白い闇を抜けて


 韓国ガンダム裁判
 2006.9.18

 
 韓国において公に日本文化が開放されるようになったのは1998年のことでした。これ以降、出版物や各種映像作品などが段階的に開放されていく事になるのですが、それはあくまで公の話です。実際のところ日韓両国が地理的に接近している事もあり、水面下ではそれ以前から日本文化の韓国流入が進んでいました。

 その傾向はアニメの分野においても同様です。もっとも日本アニメの韓国流入は、盗作という形でも進行していました。通常ルートで日本のアニメ作品が韓国へ入ることがなく、従って視聴者にばれないのをいいことに、日本作品の似非が韓国のアニメ界に浸透していきます。ロボットアニメの金字塔といわれるガンダムも、盗用の被害にさらされた作品のひとつでした。そしてこうした風潮は、日本のアニメオタクにも広く知られたものでした。そんな中、嘘かまことか、マニアの間で奇妙なうわさがささやかれるようになりました。

 公式には存在しないことになっているのだが、ガンダムの人気は韓国でも大変なものだった。そのため韓国国内では、本物のガンダムが上陸する以前から有象無象の似非ガンダムが生み出されていた。

 ある時、ガンダムに関する正統な権利を有する某企業が、韓国においても「ガンダム」を商標登録することになった。これに猛反発したのが、似非ガンダムで商売をしていた韓国の業者たちである。彼らは「自分たちは以前からガンダムを取り扱ってきた」「すでに韓国国内では『ガンダム』が空想上のロボットを意味する普通名詞として定着している」として商標登録の無効を主張、韓国特許法院はこの主張を認め、ガンダムの商標登録を無効にしてしまった。


 長らく典型的都市伝説の一種とされてきた話ですが、ある時期から事の顛末を年表形式でまとめたコピペが出回りはじめ、本当のことだと言われるようになってきました。私のイメージでは、嫌韓派ほど信じる傾向が強く、中道の人は半信半疑でこの話に接しているといったところでしょうか。

 さて、問題のコピペの出元は、やはりというか「2ちゃんねる」のようです。2005年の1月初頭、ハングル板で今も続いているらしい「韓国パクリ事情」というシリーズの第4弾スレの中で、744氏が上記ガンダム裁判が事実である事を証明するファイルの入手方法を公表しました。それによると「http://patent.scourt.go.kr/frameset/700F_p01.htmlからpatpan.exeをダウンロードし(手順としては「中央下ブルーのエリア(選択項目2カ所)の上をクリック→一番下の123の数字の「3」をクリック→1998.3.1.-2002.10.10と書いてある奴をクリック→patpan.exeをクリックするとダウンロードされる」だそうです)、ダウンロードしてきたエグゼファイルを実行すると「patpan.idx, patpan.dbf. patpan.fpt」というファイルが生成されます(されるそうです)。このファイルを覗くには専用ブラウザが必要らしいのですが、これを使うには当局に連絡する必要があるので、patpan.fptをテキストエディタで直接参照すると(「テキストエンコーディングは韓国語」だそうです)、17766行から17829行にかけて問題の判決があるとのこと。この操作が煩雑で不評だったのか、4分ほど後、3レス開けた748で744氏が書き込んだのが今もコピペによって繰り返し使われている年表です。

ガンダム訴訟年表

1991  ホビープラザ、ガンダムを韓国へ商標を登録する。
1993  商標登録完了する。
1995  韓国の業者が創通相手に商標登録無効を訴える。
    (主張:1981年から10年以上(!?)ガンプラを作っている。
        他の業者も自由に(!?)販売制作してきた。
        だから1991年の商標登録の時には
        ガンダム=空想ロボットの図式が出来てる。
        ゆえにロボット物の玩具にガンダム以外の
        名称を付けると、消費者に誤認をもたらすので
        登録は無効ニダ!)
1997  バ韓国の特許庁が納得して商標登録無効の審判を下す。
1998  創通ドタマにきて業者を逆提訴。
    (主張:間違えるわきゃねーだろ、ボケ!)
1998  慌てた韓国の特許庁が1審を取り消し、訴訟費用も被告持ちへ。

 私は2ちゃんねる専用ブラウザを使えないので問題のスレを直接参照することが出来ず、各所のサイトで一部編集されながら保存されている当時のログを見ながら話をしているので前後の流れに不明なところがありますが、こうしてこのコピペが日の目を見たというわけです。年表が事実なら、単に韓国を中傷するための流言飛語ではなく、「敵」である韓国側資料に拠った情報としてガンダム裁判論争に終止符を打つ決定的な証拠になり得るのですが、残念ながら現在ではhttp://patent.scourt.go.kr/frameset/700F_p01.htmlにページが存在しません。URLは確かに特許法院HP(http://patent.scourt.go.kr/main/Main.work)の一部のようなので、どこか別の場所に移動したのではないかと探してみましたが、ハングルのページを前に手も足も出ませんでした。要するに、以前に公表されたやり方では確実なソースを追認する事はできません。

