第9回
【黄金の騎士、赤毛の狂戦士、魔道士、毛玉、女子高生】
創元推理文庫・スーパーアドベンチャーゲーム
日本でのゲームブック市場を開拓し、広めたのがFightingFantasyシリーズを擁する社会思想社だとするならば、日本での、“日本人作家による”ゲームブック展開を大々的に推し進めたのが東京創元社のゲームブックシリーズ、『創元推理文庫・スーパーアドベンチャーゲーム』シリーズです。
もちろん、前回紹介したソーサリーシリーズがこのスーパーアドベンチャーゲームシリーズに含まれているように、翻訳物のゲームブックも多数存在しましたが、やはり“スーパーアドベンチャーゲームブックといえば日本人作家のゲームブック”という印象が強かったように思えます(※)

その内容は、NAMCOのアーケードゲーム作品を原作にしたもの、ケルト神話の世界観を元にした一風変わったファンタジー世界、有名なクトゥルー神話をバックボーンに、破滅的な探索行を扱ったもの、有名な楽曲に材をとり、一級品の異世界を創造したものなど多岐に渡ります。
また、社会思想社のFFシリーズが一話完結型のゲームブックだったのに対し、スーパーアドベンチャーゲームブックでは複数巻に渡ったキャンペーン物(もしくはシリーズ物)が多かったのも印象的です。

スーパーアドベンチャーゲームブックのうち、特に印象的ないくつかは今後紹介していきたいと思っています。
今回は、その中でも特に人気が高く、今なおファンの心を捉えて話さないゲームブック作家、鈴木直人氏について触れてみたいと思います。
鈴木直人氏とは?
鈴木直人氏は、元々、数多くの名作を生み出した事で有名なゲーム会社・NAMCOに在籍していました。
そして、退社してフリーのライターとして活動する際、鈴木氏に先駆けてNAMCOゲーム原作のゲームブックを手がけていた古川尚美嬢(※)に依頼され、初のゲームブック作品にして氏の代表作、『ドルアーガの塔三部作』を完成させたのです。

その作品世界は、同名ゲームの世界を背景にしていながら、そこに鈴木氏独自のシステムや描写、世界観の混ぜ合わされた素晴らしいもので、原作者である遠藤雅伸氏の構築した“バビロニアンキャッスルサガ”(※)に新たな息吹を与えるに充分な仕上がりでした。
特に、作品内に登場する人々は、原作にも登場するギル・カイ・女神イシター・ドルアーガから、オリジナルであるタウロス・メスロン・クルス・ゴルルグ(詳しくは各作品の紹介にて)に至るまで全てが生き生きと描写され、ギルガメスはたくましく、カイは可憐で、邪悪で冷酷なドルアーガ、神秘的な高貴さをたたえた女神イシターなど、まさにその姿が目に浮かぶかのような素晴らしさだったのです。
また、鈴木氏オリジナルである登場人物の一人、魔道士メスロンは当時のゲームブックユーザーの間で大人気となり、後に彼を主人公にした一連のシリーズが執筆されるに至りました。

ゲームブックコラムの第一回(通算第七回)に紹介した社会思想社のゲームブックマガジン『ウォーロック』では、読者からの投票をもとにゲームブック作家/作品のベスト10が発表されていましたが、巨匠S・ジャクソン&I・リビングストンや、奇才J・H・ブレナン(※)に混じって、上位入賞の常連であったのが、この鈴木直人氏でもあります。
特に『ドルアーガの塔三部作』の完結編である『魔界の滅亡』は、ゲームブック作品部門で、堂々の一位に輝きました。

このように、多くの人の支持を受け、大人気だった鈴木直人氏でしたが、その正体は長らく不明で、『ウォーロック』誌に本人が執筆したコラムでも、詳しい経歴などは明かされることはありませんでした。
そして、(2002年に新作のゲームブックが発売された)今も、そのほとんどが謎に包まれたままです。
公式サイト『鈴木直人伝説』での管理人氏との対談では、“二代目宗家鈴木直人”が登場している始末…しかしそれが、鈴木氏の魅力の一つでもあるのです。
THE TOWER OF DRUAGA
『悪魔に魅せられし者』『魔宮の勇者たち』『魔界の滅亡』


