これぞ「都市」伝説?


 この頃都に流行るもの
2005.01.21

 
 この頃都に流行るもの、夜討ち、強盗、偽テロル…。

 2004年もとりあえずは幕を閉じ、無事2005年を迎える事ができました。2004年の都市伝説界を振り返ってみて、にわかに台頭してきたかなあと思ううわさがあります。それが、「街で困っているアラブ人に対して親切にしてあげたところ…」というあの話です。

 ある大学生が街を歩いていると、アラブ人から道を尋ねられた。大学生が質問に丁寧に答えると、そのアラブ人はこう言った。
「どうもありがとう。あなたは親切な人だからいい事を教えてあげます。今月いっぱいは地下鉄に乗らないほうが良いですよ。」
 大学生は最初、何を言われているのか良く分からなかったが、後日あのときのアラブ人が、警察からテロリストとして指名手配されていることを知った。


 暇な時にアクセス解析を使って、当サイトに来る人が、どんなところから、どんな用向きでやって来るのかを観察していることがあります。さらに暇な時にはGoogleを使って「頭h抜き」の追跡まで始める事がありますが、そんなことをやっていると、一見さんの大体の流れは把握できるようになってきます。

 どこかで書いた記憶はありますが、各論から入ってくる人の圧倒的多数を占めるのが「鮫島事件」がらみです。これは別格ですし、ネットというものの特性上仕方のない結果です。「鮫島」は別物とすると、あとはどんぐりの背比べという感じですが、世情を反映したのか、最近かなり多いように感じるのが「ショッピングセンター」経由の人たち。そして同じ世情系で、昨年大躍進を遂げたのではないかと思われるのが、今回取り上げるテロリストのうわさです。話自体はそんなに新しいものでもないので新人賞はあげられませんが、結構目立ちました。もちろん正確に統計を取ったわけではないので、私個人の心証によるところがかなり大きいことはお断りしておきます。それはさておき、両者とも都市伝説とはまったく無縁の掲示板で「こんなうわさを聞いたんだけど、心配」という主旨のスレッドが立ち、事情を知っている人が「それは都市伝説だよ」と諭し、参考URLをいくつか貼るというのがパターンになっています。

 上の話ではきちんとオチをつけるようにしていますが、「都市伝説データ」として紹介している軽量版は、「…地下鉄に乗らないほうが良いですよ」で終わっています。このうわさが話題に上っている各所の掲示板を覗いていると、実際に親切にした外国人からの忠告あたりまでで話が終わっており、後の解釈を聞き手に任せてしまっているようなものも目立つのですが、意外にそれでスレ主以外の参加者に話が通じてしまうようなのが、このうわさの侮れないところでしょうか。ここでは一応簡単のために、オチまで書いてみました。冷静に考えれば、一般的な日本人が何日も前に少し言葉を交わしただけのアラブ人の顔を正確に判別できるかどうか、かなり怪しいものです。

 うわさの培養基になっているものはかなり単純で、アメリカとの泥仕合に落ち込み、世界各地で活動を続けるイスラム原理主義を掲げる武装集団の動向に対する不安。その内容から、うわさを聞いて「用心のためうわさの中で示唆された時期にその場所へ近づくのは止めておこう」と反応する人も少なからずいます。中近東系の外国人に対する差別に直結してしまうと問題ですが、「触らぬ神にたたりなし」式の対応も仕方がないことだと思います。こういう話が出てくると、「うわさはあくまでうわさに過ぎない可能性が高いが、用心するに越したことはない」と締めるしかないのですから。必要以上にうわさを気にすればデマに踊らされる大衆と指弾され、さりとてまったく意にも介さなければ平和ボケ扱いされる可能性もある困ったうわさです。

 パターンはほぼ確立されてしまっている話で、バリエーションは主人公のキャラクター、テロに狙われる土地とアラブ人が所属するテロ組織(たいていの場合アルカイダ)の差別化によって作られている感があります。以前にはテロを行うのがオウム系の犯罪組織だったこともありますが、それも過去の話となってしまった感があります。事実上の「テロ予告」が行われた場所といえば、東京や大阪の地下鉄、東京ディズニーランド、USJ、神戸ルミナリエあたりです。うろ覚えなのですが、記憶のみに残っている範囲では、みなとみらいなんていうのもあったと思います。

 そういう観点で見ればあまり奥深さは感じられないうわさなのですが、昨年暮れ頃、面白い現象を目にしたのでそれに関するお話を。「この頃都に流行るもの」などと勿体つけたタイトルをつけたのも、このうわさに真正面からぶつかるのではなく、こぼれ話を拾っていく構成になっている関係です。

