ネットロア考7


 チェーンメールあれこれ
 2003.06.01

 
 ネットロア考、今回のお題はチェーンメールにまつわるあれこれです。シリーズの構成上、もっと早い段階で取り上げるべき話題だったのですが、随分と遅くなりました。通し番号は後でふりなおせばよいとしても、多分に水物・旬の物的な性格が強いチェーンメールですから、取り上げている具体的な事例は結構古くなってしまっています。あらかじめご了承ください。せいぜい4、5年前の話なのですが、今再び読み返してみると、隔世の感があります。逆に、過去の遺物に接するような、ある種敬虔な気持ちで臨んでみるのも一興かもしれません。

 あらためて説明するまでもないことなのかもしれませんが、チェーンメールとは、不特定多数の人によって転送を繰り返されるメールのことで、ネット版不幸の手紙と表現されることもありますが、不幸の手紙とまったく同じ物ではありません。不幸の手紙と同じように、『何人かに転送しないと不幸になる』という内容のものもあるし、こうした内容のものの占める割合は他の内容のものと比べてもっとも多くなってはいますが、チェーンメールの全てが不幸の手紙だというわけではありません。なお、チェーンメールの前身とも言える不幸の手紙は、大正時代前後に日本に入って来たもののようです。そして、不幸の手紙が一大ブームになったのは、昭和40年代(1965〜1975)のことです。幸福の手紙などというものもありましたが、内容的には不幸の手紙と全く同じです。

貞子メール
 数ある不幸のメールの中で、もっとも規模が大きかったものの一つではないかと思われるのが『貞子メール』です。『貞子』とは当然、鈴木光司氏原作の小説『リング』に登場する『山村貞子』のことで、一時期ブームになったあの人です。『リング』の中で、貞子はビデオテープに呪いをかけたましたが、この呪いは、ビデオテープを再生して見た者は、そのテープをダビングして誰かに見せないと一週間後に死んでしまうというもので、内容はまさに不幸の手紙そのものでした。『貞子メール』は、貞子の携帯番号とされる電話番号が書かれたメールや、貞子の画像が添付されたメールなど、かなりのバリエーションが出回りました。もちろん、そのいずれにも『呪い』という文言が含まれています。一部では『呪う』という意味で『貞子る』という言葉も生まれたという話があり、一時は呪いと言えば貞子の独壇場、という状況が出来上がっていたと言っても過言ではありません。それだけに、当時『貞子メール』をもらったら、なかなか気味の悪いものだったでしょう。『呪い』などは一笑に付してしまうような人であっても、今をときめく貞子ゆかりのメールをもらったら、面白がって話のネタにしたり、場合によってはそのままメールを転送してしまったこともあるのではないでしょうか。

『橘あゆみ』・『山中広人』
 一口に不幸のメールとは言っても、ただ単に送らないと不幸になるというものは少なく、不幸に見舞われることに何らかの合理性を持たせようと、意匠を凝らしたものもあります。従来の不幸の手紙とは違い、手書きではなくなって情念の重さがなくなった分、理屈っぽくなっているのでしょうか。中にはメールの特性を利用した『不幸のメール』もあり、例えば、メールの最初の発信者が、ある目的のためにメールを無差別に送信し、送信したメールの行方を把握していて、チェーンメールに参加しない者がわかるので、もしメールを無視したらその人に攻撃を仕掛けるという警告付きの物騒なものもありました。代表的なものが『橘あゆみ』でしょう。人名・地名などの部分を変更した亜種もかなりの数でまわっています。いくらか変更箇所の多い例として、『山中広人』もありますが、『橘あゆみ』の二匹目のドジョウを狙ったことは明らかです。『アメリカ村帰りの娘』なんてのもありましたが、これも『橘あゆみ』と同じ構造の話を持ったメールでした。一度送信されたメールの拡散先を辿るなどと言うのは、技術的に不可能です。初登場以来、時折メールのネタに使われる技術ですが、安っぽいSFのような話です。その点に関しては心配する必要はありませんが、パソコンやネットを利用している人の中にも、技術的なことは知らずに利用している人も相当数いるでしょうから、そのような人にしてみれば、かなり不気味な内容です。