鈴木直人氏の処女作にして、日本人ゲームブック界の金字塔。
NAMCOのアーケードゲーム・【THE TOWER OF DRUAGA/ドルアーガの塔】を原作としながらも、鈴木氏独特の表現法と、緻密な六十階の迷宮でゲームブックプレイヤーを虜にしました。

シリーズは全三巻構成で1741パラグラフ、長大でありながらプレイヤーを飽きさせない数々の魅力が、この分厚い単行本には詰まっています。
また、その迷宮は当時としては画期的だった双方向迷路で、主人公であるギルを演じるプレイヤーは、迷路内を行ったり来たりすることで正確なマッピングを行う事が可能でした。
その難易度は巻を追うごと、階を登るごとに徐々に上昇するようになっており、プレイヤーはギルと共に成長しながらゲームを進める事ができるようになっていたのです。
さらに、このシリーズは始めから三巻構成を念頭において製作されていたため、巻をまたいで利用方法があるアイテムなどもあり、キャンペーン性を高めてくれていました。

他に、コンピューターゲームが原作ということもあって、ゲーム的なアレンジにも気が配られており、死んでも復活できる(コンティニュー可能な)“ミツユビオニトカゲ”や、壁を通り抜ける事のできる(マトックの代わり)“壁抜けパウダー”などのアイテムも用意されていたのが印象的です。

そして、この作品を彩る要素がもう一つあります。
それが、この当時、鈴木直人氏専属の絵師として数々の作品を担当した、虎井安夫(とらいやすお、トライアンフとも読む)氏による数々のイラストです。
虎井氏は、元はNAMCOで鈴木氏と同僚として働いており、その縁で鈴木氏の専属絵師として活動していたようです。
その絵は緻密で、【ドルアーガの塔】の怪物たち、迷宮、魅力的な登場人物を上手く描写し、このシリーズの人気に大きく貢献しました。
上で述べた、鈴木氏オリジナルの登場人物、魔道士メスロンの人気は、虎井氏のイラストに負うところが大だったと思われます。

『悪魔に魅せられし者』
長らく平和を謳歌していた穏やかな王国…その平和も、隣国スーマール帝国の侵攻によって破られた。
スーマール帝国はその武力をもって王国を蹂躙し、天へも届かんとする巨大な塔の建設を始めた。
天上に輝き、その光によって大地に恵みをもたらす神々の秘宝、ブルークリスタルロッドを手に入れんが為である。
しかし、その企ては天上に住まう神々の王・アヌの怒りに触れ、神の雷によって塔は砕かれ、瓦礫と化した。

…だが、王国の災厄はそれで終ったわけではなかった。
巨大な塔がブルークリスタルロッドの恵みの光を遮っていた間に、地上では邪悪なものどもが目を覚まし、中でも凶悪な、悪魔ドルアーガが砕かれた塔を再び甦らせてしまったのである。
拠点を手に入れたドルアーガは天上のブルークリスタルロッドを奪うと、王国の守護神、女神イシターの巫女であるカイを拉致、いまや六十階の威容を誇る巨大な塔・ドルアーガの塔へと閉じ込めてしまったのである。

主人公であるギルガメス(ギル)は王国に残った最後の戦士、自らの恋人でもあるカイを救い出し、悪魔ドルアーガを打ち倒す、そして、人々に恵みをもたらすブルークリスタルロッドを取り返すためにドルアーガの塔へと足を踏み入れた…。

この『悪魔に魅せられし者』は、当初は『悪魔の誘惑』というタイトルが予定されていた、『ドルアーガ三部作』の第一作で、一階から二十階までの冒険が収められています。
まずは最初の巻ということもあって、迷路自体は単純なものが多く、マッピングもそれほど難しくはありません。
しかし、二十階までの中には“熱湯の池に浮かぶ飛び石を飛び移りながら、向こう岸にある階段を目指す”(七階)、“巨大な闘技場で、三体の怪物と戦う”(十七階)などもあり、バリエーションは豊富です。

