奇妙な事故


 北海道の踏切事故
2003.02.15


  冬の北海道、とある踏み切りで女の子が電車にはねられた。
 女の子の体は電車との衝突の衝撃で、上半身と下半身が両断されてしまった。救急隊員が現場に駆けつけたとき、あまりの凄惨な光景に女の子はすでに絶命していると思ったほどの大事故だった。
 ところが、上半身だけになった女の子は、すでに虫の息であったのだが、かろうじて「助けて」と救急隊員に伝えた。しかし、もう助かる見込みはないと判断した救急隊員は、女の子の体に遺体用の青いビニールシートをかぶせた。厳寒の冬の北海道での出来事だったために、傷口が瞬間冷凍し、出血がほとんどなかったためにこのようなことがおきたのだ。


 それにしても、凄惨な事故です。同時にかなり奇妙な事故の話です。私は冬でも滅多に雪の降らない地方でぬくぬくと育った人間なので、冬の北海道の寒さがどれほどのものなのかは皆目見当もつきません。学生時代は雪の多い金沢で暮らしていましたが、金沢も雪が多いだけで極端に寒いという事はありません。始めてこの話を聞いた時には「まさか」という疑念が浮かぶのと同時に、「でも、あるいは」という思いもありました。北海道の人がこの話を聞くとどのように思うのかは非常に興味があるところです。「何を馬鹿な」と一笑に付されるのでしょうか。どうもこの話は、本物の北海道の寒さを知らない人間の方が好んでする話なのかもしれません。今回は、冬の北海道とは縁遠いところで暮らしている私が、この話についてあれこれと考えたことを書きたいと思います。

 この事故が発生した土地は時に、札幌であるとか具体的な指定が付くことがあります。この事故の話が童謡「サッちゃん」の4番にまつわる噂と結びついたメールがありましたが、そこでは室蘭の事故ということになっていました。そもそも北海道と十把一絡げにしても、その土地土地で寒さの度合いにはだいぶ開きがあるでしょう。日本観測史上の最低気温は、旭川の-41℃だそうです。これは公式記録ですが、非公式の記録では幌内町の-41.2℃というものもあります。いずれにしても北海道の記録ですが、札幌や室蘭ではそこまで冷え込むことはないそうです。そもそも公式記録ホルダーの旭川にしても、そういつもいつも-41℃などという気の遠くなるような寒さを記録するわけではないですし。

 また、事故の相手が除雪車となっているパターンもあります。その場合は、衝突の衝撃ではなく、ガリガリと雪をかくエッジ部分(?)に巻き込まれて、胴体切断されることになっています。電車事故の場合は”千切れ飛ぶ”と表現する方が的確なのかもしれませんが、除雪車が相手の事故では正真正銘の切断です。それにしても私は本物の除雪車を言うものを見たことがありません。金沢での除雪は主に、道路に設置された装置からちょろちょろと噴出す水で雪を溶かす融雪方式です。除雪車がいないわけではないですが、夜の間に仕事をして日中は融雪装置で雪を溶かしていました。この装置は、北海道や長野など、本当に気温の低いところで同じことをしようとしても、単なる製氷機になるようです。話が横道にそれましたが、本当のところ除雪車の形状がよくわかっていないので、何か見当違いなことを書いているかもしれませんがご了承ください。

 そういえば、北海道の寒さゆえに起きた悲劇について、こんな話もあります。

 
北海道の冬のある日の出来事。一人の男の子が、学校へ登校する時に普段は必ずしている耳あてを忘れてしまった。途中であまりに耳が冷たかったせいでそのことに気がついたのだが、引き換えしてそれを取ってくる時間はなかった。仕方なく我慢して学校へと急いでいると、そのうちに耳の冷たさが気にならなくなった。
 やがて、男の子は学校に着いた。そして、何かの拍子に頭をたたかれたのだが、その時、男の子の耳は、ぽとりと床に落ちてしまった。彼の耳はあまりの寒さに凍りついてしまっていて、ちょっとした衝撃で割れ落ちてしまったのだ。


 凍傷の挙句、指先などの末端部分が壊死を起こし、腐って落ちるという話はよく聞きますが、壊死を待たずに完全に凍りつき、砕けてしまうとは・・・・・・。真っ赤なバラを液体窒素に浸し、手で握り締めて粉々に砕くような話です。北海道の知人などによれば、鼻毛が凍りついて鼻腔の粘膜に張り付くことは結構あるらしいですが、それとは訳が違いそうです。冬の北海道はそれほどに寒いのでしょうか。

 北海道よりもさらに寒いであろう極地方に暮らしている人は、外出した時などには決してため息をつかないのだそうです。なぜかといえば、ため息をつくためには自然と深呼吸をすることになりますが、極度に冷えた外気を一気に、しかも大量に吸い込むと、肺が凍傷を起こして死んでしまうからだとか。また、極近くで巻き起こるブリザードの中では、猛烈な静電気が発生し、そこに人間が巻き込まれると黒コゲになって死んでしまうという、俄かには信じ難い話を”世界の不思議な話”みたいな本で読んだこともあります。