パケ代メール
 また、厳密には不幸の手紙ではなくても、受け取った人の不安を煽るメールというのは、全体でかなりの数になりそうです。ありもしない、ウイルスに対する注意を呼びかけると同時に、知り合いにもそのことを知らせるように転送を呼びかけ、チェーンメール化を誘ったりするものは代表的なものでしょう。これなどは、都市伝説のひとつの典型である『当り屋注意』のビラに似たものとも言えます。 PCのメールにはあまり関係のないものですが、メールの送信に一通何円で料金がかかる携帯メールでは、パケ代メールというものもありました。究極的には人それぞれの問題ですが、携帯電話端末からインターネットサイトに接続したりする場合、サービスを利用しすぎて、月額数万円の利用代金請求がきたという話も間々あることです。非常に高額のパケット通信料を払う羽目になったときに使われる、『パケ死』という表現も生まれたほど利用者にとって関心のあることの一つですが、この関心の高さを利用して、メールを転送すれば通信料が無料になるとか、あるいは転送しないと不当に高額な通信料を払わなければならなくなるといった内容のメールがかつて出回ったこともありました。パケ代メールに関しては、今は昔の感がありますが、最近これに変わって聞かれるようになったのが、出会い系サイトメールと言えるのかもしれません。これは、出会い系サイトの宣伝のために送られてくるいわゆる迷惑メールとはまた別種のメールで、身に覚えのない出会い系サイトの利用料を請求するメールの事です。厳密にはチェーンメールではなくスパムメールです。メールの代わりに電話がかかってくることもあるようですが、このメールと言い、ワン切りと言い、よくもまあ、次から次へと悪巧みをするものだと思ってしまいます。

 しかし、チェーンメールが生まれる背景にあるのは、必ずしも不安や恐怖などのネガティブな感情ばかりではありません。

企画ものメール
 送らないことのデメリットが特に見当たらないにも関わらず、内容がただ単純に人々の関心をひいたためにチェーンメール化したものの例として、『鉄腕DASHメール』や『ナイナイメール』があげられます。前者は、テレビ番組『ザ!鉄腕!DASH!!』の企画で、送ったメールがどこまで広まるか実験をしているので、届いたメールを転送してほしいというもので、念の入った事に城島班発、長瀬班発、国分班発のメールと言う設定付でした。また、日テレから送信された(もちろんデタラメ)という触れ込みの、『鉄腕DASHメール拡散防止のお願いメール』というものもありました。人々の関心を培養基として増殖を続けるチェーンメールが一種の都市伝説だとするならば、これはまさしくチェーンメール版対抗神話とも言うべき物だったのかもしれません。ちなみにこのメールは、『クラス・プロジェクト』と言う名前で呼ばれるタイプのチェーンメールですが、この呼び名はカナダのとある小学校のコンピュータ同好会で、『鉄腕DASHメール』にあったのと全く同じ内容の実験が行なわれたことに由来します。ちなみにこの正規の実験では、一週間あまりで全世界に広まり、件の小学校に返信されています。インターネットの威力を知る格好の例でありますが、テレビ番組の企画としてはあまりに緊張感がなく、コケてしまうのは必至でしょう。後者『ナイナイメール』もやはりテレビ番組の企画にかこつけたチェーンメールで、お笑いコンビのナインティナインが千葉にテレビ番組の収録でやってくるという内容のメールでした。『ナイナイメール』が出回ったときには、内容を信じた人が収録現場とされた場所に集まって騒動になったのだと言います。もちろん、どちらのメールも内容そのものはでたらめでしたが、当時の『鉄腕〜』は実際にそういう企画をやりそうではありましたし、『ナイナイ』も口コミだけで人を集める企画をしていたことがあるので、内容を信じ込んだ人が多かったのでしょう。この他にも、有名人の名を騙ったものや、有名人の根も葉もないゴシップや誹謗中傷などがチェーンメールとして出回ることもありますが、こういう場合に利用される有名人は、いわゆる旬の人であることが多いようです。