また、数多く用意されたアイテムの中には、少々回り道をしないと手に入らない、隠しアイテム的なものもあり、アーケード版【ドルアーガの塔】の宝物探索を彷彿とさせてくれます。

鈴木氏の特徴の一つであるオリジナルの登場人物はこの巻では控えめですが、それでも五階の牢獄に囚われた面々や、後の巻に登場する東洋の戦士クルスなど、印象的な人々が目立ちます。

『魔宮の勇者たち』

二十階で悪魔ドルアーガと遭遇したものの、すんでの所で逃げられてしまったギルガメスは、扉を開けさらに上の階へと進む。
そこに広がるのは、立ち並ぶ店…この邪悪な塔のなかでも、一風変わった生活が営まれているのだ。
塔の中に住む様々な人々、その中にはギルを助け、共に戦ってくれる仲間もいる。
しかしその逆に、悪魔の手先としてギルを陥れるものもいる。
あなたの冷静な判断こそが、危機を脱し、手助けを得る何よりの助けになるだろう。

この第二巻『魔宮の勇者たち』では、二一階〜四十階までの冒険が扱われます。
オーソドックスな迷宮突破がテーマだった『悪魔に魅せられし者』とはうって変わって、この巻ではバラエティ豊かな冒険があなたとギルガメスを待っています。

まずはのっけから、塔の住人達の住む街がギルガメスの前に広がり、途中何階かの迷路を挟んで、ドルアーガの塔より飛び立つ飛行船の発着場につきます。
この発着場では飛行船に潜りこんで、ドルアーガの塔を離れた小冒険に挑戦することもできます…運が悪いとペナルティを受けることもありますが…。

そして、塔に戻ってさらに階を進めるギルの前に、力強い仲間が現れます。
それが、盗賊王を名乗るドワーフ・タウルスと、東洋からやってきたという強力な魔道士メスロンです。
彼らはパーティとしてギルガメスに同行し、この巻を終了するまでつき合ってくれますし、次の『魔界の滅亡』でも数々の手段でギルを手助けしてくれます。

また、この巻では、それ以降ギルガメスの愛剣となる、隕石によって鍛えられた強力な剣、“クロムの長剣”が登場、上手く対処する事によって手にする事ができます。

この巻は、様々なミニイベントを通して情報・アイテム・仲間を集めて先へと進む、パーティ性RPGの雰囲気をもったものとなっています。

『魔界の滅亡』
ドルアーガの塔四十階において、ドルアーガの腹心である双頭のリザードマン・ゴルルグを打ち倒したギルガメス。
しかしその眼前で、エレベータに閉じ込められた囚われのカイは、さらに上の階へと連れ去られてしまった。
悔しさを押し殺してさらに上へと進むギル…残るは二十階、悪魔を追い詰め、カイを無事に助け出すことができるのか!?

大作『ドルアーガ三部作』もついに最終巻、この巻では四一階から六十階の、最後の冒険が扱われます。
『魔宮の勇者たち』では3人のパーティとして旅をしたギルガメスですが、ドルアーガの腹心、ゴルルグとの対戦を前にタウルスやメスロンに別れを告げ、一人での戦いに戻ります。
とはいえ、彼らはギルガメスよりも先に別のルートで上へと向かったため、この巻でも再会することができるのですが…。

基本的構成の一巻、バラエティ豊かな二巻と続いたこのシリーズですが、この巻は難易度の三巻と言うことができます。
とにかく全てにおいて難易度が高く、各階の迷路は非常に複雑、立体迷路に数々の仕掛け、敵はどれも強敵で、オマケに宝の入手にも数々の謎を解く必要と、まさに至れり尽せりの難しさ!
パラグラフ数はシリーズの中でも最長の741パラグラフ、それだけのボリュームを支える数々のギミックがギルとあなたを悩ませてくれることでしょう。
また、数々の謎は、一巻、二巻で入手した魔法やアイテム、情報があった上で、その攻略が組み立てられているため、この巻からのプレイはかなり苦しいものがあります。