 これらの話が本当のことか話半分かは分かりませんが、何しろ極地方は想像を絶する世界のようです。このような世界の出来事を推し量る時に、普段自分が住んでいる世界の常識が何ほどの役に立つのか、という部分は確かにあります。北海道の極寒話ももしかしたら同じ発想で生まれたのかもしれませんが、いくらなんでもこんなことが現実に起こりうる環境に、札幌ほどの大都市が成立するとは思えません。もしかしたらこれらの話は、北海道の人が冗談半分で言っていた話を、本州以南の人が真に受けてしまって広まった話なのかもしれません。あえて真面目にこの話を分析するとすれば、胴切りにされたときの大出血が一瞬で凍り付いてしまう(”寒さのために血管が収縮して出血が止まった”というものもあります)ほどの寒さの中では、服で覆われていない露出部分もただではすまないでしょう。眼などは一瞬で凍り付いてしまい、さぞ悲惨なことになるでしょう。

 悲惨といえば、これほど悲惨な事故にあった女の子に、この事故の後さらに厳しい展開が待ち受けているパターンもあります。このコラムの冒頭で紹介した話では女の子は救急隊員に助けを求めていますが、この別バージョンではその少し前、女のこの体が真っ二つにされた事故直後から、俄かには信じ難い展開を見せます。

 
女の子を轢いてしまった列車の運転士は慌てて電車を駆け降りた。運転士の目は、女の子の体が真っ二つにされるさまをとらえていた。とても生きているとは思えなかったが、それでも放っておくことはできなかった。
 しかし、電車を降りたとき、運転士は女の子の姿を見失ってしまっていた。
 その瞬間。
 上半身だけになった女の子が両手を使い、ものすごいスピードで運転士の方に駆け寄ってきた。運転士は恐怖に駆られて逃げ出そうとしたが、女の子は運転士の背中に飛びつきこう言った。
「私の足がないの。私の足はどこへ行ったの?」
 運転士はそのまま気を失った。そして次に目覚めた時、その運転士は恐怖のあまり発狂してしまっていた。
 女の子の下半身は、その後も見つかっていない。

 
もはや完全に化け物扱いといっても過言ではありません。事故直後も生きていられたのは、寒さで出血が押さえられたからということで説明できたとしても、上半身だけで運転士(話によっては車掌)を追い掛け回すというのは異常としか言いようがありません。ただ単に事故にあって上半身と下半身がばらばらになり、その後もしばらく生き長らえていたというだけなら悲惨で奇妙な事故の話で済んだのかもしれませんが、このモチーフがあまりに特異だったために、この話は別個に存在していたほかの話との同化が進んでいったようです。ここで言う別個の話とは、学校の怪談などでかなり知られた存在であろう、”テケテケ”の話です。

 一応説明しておくと、テケテケとは学校の怪談を始めとする怪談型の都市伝説に登場する怪異です。上半身だけの幽霊(?)である彼らは、手を使って異常な速度で走り、時に人を追い掛け回したりします。なぜ追い掛け回すかについてですが、無くした下半身を獲物から奪い取るためという説明がつくことがあります。そもそもなぜ上半身だけの姿なのかといえば、事故で下半身を失って死んだ人の幽霊だから、とされることもあります。このテケテケの起源は、そのまま北海道の踏切事故のモチーフにあてはまります。なお、テケテケそのものは上半身だけの姿をした幽霊ですので、たとえ列車事故の話であっても、それがテケテケ誕生のきっかけであるという文脈で語られる場合には、事故後に行方がわからなくなってしまうのは上半身とされるのが普通です。上の話では化け物じみた動きはするものの、女の子自身も一応人として(?)自分の足を捜しているので、見つからないのは下半身ということになっています。敢えて女の子のその後については触れませんでしたが、彼女がそのままテケテケとなる話でなければ、運転士の背中に張り付いたまま絶命しているパターンが多そうです。運転士も一緒に死んでいる話もあります。

 かつて週刊少年ジャンプで連載されていたマンガ、「地獄先生ぬ〜べ〜」の中にテケテケの話がありましたが(作中では”てけてけ”)、その中でもテケテケの起源を北海道の踏切事故に求めていたました。単行本では3巻に収録されたエピソードです。せっかくなのでもう少し詳しい説明を付け加えておくと、この物語のテケテケは、”話を聞いた人のところに現れ、そのときに呪文を唱えられないと脚を持ち去ってしまう”という、カシマレイコ系の話に良く見られる性格も併せ持っていました。作中では、北海道の鉄道事故で轢断された女性の話を、1994年頃の連載当時からさらに20年程前、実際に起きた事実であるとし(どこまで事実でどこから虚構か、非常に分かりづらい構図です)、その女性の名前を”K・Rさん(仮名)”としています。"
Kashima Reiko"さんなのでしょうか。カシマレイコも多くの場合、脚を失った女性の幽霊とされるわけですから、”脚部欠損”という共通のモチーフによって、別個に存在していた3つの話を見事に一つにまとめているわけです。このあたりはさすがにプロの作家が作り出した創作作品と言えます。

 おそらく、この事故の話それ自体に強い力があり、霊云々を別にしても非常にインパクトを持った話であるため、このようなことが起きたのでしょう。今回の話の冒頭の方でも少し触れたように、踏切事故+カシマレイコ+サッちゃんの話がメールになったものもありますが、その話はいずれまた。

 いくつかの都市伝説が、それぞれのもつモチーフを他の話と融通し合う例はまま見受けられますが、その中でもこの踏切事故の話のように、原形をほとんど残したまま他の話の一部として取り込まれる例は珍しいものでしょう。このようにして他の話に取り込まれ、細々とであっても命脈を保ち続けられるような良くできた話こそが、時を経て復活する息の長い都市伝説となっていくのかも知れません。