ネタメール
 この他には、ちょっとした笑い話メールがチェーンメール化した事例もあります。内容は小話的なもの、少し下世話な感じのものになりますが、まさに話のネタにうってつけという感じはあり、おしゃべり感覚で使える携帯メールや、会社のパソコンを使った息抜きの私用メールなどを中心にして広まったのでしょう。このタイプのメールについて、詳しくは幸福のメールの項を参照してください。

『AB型RH− 献血の御願い』
 総じて軽薄な内容のものが多いチェーンメールの中にあって、特殊な例が、善意からチェーンメール化してしまったメールでしょう。このパターンのメールとして、『AB型RH− 献血の御願い』のメールがあります。『AB型RH− 献血の御願い』メールは、2000年の5月ごろから広まりだしたチェーンメールで、要点は、『日医大永山病院に入院した女性が帝王切開の手術のために輸血の必要があるのだが、AB型Rh−という珍しい血液型であるため輸血用血液が不足しているので、もし該当する血液型の人がメールを受け取った場合は献血に協力してほしい』ということと、『メールを受け取った人はメールを回して多くの人に告知してほしい』ということの二点でした。後日、日医大永山病院のホームページで、この件に関する説明が公開されました。それによると、同病院には事実、AB型Rh(−)の血液を必要としている人が入院していて、多くの人の協力があり十分な量の輸血用血液は確保できたけれど、メールに関する問い合わせがあまりに多く、通常の病院業務に支障をきたすような状況に陥ったとのこと。あわせて、このメールの発信元は病院ではなく、関係者の私信がチェーンメール化して急速に広がったのではないかという見解もアップされました。このメールがチェーンメール化した最大の理由は、結局のところ受信した人の善意でしょう。メールを転送した人は、内容が内容なだけに、他の愚にもつかない内容のチェーンメールと同様に黙殺してしまうのは気が咎めたということなのではないでしょううか。このチェーンメールの原文を紹介したサイトはいくつかあり、このメールを受け取り転送した人のコメントが数多く掲載されていますが、そこからも、多くの人は善意からメールの転送をしたことがわかります。ただし、大量のチェーンメールが行き交うことでサーバーがダウンし、メールのやり取りそのものができなくなってしまうことがあるので、たとえ善意からであっても、チェーンメールを送るという行為には問題があるのは事実です。なお、この事例では、献血を呼びかける『第一波』のメールがかなり出回った頃、チェーンメール化の防止を呼びかけるメールがチェーンメール化したり、掲示板でこのことを知った人が掲示板の内容をそのまま転送し、それがチェーンメール化した例もあったようです。ちなみに、AB型Rh(−)の血液ですが、数が少ないのは事実で、急に多くの量を集めるのが他の血液型に比べ困難であるため、常に一定量を供給できる体制が確保されていると言います。ただ、一般的にはそのことが良く知られておらず、実際以上に希少な血液型であると認識されているようでもあります。しかしごく最近、テレ朝系のテレビ番組・『運命のダダダダーンZ』の人食いバクテリアの回を見ていて、一人の人の大出血への対処として大量の輸血を繰り返した結果、その地方でストックされていた輸血用血液が足りなくなるという事態が起きたことを知りました。輸血用血液がどのように確保されているのかはよくわかりませんが、『AB型RH− 献血の御願い』メールの中で懸念されていた内容は、必ずしも杞憂ではなかったのかもしれません。