この巻では、オリジナルの登場人物の中でも実在の人物を元にした、パロディ的な登場人物が多数見られます。
“謎の書物”を書いているパオト氏のモデルは鈴木直人氏本人、その絵師のアンフ氏(虎井安夫氏)や、バルキリーナヲミ嬢(古川尚美嬢)まで…。
いわゆるお遊びですが、シリーズに共通したシリアスな世界観を崩すことなく、また塔を踏破するための情報をプレイヤーに与えてくれる手段として、上手く機能していると思えます。

シリーズ最終作であるこの巻の目玉はなんと言っても悪魔ドルアーガとの対決ですが、その対決も、各階で手に入れた情報や、それまで手合わせした時の結果が影響し、有利にも不利にもなります。
正面から戦って、剣で勝利を収めることもできますが、ギルの扱える究極の呪文(このゲームブックでは、呪文の記された巻物などの情報を得ることで、魔法が使えるようになります)による、戦いの決着の描写は、まさに至高のものといえます。

またこの巻には、二つの結末があります。
いわゆるマルチエンディングという奴で、片方はハッピーエンド、もう片方がバッドエンドなんですが、そのバッドエンドの方も後に余韻を残した非常に雰囲気のあるものとなっています。
機会があったらぜひ到達してみてください(“塔の脱出に失敗すれば”バッドエンディングに到達することができます)

この三部作は、古本屋などで見かけることも少なく、オークションなどでもあまり数を見かけませんが、手に入れるだけの価値はあります。
機会があったら、ぜひプレイしてみてください。
スーパーブラックオニキス
砂漠の中に位置し、厚い黒雲が天をおおう街・ウツロ。
この街には、手にしたものに不老不死の力を与える伝説の秘宝“ブラックオニキス”が隠されているという。
燃えるような赤い髪を持ち、鍛え上げられた分厚い筋肉を備えた若き剣士テンペストは、放浪の末この呪われし街へと辿り着いた。
ウツロの僧会は、この街に希望を与え、呪われた黒雲を晴らす“ブラックオニキス”の復活を待ちわびている。
しかし、新たにこの街に赴任した司政官マサイヤは、邪悪な策謀を巡らし、それを妨げる恐れのある冒険者達を弾圧…“ブラックオニキス”に近づくもの全てを追い散らそうとしていた。
マサイヤの邪悪な企てが成就するまであと二十日…テンペストはそれまでに“ブラックオニキス”を取り戻し、この街の黒雲を吹き払う事ができるのか!?

『ドルアーガ三部作』を発表した鈴木直人氏が次に手がけたのがこの『スーパーブラックオニキス』で、BPSから発売されている同名のゲーム(というよりも、その原点の【ブラックオニキス】)を原作にしたゲームブックです。
ただ、原作にしたといっても共通するのは“ウツロの街”“ブラックオニキス”という単語と目的、そして数種の怪物くらいで、ほぼオリジナルのゲームブックといっても良いと思います。

『ドルアーガ三部作』では、基本的なシステム自体はシンプルに、迷宮の構成や各種アイテムの取り扱いで複雑さを演出していた鈴木氏ですが、この作品では、様々な手段を用いて複雑なゲームシステムを構築しています。

まず、このゲームではパーティ制が採用され、しかも主人公と、順番で言えば一番最後に仲間になる戦士以外は、出会った場所やプレイヤーの判断によって能力値が異なります。
そして、各々が経験値を持ち、一定の数を稼ぐ事で能力値が上昇していきます。
また、魔法を使う際にはパーティに魔術師がいることと、専用のアイテムを持っていることが条件となります。
パーティ制が導入されている事で、パーティが全滅しない限りは、残った面々だけで冒険を続ける事ができるようになりました。
死亡した仲間は、ウツロの街や迷宮の中に隠された、専用の蘇生薬を手に入れることで甦らせることができるのです。