 2004年12月21日付の中日新聞に、「不安なうわさ クリスマス名駅テロ」という見出しの記事が掲載されました。多分、「(名古屋)市内版」の記事でしょう。同じ中日新聞でも名古屋市内向けに発行されている以外の紙面には、掲載されていない記事のような気がします。名駅とは名古屋駅のことです。記事で紹介されている内容は、「中近東系の人から『クリスマスイブ頃には名古屋駅に近づかない方がいい』と言われ、後日その『中近東系の人』がアルカイダのメンバーだと分かった」というもの。「根拠がないので動揺しないように」、「飲食店の客や中高生らの間で、メールや口コミで広まったのでは」という愛知県警のコメントも併記されています。

 うわさ自体は相変わらずの新味のなさなのですが、このことを知ってネット掲示板をあちこち覗いてみると、ところどころでこのうわさの事が話題になっていました。「典型的都市伝説だよ」という流れが出来上がっていたのも、これまたいつもどおりだったのですが、少しだけ勝手が違っていたのは、「テロリストも名古屋は相手にしないだろう」とうわさの真偽とは別次元で嘲笑するような書き込みが散見されたことです。

 実はこういう書き込みが出てくるであろう事はある程度予想していました。名古屋叩きも、これまたよく見かける現象だからです。ではなぜ叩かれるのかといえば、要するに「垢抜けなくて田舎臭いからいじりやすい」といったところなのでしょう。「テロリストも名古屋は相手にしないだろう」とは、「田舎相手ではテロリストもテロのしがいがないだろう」と、つまりそういうことなのです。この論理で行くと「アラブ人の恩返し」は、大都会でのみ流布することを許されたうわさだということになります。なるほど、確かにうわさの中でテロ活動の舞台を匂わされる場所が高崎観音だったりしても、今ひとつ現実味には欠けます。実際そういう話も聞いた事がありません。相手は原理主義的イスラム教徒ですから「偶像崇拝許すまじ」という発想はあるのかもしれませんが、そのあたりの事情を斟酌しても、とても高崎観音テロ説なんて信じる気にはなりません。「もしも自分がテロリストだったら…」と考えると、人口の多い大都会に攻撃を仕掛けようと考えるのが人情でしょう。「アラブ人の恩返し」を信じる人たちは、「自分の暮らす街がテロを仕掛けられるに値する都市である」と考えている人たちなのです。

 日本の都市を単純に人口規模順に並べていくと、東京区部、横浜、大阪、名古屋、札幌、神戸、京都、福岡…と続いて行きます。普通は横浜が首都圏として東京とひとまとめにされ、人口3位の大阪が日本第二の都市とされます。「アラブ人の恩返し」に関する様々なやりとりを見ていると、この上位二都市はテロ攻撃を受けるに値する街として、大方のコンセンサスは得られているようです。そして、地理的には東京と大阪の間に位置し、日本第三の都市とも言われる名古屋は、テロ対象都市への仲間入りをやんわりと拒絶されました。名古屋に暮らす者としても、この感覚は何となく分かるような気がします。12月24日付の東京スポーツでも名古屋駅テロのうわさは取り上げられたようで、東スポの記事では、海外では関心が高まっている(らしい)「愛知万博」を根拠に楽観視出来ない事情を報じていたようですが、万博で下駄を履かされても、やはり名古屋駅テロ説は真実味に欠けるような…。一方、神戸ルミナリエはなぜか納得させられてしまうのですから、このあたりが名古屋の名古屋たる所以なのかもしれません。

 名古屋がテロの舞台として相応しいと判断される日が来るとしたらそれは、名古屋が「田舎都市」を脱却する時か、首都圏や大阪でテロが現実のものになり、テロ警戒水位が下がった時かのいずれかでしょう。前者は一朝一夕では成し遂げられそうもありません。しかし、後者など論外。現時点ですらきな臭い不気味さの漂うこのうわさですが、うわさはうわさのまま立ち枯れていって欲しいものです。

 ちなみに冬場の名古屋駅では、駅ビルのライトアップが行われています。遊ぶ場所の少ない名古屋市内では数少ない浮かれたスポットなので、イブにカップルが徘徊する場所としては定番過ぎるほど定番と言えます。このあたりの事情が「名古屋駅クリスマステロ伝説」を強烈にバックアップしていたのだと、このうわさを知ったときから今まで、信じて止みません。