『ペットショップの店じまい』
 このメールも善意系メールの一種と言えますが、最初の発信者に明確な悪意があったであろうと言う点で、『AB型RH− 献血の御願い』メールとは若干事情が違います。内容は、ペットショップの閉店に伴って、そこで飼われていた多くの犬の引き取り手が見つからず、保健所で処分されるかもしれない、というものです。1998年ごろから、これまでに何度か出回っているタイプのメールで、閉店するペットショップの所在地は、千葉県や、愛知県春日井市、名古屋市などのパターンがあります。中には『事情』を知って保健所に足を運んだ人もいるようです。一番最近の流行は2003年始め頃、京都のペットショップが閉店するというものでした。実は10ヶ月ほど前にも同様の騒ぎが起こっているにもかかわらず、このときも保健所などに問い合わせが相次ぐなど、ちょっとした騒動になりました。2003年版の場合、処分される犬の種類がミニチュアダックスフントでした。ミニチュアダックスフントは人気の犬種だったらしく、普通にペットショップに行っても手に入れられないほど品薄でした。純粋な善意に、人気の犬をタダで手に入れられるかもしれない、という期待も加わったためか、再び大きな騒ぎになったようです。そもそも、チェーンメール騒動自体、マスコミではヒマネタ・埋草に近い扱いで取り上げられるため、過去に直接類似のメールを受け取った人や、ちょくちょくネット巡回をしている人以外は、あまりこの種のメールの存在を知らなかったと言うこともあるのでしょう。『ペットショップの店じまい』メールは、店の所在地と処分される犬種を置き換えて、もう一騒動くらい起しそうな気がします。それはさておき、善意系のメールを無視することは、不幸のメールを無視するのとは違った意味で後味の悪い物を心に残しそうです。『ダイイング・チャイルド』(不治の病に冒された子供が最後の思い出として送り出したと言う触れ込みのメール)や『ミッシング・チルドレン』(行方不明の子供に関する情報提供を訴えるタイプのメール)など、性質の悪い物もあります。良心の呵責まで計算に入れてチェーンメール化を狙っているものは、かなり悪質と言えます。

 ここまで見てきたように、あるメールがチェーンメール化するためには、どのような理由からであるにせよ受け取った人の関心を惹くものであることが必要になります。もし意図的にチェーンメールを発生させようという場合、この点で都市伝説はその素材として都合が良いと言えます。なぜなら、都市伝説も多くの人の関心を惹いて広まっていく話だからです。事実と認識される話という定義との兼ね合いは微妙ですが、話としての面白さが都市伝説の成立に重要な役割を果たしている一面もあり、都市伝説とチェーンメールは相性が良いと言えるでしょう。おしゃべり感覚で利用されるの携帯メールならばなおさらです。

 ちなみに、なぜチェーンメール化を狙う連中が現れるのかと言う点は、今ひとつはっきりしないと言うのが実情です。一般には、トラフィックを増大させてサーバーのダウンを狙っている、単に自己顕示欲の強いタイプが悪戯で始める、など愉快犯的な動機から行なわれていると考えられています。多分に与太話的な憶測ですが、私個人は、名簿業者か何かが、実在するメールアドレスの回収のために行なっているようなこともあるかもしれない、と睨んでいます。多くの人のもとを回って来たメールは、それに参加した人のアドレスなどの情報を満載しており、うまくすれば労せずして差出人の元に戻ってくることもありうる・・・・・・。まあ、現実にはそんな悠長な商売をしている業者はいないでしょうね。

 参考までに、アドレスの実在如何など、はなから無視して不特定多数に送りつけられるスパムメールは、商品購入希望・アドレス削除依頼などの内容も含め、返信があった=実在するアドレスを回収し、それを名簿業者に売り渡すのを主たる目的としている物もあるようです。取り扱っていると謳われている商品は、詐欺同然の物だったり、そもそも商品そのものが実在しなかったりすることもあるとか。個人情報収集のための巧妙な手口に、呆れるやら、感心するやら。