冒険の期日は二十日と区切られ、節目ごとにチェックが入ります。
無駄な行動を多くし、期限までにブラックオニキスを発見することができなければ、マサイヤの邪悪な野望を防ぐ事はできません。

また、迷宮は『ドルアーガ三部作』と同じく双方向性を採用しており、70個のチェック欄を利用する事で、同じ場所でも違ったイベントが発生したりするのです。

冒険の舞台となるウツロの街は、それ自体がマッピングが可能な一つの迷路(とはいえ、それほど複雑ではない)になっており、探索の必要がある各種の迷宮は、街の施設のどこかにそれぞれの入り口が隠されています。
それらの謎を解き、各迷宮をすべて巡って必要な情報を集めたものだけが秘宝“ブラックオニキス”の眠るブラックタワーに侵入することができるのです。

果たしてあなた…テンペストと三人の仲間たち…はブラックオニキスを発見することができるのでしょうか?

この作品の挿絵を担当しているのは、これも鈴木氏や虎井氏と同じく、元NAMCO社員の鏡泰裕氏で、今もイラストレーターとして活躍されています。
またこの作品は、現在復刊が続行中の創土社において、『テンペスト』シリーズとしての復刊が予定されているということです。
『パンタクル』『パンタクル2』

『ドルアーガ三部作』『スーパーブラックオニキス』と、原作物を手がけてきた鈴木直人氏が初めて発表したオリジナルゲームブック。
主人公は『ドルアーガ三部作』でギルガメスに協力する仲間として登場した魔道士メスロン。
彼が、故国の、あるいは恩人の危機を救うため、得意の魔術で大活躍するのがこの『パンタクル』シリーズです。

『スーパーブラックオニキス』で様々なシステムを導入した鈴木氏ですが、このシリーズでもその手腕は存分に発揮されています。
特に、このシリーズの主人公は数々の魔力を操る凄腕の魔道士・メスロンな訳ですから、当然ゲームの最初から強力な魔法をいくつも使用できるのです。
最も、『パンタクル2』の場合には諸般の事情(後述)で、最初、呪文を使用する事ができないのですが。

『パンタクル』
自然あふれる森の国、シャンバラーを天変地異が襲った…大河が流れを変え、森は枯れ、シャンバラーの南には底知れぬ深さの亀裂…“奈落”が口を開けた。
この非常事態に、呪いに苛まれ、病床にあるシャンバラーの王は、彼の三人の息子を呼び寄せ、こう語った。
自分に呪いをかけ、王国に天変地異を招いているのは、亀裂の向こう側に棲む悪鬼…彼らを封印していた“如意宝珠”が失われ、邪悪な鬼がこの地上に甦ったのだ、と。
もはや、この事態をおさめる為には亀裂によって生まれた鬼の住処、“鬼哭谷”へと赴き、鬼どもの手から如意宝珠を奪い返さねばならない!

メスロンは、幼い頃シャンバラーを追放された王国の第二王子。
長い放浪の旅を続ける中、望郷の思い断ちがたく、故国へと戻って来たのだ。
鬼哭谷へと攻め込んだ第一王子ケテル、第三王子ビナーが戻らぬ人となった今、王国を救うことができるのはメスロンしかいない。
彼は、王国伝来の剣、“鬼麻呂”を腰に下げると、鬼哭谷へと歩を進めた…。

この冒険では、それまでの西洋風ファンタジーの世界とはうって変わって、東洋風の異世界を冒険する事になります。
行く手を阻む鬼たちは皆、餓鬼や羅刹、夜叉に阿修羅に即身仏など、東洋では馴染みの名前ばかり、しかも、メスロンの扱う魔法も、すべて漢字で表記されています(元々、メスロンの得意とするのは東洋魔術だったようで、『ドルアーガ三部作』でもそれに言及しています)