 私の力ではさらにこの線から追求するのは難しいので、予断を廃すのならばコピペ資料の妥当性評価はとりあえず保留としておくのが正しいのでしょう。しかしこのガンダム裁判をめぐっては不自然な点が多々あり、そういった事情も総合すると正直言ってこのコピペが本当に信用するに値するものなのかどうか懐疑的になっています。韓国がらみの話となれば親韓・嫌韓の双方が入り乱れてアジやデマの類を飛ばしまくっていてもおかしくありません。この程度の年表であれば捏造するのも簡単ですし、上で触れた面倒くさい手順を踏んでソースを検証した人も、そんなにたくさんはいなかった可能性があります。コピペに見られる「バ韓国」とか「無効ニダ」とかいった表現を見ると偏向的イデオロギーも疑われますし、眉に唾をつけてみたくもなります。以下にさしあたっての不信点をあげてみます。

 まず、ガンダム裁判について当事者の一角であるバンダイに直接で問い合わせの電話を入れた人がいるようなのですが(ちなみにこれも2ちゃんねるがらみ)、それに対応したメーカー側の担当者が、韓国におけるガンダムがらみの裁判は1980年ごろに勝訴で終わり、以降それらしい裁判沙汰が起こってない事を匂わせる返答をしています。この他にも関係方面に直接問い合わせをして「それらしい裁判は聞いた事がない」という返答をされた人たちもいるようです。年表の方では裁判の当事者はバンダイではなく創通エージェンシーとされていますが、ガンダムにまつわる諸々の権利関係は複雑なことになっており、両者はどこかでつながっているのでしょう。なお、私も創通エージェンシーに問い合わせのメールを送ってみましたが、案の定返事は届いていません。

 さらに、年季の入ったガンダムマニアや、韓国批判の材料を収集するのに余念がないガチガチの嫌韓派でさえも、ガンダム裁判の有無はほとんど前掲コピペのみを元に判断しています。うわさが事実であるとすればまことにもって非常識極まりない話で、プロアマ問わず嫌韓の人たちは喜び勇んで事の経緯を徹底的に調べ上げ韓国バッシングの材料にしても良さそうなものなのに、方々にある嫌韓寄りのサイトで見られるガンダム裁判批判はおしなべて前掲コピペ準拠のものです。同様に、ガンダムがらみの情報について異常に精通している「ガノタ」(ガンダムオタク)のフィルターにコピペ以外の裁判情報が引っかからないというのも不可解です。全般に媚韓傾向が強いと言われる日本のマスコミの中にも嫌韓の一派は存在していますが、それら全てをひっくるめて日本メディアでこの件が取り扱ったことがないなどいうのはあり得るのでしょうか。

 このうわさ、現時点では否定するにせよ肯定するにせよ決定的な材料を欠き、結局うわさ話の域を出ない話とするのが妥当というような気がします。2ちゃんねる由来の情報は、当の2ちゃんねる内ですら安易に信用すべきものではないとされているのは周知の通りです。それは問題のコピペについても、電話でメーカーに問い合わせてみたという証言についても言えることです。

 ちなみに例のコピペ以外でそこそこ信頼の置けそうな資料としてウィキペディアの記述がありますが、双方の内容を吟味してみると年表形式のコピペを事典風記述にならしただけのようにも見え、これも少々決定力不足の感が否めません。特許法院HPから入手した裁判記録をもとに作成したのがコピペ年表であり、ウィキの記述であるといえばそれまでですが。
コピペ Wikipedia(日韓の著作問題)より
1991  ホビープラザ、ガンダムを韓国へ商標を登録する。
1993  商標登録完了する。
1995  韓国の業者が創通相手に商標登録無効を訴える。
    (主張:1981年から10年以上(!?)ガンプラを作っている。
        他の業者も自由に(!?)販売制作してきた。
        だから1991年の商標登録の時には
        ガンダム=空想ロボットの図式が出来てる。
        ゆえにロボット物の玩具にガンダム以外の
        名称を付けると、消費者に誤認をもたらすので
        登録は無効ニダ!)
1997  バ韓国の特許庁が納得して商標登録無効の審判を下す。
1998  創通ドタマにきて業者を逆提訴。
    (主張:間違えるわきゃねーだろ、ボケ!)
1998  慌てた韓国の特許庁が1審を取り消し、訴訟費用も被告持ちへ。
韓国の玩具メーカーによって日本のアニメ作品「ガンダム」の名称を無断で使用され、プラモデル、玩具などが製造・販売されていた問題である。一旦はサンライズ(の、ガンダムに関する著作権を管理している創通エージェンシー)が韓国において「ガンダム」を商標登録し(1991年)受理された(1993年)ものの、上記の韓国の玩具メーカーから「『ガンダム』とは、韓国内においては空想上のロボットの一般的名詞であり、ロボット玩具に『ガンダム』以外の名称を付けると消費者に対して誤解を与える」との訴えが韓国の特許庁になされ(1995年)、これが認められてしまった(1998年)。

創通エージェンシーは当然この決定を不服とし韓国の司法当局に訴訟を起こし(1998年)、これを受けた韓国の特許庁は上記の決定を取り消した(同1998年)。よって現在は韓国においても、「ガンダム」の商標はサンライズ(から著作権管理を委ねられている創通エージェンシー)が管理している