーマパークなら、確かに人は多く集まってきますし、犯罪者側の眼鏡にかなう子供も見つけやすいのかもしれませんが、でもやっぱり、他にもっと安全に犯罪を遂行できそうな場所はあるはずです。結局TDL誘拐事件の話は、話のための話に過ぎないものです。あれだけ広大な園内で、親子が離れ離れになると言う事態は、当事者にとってかなり恐ろしいものでしょう。大人であっても、ディズニーランドに行って連れとはぐれたらかなりげんなり、ブルーになることは請け合いです。そんな発想が、誘拐と言う犯罪行為と結びついたものだと思います。あるいは、TDLでは迷子の呼び出しをしないという事実から、人知れず消えていく子供の話が生まれたのかもしれません。

 TDLは夢と魔法の国を現世に現出させた場所だけあって、ウソのようなホントの話も多くあります。ゆえに、その中にホントのような嘘の話もまた数多く混入してくるのかもしれません。その噂の中に、「黒い」ものが少なくないと言う点は、実に興味深いところです。人は、文字通り夢にまで見た夢と魔法の国を苦心して創りあげました。ディズニーランドは、たかがエンターテイメントと馬鹿にできないほど、高度な技術も数多く使われています。しかし、せっかく苦労して創りあげたそんな世界にまで、ほの暗いある種のリアリティを求め、犯罪者の噂という実体のない恐怖までも生み出してしまうのは、なにやら皮肉なものです。光あるところにまた影もある。月並みですが、そういうことなのでしょうか。



※追記(2003.7.10)
 このコラム冒頭の話は、ディズニーランド幼児誘拐伝説の日米コンパチ版、というよりもむしろアメリカ版に近い内容の話です。TDLの幼児誘拐の話が日本特有のものではなく、よっておよそ事実とは考えにくい流言であるということを述べるための文脈の中で取り上げたため、恣意的に上記のような内容になったものです。しかし、改めてこの記事を読み返してみるとき、TDLの誘拐団の噂それ自体がかなり有名な話である以上、TDLのオリジナル版を省略するのは、記事の内容として不完全な形であると言わざるを得ません。よって、あらためてTDLオリジナル版の概略を紹介します。

 ある夏の日、両親と4歳の娘の家族連れがTDLに出かけた。昼時になり、3人がレストランの前に並んで順番待ちをしている時、娘が『トイレに行きたい』と言い出した。その女の子は、もうトイレに一人で行くことができたので、母親はトイレの入り口まで付いていき、入り口で待っていた。
 しかし、なかなか娘が出てこない。不審に思い、トイレの中に入っても娘の姿はない。トイレの出入り口は、一つしか無かったので、見落とすことは考えにくかったのだが、父親のところに一人で戻っているのかと思って引き返してみた。しかし、そこにも娘の姿は見当たらなかった。
 さすがに心配になって二人は迷子センターに向かった。係りの人が手配をし、広大な園内を探したのだが、なかなか娘の姿が見つからない。そこで、迷子センターの責任者が園内に通じる出入り口を一箇所だけ残して全て封鎖し、両親をただ一つ開放されている出入り口に案内した。そして二人はそこを通る人たちの中から、自分たちの子供を見つけ出すことになった。
 随分時間が経った頃、アラブ系の外国人の集団が二人の前を通り過ぎようとした。彼らのうちの一人は、暑さにやられたようにぐったりとしている男の子を抱きかかえていた。この様子を見た二人は、この一団は無関係だろうと判断したが、母親の方が、男の子のはいている靴がおかしいことに気が付いた。その靴は女の子用の靴のように見えた。しかもそれは数日前、娘に買った靴と同じだった。
 母親はとっさにその男の子のもとに駆け寄り、相手から引ったくるようにして男の子の顔を覗き込んだ。
 果たして男の子だと思っていたその子は、彼女の娘だった。よく見ると娘は、服を着替えさせられていたばかりか、短く切られた髪をスプレーで染められ、カラーコンタクトを入れられ、別人のように見せかけられていた。ぐったりしていたのは、何か薬品をかがされたためらしかった。後に分かったところでは、その集団は臓器密売組織のメンバーだったという。


 この話にも例の如く色々なバリエーションがあって、犯人は必ずしも外国人とは限りませんし、家族構成が変わっていたり、誘拐されそうになるのが男の子だったり、あるいは被害者家族が、園側からお詫び(口止め)として有効期限10年の無料優待券をもらった、という一文が付け加えられることもあります。また時に、迷子係のあまりに手際の良すぎる対応を伏線として、「TDLは園内で暗躍する犯罪組織に恒常的に悩まされている」と言うような話になることもあるようです。

 ちなみに、この話は一部週刊誌が取り上げるほどの騒動になりましたが、結局事件の証拠となるものは一切上がりませんでした。やはり結局のところは、全く事実無根の噂だったわけです。