システムの目玉として、魔法と、それぞれに専用のが記載された万能章(パンタクル)が付属しています。
魔法を使いたくなったら、パンタクルを見てそれぞれのパラグラフへ向かい、自分のいるパラグラフと照合して、どのような結果が出たのかを判定するのです。
その魔法の名前は、効果に即しつつも何となくネタっぽいものになっており、プレイヤーを楽しませてくれます。
例えば、戦闘時にメスロンの動きを素早くしてくれる“馬佐呂”(バサロ泳法から、時代を感じます)や、身体を縮めて姿を隠す“魚花縮劣拳”(本来は魚と花で一文字、ほっけしゅくれつけん…もちろん北斗百烈拳から)等々…。

また、『スーパーブラックオニキス』で採用されたチェックシステムはさらに発展し、経験値と併用する事ができるようになりましたし、干支コンパス(干支の動物で現在の位置を示すコンパス)というアイテムが用意され、マッピング自体に一つの謎が仕掛けられてもいます。

冒険の舞台となる鬼哭谷自身がかなり複雑で、ただ進むだけでもかなり難しいゲームブックですが、それだけに、解いた時の満足感は大きいはずです。

さらに、今回の登場人物(鬼がその多くを占めますが)はほとんどがメスロンの敵となります。
しかし、各々個性的で、戦闘も単なるサイコロの振り合いでは終りません。
人物の描写という点では、鈴木直人氏の作品の頂点にある作品ではないでしょうか。

付け加えればこの話は、『ドルアーガ三部作』から通して初めて、メスロンの過去が語られた作品でもあります。
そういった意味でも、メスロンファンにとっては絶対外せない作品だという事ができます。

『パンタクル2』
僕はその日、ひどくついてなかった。
ハシーシュ煙草を買いに家をでたのは良いものの、途中でパンタクルをなくしてしまい、馬でも帰宅までには五、六日はかかる地点で立ち往生してしまったんだ(魔法さえ使えれば、家まで五分とかからないっていうのに!)
しかも悪いことは重なるもので、仕方なしに馬を買い森を抜ける最中、慣れない野宿がたたってひどい風邪をひいてしまった。
本当についてない。

…でも、その森にすむ毛むくじゃらの種族、ファジー族はもっとついてなかった。
慎み深く森の深奥に棲むファジー族、彼らが奉る神殿には、古の大魔道士ウェイブヒルの残した三冊の魔法の書があった。
その力は人知を超え、それぞれに記載された三つの呪文を解読する事ができれば、宇宙の法則すら捻じ曲げることが可能なほどの代物だ。
それが、秘密結社ドルイド教団に盗まれた。
ドルイド教団は、強力な黒魔術を多く操る危険な集団だ、どう考えてもファジー族が戦えるような相手じゃない。
でも彼らは、ドルイド教団の本拠地、“アマルティア”への遠征を決意した。

…その途中で、ついてない同士が出会ったってわけ。

ファジー族は、僕の事を大魔道士メスロンだとすぐに気付いてくれた。
そして、三日間の手厚い看護を受けている間、僕も彼らの背負い込んだ事情をすっかり理解した…こうなったら、ついてないもの同士手を握り合うしかない。
看病してもらった恩はあるし、新しいパンタクルも手に入れたい。

それより何より、大魔道士ウェイブヒルの残した三冊の魔法の書には、僕も大いに興味をそそられたんだ…ドルイド教団のあくどいやり方にも怒りを感じていた所だし。

そんなわけで、僕、大魔道士メスロンはドルイド教団の本拠地、巨大ピラミッド“アマルティア”に潜入する事になったんだ。

この『パンタクル2』では、再び舞台を西洋風のファンタジー世界に戻し、新たな魔法体系での冒険に挑む事になります。
前書きでも述べられている通り、最初メスロンは魔法の要である万能章(パンタクル)を失い、何の魔法も扱えない状態です。
しかし、アマルティアに潜入した後、ドルイドの持つパンタクルを奪う事で、ドルイド教団の魔法を操る事ができるようになるのです。

ドルイド教団の魔法は全部で十四種類存在し、その魔法ごとに相性があります。
例えば、“火”“水”“氷”の三種類の魔法があったとします。
この場合、“火”は“氷”に強く、“氷”は“水”に強く、“水”は“火”に強いのです。
そして、作中に登場するドルイドたちは、みな様々なパターンで魔法を使います。
例えば“水”“火”“氷”の順、“氷”“火”“水”の順、など…。
メスロンであるあなたは、文中の記述とそれまでに得たヒントから相手の使う術を先読みし、ダメージを与えていかなければなりません。

そして、新たな魔法体系がこのゲームブックの目玉の一つだとするならば、もう片方の目玉は様々に趣向の凝らされたアマルティアの大迷宮です。
ドルイド教団の本拠地、黒曜石で築かれた巨大なピラミッド、アマルティアは、その階層ごとに異なった仕掛けがなされた、一大迷路となっています。
通路内を遠隔操作の哨戒ポッドがうろつきまわる場所や、巨大な地虫の背を利用して作られた移動通路、溶岩の海に広がる、網の目のような迷路などなど…。
これまでのシリーズを通読し、マッピングにもなれたプレイヤーでも、このアマルティア大迷宮にはてこずる事でしょう。

また、このゲームブックの目的は、大魔道士ウェイブヒルの残した三冊の魔法の書の奪還ですが、話が進むにつれ、ドルイド教団内部での確執や、不死の男、アバドンの謎など、色々な要素が絡み合ってきます。
本来はその全てが、完結編である『パンタクル3』にて明らかにされるはずだったのですが、この本の出版時、すでにゲームブックはTRPGに押されて斜陽の時代を迎えており、残念な事に完結編が出版される事はありませんでした。

今現在、ゲームブックの復刊、出版を行っている創土社からは、『パンタクル』が細かい調整の加えられた『パンタクル1.01』として復刊されています。
『ドルアーガ三部作』や、上で述べた『テンペスト』シリーズ、そして『パンタクル2』の復刊も予定されており、もしかしたらその次は『パンタクル3』…かもしれません。
ティーンズ・パンタクル
あたしの名前は大島いずみ、半月前にこの洋貝台学園に転校してきた転校生。

実は私には不思議な力があるの…それは、母方から受け継がれる霊媒の血の力…道端にうずくまる地縛霊や、木々の合間を飛び回る浮遊霊、妖魔に精霊といった存在を、私は見ることができる。

最初、この力に気付いたのは五、六歳の頃だったけど、年々その力は増して、今では念力で人を気絶させるくらいの事はできるようになっちゃった。
私は、生まれながらの精神感応魔術師(サイキックマジシャン)なのだ。

私のこの力が、洋貝台学園の事件でどんな役割を果たすのか?
それは、今の私には知る由もなかった…。

この『ティーンズパンタクル』は、メスロン人気を受けて、『パンタクル』本編から派生した外伝的作品です。
舞台は現代、場所は高校、主人公はなんと女子高生!

全ては、主人公・大島いずみの通う全寮制高校“洋貝台学園”に一人の美少女が転校してくることから始まります。
その転校性の名は氷室京子…若々しい姿態と、美しい顔を持った彼女の正体は、実は強大な力を持った魔女なのです。
彼女の登場を機に、現代世界であるはずの学園が徐々に変容し、不気味な異世界に取って代わっていきます。
次々と姿を消していく級友たち、人と同じ姿をしながらも、人ではない別のモノである“レプリカン”、そして、大魔道士メスロン!

今回のメスロンは主人公ではなく、異世界の魔道士として現代世界の人物に憑依し、氷室京子を打ち砕くため、あなたと共に戦ってくれる頼もしい仲間です。
プレイヤーの分身となって正面切って戦う大島いずみを、自身の持つ様々な魔法を駆使して支援し、謎を解く鍵を与えてくれます。

また、この作品は鈴木直人氏のファンサービス的作品という意味合いが強く、ドワーフの盗賊王タウルスや双頭のリザードマン・ゴルルグといった、『ドルアーガ三部作』に登場したキャラクターが再登場し、通してプレイした人には懐かしさを感じさせてくれるでしょう。

その反面、ゲームブックとしての難易度は比較的低く、キチンと情報を整理して進んでさえいればエンディングを迎えるのもそう難しい事ではないでしょう。
この作品はぜひとも、鈴木直人氏の作品にある程度触れたあと、馴染んできた頃にプレイしていただきたいものです。

なお、この作品から、今まで二人称だった本文の記述(“あなたは○○した”)が、一人称での形式(“あたしは○○した”)に変わりました。
時期的には、『パンタクル』『ティーンズ・パンタクル』『パンタクル2』という順番で出版されたため、この作品の後に出た『パンタクル2』でも、本文がメスロンの一人称になっています。
2004年6月15日
【鈴木直人】作品・オススメサイトリンク
『鈴木直人伝説』 http://gamemaster.s2.xrea.com/suzuki_naoto/
朝日康元さまの管理するサイトで、なんと鈴木直人氏公認!のサイトで、鈴木直人氏に関する情報に関しては、Web上で最も充実している。
東京創元社時代のゲームブックだけでなく、創土社から発行された『CHOCOLATE KNIGHT』ならびに『パンタクル1.01』についての記述もあり、今から鈴木直人氏に触れようと思う方には必見のサイト。
サイトの掲示板に書き込まれた、そのまま流してしまうには惜しい投稿を集めた“メスロン企画”や、上で触れた『ウォーロック』誌における鈴木直人氏の記事などが閲覧できる“金の魔術書”など、古参のゲーマーも必見!
『spring2496 Homepage』 http://www9.ocn.ne.jp/~spring/
spring2496さまの管理するサイトで、各種ゲームブックのプレイ記録が収められています。
そしてその中には『ドルアーガ三部作』もあり、なんと全六十階、試行錯誤の連続で上を目指すギルガメスの姿が克明に記されています。
完全にネタバレなコンテンツのため、鈴木直人作品に触れたことがない人にはオススメできませんが、既に一度『ドルアーガ三部作』を制覇した人などは、自分の時の冒険と比べてみるのも面白いかもしれません。
『ぞうさんの住処』 http://www.asahi-net.or.jp/~WU3Y-SNZK/
元NAMCO社員であり、メスロンに姿を与えた虎井安夫氏と、アーケード版【ドルアーガの塔】で、ギルやカイ、女神イシターやドルアーガ、そして数々の怪物に姿を与えた篠崎雄一郎氏が共同で管理しているサイト。
それぞれのギャラリーでは、比較的最近のイラストを多数閲覧する事ができます。
版権の関係で、アーケード版に関したイラストはありませんが、虎井安夫氏のパートでは、メスロンをはじめとする、ゲームブックでお馴染みの面々のイラストを見ることができます。
スーパーアドベンチャーゲームブックといえば〜 前回紹介した『ソーサリー』シリーズは、スーパーアドベンチャーゲームブックシリーズの内の一つ、というよりもむしろ、『ソーサリー』自体が一つのシリーズとして捉えられていたという印象が強い。
古川尚美嬢 現在もNAMCOに在籍している(元)ゲームブック作家で、ゲームブックユーザーには“バルキリーナヲミ”としても有名。
スーパーアドベンチャーゲームブックでは、ゲームブック版『ゼビウス』や『ドラゴンバスター』の執筆を担当し、また双葉社のファミコン冒険ゲームブックシリーズでも多数の作品を執筆していた。
バビロニアンキャッスルサガ 【カイの冒険】、【ドルアーガの塔】、【イシターの復活】、【ザ・ブルークリスタルロッド】の全四作で構成された、NAMCOのゲームシリーズで、何作かの外伝的作品も存在する
原作は【XEVIOUS】などでも有名な遠藤雅伸氏。
J・H・ブレナン 二見書房より『ドラゴンファンタジー』(グレイルクエスト)シリーズを発表していたアイルランドのゲームブック作家。
その独特の文体と、奇妙で幻想的な世界観は、数多くのプレイヤーを魅了し、今なお数多くのファンを擁している。
うれしい事に日本人びいきで、作品によっては日本人のプレイヤーのみ能力値に特典を得られたりもする。